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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十二章 令嬢は牙を求む
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第149話

「なんだよあれ!」


 日陰ひかげ町の一角。

 先日組織の手練てだれたちが密談をしていたのとはまた異なる建物で坊主頭の男が苛立たしげに叫ぶ。


 その声を耳にするのは三人の男女。

 公爵令嬢の襲撃に参加した十人の生き残りだ。


 見届け役として戦闘に参加していなかった赤ミサゴと、襲撃班であった潜りツバメを含む三人、合計四人だけが公爵邸への襲撃後に生きて帰ることのできた全てである。


「騒ぐな」


 坊主頭の苛立ちを向けられた長身の男が迷惑そうに言葉を返す。


「確かにあれほどとは想定外だったが」


 坊主頭と同様に千剣の魔術師と対峙して生き残った長身の男は、襲撃失敗の原因となった相手の力量を思い出してため息をついた。


「想定外どころの話じゃねえよ! 手練れ十人でゾロゾロと、侵入のお膳立てまでしてもらって、護衛が側に居ないタイミングで、アホみてえな額がする魔石を三十以上も使い尽くして、相手が武器も持ってないところを襲ったにもかかわらずこのザマだぞ! なんだよあの魔術師は! 何で訓練用の木剣で人間を斬り捨てられるんだよ!」


 答えを求めるように叫ぶ坊主頭の言葉はここにいる全員が共通して持っている疑問だ。

 しかしそれに対して明確な答えを出せる人間は当然いない。


 ただわかっているのは、あの『千剣の魔術師』と呼ばれている傭兵が、自分たちの常識で計りきれないバケモノであるという事実だ。


「過ぎたことを言っても仕方ない」


「そうだ。文句を言ったところで死んだ人間は生き返らない」


 赤ミサゴと長身の男が坊主頭をたしなめる。

 それが坊主頭にはなおさら納得できないのだろう。


「だから大人しく死地にまた突っ込めってか! お前らそれで良いのかよ!? なあ、潜りツバメ。お前も何とか言えよ!」


「俺は――」


「声がでけえぞ」


 坊主頭に話をふられて潜りツバメが口を開きかけた時、四人のいる部屋へ新たにもうひとりの男が姿を現した。


「衛兵にチクるようなやつはここいらにいないだろうが、不用心にもほどがある」


 部屋に入ってきたのは日雇い労働者のような服装の小男だった。

 小男は入ってきた扉を閉めると、四人分の視線を浴びながら空いているスペースへ移動して一方的に告げる。


「さて、報告を聞こうか」


「けっ、伝書鳩風情(ふぜい)が偉そうに」


 悪態をつく坊主頭をよそに、赤ミサゴが見聞きした情報を小男に伝える。


 小男は他の三人にも確認のため話を振り、全ての報告を聞き終えるとねぎらいの言葉をかけるでもなくさっさと退室していった。

 部屋を出る前に「次の面子が集まるまで待機、だとさ」と告げていったことで、坊主頭の機嫌はさらに悪くなっている。


「くそったれ! またあのバケモノを襲えとでも言うってのかよ!」


 別に不思議な話でもない。

 今回の襲撃は失敗したが、だからといって依頼主や組織の上層部がすんなり納得するとは限らないのだ。

 もちろんくだんの魔術師が予想を大きく上回る強さであるとわかった以上、次の襲撃でわざわざ相手にする愚は組織もおかさないだろう。


「上も馬鹿ではない。次はあれを避けるはずだ」


「ふんっ、俺たちに選択肢はねえってか! ちくしょうめ!」


 千剣の魔術師は公爵令嬢の指南役であって護衛ではないのだ。

 ならば魔術師が公爵令嬢の側にいない時を狙えばいい。


 もちろん公爵令嬢の護りは襲撃前と比べものにならないほど厳重なものになっているだろう。

 しかもその時は今回よりも力量の劣るメンバーで事に当たらなければならないのだ。

 坊主頭の口から吐き捨てるような呪いの言葉が飛び出すのも当然だった。


 用は済んだとばかりに長身の男が部屋を後にし、続いて体全体で怒りを撒き散らしながら坊主頭も部屋を出て行った。


 その後についていこうとした赤ミサゴを引き留めるように肩へ手が置かれる。


「なんだ?」


 赤ミサゴがふり向いた先にいたのは潜りツバメだった。

 任務の失敗によって十人中六人が生きて帰れなかったこの状況に、さすがの潜りツバメも言葉数が少ない。

 普段見せていた陽気な表情を見せず、激昂する坊主頭へ感情を吸い取られたかのように大人しくしていた。


「赤ミサゴ……。あいつが言っていたこと、お前はどう思う?」


 そんな潜りツバメが赤ミサゴへ静かに問いかける。

 口に出さずとも、坊主頭と同じ憤りを潜りツバメも感じているのだろう。


「さっきも言った通り。過ぎたことを言っても仕方ない」


 いつものような飄々(ひょうひょう)とした雰囲気はどこへやったのか、潜りツバメの表情は真剣そのものだった。


「こんな道具みたいな使われ方ばっかして、運良く生き残ってもすぐにまた次の任務だ。俺たちゃ死ぬまでこのまんまなのか?」


「そうだ。それが役目だ」


「俺はもうごめんだ。今回のでうんざりだ。使い捨ての駒みたいな生き方は」


「……そう」


 潜りツバメの投げかける問いかけに、赤ミサゴは淡々と答える。


「なあ、赤ミサゴ。これはチャンスだと思わないか?」


「何の?」


「組織を抜けて逃げるチャンスだ」


 安易な考えだ、と赤ミサゴはそれを聞いて思った。


「予想外の痛手を受けて上も今はきっと大慌てだ。なんせ王都にいる手練れが六人も死んだんだからな。しかも依頼は未だ未達成。今回の失敗をつくろうためにも次の襲撃には組織も全力を挙げるだろう。このタイミングなら姿をくらました俺たちにもそう多くの追っ手は向けられないはずだ」


「抜けたいなら勝手に抜ければ?」


 赤ミサゴにとってはどうでもいい話だ。

 別に止めるつもりもなければ、組織へ告げ口するつもりもなかった。


「……」


「話は終わり?」


 無言になった潜りツバメの手を払い、立ち去ろうとした赤ミサゴはなおも引き留められる。


「待ってくれ」


「何?」


 無表情で問い返した赤ミサゴに、思いもよらない言葉が投げかけられた。


「……お前も俺と一緒に来ないか?」


「は?」


 珍しく赤ミサゴの顔に歪みが生まれる。


「お前だってわかってるだろ? このままじゃお前だってあと何年生きられるかわかんねえ。だったらいっそのこと俺と一緒に……」


「勝手にしろとは言った。だが手助けするとは言ってない」


「そうじゃねえ。手伝ってくれって言ってるわけじゃねえんだ」


 言葉よりも多くを表情に込めながら、潜りツバメは首を横に振って否定する。


「お前だってこのまま組織にいるよりは……。だって俺はお前が……、いや、お前と一緒に――」


「必要がない。あたしの今に不満はない」


 言いよどむ潜りツバメに向けて、赤ミサゴはハッキリとした口調で拒絶した。


「それはお前が外の世界を知らないからだ。組織という檻の中でしか生きてないからだ。一度他の世界を、『外』を見ればどれだけ俺たちが理不尽な扱いをされているかお前にもわかるはずだ」


 確かに赤ミサゴの世界は狭い。


 普段商人に扮して多くの人間と接触し、王都の外へも活動の範囲を広げている潜りツバメと違い、赤ミサゴは王都から出ることもなく普段接する人間も両手で数えきれる程しかいなかった。

 赤ミサゴに与えられる任務はどれもそれで事足りていたからだ。


「……今晩中には王都を出て西へ向かうつもりだ。もしお前がその気になったら、二十五時に西門近くの『二輪草の芽吹めぶき亭』という宿に来てくれ。二階の一番奥にある部屋で俺は待ってる」


「……行かない」


 それでもなお明確な拒否を口にした赤ミサゴへ、潜りツバメは懇願するかのような言葉を残して部屋を去っていった。


「考えろ。疑問から目をそらすな。時間はあまりないんだ。もし、お前がこの檻から出たいと思ったなら必ず今晩俺のところへ来い。俺が、お前をこの牢獄から連れ出してやる」


 それが潜りツバメと赤ミサゴが交わした最後の言葉だった。






 翌日早朝。

 王都西門近くの公園で、噴水に浮かぶ男の死体が発見される。


ほだされなかったか」


 赤ミサゴのねぐらに突然やって来た小男が開口一番そう言う。


「なんのことだ?」


 とぼける赤ミサゴに向けて、日雇い労働者のような格好をした小男はじっとりとした笑みを浮かべた。

 前日、公爵令嬢襲撃の生き残りである赤ミサゴたち四人のもとへやって来た伝書鳩役の小男だ。


「まあ、おまえが潜りツバメにノコノコついていくとは誰も思ってなかったけどな」


 つまり潜りツバメの行動など、最初から組織にはお見通しだったということなのだろう。


 早朝に発見された男が潜りツバメであることなど、小男がわざわざ口にするまでもなく分かっている事だった。


 どこから情報が漏れたのかは赤ミサゴにもわからない。

 だがやはり組織の目と耳は決して侮れるものではないのだ。

 いくら公爵令嬢襲撃の失敗で大わらわになっていようと、不審な動きを見せた暗殺者のひとりを始末することくらいまさに朝飯前というわけだ。


「潜りツバメも馬鹿なこって。さっさと夜中に王都を出てりゃあいいものを、夜明け前まで西門近くをウロウロしてたんじゃ、始末してくれと言ってるようなもんだ」


 小男の冷笑に赤ミサゴの目だけがわずかに反応する。


「どうした? 何か言いたいことでもあるか?」


「……別に」


 そっけない赤ミサゴの返事に、小男は懐から取りだした小さな護符を放り投げた。


「何だこれは?」


 飛んできたそれを片手で受け取ると、赤ミサゴはいぶかしげに観察しながら小男へ問いかけた。


「潜りツバメの形見だ。あいつが鎖につけて腰から下げていたのを見たことがあるだろう?」


「形見?」


 赤ミサゴは手のひらに乗せた護符を見つめる。


 直径三センチほどの円形に象られたそれは、木片を削った本体とそれを覆う皮革で構成されている。

 金属のように輝くでもなく、宝石のように彩りがあるわけでもない。

 茶色の濃淡だけで構成されたシンプルな造形は、洒落しゃれっけを好んだ潜りツバメらしくもない装飾だろう。


 だが確かに潜りツバメの腰で揺れているこの護符を、赤ミサゴも何度か目にしたことがあった。

 加えて小男が形見だと言うのなら、間違いなくこれは潜りツバメの物なのだろう。


「それをなぜあたしに?」


「とぼけてんのか? それともホントにわかってねえのか?」


 推し測りかねたように小男は赤ミサゴへ鋭い視線を向けるが、すぐに表情を切り替えて身をひるがえし、投げやりに片手を軽く上げる。


「まあどっちだっていい。捨てるなり売るなり、後生ごしょう大事にするなり好きにしな」


 こっちの用事はそれで終わりだ、と言い残して小男は赤ミサゴのねぐらから姿を消す。

 小男が立ち去ってからもしばらくの間、赤ミサゴは自分の片手に乗せられた小さな護符を感情の映らない瞳で見つめていた。


2018/11/18 誤字修正 首から下げて → 腰から下げて


2019/07/08 誤字修正 大あらわ → 大わらわ

※誤字指摘ありがとうございます。


2019/08/12 誤字修正 四人の元へ → 四人のもとへ

※誤字報告ありがとうございます。


2019/09/14 誤字修正 直系 → 直径

※誤字報告ありがとうございます。


2019/09/19 誤字修正 赤ミサゴをが → 赤ミサゴが

※誤字報告ありがとうございます。

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