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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十二章 令嬢は牙を求む
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第147話

 王都グランの裏通り。

 日雇い仕事で毎日を食いつなぐ人間や、一家の大黒柱を失って細々とした収入で何とか生きている人間が集まる王都の暗い部分。

 闇と呼ぶほどには深くない、そしてスラムと呼ぶには悲壮さの足りないその一角は王都民から『日陰町ひかげまち』と呼ばれていた。


 日陰町の住人は他人からの干渉を嫌う。

 救いを求め、手を差し伸べることは決して嫌悪することではないが、そういった素直な心根を持った者はここにやってこない。


 誰かに救いを求めれば自分がみじめになる。

 誰かを救うことは自分の隙を見せることになる。

 そういう風に考えるひねくれ者が集まる町。それが日陰町だった。


 だからこそ彼らは隣人がどんな人間なのか、何をしているのか知ろうともしない。

 ただ自分に害がなければいい。

 それがこの町に住む者の共通した意識だろう。


 たとえ建ち並ぶ家屋の一つで人目を忍んだ計画が企てられていようと、それに気付く者は少ないし、気付いたとしても見て見ぬ振りをするのが日陰町というものである。


 日陰町ではありふれた古い家屋。

 その一室で、窓を締め切り密談にいそしむ者たちがいた。


 室内にいるのは十名ほどの男女。

 中央にひとりの男が座り、その周囲を囲むようにして残りの人間が座っている。


 いずれの服装も王都の通りで見かけるようなありふれた格好。

 しかしひとりひとりの装いは平凡なものであったが、それらが並んで座ると途端に違和感があふれだす。


 職人風の男が座るとなりにいるのはウェイトレスの格好をした若い女。そのとなりに厩番(うまやばん)のような中年男が座り、さらにとなりへ視線を移すと傭兵風のちをした若い男が座っている。

 第三者が部屋の中を見回したなら、きっと統一感の無さに首をひねることだろう。


「令嬢ひとり刈り取るのに、ずいぶんと物々しいこって」


 車座の一角で商人の格好をした若い男が場の空気を読まずに発言する。


「黙れ『潜りツバメ』、まだ説明の途中だ」


 反対側に座っていた初老の男が『潜りツバメ』と呼ばれた男を睨む。


「不服か?」


 中央に座る男が潜りツバメに問いかける。

 たった一言のそれが、場の空気を凍らせた。


 車座の中央に座する男は、どの町でも表通りに行けば見かけそうな露天商の格好をしている。

 だが平凡なのは外見だけであり、その体からにじみ出る威圧感は尋常なものではなかった。


「別に不服だなんて言ってないでしょ。ただ大げさだなあと思っただけで」


 あわてて肩をすくめた潜りツバメが隣に座る人物へ同意を求める。


「お前もそう思わねえ?」


「あたしは別に。命令があればその通りに動くだけだし」


 町娘風の女――いや、年齢を考えれば成人前の少女といった方が正確だろう娘が、感情の消えた声でそれをあしらう。


「ならその簡単にさえずる口を閉じろ。誰もお前の意見など求めていない。お前の舌が良く回るのは役目上仕方がないとはいえ、時と場合をわきまえなければ舌禍ぜっかを招くだけだぞ」


「……了解」


 露天商風の男が睨みをきかせたため、潜りツバメはしぶしぶ受け入れざるを得なかった。

 それを見て男が再び説明を再開する。


「確かに潜りツバメの言う通り、たったひとりの令嬢を消すためだけにこの人数は多いかもしれん。いくら相手が王位継承権を持つ公爵令嬢といえど、王宮で暮らしているわけではないのだからな」


 その説明に、うんうんと首を縦に振る潜りツバメ。

 周囲の数人が彼を呆れた表情で見ている。


 わざわざ途中で口を挟まなくとも、黙って聞いていればおそらくこの説明はあったのだろう。

 余計な事をして場を乱し、話の腰を折っただけの潜りツバメに向けられる視線は冷たい。


「だが今回、標的の側についているのはあの『千剣の魔術師』だ。決して侮って良い相手ではない。だからこそこの人数で事に当たれと命令が下っている」


 『千剣の魔術師』という異名が男の口から出た瞬間、部屋の空気が揺れ動く錯覚に陥る。


 無論彼らは動揺したとて口に出してざわつくことはない。

 だがそれでも彼らの心を乱すだけの影響力がその異名にはあったのだ。


「よろしいかな?」


 右手を挙げて発言を求めたのはバーテンダーの格好をした初老の男だった。


「言え」


「噂によれば『千剣の魔術師』は千騎の騎馬隊をたったひとりで撃退したと聞く。その話、どこまで信憑性しんぴょうせいがある? 上はどう判断している?」


 露天商風の男が短く許可を出すとバーテンダーが問い質す。

 それはおそらくこの場にいる全員が確認したい情報だろう。


「おそらく噂は本当だろう。帝国方面からの情報を踏まえた上でも同様の結論にたどり着くと上は考えているようだな」


「わざわざそんなバケモノが側にいるこのタイミングで強行する理由は?」


「それはお前たちが知る必要のないことだ」


 バーテンダーの問いを露天商が冷たく切り捨てる。


「だが上も相手を甘く見ているわけではない。側にバケモノがいるからこそ、今回こうして王都でも指折りの手練てだればかりを集めている。何も『千剣の魔術師』を相手取って正面から戦争をしようというわけではない」


 露天商の言う通り、この場に集められたのは組織の中でも一目置かれる手練ればかりだ。

 もちろん移動時間の関係で王都周辺からしか召集されていないが、全員が単独で王城に忍び込めるだけの隠密能力と、正規軍の兵士相手なら十人程度に囲まれても戦って勝てるだけの力量を持っている。


「戦場での英雄が隙をつかれて脇腹をグサリ、なんてのはよくあることだ。そもそも標的は『千剣の魔術師』本人ではない。標的の首を刈り取るまでの短い時間、自由に戦えないよう抑えておけばそれでいい」


 その後、露天商風の男は各自に担当する役割を告げ、計画の流れを説明すると最後にぐるりと周囲を見回して宣言した。


「三日後に決行だ」






「よう、ちょいとつきあえよ」


 日陰町から南へしばらく歩くと下町を貫く小さな通りに出る。

 町娘の格好をした少女は、通りを歩く途中で聞き覚えのある声に呼び止められた。


「……」


 仲間との密談を終えて自宅へと向かっていた少女は、声の主を認識するなりすぐさま我関せずと再び歩きはじめる。


「おい、『赤ミサゴ』。無視すんなよ」


「……なんだ?」


 『赤ミサゴ』と呼ばれた少女は不機嫌そうに返事をした。


 声をかけてきたのは先ほどの密談で少女のとなりに座っていた男、先ほど仲間から『潜りツバメ』と呼ばれていた人物だ。

 商人の格好をしたその男は、相変わらず妙になれなれしい態度で赤ミサゴへ話しかけてくる。


「なんだっつーか、ちょいと仲間との親睦しんぼくを深めようと思ってな」


「必要ない」


 少女の返事はそっけない。


 赤ミサゴにとって潜りツバメは単なる組織の仕事仲間でしかない。

 同時にやたらと赤ミサゴにちょっかいを出してくる鬱陶うっとうしい相手でもある。

 任務に必要なことであれば会話も行うが、三日後の決行日を待つだけの状況でかわす言葉があるとも思えなかった。 


「いやいや、今回の仕事はチームだろ? 連携って大事じゃねえ?」


「今回あたしが命じられた役割は見届けだ。連携は必要ない」


「命令がなくてもお互いを理解するためにはコミュニケーションって大事だろ?」


「命令内容が理解できていれば十分だ。親睦を深めろという命令は受けていない」


「かーっ! ……まったく、模範解答ありがとさん!」


 おおげさな仕種で天を仰ぐ潜りツバメを無視して赤ミサゴは通りすぎようとする。


「じゃ」


「あーっと、待て待て! とっておきの情報教えてやるからちょっと待てよ」


 なおも赤ミサゴを引き留めようとする潜りツバメ。


「必要な情報はさっきもらった」


「いやいや、『裏糸手繰うらいとたぐり』が教えてくれなかった情報があんだろ?」


「『裏糸手繰り』が?」


 裏糸手繰りというのは先ほど車座の中心に座っていた露天商風の男である。


 組織の中でもかなり位の高いところにいるらしく、今回の任務では赤ミサゴたち九名のまとめ役を担うらしい。

 穏やかそうな外見とは裏腹に、内面に隠している凶悪なまでの威圧感は手練れである赤ミサゴたちから見ても恐ろしく感じられた。


「そうそう。『それはお前たちが知る必要のないことだ』つって」


「それならばその言葉通りだろう。あたしたちが知る必要のない情報ということだ」


「それでも興味ねえ? というか、標的の情報ならどんな些細ささいな事でも耳に入れておくべきだと思うんだけどな、俺は。不測の事態が生じたときに、情報が少ないばかりに不利な状況へおちいることもあると思うんだけど?」


「……」


 さりげなく周囲の状況をうかがう赤ミサゴ。


 もちろんいくら人通りが少ないとはいえどこから話が漏れるかわからない。

 これまでの会話も周囲に漏れぬよう注意を払っていた赤ミサゴだが、内容が内容だけにさらなる警戒をもってあたる。


「興味湧いた?」


「……聞くだけ聞こう」


「そうこなくっちゃ」


 潜りツバメが赤ミサゴのとなりを歩きながら左腕を差し出す。

 その腕に赤ミサゴが自然な形で自分の手を添えて身を寄せる。

 はたから見れば商人の若者と町娘が仲むつまじく歩いているようにしか見えないだろう。


「で? 情報というのは?」


「さっき『裏糸手繰り』が隠した情報さ」


 恋人同士が語らうような距離感で、潜りツバメは声をひそめて答えを返す。


「どうしてわざわざ『千剣の魔術師』なんてバケモノが側にいるこのタイミングで強行するのか? ってやつだ」


「どうして?」


 一方の赤ミサゴは表情が動かない。


 もともと普段から商人として他人と接する機会の多い潜りツバメと違い、赤ミサゴはあまり交渉や折衝といった役割が得意ではない。

 どちらかと言えば標的を尾行したり建物に潜入するといった任務の方が得意とするところだ。

 恋人同士が語らう演技など、専門外もいいところであった。


「どうやら依頼主からの強い要望らしい。ずいぶん依頼料を奮発してきたって聞いたぜ」


「それだけ?」


「いやいや、問題はどうして依頼主がそこまで急いでるのかっていうことなんだがな」


 赤ミサゴの下手な演技を気にすることなく、にこやかに笑みを作りながら自分が得た情報を口にする。


「どうも半月後に王家主催の園遊会が開かれるって話があるんだ。で、通常の園遊会だと社交デビュー前の子供は出席できないもんなんだが、今回に限っては十歳から十四歳までの令嬢も出席を許されるんだと。加えて園遊会には王太子の息子カルスト王子も出席が予定されているらしい」


「それがなにか?」


「わかんねえかな。社交デビュー前の子供、しかも令嬢だけが出席を許されるってことはどう考えてもカルスト王子の后候補を選別するための場、あるいは王子との顔合わせという意味があるんじゃねえ?」


「そういうもの?」


「そういうものだろ。当然、今回標的になってる公爵令嬢もその対象だ。つまり依頼者の狙いは公爵令嬢を園遊会に出席させないこと、なんだろうよ。死んでくれれば万々歳、そうでなくても傷物にでもなれば、とか思ってるんじゃないか? 襲われた令嬢が怯えて園遊会を辞退するだけでも依頼者にとっては十分だろうよ。そうすると依頼者が誰かも大体想像がつくってもんだ。公爵令嬢さえいなくなれば自分の娘が王子の后になれるだろうと考えるお貴族様の誰かってところだろうな。他の公爵家か、あるいは侯爵のどこかか……」


「あたしには関係無い話」


 それまで文句の付けようもない笑みを浮かべていた潜りツバメが、ふと悲しそうな表情を見せる。


「つれねえなあ。お前、考えたりしねえの? 自分と同じような年の令嬢がろくに苦労もせず着飾ってキャッキャと王子様に群がる一方で、自分は日の当たらない場所で上からの命令に従うまま標的の首を刈り取るだけの人生とか。なんか腹立たねえ?」


「恨むにしろ、うらやむにしろ、標的に対して何らかの感情を抱くのは時間の無駄だし、たとえ抱いたとしてもそれで刃先が鈍るほどあたしは未熟者じゃない」


「そういう意味じゃねえってのに……」


 潜りツバメが空いた方の右手で目を覆い隠し、空を仰ぐ。

 赤ミサゴの目には、それが盛大なため息を必死で我慢しているようにも見えた。


2019/04/04 誤記修正 来週 → 半月後に


2019/07/23 誤字修正 例え → たとえ

※誤字報告ありがとうございます。

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