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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十二章 令嬢は牙を求む
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第168話

「もうすぐ着くよ」


 ロナの言葉にアルディスは周囲への警戒を強める。

 問題の場所を確かめるべく、アルディスたちはロナの案内で草原を歩いていた。


「強い魔力なんぞどこにも感じないが」


「そりゃそうだろうね。ボクにもわからなかったし」


「で? あれが出てきたっていうのはそこに見える小川か?」


 アルディスはロナに顔を向けたまま、視界に入ってきた小さな川へ視線だけを固定する。


「うん、そうだよ」


 見たところ何の変哲もない穏やかな小川がそこにはあった。


 特別な魔力も感じられず、危険を感じさせる気配もない。

 あらかじめ話を聞いていなければアルディスもそのまま素通りしていたであろう、違和感のかけらすら存在しない光景だった。


「ほら来たよ」


 ロナの言葉を引き金としたように、その平凡な風景へ変化が訪れた。

 小川の色が濃紺へ変わると、意思をもったように立体的な形を取りはじめる。


「尻尾を巻いて逃げたと思ったら、またノコノコとやって来おったか。案外愚かだな、四つ足よ」


 高みからあざ笑うような声色で、濃紺水がロナに向けて挑発的な言葉を放つ。

 それだけで両者の力関係がうかがい知れた。


 しかしロナは軽く鼻で笑うと濃紺水の言葉を一蹴する。


「この状況も理解できない愚かな汚染水が何を偉そうに言ってるんだか」


「ほざけ! 今度は逃さぬ!」


 ロナの挑発を受けて瞬時に激昂した濃紺水が、自らの身体から生みだした数十の水針(すいしん)を差し向ける。


「お前の相手はこっちだ」


 アルディスが飛び出して射線に割り込んだ。


 息をするように魔法障壁を生み出すと、ミネルヴァやムーアへ向かった水針をはじき飛ばす。

 いくつかの水針はあらぬ方向へ飛んで行き、何本かは緑生い茂る地面へと叩きつけられて破裂する。


「なんて威力だ……」


 直径五十センチほどの土をえぐり消滅していく水針の破壊力を前にして、ムーアが思わず口走った。


 アルディスは障壁展開から間を置かず、鞘から抜き放った剣を手にして濃紺水へ接近する。

 瞬時に距離を詰めたアルディスの一撃が濃紺水の身体を真一文字に斬り裂いた。


「ほう、儂の身体を剣ひとつで斬り裂くか!」


「感心されるようなことじゃないけどな!」


 しかし上下真っ二つになろうと濃紺水は気にも留めない。

 水という形のない存在である以上、物理的に分断してもすぐに元の形へと戻ってしまう。

 もちろんそれはアルディスも承知の上だった。


 息つく間もなく濃紺水が至近距離のアルディスに対して再び水針を差し向ける。

 今度は彼らを無数の水針が円を描くように包囲した。


 定まった形のない濃紺水自身には水針の刺突も気にならない。

 自分を巻き込む形で水針の包囲を狭め、飽和攻撃を仕掛ける。


「無駄だ」


 短く宣言すると、アルディスは水針へ対抗するように数多の氷針ひょうしんを生みだして一本ずつ迎撃していく。

 氷針と衝突した水針が一本また一本と姿を消していった。


 その様子を見てアルディスの力量を察したのだろう。

 濃紺水があざけるように吐き捨てる。


「なるほどなるほど、ふたりがかりなら儂に勝てるとでも思い上がったか!」


「えー、めんどくさいからパス。だってふたりがかりで戦う必要もないし」


 しかし言葉を向けられたロナは平然とした口調で受け流す。

 どうやら本当にミネルヴァたちの守りに専念することに決めたらしい。


 小さな針ではらちがあかないと判断したのだろう。

 濃紺水が今度は小川の水を圧縮して手のひら大となる水球を周囲に浮かべる。

 圧力によってもたらされた歪みで今にも暴発しそうなそれを五つ作ると、悠然と構えるアルディスに向けて解き放った。


 アルディスは避けきれないと判断した三つの水球を魔法障壁で防ぎ、残る二つは流れるままに放置する。

 たとえそのひとつがロナたちのところへ向かおうともだ。


「きゃあ!」


 ミネルヴァが思わず悲鳴をあげる。


「動かないでよ!」


 短い警告を出すと、ロナが水球を迎え撃つべく魔法障壁を展開した。

 水球が障壁の薄い紫色に触れた瞬間、強烈な圧力が障壁にのしかかる。


 一瞬にしてエネルギーを解放させた水球によって、耳をつんざく音と共に周囲一帯の空気までもが怯えたように震える。

 水球から放たれた圧力は障壁に沿う形で地面をえぐり、表層部を吹き飛ばす。

 ロナたちの周囲一帯はとても草原と思えない土色に変わり果てていた。


「ちょっと、アルディス! 流れ弾来てるよ!」


「少しは働け!」


 約束が違うとばかりに文句を言うロナへ、アルディスの方は知ったことかと返答する。


「おいおいおい、なんて威力だよ」


 手のひらサイズの水球から生み出された破壊力におののくムーア。

 同時にそれを障壁で防ぎきるロナと、涼しい顔で三つ同時に防いだアルディスの力量を目にして諦観ていかんの表情を浮かべた。


「もう俺の理解がおよぶレベルじゃないな」


 肩をすくめるムーアをよそに戦いはなおも熾烈しれつさを増す。


「なんだ、この程度か? 別に亜種や変異種というわけではないのか」


 アルディスは拍子抜けした口調で誰にともなくつぶやくと、もはや鈍器と化したボロボロの剣に魔力を通わせてその刃に高温の熱を付与する。


「ぬかしたな! 儂を侮るとは不敬千万ぞ!」


 対する濃紺水はその濁った身体から複数の触手を生みだして迎え撃つ構えを見せた。


 アルディスは宙に設置した不可視の足場を蹴って飛び上がる。

 三次元的な動きで濃紺水の狙いをそらしながらその懐へと潜り込もうとした。


 濃紺の触手が左右から襲いかかる。


自惚うぬぼれと共にここで果てよ!」


 濃紺水がアルディスをからめ捕るように触手を伸ばす。

 その先端は磨き上げられた刃のような輝きと鋭さを感じさせながら、捕食動物じみた動きで迫った。


「どっちが自惚れだ」


 冷たく言い放つとアルディスは無造作にその触手を斬り払う。

 その戦い方は危なげがない。

 まるでじゃれついてくる子犬を払うかのような余裕を見せるアルディスに、ムーアが何とも言えない口調で感想をこぼす。


「なんだかあの魔物が大した事ないように見えちまうな」


「そうですね。……錯覚なんでしょうけれど」


 相づちを打ったミネルヴァが冷静に否定する。

 そうしている間にも触手は次々と生み出されアルディスに襲いかかるが、当の本人は平然かつ淡々とそれを斬り捨てていた。


「無駄無駄! いくら儂を切り刻んだところで痛くもかゆくもないわ!」


「で? それを俺が知らないとでも?」


 勝ち誇る濃紺水へ無表情で問いかけるアルディス。


 濃紺水の正体は液体に寄生する無形の生物だ。

 目に見える濃紺水はしょせん寄生された小川の水に過ぎない。

 当然いくら剣で切り裂いたとしても何の痛痒つうようも感じないだろう。


 かの存在を滅ぼすには寄生媒体となる液体自体を消滅させるのが有効な手段であるが、壺に入った水程度ならともかく、大量の液体に寄生されると滅ぼすのは困難を極める。

 海や湖などで発生した場合はやっかいなことこの上ないのだ。


「だったら寄生先をすべて消し飛ばせばいい」


「なんだと!」


 アルディスが魔力を高める。

 天に向かって手を伸ばすと、その周囲へ巨大な熱の塊が顕現けんげんした。


 三つ、四つと増えた塊はゆっくりとアルディスの手を軸にして回りはじめる。

 最初は赤かった塊が次第に色を失い白くなっていく。


「海じゃなくて良かった。さすがに海を消し去るのは無理だからな」


「ま、まさか――!」


 アルディスの意図を察した濃紺水の声が狼狽ろうばいを感じさせる。


 白い熱の塊が術者の手を離れて上空へと放たれた。

 合計七つの白熱塊はやがて散開し、曲線を描きながら進行方向を地上へと変えていく。


「やめろ!」


 制止する声などお構いなしに、小川の上流へ四つ、下流へふたつ、そして濃紺水の足もとへひとつと白熱塊が吸い込まれていった。


 数瞬の沈黙を挟んで周囲一帯の空気を斬り裂くかのような轟音が響く。

 小川の水が瞬時に沸き立ち、またたく間に空中へと霧散する。


 あとに残ったのはかつて小川であったひとすじの溝。

 もともと決して豊かとはいえない水量だったそれが、今では見る影もなくなっていた。


「お、おのれ!」


 自らの身体を何とか障壁で守った濃紺水だが、その声にもはや余裕は感じられない。

 濃紺水にとって寄生する液体の存在は自らの生命力に等しいものだ。

 それを失ってしまった今、逃げ出す場もなく、受けた傷を癒やす手段も皆無であった。


「ま、待て。待て待て!」


 ようやく自分の窮地きゅうちを理解した濃紺水が慌てた口調で押し止めようとするが、当然アルディスには従う理由などない。


「何を今さら」


 短くそれだけを口にするとアルディスは指先に白炎を灯らせて濃紺水へと向ける。


 逃げ出そうとする濃紺水だが、周囲は見渡す限りの草原。

 寄生できるような液体はどこにも存在しなかった。


「た、助け――!」


 アルディスの指から白炎が放たれる。

 小川を干上がらせた白熱塊に比べれば遥かに小さな、しかし濃紺水を滅するには十分な熱量。


 濃紺水が必死の抵抗で張り巡らせた魔法障壁を貫くと、白炎はその身体を焼き蒸発させる。

 四散した蒸気がかすかな風にのって流れ去っていった後、そこには干上がった小川の跡だけが残されていた。


2021/09/09 ロナの一人称を修正

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