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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十一章 戦場を駆ける剣
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第134話

 サンロジェル君主国からの派遣軍である飛馬(ひば)隊は、迎撃態勢も整っていない王国本陣に突入。思いのままに蹂躙(じゅうりん)し尽くした。


「手応えがまったくありませんでしたね」


 隊長が飛馬の足を止めると、となりへ並んだ若者が言葉をかけてくる。


「無理もない。相手はこちらの半数。しかもヤツらにとっては突然の強襲だ。自分たちが戦闘に巻き込まれることなど考えてもいなかったのだろう」


 もちろんここが戦場である以上、それは単なる油断でしかない。

 言葉では相手への同情めいた表現を用いつつも、隊長の声には侮蔑(ぶべつ)の感情がのせられている。


「追撃いたしますか?」


「当然だ」


 すでに相手の指揮官らしき男と王族らしき若者は討ち取っていた。


 もはや王国軍は全軍に指令を(くだ)す者を失い、組織的な反抗や抵抗はできないだろう。

 通常の戦いなら十分戦果を得たとして兵を引くところだ。


 しかしながらこの戦いでは事情が異なる。

 勝つことは無論のこと、王国戦力へ継戦(けいせん)不可能なほどの打撃を与えることが目的であるからだ。

 敗走する敵にさらなる追撃を加え、その戦力を徹底的に削ぐことは帝国側の基本方針でもあった。


「だが全軍を差し向ける必要もないだろう」


 先ほどの戦いで見せた王国本陣の情けない戦いぶりを思い出し、隊長は若者へ指示を出す。


「千騎を預ける。手柄を立ててこい。我々は周囲の残敵を掃討(そうとう)しつつ右翼部隊の支援に向かう」


「はっ!」


 その若者は隊長が普段から目を掛け、将来を期待しているひとりであった。

 若いながらも精鋭である飛馬隊において頭角を現し、今回の派遣軍では隊長の補佐役を務めている。


 遁走(とんそう)する敵の中にはまだ手柄首も残っているだろう。

 討ち取れば彼にとって凱旋する際の大きな手土産となるはずだ。

 任務を終えて本国へ帰還した後に隊長と共に昇進する事は間違いないだろう。


 若者は感情の高ぶりをその表情に浮かべながら、手早く飛馬隊の半数を率いて王国軍の追撃に移った。


 それを見届けると隊長は自ら率いる部隊の編制に取りかかる。

 逃げ遅れた王国兵の掃討と、おそらくは不要と思われるが帝国右翼部隊の支援を行うため進路を南東へと向けた。


 そのまま足を進めていた飛馬隊が前方に単独行動中の騎兵と遭遇したのは、かなりの時間が経過してからのことである。


「三十騎ほど先行しろ。王国の伝令であれば逃がすな」


 斥候(せっこう)からの報告で進行方向に騎兵を捉えると、隊長は部下に命じて捕縛へと向かわせる。


 相手もどうやら飛馬隊に気が付いているようで、すぐさま馬首をひるがえして逃げはじめた。

 その後ろを三十騎の飛馬兵が狩りをするように追いかける。


 逃げ切れはしないだろう。

 もともと騎馬と飛馬ではその速度に違いがありすぎる。

 相手の馬がよほどの駿馬(しゅんめ)でないかぎり、やがて追いつくのは時間の問題だ。

 隊長は残る飛馬隊の面々とともに、少しだけ速度を上げながら悠々と後を追いかけた。






 アルディスは自分たちのもとへと向かってくる存在を魔力によって(とら)えた。


 先頭に反応がふたつ。それに続いて六十ほどの反応が続く。

 いずれも人間ほどの大きさとその倍ほどの大きさをもつ魔力が重なり合うように感じられることからも、おそらく騎乗した兵士たちであろう。


「追いかけられているのか」


 近づいて来たその姿が次第に見えてくる。

 先頭の騎兵は(よそお)いから王国軍であるとわかった。

 彼らの動きを見るに、先頭の一騎を後方の三十騎が囲み込むようにして追いかけている様子だ。


 ということは必然的に後方の三十騎が帝国軍であると推測できる。


「……どうしますか?」


 遠慮がちにキリルがアルディスへ問いかけた。


「選択の余地はないだろう? 隠れようにもこんな場所じゃあな……」


 平然とした顔で言い放ちながら、アルディスは周囲を見回した。

 森や山地ならばともかく、戦場となっているのは隠れる場所も少ない荒野である。

 三十人以上の人間が身を隠すような場所はそうそう見つからない。


 アルディスの言葉を聞いてキリル以外の学生たちは瞬時に顔を青くする。

 人数だけでいうなら互角だろう。

 しかしこちらは今日初陣(ういじん)を飾ったばかりの学生、対する相手は精鋭と思われる騎兵だ。

 勝負の行方など火を見るよりも明らかだった。


「大丈夫……ですよね?」


 アルディスの実力をこの場にいる誰よりも理解するキリルである。

 たとえ騎兵の集団が相手でも遅れを取ることはないと信じているようだったが、少々不安そうな声色が感じられるのは、おそらく自分たち学生が足枷(あしかせ)となってしまうのではないかという心配が拭えなかったからだろう。


「手前の三十騎はどうでもいいんだが――」


 何でもないことのように言い放つアルディスへ「ど、どうでもいいんですね……」と乾いた笑いと共にキリルがつぶやく。


「問題はその後ろに続く集団の数が多いことだろうな」


「えっ?」


 慌ててキリルが前方へ顔を向ける。


 視界に見えるのは王国騎兵を追いかけてくる三十騎の帝国兵。

 だがしっかりと目をこらしてみると、三十騎の遥か後方においても砂煙が立ち上っていた。

 何者かの存在がそこにある証拠だろう。


「後ろにいるのも騎兵だな。ざっと千騎、といったところか」


「せ、千っ!?」


 さすがのキリルも目を丸くした。

 あまりにも予想外なその数に、キリル以外の学生たちは絶句する。


 三十騎の敵というだけで絶望的なのにもかかわらず、さらに後からやって来るのは言葉通り桁違いの数だと聞かされ、キリルはすがるような気持ちで希望的観測を口にした。


「そ、それは……、味方という可能性は?」


「味方だったらあの王国兵が単騎で逃げる理由はないだろう」


 それは道理であった。

 圧倒的多数の味方が近くにいるのなら、わざわざ味方から離れる方向へ逃げる必要などない。


 単騎の王国兵が遠ざかろうとしていることからも、後方の千騎が味方である可能性は限りなく低いと考えられる。

 そうしている間にも彼我(ひが)の距離は次第に縮まっていく。


「ひとまず手前の敵を払う。全員少し下がっていろ」


 心配そうな表情のキリルを他の学生と一緒に下がらせると、アルディスは向かってくる一団に対して正面から立ちふさがる。


 キリルの心配も無理はない。

 確かに先ほどの戦いでアルディスは敵部隊のど真ん中にひとりで攻め入り無事に戻ってきた。

 だがその時の相手は歩兵を中心とする雑兵である。


 対して騎兵というのはどの国においても軍の最精鋭部隊であり、その実力は一般の歩兵と比べるべくもないのだ。

 騎兵千騎というのは戦場において非常に危険で、しかも強力無比な暴力の塊と言える。


 しかしアルディスは気負うことなく、近づいてくる騎兵に対して穏やかな視線を向けたままだった。

 やがて逃げてくる王国騎兵の表情がかろうじて見える距離にまで引きつけると、アルディスは仰々しく詠唱をはじめる。


「打ちつける弾丸は高貴なる冬妖精の尖兵(せんぺい)――――氷塊(フェルテ)!」


 詠唱へ応えるかのようにアルディスの周囲を複数の氷塊が囲み、それらが放たれた矢のような速度で帝国の騎兵たちにその鋭い切っ先を向けて飛ぶ。


 味方の騎兵を巻き込まないよう、周辺一帯を巻き込む『極北の嵐トロア・シュス・フォローテ』ではなく『氷塊(フェルテ)』を複数生みだしたアルディスだが、本来『氷塊』は一度にいくつも生み出せるものではない。

 一瞬にして三十の氷塊を作り出したアルディスの魔法を見て、後ろから悲鳴にも似た驚きの声が聞こえてきた。


「な、なんだ今の……!?」


「まさかあれが『氷塊』、なのか……?」


「同時に複数!? そんなことできるのか!?」


 なおも狼狽気味(ろうばいぎみ)の声をこぼす学生たちなどお構いなしに、アルディスの放った『氷塊』()()()が一直線に帝国騎兵へと襲いかかる。

 騎兵たちがアルディスの攻撃に気が付いたらしく、スピードを緩めて前方へ魔法障壁を展開しはじめた。


(騎兵全員が魔法を? 一筋縄ではいきそうにないか)


 もともと騎兵というのは軍の中でもエリートたちで構成される精鋭である。

 騎馬の扱いもさることながら、騎乗したままの戦闘技術も一朝一夕では身につかない。

 それに加えて魔法障壁を展開できるほどの実力を持っているとなれば、練度の高さは察するにあまりある。


 しかし彼らに襲いかかった『氷塊』はただの『氷塊』ではない。

 魔力を自在に操り、一般の魔術師が放つそれとは比べものにならない威力を誇るアルディスの放った氷塊もどきだ。

 当然生半可な障壁で防げるような優しいものではなかった。


 魔力によって加速された氷の塊は狙い過たず騎乗の兵士へと向かい、彼らの展開した障壁に激突する。

 その勢いが弱まったのはほんのわずかな時間だけ。

 すぐさま障壁はその威力によって砕かれる。


 だがそのまま敵兵に命中するかと思われた氷塊は直前で不自然な動きを見せた。

 直進していた氷塊が明らかに軌道をそらし、まるで敵騎兵を避けるかのようにその横を素通りした。


「それた? いや、そらされたか」


 いくら距離が離れているとはいっても、直線的に向かってくる標的への狙いを外すほどアルディスの狙いは甘くない。


 何らかの形で外部から働きかけがあったのは間違いないだろう。

 問題はどんな力が影響したかだ。


「あの馬……、あれが噂に聞いたやつか」


 帝国で耳にした『南の大陸からやって来た一団』。彼らが騎乗するのはこの大陸で見慣れない獣だという。

 馬のようで馬ではないという噂だったが、アルディスは今、自らの目で真偽を確かめる機会を得ていた。


 確かにシルエットは馬に似ている。

 だがよく見れば明らかに馬とは異なる生き物だとわかるだろう。

 身体の側面が羽毛らしきもので包まれ、それは太い足の付け根にまで達している。

 駆ける速度を表すかのように後方へ向けてたなびく羽毛は、戦場にあって場違いなほど優美な様を感じさせた。


 その周囲へ膜のように広がるやや濃い目の魔力を感じ、アルディスは氷塊を退けた原因を推察する。


「なるほど。単に見た目が奇妙なだけ、じゃあないのか」


 おそらく何らかの魔力的な護りを持っているのだろう。

 騎乗している兵士がそれを意識的に使えるものなのか、それとも獣の本能に任せるしかないのかはわからない。

 だが魔力を用いた攻撃がその効果を存分に発揮できないであろう事はアルディスにも理解できた。


 少々狙いをそらされようが、広範囲に破壊をもたらす強力な攻撃を放てばいい話ともいえるが、そうするとこちらに逃げてくる味方の騎兵を巻き込む可能性が高くなる。


 アルディスが純粋な魔術師であれば少々困った状況に追い込まれたと言えよう。

 しかしそれはアルディスが魔術師であればのはなしだ。

 たとえ魔力での直接的な攻撃が使えなくても、アルディスは何ひとつ困らない。


「ちっ、面倒な」


 舌打ちに続いて吐き出された言葉の通り、彼にしてみれば少々手間がかかる程度の影響しかないのだ。


 アルディスが腰から二本のショートソードを抜いて宙に浮かべる。

 『剣魔術の使い手』の呼び名で知られる通り、飛剣を使った戦いこそが彼の真骨頂(しんこっちょう)だからだ。


 そしてなにより、おそらくほとんどの人間が理解できないであろう事実がそこにはあった。

 アルディスは本来、魔法や魔術を駆使して戦う『魔術師』ではなく、その手で武器をふるい敵を打ち倒すことが本分の『剣士』である――という事実が。


2019/07/30 誤字修正 関わらず → かかわらず

2019/07/30 誤字修正 例え → たとえ


2019/10/02 誤字修正 駿馬(しゅんば) → 駿馬(しゅんめ)

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