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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十二章 令嬢は牙を求む
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第146話

 アルディスがミネルヴァに剣術の指南をはじめてから半年の月日が経った。


 最初は木剣の重さに振り回されてばかりだったミネルヴァも、剣を握り始めて四ヶ月も経てば次第に鍛錬たんれんの成果を見せはじめる。

 その剣撃も鋭さを日々増していた。


 鍛錬場に響くのは二本の木剣が打ち合わされる乾いた音。

 ミネルヴァがアルディスに対して左右から連続して剣撃を打ち込む。


「攻撃が単調になってるぞ! もっと考えて打ち込め!」


 足を止めたままミネルヴァからの攻撃を容易たやすく木剣で弾き、声を強めてアルディスが指摘する。


「はい!」


 短く答えると共にミネルヴァが渾身こんしんの一撃を叩き込む。

 その力を受け流すように木剣の勢いをそらしてアルディスは防御し続ける。


 最初の頃はものの数分で息を切らせてへたり込んでいたミネルヴァだったが、今では五分以上も打ち合いを続けることが出来るようになっていた。

 もちろん一般的な剣士の水準からすればまだまだだが、当の本人が貴族の令嬢であるということを考えれば話は別だろう。


「そろそろこちらからも行くぞ!」


 それまで防御に専念していたアルディスの木剣がミネルヴァの隙をついて攻撃へと転じる。


 言うまでもなく本気の剣撃ではない。

 ミネルヴァが反応出来るギリギリの速度で剣を振るい、受け流せるギリギリの力で叩きつける。


 相手が新米傭兵なら遠慮なくその体へ痛みと共に教えを叩き込んでやるのだが、さすがに貴族の令嬢へそんな教え方をするわけにはいかないだろう。

 万が一にもその柔肌やわはだへ傷をつけないよう、魔物に斬りつける時よりもよほど神経を使いながらアルディスは剣を振るう。


「くっ」


 アルディスの剣撃を受け流し損ねてミネルヴァが押し込まれた。


「正面から受けるな! 力比べになれば負けると思え!」


「はい!」


 返事をしながらミネルヴァは一歩下がって体勢を整える。


 実戦で相手の攻撃に押され下がってしまえば、それは結果的に敵の勢いを増すこととなり状況は一向に好転しない。

 だがこの鍛錬ではアルディスは足を止めたまま戦う、という前提がミネルヴァにその選択を取らせたのだろう。


「下がるな!」


 当然アルディスはそれを許さない。


「え?」


 アルディスが追撃してくるとは予想もしていなかったのか菖蒲あやめ色の瞳が驚きに染まる。


 とっさにもう一歩後退しようとしたミネルヴァだったが、アルディスの踏み込みからそんな鈍重さで逃れることができるはずもない。

 鋭く振り抜かれた一撃により、ミネルヴァの手に握られていた木剣がはじかれて宙を舞い、弧を描いて後方へ落ちる。


「ひどいです師匠」


 ミネルヴァが不満そうな表情を浮かべる。


「自分は立った位置から移動しない、とおっしゃっていたではありませんか」


「基本的に足を動かすつもりはなかったが、あれを見逃すと悪いクセが付くからな」


 主導権を相手に握られたまま後退あとずさるのはあまり褒められたことではない。


「一歩下がるのが悪いとは言わん。相手の攻撃を誘う目的や、一緒に戦っている仲間との連携を取るために下がるのはいい。だが相手の勢いに押されるがまま後退するのはダメだ。安易にそんなことをすればあっという間に追い詰められるぞ」


 本来なら貴族の令嬢にそこまで求めるのは酷というものかもしれない。


 これが護身術目的の鍛錬であるならば、ほんの数合耐えられるだけでも十分だ。

 公爵令嬢という立場にある以上、単独で敵と対峙することはまずないだろうし、たとえ護衛をくぐり抜けた敵が襲いかかって来たとしても初撃さえ防ぐことが出来れば生存率は大幅に上がるだろう。


 だがミネルヴァが求めているのは剣魔術である。護身術レベルで満足していては習得もおぼつかない。

 今のミネルヴァはその入口へようやく立つことができたに過ぎないのだ。


 肩を落としながらミネルヴァが弱々しく疑問を投げかけてくる。


「私は、強くなれているのでしょうか?」


 半年経ってもただ剣を振るうだけの毎日に不安を覚えたのだろう。


 なにせ剣を交える相手はアルディスである。

 相手が悪いと言えばそれまでだが、ミネルヴァが赤子扱いなのは仕方がない話だった。


 答えを返すアルディスの口調は冗談めかしている。


「強くなってるさ。少なくとも王国の貴族令嬢でおまえに勝てるやつはいないと思うぞ。なんなら令嬢たちを集めて公爵家主催で剣術大会でもしてみればどうだ?」


「参加者が集まるとはとても思えませんが」


 そもそも剣術を学んでいる令嬢自体がミネルヴァ以外に何人いることだろう。

 貴族の中にも物好きな人間は一定数いるが、さすがに剣術の鍛錬をするような令嬢は片手で数えるほどだろう。

 しかもおそらくそれを公言している令嬢はいない。

 いればミネルヴァの方から積極的に接触を試みているはずだ。


「そりゃそうだ」


 非難めいた視線を向けてくるミネルヴァにアルディスは肩をすくめる。


「いつになったら剣魔術の手ほどきをしてくださるのです?」


 まともに取り合わない指南役へごうを煮やしたのか、ミネルヴァは眉をよせながら剣術の師へ詰問した。


「最初に言っただろ? 剣魔術は剣術の延長線上にあるって。課題はちゃんとやってるか?」


「……はい、お言いつけ通り就寝前に毎日」


 先ほどまでの勢いが急に弱々しくなる。


 アルディスがミネルヴァに対して剣術の稽古ばかりしているのは決して悪意あってのことではない。

 剣魔術は何よりも魔力を操ることが出来なければ習得不可能な技術である。


 それはこの世界で一般的に認識されている魔法とは根本的に異なるものだ。

 『詠唱を伴う魔法』ではなく『魔力の法則を土台とした魔術』である以上、当然習得するための最低条件が『魔力を明確に知覚すること』なのは言うに及ばない。

 アルディスがミネルヴァに対して出した課題は、その魔力を知覚するためのものである。


「あれの成果が出ないことには教えようがない。というか教えたところで理解できない」


「でしたら剣術の稽古よりもあちらの課題を優先すべきではないのですか?」


「単純に長い時間をかければいいというものでもない。あれは修練というよりも『気付き』なんだ。『それ』に気付くかどうか、気付いてしまえばどうということはない。そういうものだ。短い時間でもいいから集中すること、毎日それを行い続けることが大事なんだ」


 最も高いハードルが魔力を知覚できるようになることだろう。

 魔力を知覚できるようになりさえすれば、そこから剣を操るようになるまでは大して苦労はない。

 飲み込みの早い人間であればおそらく半年もかからないはずだ。


 一方で剣を交える際の力加減や攻撃の組み立て方、間合いのはかり方や駆け引きなどの技術は半年そこらで身につくものではない。


 剣魔術の根底をなすのは剣術である。

 ならば一日でも早く、ひと月でも長く剣技を磨く方が結果的には剣魔術の習得も早くなるだろう。


 なにより、幾月も鍛錬を続けたあげく何ひとつ身につかなかった、というのではあまりにミネルヴァが不憫ふびんである。

 たとえミネルヴァが剣魔術を習得できなかったとしても、剣術という確かな力を会得えとくすることが出来るならこの時間も無駄にはならない。


「焦る必要はない。自分じゃ気が付かないだろうけど、おまえは確実に強くなってる。気休めで言ってるわけじゃない。それは俺が保証するさ」






 その日の夜。

 ミネルヴァは自室で就寝前にアルディスから与えられている課題に手をつけていた。


「今日こそは……」


 三ヶ月ほど前にアルディスから手渡されたひとつの小石。

 直径三センチほどのそれはやや丸みをおびてはいるものの、道端に落ちているようなごく平凡な石だ。

 宝石のように輝くでもなく、見た目に反して重い、あるいは軽いということもなく、手触りも変わったところのない本当にただの石。


 それをテーブルの上に置くと、イスに腰掛けてミネルヴァは意識を集中させる。

 小石に向けて視線を固定し、何ひとつ見逃すまいと凝視し続けた。


 何の変哲へんてつもない小石にしか見えないそれは、アルディス曰く「明らかに周囲とは異なるはず」の物らしい。


 その小石が何なのか、この課題に何の意味があるのか、何をもって成果とするのか。何ひとつアルディスからは明かされていない。

 ただ毎日五分でも十分でもいいからこの小石を見ておけ、というアルディスの言葉を素直に信じ、ミネルヴァは毎晩この意味不明な行為を日課としている。


「何度見てもただの小石にしか見えないのだけれど……」


 小石を凝視しすぎたせいで視界がぼやけたような感覚に陥ったミネルヴァは、疲れた目を指でもみほぐした。


 集中力が途切れた以上、今日はここまでとばかりに小石を指でつまんで灯りに透かす。

 魔法の灯りに照らされれば何か変化が起こるかとも思ったが、的外れな考えだったらしい。何も変化はなかった。


 視界の中心がかすんだように見えにくい。

 目の疲れはまだ取れないようだ。


 どこからどう見てもただの石にしか見えないそれが、剣魔術習得へ一体何の役に立つのか、ミネルヴァにはまったく見当けんとうもつかなかった。

 月に一度、小石の状態を確認するためアルディスがそれを手に取るのだが、結局その時も軽く指でつまむだけで何か特別な変化が生じるわけではない。


「このままでは私、魔術師ではなく剣士になってしまいそうですね」


 落胆らくたんを隠しもせずに盛大なため息をつく。


 令嬢にあるまじきはしたない行為だが、幸いここは自室であり、加えて就寝前のため人の目はない。

 ひとりの時くらい、気を緩める権利は公爵令嬢にだってあるだろう。


 ミネルヴァは小石を小物入れの引き出しに収めると、部屋の灯りを消してベッドに入る。

 剣術指南を受けはじめた頃は常に筋肉痛で悩まされたものだが、半年経った今では疲労感こそ残るものの痛みを感じるほどではない。

 軽い疲労感を感じながら、ミネルヴァの意識はすぐに深いところへと落ちていった。


2019/03/10 誤記修正 一年経った今 → 半年経った今

※ご指摘ありがとうございます。


2019/07/30 誤字修正 例え → たとえ

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