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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十二章 令嬢は牙を求む

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第167話

「え?」


 突然アルディスが見せた態度の変化にミネルヴァは驚きの声をもらす。


「いや……、そうか。さっきロナが言っていたな。襲撃を受けたんだったか」


 一方のアルディスはミネルヴァに対する問いかけへ早々と自分で結論を出し、ひとり納得する。


「アル?」


 その様子を不思議そうに窺っていたロナが声をかけてきた。

 ゆっくりとアルディスへ歩み寄ってくると、ミネルヴァとムーアに聞こえないよう声を抑えて疑問を口にする。


「どっちの……アルなの?」


 事情を知らない者が聞けば意味不明な問いかけに、アルディスはばつが悪そうな表情で答える。


「両方だ」


「両方?」


「ああ、両方俺だ。どっちが偽物とかじゃなくて、両方俺自身だと今ならわかる。……理由まではわからないが、原因というならたぶんエリオンだ」


「エリオンが? どういうこと?」


 アルディスは切り株に腰をかけて指で目頭めがしらみながらしばし沈黙する。


 やがて考えがまとまると、ふたりの自分が体験してきた過去をロナに説明しはじめた。


「ふーん……。それぞれのアルが別々の日々を、ねえ……」


「信じるか?」


「そりゃ、信じるしかないもの。こっちのアルも向こうのアルも、両方本物だってのはボクにもわかるし、そういう話であればいろいろとつじつまも合うからね。で、その原因がエリオンの使った魔術ってこと?」


「その可能性が一番高い。何が『細かいところまでは調整し切れていない』だ。細かいどころか別世界に飛ばされたあげく分身するとか、問題だらけじゃないか」


 アルディスはこの場にいない術者へと届くわけもない苦情をぶつけるが、口ではそう言いながら、アルディスの胸に何とも一言では表しがたい感情が湧き起こる。


「どっちにしても、あんまりゆっくりするわけにはいかないよねえ。わかってるでしょ、アル?」


「ああ。向こうとこっちでは明らかに時間の流れが違う。こっちでもたもたしていると――」


「あっという間に向こうでは何年も時間が過ぎちゃうよね」


 アルディスもロナも同じ懸念を共有している。


「お前ひとりなら向こうと行き来できるんだよな?」


「うん、できるよ」


「ちょっと様子を確認してすぐ戻ってくるとか、向こうで食料を調達してくるとか、どうしてしなかったんだ?」


「そりゃあ、戻ってこられる保証があるなら試しただろうけど」


「どういうことだ?」


「行けるのは行けるけど、帰ってくるときこの場所に戻ってこられるかなんてわかんないもの。自分の意思で移動したんならともかく、今回は無理やり飛ばされてきちゃったんだから」


 世界を渡る際、到達座標を固定するためには何らかの印が必要になるのだという。

 ロナの場合はこちらの世界で自分のねぐらを、向こうの世界で森にある家を座標として使っているらしい。


 座標を固定せず世界を渡ることも出来るが、その際はどんな場所へたどり着くのか本人にも予測することが出来ない。

 そのため縁も馴染みもない場所へ戻ってこられるかは賭けになってしまうのだという。


 特に目的地指定のない『行き』はともかくとして、『帰り』はそういうわけにもいかない。

 ロナひとりだけならネーレや双子の待つ家に行くことができるが、アルディスたちはこちらの世界に取り残されたままとなってしまう。

 その状態から互いに合流するのは無理だろう。


 アルディスだけなら取り残されてもさほど困らないが、ミネルヴァとムーアのことを考えれば安易に試すのも躊躇ためらわれる。

 ましてアルディスと出会う前のロナが向こうの世界へ行ったきり戻ってこないなどという事態になれば、ミネルヴァたちの命は消えたも同然であった。


「今ならアルの魔力を道標にして戻ってこられる可能性もあるけど……、やったことがないから上手くいくかどうかわかんないよ」


「座標を固定するための印……か」


 アルディスが眉間にシワをよせる。


 今は守護対象のミネルヴァたちを抱え、加えて時間にも追われている状態だ。

 不確定要素が残る状況で安易に試してみようという気にはならなかった。


「そもそもロナたちが飛ばされてきたことと、俺の意識がこっちに戻ってきたこと。このふたつが偶然同じタイミングで起こったというのも不自然だ。俺が組織の拠点で意識を失ったのも、おまえたちが公爵邸から飛ばされてきたのも同じタイミングだったとすれば、元となる原因も一緒なのかもしれないが……。その原因がわからないんじゃ、推論の立てようもない」


「飛ばされる直前に不自然な魔力の流れは感じたけどね」


「不自然な流れ?」


「急速に魔力が引き寄せられていったというか、一点に流れ込んでいったというか……」


「流れ込んでいった先、ねえ……」


 その時、突然何かを思い出したかのようにロナが間抜けな声をあげた。


「あ」


「どうした?」


「いやね、さっき汚染水と出くわしたんだけど」


「こんな時期に()()が出たのか?」


「うん、ずいぶん季節外れだなとは思ったんだけど、『これだけ濃密な魔力が流れ込んでくる』とか口にしてたんだよ。あの時は気にもしてなかったけど、考えてみると妙だよね」


「濃密な魔力が湧き出てくる場所か……。()()がこんな時期に目覚めたのもその魔力に触発されたからか? それが本当なら気になる話だな」


「夜が明けたら行ってみる? 今のアルなら問題ないでしょ?」


 ロナの問いにアルディスは短くうなずいた。


「わかった。他に手がかりもないしな。明るくなったら案内してくれ」


 話をまとめると、アルディスはおもむろに立ち上がりミネルヴァたちへ今後の方針について伝える。


「ミネルヴァ、ムーア。日が昇ったらすぐに移動するから、それまで身体を休めていてくれ。獣の対処は俺とロナで引き受けるが、歩き詰めになるかもしれないから体力はしっかりと回復させておくようにな」


 突然物言いがやわらかくなったアルディスに声をかけられ、ムーアが胡散臭うさんくさげな視線を送ってくる。


 一方のミネルヴァはやや戸惑いを見せながらも探るように問いかけてきた。


「え、っと……。師匠……なんですか?」


「当たり前のことを――、ああそうか」


 わかりきったことを言うなと口にしかけてアルディスは思い出す。

 自分の姿形が彼女たちの知るアルディスとは明らかに違うこと、そして向こうの世界における記憶を取りもどすまでミネルヴァやムーアに対してどういう態度をとっていたかということを。

 警戒するなという方が無理な話だった。


 ミネルヴァの疑問に身振りで答え、アルディスは一応の謝罪を口にする。


「さっきはすまなかったな。言い方が悪かった」


 だがそれはつまり、言葉選びは悪かったにせよ言っている内容については間違っていなかったということでもある。


 この世界でミネルヴァとムーアのふたりはあまりに無力すぎるのだ。

 言葉からトゲの取れたアルディスに、ミネルヴァたちはどう接すればいいのか計りかねているようだった。

 微妙な空気を漂わせながら、一行は日の出までの数時間身体を休めることに専念する。






 日が昇り、陽光が周囲の空気をじわりと温めはじめる。


「おいおい、朝っぱらから忙しないな。行き先が定まらなくて焦るのはわかるがよ」


「どうしてそんなに慌てていらっしゃるのですか?」


 明るくなるなり早々に出立の準備をはじめたアルディスとロナへ、ムーアとミネルヴァが口々に言った。


「時間をかけたくない」


「それはもちろんそうですが……」


「時間が経てば経つほどまずいことになる」


「どういうことでしょう?」


 アルディスの態度や言葉からとげとげしさがなくなったため、ミネルヴァやムーアとの距離は昨日より縮まっている。

 もちろん多少のよそよそしさは残っているが、アルディスにとってそれは今どうでもいいレベルの話だ。

 説明は後でゆっくりすればいい。敵対していないなら今はそれでいいとすら考えていた。


「あのね、ミネルヴァ。この世界とミネルヴァたちの世界では時間の進み方が全然違うんだ。ゆっくりしてたら向こうへ戻ったとき、とんでもなく時間が経っていたってことになりかねないんだよ」


「時間の流れがか? どれくらい違うってんだ?」


 アルディスの代わりに答えたロナへ、今度はムーアが問いかける。


「ハッキリしたことは言えないから推測だけど、たぶんこっちでの一日は向こうでの一年くらいになると思う」


「一年っ……!」


 ミネルヴァとムーアがそろって言葉を詰まらせる。


「だからね、一分でも早く向こうの世界に戻る手段を探さないとまずいんだ」


「で、でも人里すら見つかってないのに……、戻る手段なんてとても……」


 時間の流れがあまりにかけ離れていると聞いて、ようやく事態の深刻さを理解したミネルヴァの声が次第に細くなっていく。


「昨日アルと話していて、ひとつだけ手がかりになりそうなことを思い出したんだ。昨日小川で出くわした汚染水、覚えてる?」


 それを聞いたムーアが苦々しい表情で確認の言葉を口にする。


「言葉を話していた水の魔物か?」


「詳しい話は省くけど、もしかしたらあいつのいる場所に今回の手がかりが残っているかもしれない。だからとりあえずあいつを排除して小川の周囲を調べてみようかってことにしたんだ」


「排除して? ……昨日お前が倒したんじゃなかったのか?」


「無理無理。ボク、炎使うの苦手だもん。ひとりじゃとても勝てないよ。ネデュロみたいな雑魚とは違うんだから」


 あっけらかんと言ってのけるロナ。

 それを聞いてムーアの表情がいっそう厳しさを増した。


「そんなに強いのか……」


「大丈夫大丈夫。今ならアルがいるし、なんだったらボクらは高みの見物でもしてればいいよ」


「ミネルヴァとムーアはいいとして、お前はしっかり戦え」


 カラカラと笑うロナに向かって容赦なくアルディスが釘を刺す。


「念のためふたりの守りは必要でしょ? どうせ今のアルなら楽勝じゃないか」


「だからって楽をしようとするな。牽制くらいしろ」


「はいはい、牽制くらいは受け持つよ。でも正面から戦うのはパス。さすがにあれはボクでも手にあまるし」


「最近お前、食っちゃ寝の生活が長すぎて太ってきてるぞ。たまには冷や汗かいて余計な水分を絞り出した方がいいんじゃないのか?」


「太ってないよー! 見てよこの均整の取れたプロポーション。フィリアもリアナもボクの魅力に首ったけさ。昼寝してたらいっつもくっついて来てボクのお腹をまくらに寝てるんだよ。かわいいよねー」


「それ、腹のふくらみが前より触り心地良くなってるからだろ? 要するに硬い筋肉が減ってその分やわらかい脂肪が増えたってことじゃないか」


「ええっ!? そんなことない、と思うんだけど……」


 水の魔物相手に戦うと聞いて落ち着かない様子を見せるムーアとミネルヴァの前で、アルディスとロナは軽口をたたき合う。

 無言で自分の腹部をのぞき込んだロナが、緊張感のかけらもないセリフをポツリと吐いた。


「ダイエット……しようかな?」


2019/05/05 誤字修正 してくるとかとか → してくるとか

※誤字報告ありがとうございます。


2019/07/22 誤字修正 どうでも言い → どうでもいい

※誤字報告ありがとうございます。


2021/09/09 ロナの一人称を修正

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