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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二章 草原の絶望と新米傭兵
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第15話

 アルディスとグレシェたちの狩りはその翌日も続いた。

 だが野盗と化した傭兵たちの一件から、アルディスとグレシェの間に不自然な緊張が漂ってしまい、一行は息苦しい雰囲気に包まれていたのも確かだ。


 結果的に、アルディスはグレシェたちを伴っての狩りを七日目で終了することに決める。

 アルディスとしては、狩りと採取運搬の役割分担による効率化と、それによって得られるあがりの大きさは十分魅力的であった。

 だが、仲違(なかたが)いとはいかないまでも、良好な関係を続けられない人間同士が協力し合うのは少々難しい。


 当初の目安となっていた最低日数の七日目を迎えた朝、アルディスの口から依頼の終了を伝えると、グレシェは何とも言えない表情を浮かべた。

 アルディスとの間にある意見の相違が原因であることはグレシェにもわかっているのだろう。だが、自分は間違ったことを言っていないという思いが、その関係修復を妨げているように見えた。

 一方で一日銀貨五枚という破格の仕事を失う原因が自分であることに、メンバーへの負い目も感じているに違いない。


 グレシェ以外の三人は単純に残念といった感じだ。

 だがリーダーのグレシェをあからさまに責めるわけにもいかず、仕方ないといった表情を浮かべた。


 それまでと同じように、トリアの北側に広がる草原を歩き回り、獣王やディスペアを狩っていく。

 荷車いっぱいに素材が積み上がり、日もずいぶんと傾いた時間に街へと戻る。

 いつものように素材の売却を終えると、グレシェたちへの報酬を支払い、あとは解散するという流れだ。


「また機会があれば声をかける。その時はよろしくな」


 わだかまりも感じさせず、アルディスが笑顔で口にする。

 意見の食い違いはあったが、七日間ともに仕事をした仲間だ。終始淡泊に見えるアルディスとて、多少の情はわく。


 だが、当初予定した最低限の日数は経過したし、当面の資金を稼ぐという目的も達成したのだ。

 期間を延長しなければならない理由も、延長したい理由も見当たらない以上、規定の日数で終えることになんの問題もない。

 ケンカ別れをするわけではないのだから、比較的平穏な別れと言える。


「おう。ずいぶん儲けさせてもらったからな。また頼むぜ!」


「いろいろ話を聞かせてもらって参考になったよ。そのうちまた飲もうな」


「儲け話があったら必ず声かけてよね!」


 ラルフ、ジオ、コニアの三人がアルディスに声をかける。その声は明るい。

 だが最後のひとりだけが浮かない顔をしている。


「アルディス……、その……襲ってきた傭兵たちのことは……」


 口ごもるグレシェに、アルディスはゆっくりと瞬きをして説くように言った。


「グレシェ。誰が正しいとか誰が間違っているとか、そういうのじゃないんだ。グレシェの考えだって答えのひとつだと思う。ただ俺の生き方とは違うだけの話だ。俺は自分の考えを押しつけるつもりはないし、グレシェはグレシェの生き方を貫き通せば良い。ただこういう考え方をする人間もいるってことを憶えておけ」


「……わかった。納得は出来ないが、憶えておこう」


 少しの時間をおいてグレシェが答える。


「ああ、それで十分だ。じゃあな」


 アルディスは軽く手を振りながらグレシェたちと別れた。

 『淡空(あわぞら)』の広がる街を足早に歩き、止まり木亭へたどり着く。

 ここ数日笑顔が曇り始めたカシハから夕食のトレイを受け取り、自分の部屋へと戻る。


「今戻った」


 返事がないのは承知の上で双子に声をかけると、ふたりそろってわずかに頷くのが見えた。

 相変わらず会話は出来ないが、こちらの声に対して頷いたり首を振ったりと、多少の反応を見せるようになっている。


「夕食だ。先に食べて良いぞ」


 食事の載ったトレイをテーブルに置いて、アルディスは装備を解きはじめる。


 背負い袋をベッドの脇に置き、腰から剣を外すと、ローブを脱いでイスの背もたれにかける。

 幸い軽装のアルディスは装備を解くにも時間はかからない。

 テッドのようにレザーアーマーを着ていれば、結構な時間がかかってしまうが、アルディスが着ているローブの場合は服を脱ぐのと大差がないからだ。


 双子はその間に恐る恐るテーブルに近寄り、イスのそばで立ち尽くしたままテーブルの上とアルディスへ交互に視線を送る。

 それはアルディスがイスに座るまで続いた。


「俺を待たなくても、先に食べてて良いんだぞ」


 毎回そう言っているのだが、アルディスが食べ始めるまでは決して手を出そうとしなかった。

 それどころか、イスへ座るのさえも必ずアルディスの後にという徹底ぶりだ。


(同じテーブルで食べるようになっただけマシだが……)


「ふたりとも。俺が座ってなくてもイスに座って構わないし、食べるのも俺を待たなくて良いんだぞ。俺より先に食べて良いんだからな」


 ようやくイスに座った双子が同時にコクリと頷く。

 毎日食事のたびに言い聞かせるのだが、なかなかアルディスが思うようにはならない。


「食べて良いぞ」


 そう声をかけても、双子はそろってアルディスの顔色をうかがうように上目づかいでチラチラと視線を送ってくる。

 アルディスが食事をはじめるとようやく双子も食べはじめるという感じだ。


(なつ)いて欲しいわけじゃないが……。こうも怯えているようじゃなあ)


 街中に連れ出すにしても、引き取り手を探すにしても、双子を一緒に連れ歩くのは目立ちすぎる。

 だが双子が怯えて互いに離れようとしないのでは、無理やりどちらかだけを連れ出すわけにもいかない。


(しばらく時間が必要だな、これは)


 双子に向けて、物人にするつもりはない、奴隷にするつもりもない、叩いたりもしない、自分はお前たちの味方だ、と朝晩繰り返してようやく同じテーブルで食事をすることが出来るようになったのだ。


 名前もやっと知ることが出来た。

 ひとりはフィリア、もうひとりがリアナというらしい。


 しかし、名前を口にした時以外、ふたりの口から言葉らしきものを聞いた覚えはなかった。

 加えてどっちがどっちなのかアルディスには全く見分けがつかなかったが、正直その辺はあまり気にしていない。

 そこまで長くつきあうつもりはないからだ。


 ただ、双子について進展があったのはそこまで。

 食事こそ共にするようになったが、せっかくふたり部屋を借りているのに、一方のベッドはちっとも使用されていない。


 ベッドで寝ろと言っても、双子は常に部屋のすみへうずくまって眠ってしまう。

 一度無理やり抱き上げてベッドに放り込んだが、翌朝には抜け出して部屋のすみに戻っている始末である。

 こんな事なら最初からひとり部屋にしておけば良かった、と後ろ向きな考えがぬぐえないアルディスだった。





 翌朝、アルディスは双子と一緒に食事をとると、ローブだけを羽織って宿を出る。


「いつも通り頼む」


 出がけにカシハへ声をかければ「あ、ああ……、いってらっしゃい……」と、よそよそしい声が返ってくる。

 同時に他の宿客から感じの悪い視線が向けられるのを、アルディスは感じていた。


 宿を出たアルディスが向かうのは、空き屋などを取り扱う商会の店だ。

 大通りに面した一等地、二階建ての大きな建物にアルディスは迷わず足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ。家をお探しですか?」


 店へ入るなり、従業員が声をかけてきた。

 それも仕方がないだろう。店内にはアルディスの他に客がいないのだ。

 三人いる従業員が、待ちに待った客の訪れに即時反応してしまうのも当然である。


 別にこの店が特別さびれているというわけではない。

 なぜなら、もともと土地や建物の売買はそれほど頻繁に起こるものではないからだ。

 一般市民は生まれ育った村や町から離れることが少ないし、実家に三世帯同居するのが当たり前である以上、物件が取引される機会というのはごくまれである。


 結果、こういった商会が取引相手とするのは領主などの支配者層、あるいは店舗を構えるほどに成功した商人、そしてごく一部の成功した傭兵だ。

 取引相手の絶対数は少ないが、取引する商品は他に比べて桁違いに高額である。

 一件あたりの利益も当然のことながら大きく、客ひとりに対して従業員がマンツーマンで接客をするのは当たり前の世界だ。

 それもあって、雑貨屋や武具のお店と異なり、店の内装もイヤミでない程度に華美で、かつ品の良い印象を与えるようにしつらえられている。


「今日はどのような用途の物件をお探しでしょうか?」


 清潔な身なりをした男の従業員が、アルディスにそう切り出す。

 アルディスの身なりを見て、瞬時に傭兵と判断したのだろう。


 商人ならば事業用の土地を探すこともあるだろうが、傭兵が買うのは大抵が家や倉庫と決まっている。

 三十代後半に見える従業員はそれなりのベテランらしく、アルディスの目的が家または倉庫であると判断したらしい。


「俺と、もうひとりが住む家を探している。立地はそこまで良くなくても良いが、治安の悪いところは避けたい」


「かしこまりました。すぐにご希望の物件を見繕いますので、お掛けになってお待ちください」


 従業員はアルディスにイスをすすめると、手際よく書棚から物件情報を記載した書類を取り出しはじめる。


「今ご紹介できる物件でお客様のご希望にそえるのは、こちらの八軒となっております」


 従業員がピックアップした物件は、いずれもアルディスの要求に合っていた。

 しかも金額も成功した傭兵が出せるであろう無理のない価格帯をそろえている。


 どうやら良い商会に当たったようだ、とアルディスは思った。


 手際も良い。価格も良心的。しかも一見若く見えるアルディスに対しても最初から丁寧な接客を崩さないでいる。

 ここは雑貨屋でもなければ薬屋でもないのだ。端からは少年に見えるアルディスが来れば、即座にひやかしと判断する従業員がいても不思議ではない。


「ご一緒にお住まいの方はご家族ですか?」


「そうだ。まだ幼い妹なんだ。俺は見ての通り傭兵だから、家を空けることが多くてな」


「なるほど、それで治安の良い場所をご希望なのですね。でしたらこちらの二件はいかがでしょう? 両方ともに衛兵の詰め所が近いですから、安全という意味では非常におすすめです」


 アルディスは従業員がすすめる二件の書類へ目を通す。


「両方とも物件を見て確認したいんだが」


「かしこまりました。私がご案内いたしますので、少々お待ちください」


 アルディスは従業員の案内で実際に二件の家を見てまわり、結局最初に見た物件を契約することにした。


「決断が早くて助かります」


 従業員にしてみれば、同じ物件を売るならかける手間は少ない方が良いに決まっている。

 営業スマイルではなく本心からの笑みを見せているのは、アルディスが即日で契約を決めたからだろう。


「傭兵の場合、決断の遅さは命の危険につながるんでね」


「ごもっともです」


 とはいえオルフェリアのように私生活は優柔不断というヤツもいるがな、とアルディスは内心苦笑した。


「ご契約は『年割り』になさいますか?」


「ああ、それで頼む。今のところトリアに腰を落ち着けるかどうか、まだ決めかねてるんでな」


 『年割り』というのは、居住権を一年単位で買い取る契約方法だ。


 通常は所有権そのものを売買するものである。

 だが、傭兵の場合ひとところへ常にいるとは限らないため、引退して定住するタイミングでもない限り丸ごと家を買うことはまずない。

 物件価格に対して十分の一程度の金額で居住権を購入できるが、それとは別に保証金をあずける必要があり、年割りで物件を契約するのは現役の傭兵くらいである。


 アルディスが選んだ物件の価格は金貨二百枚。

 年割りでの契約となるため、一年分の契約料は金貨二十枚だ。

 加えて保証金が金貨百枚必要となる。


「それでは前金として金貨十枚をお預かりし、残りの金貨百十枚をお受け取り後に物件の引き渡しとなります」


「全額を今払うから、出来るだけ早く準備をしてくれ」


「……失礼いたしました。早急にご用意させていただきます」


 懐からおもむろに百二十枚の金貨を取り出したアルディスに、従業員が一瞬息をのむ。

 だがそこはさすがにプロフェッショナル。すぐさま表情を整え直して契約の手続きにかかった。


 幸いアルディスが契約した物件は、数日前にメンテナンスが入ったばかりだったらしく、即日引き渡しが可能だと従業員は言った。


 明日の昼に引き渡しを希望したアルディスは、契約書を交わした上で店を出る。

 途中、全身をすっぽり包む子供用のローブを二着購入し、双子たちの待つ止まり木亭へと帰って行った。


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