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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十二章 令嬢は牙を求む
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第148話

 それから三日。


 赤ミサゴたちはニレステリア公爵邸へと潜入していた。

 小さな村ひとつが収まろうかという広大な敷地内の一角、公爵邸の人間が鍛錬たんれん場と呼ぶ広場を遠目に見ながら赤ミサゴは段取りを脳裏に思い浮かべる。


 わざわざ白昼はくちゅうに襲撃を行わずとも、屋敷の人間が寝静まった夜中にひっそりと忍び込む方が楽だろう。

 日中であれば警護に携わる人間も多く、こちらも姿を見せなければならない。それだけ危険度は跳ね上がる。


 しかしそれが依頼主からの強い要望となれば話は別だった。

 どれだけの金を積まれたのか、組織の手練てだれを失ってしまいかねない危険性を承知の上で今回の襲撃は計画されている。

 もしかすると依頼主は『公爵令嬢が襲われた』ということを世間に知らしめたいのかもしれない。


 もっとも、末端の構成員でしかない赤ミサゴにはそれを確かめる術も地位もないのだ。

 ただ与えられた役目を淡々とこなすだけである。


 赤ミサゴが与えられた役目は『見届け』だった。

 襲撃の成功失敗にかかわらず、どういった経緯でどのような結果に至ったのかを見届けて組織へ報告するのが最優先となる。

 そのため赤ミサゴは直接襲撃に参加しない。

 彼女に課せられた最優先事項は他の仲間から離れた場所で一部始終を見届け、敵にも味方にも接触せず報告を持ち帰ることであった。


(そろそろ時間)


 事前に打ち合わせを行った通り、組織の仲間は鍛錬場を囲むように位置へついている。


 赤ミサゴは鍛錬場の中央へと目を移す。

 視線の先にふたりの人物が見えた。


 ひとりは菖蒲あやめ色の髪を持つ少女。ターゲットとなる公爵令嬢だ。

 それに対峙するのは黒髪の少年。おそらくあれが千剣の魔術師と呼ばれている傭兵なのだろう。

 その傍らには体長一メートルを超え、黄金色で全身を包まれた獣がいる。


(なんだあれは? ペット――にしては大きすぎるが?)


 ここに来て現れた不確定要素に赤ミサゴは内心眉をひそめる。


 鍛錬場の中央にいるのはそのふたりと一体だけだった。

 それ以外の従者や使用人はおそらく休憩所であろう離れた場所に固まっている。

 鍛錬場の周囲には複数人の護衛が配置されているが、逆に言えばその囲みを突破してしまえば公爵令嬢の側には傭兵ひとりしかいない。


 本来ならば千剣の魔術師などとふたつ名を持った傭兵がターゲットのすぐ側についているこの状況でわざわざ襲撃したりはしない。

 しかし逆を言うなら千剣の魔術師さえ押さえ込んでしまえば、あとは無力な公爵令嬢ただひとり。


 他の護衛たちは距離を取って分散しているため、彼らが駆けつけてくるまでには時間がかかる。

 それがたとえほんの数十秒という短い時間だとしても、公爵令嬢へと刃を突き立てるには十分な時間だ。組織の手練れにかかればそう難しいことでもないだろう。


 公爵邸へと忍び込むこと自体、本来であれば相当な困難を伴う。

 だが今回に限って言えば、数名の使用人がこちらに通じているため容易に事が進んでいた。

 いくら彼らが公爵家に対する忠誠心を持っていようとも、家族を人質に取られてしまっては逆らえないのだろう。


 可哀想とは思わない。

 人質に取られて困るほど大切な人間がいる。それだけでも十分幸せだと赤ミサゴには感じられるからだ。


(時間だ)


 あらかじめ定められた時刻がやって来る。

 それまで発見されることを避けるため遠巻きに見ていた赤ミサゴも、戦いの様子をしっかりと目に入れようと気配を断って近づいていく。


 太陽からの日差しが差し込む長閑のどかな光景。

 それを引き裂くべく仲間が動きはじめる。


 突如、鍛錬場の一角から覆面をかぶった人間が姿を現した。


 誰何すいかする護衛を問答無用で打ち倒し、九名を数える刺客はわき目もふらず公爵令嬢と千剣の魔術師へ向けて駆け寄って行った。

 すぐ近くにいる護衛はすぐさま異変に気付いたが、広い鍛錬場の反対側にいる護衛たちはまだ何が起こったのか理解していないようだ。


 では鍛錬場の中央に立つふたりはというと――。


(気付いた?)


 千剣の魔術師は刺客がやって来る方向へ視線を向けていた。

 公爵令嬢の方も千剣の魔術師から警告を受けたのか、木剣を手にして身構えている。


 しかし刺客たちは止まらない。

 この期に及んで躊躇ちゅうちょしたところで、何ひとつ利はないのだから。


 刺客の存在に気付いた護衛たちが、今さらながらに慌てて公爵令嬢へと駆け寄ろうとしているが、もう遅い。


 公爵令嬢まであと五十メートルという距離にまで詰め寄った刺客たちが、懐から手のひらに収まるほどの鉱石を取りだして投げ放つ。

 次の瞬間、鮮やかな炎色えんしょくを放ちながら爆炎が弾ける。


 その収束を待つことなく、新たな爆炎が次々と生み出された。

 まるでそれはカノービス山脈の奥深くで常に火を生み出し続けるという『溶山ようざん』の姿を想像させる。


 もはや鍛錬場は吹き荒れる爆風と巻き上がる砂煙によってほとんど見通せない状況になっていた。


 爆炎ひとつを発生させるために用いられたのは『灼熱の魔石』と呼ばれる遺物だ。

 魔石は魔法の使えない人間でも攻撃魔法と同じような効果を引き出すことが出来るが、その製造は古代文明や神話の時代にさかのぼるとすら言われており、今となっては新たに作り出すことも出来ない。


 そのため魔石は希少な存在として高値で取引されている。

 中でも上級魔法に匹敵する威力のある魔石ともなれば、一般人が手を出せるような金額ではない。

 『灼熱の魔石』は上級魔法『煉獄の炎フェルノ・レスタ・ガノフ』に匹敵する威力を生み出すため、その魔石ひとつあれば四人家族の王都民が二年は暮らせる額になるという。

 一瞬で使い果たしてしまうには、あまりにも贅沢な存在だった。


 それが合計三十。今まさに赤ミサゴの仲間たちが公爵令嬢たちに向けて放っている数である。


 これこそが千剣の魔術師という強者の存在を考慮しても尚、日中に強襲を強行した理由であった。

 魔石に費やされた金額を思えば呆れかえるしかないが、そうまでしても依頼主は公爵令嬢に危害を加えたかったのだろう。


 これほどの数と威力を身に受ければ、たとえ相手が千剣の魔術師といえどひとたまりもないはずだ。

 まして身を守る術のない公爵令嬢など――、というのが『裏糸手繰(たぐ)り』の判断だった。


 もちろんそんな不確実な方法だけに頼るわけにはいかない。

 たとえ依頼者の狙いが『潜りツバメ』の言ったように公爵令嬢を数日後の園遊会へ出席させない事だったとしても、組織から下された命令は『公爵令嬢の暗殺』である。

 黒焦げになった公爵令嬢の死体を確認し、その身から装飾品のひとつでも剥ぎ取り持ち帰ってこそ、依頼を見事に遂行したと言えるだろう。


 爆炎がやみ、砂煙が少しずつ収まっていく。

 その中を九つの影が素早く突き進んでいた。


 手はず通りふたつの影が公爵令嬢へと向かう。

 公爵令嬢の死体を確認し、万が一息があるならばとどめを刺すためだ。


 残った七名の役割は千剣の魔術師への対処。もし千剣の魔術師が生きているならば、その牽制と押さえ込みが課せられた役割であった。

 しかし赤ミサゴは次の瞬間、信じられない光景を目にする。


 不意に吹き飛ぶ仲間の姿。


「囲め!」


 次いで耳に届いてきたのは『裏糸手繰り』が仲間へ指示する声だった。

 すぐさま円を描くように散らばる仲間たち。その中心に黒髪の少年が無傷で立っていた。


(馬鹿な!)


 思わず赤ミサゴは声をもらしそうになった。


 上級魔法に匹敵する『灼熱の魔石』の威力は尋常なものではない。

 それを三十も食らっておいてまったくの無傷などといくら何でも想定外だった。


 そのかたわらにはこれまた無傷で木剣を構える公爵令嬢の姿。

 あの爆炎から自分だけでなく公爵令嬢をも守りきったというのだろうか。


 赤ミサゴの背に冷たい汗が流れる。

 千剣の魔術師を囲む仲間たちも同じ気持ちだろう。


 だがいつまでもにらみ合っているわけにはいかない。

 今この状況において、赤ミサゴたちにとって時間は敵なのだから。


「お嬢様!」


 鍛錬場の周囲に散らばっていた護衛たちが公爵令嬢へと駆け寄ってくる。

 それはつまり刺客たちが敵に囲まれつつあるということでもあった。


「かかれ!」


 『裏糸手繰り』の短い号令で弾かれるように刺客たちが飛びかかる。


 いくら高名な魔術師と言えど、距離を詰めて複数人で次々と攻撃を繰り出してしまえば対処はできないだろう。

 黒髪の少年が操る剣魔術は至近距離でもその威力を発揮するというが、彼の手元にあるのはたった一本の木剣。

 一介の傭兵が真剣を公爵家の敷地内に持ち込めるはずもなく、毎回公爵邸へ出入りする際に剣を全て預けていることは使用人たちから確認済みだった。


 木剣ひとつで魔術師が刺客に対処できるはずはない。

 だからこそ相手が名の知れた傭兵であったにもかかわらず、こうして白昼の襲撃を敢行したのだ。


 それなのに――。


(なぜ木剣で人が斬れる!?)


 赤ミサゴの目が驚愕に見開かれる。

 千剣の魔術師は同時に向けられた攻撃を軽くいなすと、返す一振りで刺客のひとりを斬り捨てた。

 斬られた刺客は身体から鮮血を噴き出しながら崩れ落ちる。


 魔術師を囲む刺客たちの間に動揺が走ったのを赤ミサゴは感じた。


 次々と襲いかかる刺客たちを、巧みな剣さばきで無力化していく魔術師。

 その隙を感じさせない太刀筋はとても魔術師の護身術とは思えないほどだ。


 しかし対峙している刺客たちとて熟練の者である。

 当初の予定通り、ふたりの刺客が公爵令嬢へと狙いを定めた。

 残った刺客たちが千剣の魔術師を押さえ込んでいる間に、公爵令嬢の命をってしまえばそれで依頼は達成される。何も魔術師を倒すことが目的ではないのだから。


 だがまたもそこで想定外の光景が赤ミサゴの眼に映る。

 ダガーを突き出す暗殺者の腕に、令嬢のすぐ側へ控えていた黄金色の獣が噛みついて動きを止めた次の瞬間。令嬢が木剣で鋭い突きを繰り出して刺客を撃退してしまったのだ。


(手強い)


 ひとり離れた場所から客観的に情勢を見て取り、赤ミサゴは襲撃の失敗を悟る。


 すでに九人いた刺客のうち魔術師に四人が、そして公爵令嬢と黄金色の獣にひとりが倒されている。

 とうとう魔術師によってまとめ役の『裏糸手繰り』が倒されるに至って、残った三人は撤退を決めたようだ。


 公爵令嬢に倒された仲間の身体へと撤退用に残しておいた『灼熱の魔石』を叩きつけると、その爆炎にまぎれて三方へと散る。

 駆け寄って来た護衛が行く手を阻む可能性はあるが、その程度の突破に手こずる彼らではない。


(あの九人で失敗するのか……)


 生き残りの三人が散った瞬間、赤ミサゴもすぐさま身をひるがえして公爵邸の敷地から逃げ出した。


2019/05/05 誤字修正 公爵令嬢へまで → 公爵令嬢まで

2019/05/05 誤字修正 生み出し続す → 生み出し続ける

2019/05/05 脱字修正 あまりも贅沢 → あまりにも贅沢

※誤字脱字報告ありがとうございます。


2019/07/30 誤字修正 例え → たとえ


2019/08/12 誤字修正 が吹き出し → を噴き出し

※誤字報告ありがとうございます。

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