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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十一章 戦場を駆ける剣
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第132話

 両国の傭兵部隊同士が正面から激突する中央部の状況は帝国優勢のまま推移していた。


 かろうじて戦線を支え、局地的には王国優位という戦況もアルディスの力あってのことである。

 もちろん、アルディスが抜けた後の傭兵部隊も決して弱兵ではない。

 ただもともとの数が違いすぎる以上、押されてしまうのは仕方ないことだった。


「わかってはいたつもりだが、アルディスの強さがあれほどとはな」


「アルディスがいなくなった途端に押されはじめたもんね」


 細身の剣士であるジオの言葉に、紅一点のコニアが同意する。

 グレシェをリーダーとする『コスターズ』の面々は、時間を追うごとに強まる帝国傭兵部隊からの圧力をひしひしと感じていた。


「だが俺たちとてあの頃の新米傭兵ではない。この程度は切り抜けられるはずだ」


 四人の中で最もガタイのいいラルフが斧を肩に担ぎながら言うと、グレシェが頷いた。


「もちろんだ。俺たちの実力は戦争でも十分通用すると、この戦いで証明してやろう!」


 リーダーの号令に三人はそれぞれ応えると、連携を密にして帝国軍へと立ち向かう。


 実際、彼らコスターズの実力は本物だった。

 アルディスには遥か及ばないとしても、傭兵としては十分な力量を持っている。

 トリアでも若手の注目株と言われるだけあって、並の傭兵たちよりひとつ抜きんでた実力をこの戦いでも見せていた。


 だがコスターズの面々にとって、この戦いで最も苦戦を強いられていることは敵の多さでも強さでもない。


「やはり顔見知りが相手というのはやりづらいな」


 ぼそりとつぶやいたグレシェの言葉が彼らの心境を表していた。


 傭兵は国への所属意識が薄い。

 普段トリアで活動している傭兵の中にも、今回帝国側へついた者が多数いる。

 時折視界へ入る見知った顔に、ついつい攻撃の手が鈍くなってしまうのは仕方がないことだった。


「ひぃ! た、頼む! 見逃してくれ! 同じトリアの傭兵仲間だろう!?」


 それが相手にも伝わるのだろう。

 コスターズが帝国の傭兵と戦う中で、仲間を倒され追い詰められた傭兵のひとりが命乞いをしはじめる。


「どうするよ、グレシェ?」


 戸惑ったラルフが視線をとなりに向けて判断を請う。


「同じトリアの傭兵だ。戦いで斬り合うのは仕方ないにしても、戦意を失った相手に無用な殺生はしたくない」


「ってことだ。見逃してやるからさっさとこの場から離れるんだな」


 グレシェの言葉を受けて、代わりにラルフが追い払うような仕種を見せる。


「わ、悪ぃ! 恩に着るぜ!」


 温情を受けた敵の傭兵は、これ幸いとばかりにグレシェたちの前から姿を消していった。






「ふう、命拾いしたぜ。相変わらず甘っちょろい連中だったな、へへ」


 コスターズから見逃された傭兵は安全な場所に落ち着くと、ほくそ笑みながら戦場をぐるりと見渡す。

 周囲では敵味方の傭兵同士が容赦のない殺し合いを繰り広げている。

 大半は顔も見たことのない傭兵だが、ところどころトリアで見かけた顔もあった。


 だが彼らはコスターズの面々とは違う。

 たとえ普段は同じ酒場でとなりのテーブルに座る相手であっても、戦場で敵味方に分かれればそんな事は関係無い。


 敵とわかっているなら当然殺す。

 殺さなければ殺される。ただそれだけだ。


「強えのは確かだが、あれじゃただの馬鹿だろ」


 感謝どころかあざけりの感情を乗せて傭兵は笑う。


 仲間を全員倒され進退窮(しんたいきわ)まった傭兵がダメ元で命乞いをしてみれば、コスターズはあっさりと敵である自分を見逃してくれたのだ。

 それは戦場に立つ者として、甘いにもほどがある行いだった。


「ちょうどいい。戦場なら誰が死んだって不思議じゃねえしな。あいつら前から目(ざわ)りだったんだ」


 ひねくれた笑みを浮かべ、傭兵は帝国に属するトリアの傭兵たちへひとりまたひとりと声をかけはじめる。


「魔物相手と人間相手じゃ話が違うってことを冥土の土産に教えてやるか」


 両軍が激突する戦場の中、普段トリアで活動する傭兵たちの一部が集結しはじめ、次第にひとつの集団が形成されていった。






 それまで時折苦戦しながらも戦場を渡り歩き続けていたコスターズが、多数の傭兵による波状攻撃で窮地きゅうちおちいったのは突然のことだった。


 前触れもなく現れた帝国側の傭兵が圧倒的な人数差をもって襲いかかる。

 その数、十八人。


 いくらコスターズの面々が平均以上の実力を持っているとはいえ、四倍以上の数を前には太刀打ちできない。


「きゃあ!」


 まず最初にヒザをついたのはコニアだった。


 もともと小柄な体格と敏捷性を生かして敵を翻弄ほんろうするスタイルの戦いをするコニアだが、その反面純粋な膂力りょりょくという意味ではどうしても劣ってしまう。

 攻撃をかわされるならばともかく、盾で受け止められた状態から押し込まれて足が止まってしまった。

 アルディスならば力で押し切ることもできるだろうが、小柄な女性にそれは難しい芸当だ。


「コニア! ちっ、くそ!」


 続いてラルフがその足に矢を受ける。

 一本二本の矢であれば払うなり避けるなりできるだろうが、さすがに四本同時の射撃は防げなかった。


 同じようにして前後から三人の傭兵に襲いかかられたジオも手傷を負ってしまう。


「ラルフ! ジオ!」


 グレシェが焦りをあらわにした。


 周囲は多数の敵傭兵が立ち並び、その矛先が全てグレシェたちの命を狩らんと狙っている。

 同数で戦えば勝てる相手だったが、こうも数で押し切られればいかんともしがたい。


 やむを得ずグレシェは自分たちの敗北を受け入れた。

 同時にその幸運にも感謝する。

 なぜなら彼らを囲む帝国側の傭兵たちはいずれも顔に見覚えがあったからだ。


「降伏する。抵抗はしないから捕虜としての扱いを頼む。できれば同じ町を拠点にしている仲間のよしみで見逃してくれるとありがたい」


 同じ町で暮らす顔なじみの傭兵だ。

 彼らとて無抵抗のグレシェたちを斬るのは気持ちの良いものではないだろう。

 敵傭兵たちの中には先ほどコスターズが見逃してやった傭兵の姿も見える。

 同じように今度は彼らがグレシェたちを見逃してくれる可能性もあるし、たとえそれが無理でも降伏すれば捕虜としてそれなりに扱ってくれることは間違いない。


 グレシェはそう考えていた。


 だがその考えが間違いであることを、敵の傭兵たちは行動で示す。

 誰ひとり武器を降ろす者はいなかった。

 矢じりの先端が、剣の切っ先が、斧の重厚な刃が、今にも襲いかからんばかりにグレシェに向けられている。

 彼らの顔に浮かぶのは、仲間をその手に掛けなければならないという悲壮な決意ではなく、グレシェたちをあざ笑うかのような下卑げひた思惑。


「おい、聞いたかよ。『仲間の誼で見逃してくれるとありがたい』ってよ」


 敵傭兵のひとりが他の傭兵をぐるりと見回しながらグレシェの言葉を再現する。

 途端に周囲の傭兵たちからどっと笑いが湧き起こった。


「バッカじゃねえのか?」


「なに甘えたこと言ってんだか」


「寝言は寝て言え」


 予想もしなかった反応にグレシェは焦る。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺たちは同じトリアの傭兵仲間だろ? さっきはこちらが見逃してやったじゃないか!」


 敵傭兵の中に先ほどコスターズが見逃した傭兵の姿を見つけ、グレシェは訴えかける。


「ああ、さっきはあんがとよ。おかげで命拾いしたぜ」


「だったら――!」


「だがそれとこれとは別の話だろ? 『見逃してやった』? テメエのそういう上から目線のところが前から気に食わなかったんだよ」


「なっ――!」


 つい先ほど温情を向けた相手から返される、明らかな敵意に言葉を失うグレシェ。

 そんなグレシェへ向けて他の傭兵たちも次々に口を開く。


「ちいと名が売れたからっていい気になりやがって!」


「そ、そんないい気になんて――」


「お前らのせいでこっちは商業ギルドから出入り禁止食らったんだぞ!」


「それは……! 誇張した報告は依頼主の為にならないと思って――」


「人様の受けようとした依頼を横から口挟んで台無しにしただろ!」


「あれは、何も報酬を払って依頼するほどのことではなかったから――」


 コスターズへの非難にひとつひとつグレシェが反論するが、傭兵たちに何ひとつその言葉は届かない。


「ようするにだ、オレらは誰も彼もお前らのことを忌々(いまいま)しく思ってるってわけだ」


「……俺たちに、どうしろと?」


「別にどうもしなくていいさ。ここは戦場。オレらとお前らは敵同士。敵同士なら相手の命を奪うのは不思議なことじゃないし、誰にとがめられることでもない。この場でお前ら全員をなぶり殺しにしたところで、それは戦闘行為として仕事を遂行しただけの話だろ?」


「だからって、何もわざわざ仲間同士で殺し合いをしなくても……」


「ハッハハ! アホじゃねーのかお前? 敵味方に分かれた傭兵が、顔見知り相手だからっていちいち手心加えてちゃ、やってらんねーよ」


「そ、そんな……」


「お前らが王国側についてくれたのはラッキーだったぜ。同じ陣営じゃ戦闘のどさくさに紛れてってわけにはいかねえからな」


 愕然がくぜんとするグレシェには傭兵たちへ返す言葉も見当たらない。


 コニアは傭兵のひとりに組み伏せられ、ラルフとジオは負傷して戦闘は困難。

 グレシェは無傷だが、いくらなんでも十七人の傭兵相手にひとりで勝てると思うほど自惚れてはいない。


「くっ……、どうして……」


 どうしてこうなったのだろうかという思いが一瞬頭をよぎるが、今はそれよりもどうやってこの危機を乗り切るかが優先だった。

 しかし、考えても有効な手立ては思い浮かばない。

 当然ながらグレシェの考えがまとまるのを待ってくれるほど敵は優しくなかった。


「じゃあとっとと終わらせるか。戦場のど真ん中でいつまでもくっちゃべってるわけにはいかねえしな」


 その言葉を合図に傭兵たちが武器を構え、魔法の詠唱をはじめる。


「戦争に参加して、敵軍に殺される。傭兵としちゃあ至極しごく真っ当な死に方でよかったじゃねえか!」


 幅広の両刃剣を手に傭兵がグレシェへと襲いかかる。


 無論グレシェとて黙って殺されるつもりはさらさらない。

 盾をかざしてその剣撃を受け流し、利き腕に持った剣を振るって反撃を加える。


 一対一なら簡単には負けないであろう相手。

 だがそれは一対一なら、だ。

 一歩引いた敵に代わって、今度は左右からひとりずつ傭兵が斬りかかってきた。


「くっ!」


 グレシェは右側の傭兵に向かって一歩踏み出すと、剣を打ち合わせ、それを中心にして身体を巻き込むように敵と位置を入れ替える。

 そのまま敵の身体を蹴り飛ばし、左側から斬りかかってきた傭兵の剣が迫るよりも前に飛び退すさった。


 仲間同士でぶつかる敵を横目に、次の敵へと視線を向けようとしたグレシェは突然背中が焼けるような感覚に襲われる。


 斬られた。


 そう自覚すると同時に前方へ身体を投げ出して追撃をかわす。


「ぐ……」


 傷は浅い。まだ戦える。だが――。


「あとどんだけもつかな?」


 敵の傭兵たちが歪んだ笑顔でグレシェをはやし立てる。


 多勢に無勢。


 ラルフとジオも負傷をおして戦っているものの、さすがに普段の動きとは違い精彩を欠いている。

 どれだけ奮戦しようとも、四方八方から間断なく攻撃を受ければ次第に傷は増えていく。

 数分もしないうちにグレシェは体中を血に染めて肩で息をしていた。


 身体が思うように動かない。

 万全だとしても勝ち目のない戦いだ。

 もはや勝機は見えなかった。


「あばよ」


 グレシェの限界を見て取った敵傭兵が、終幕のセリフを口にする。


 これまでかとグレシェがあきらめたその時だった。

 わずかに風を切る音が戦場の喧騒を縫って割り込んでくる。


「ぐあっ」


 突然敵の傭兵に一本の矢が突き刺さった。


 頸椎けいついの位置へと横から深々と突き刺さった矢に、流れ出た血がじわりと伝う。

 次の瞬間、どこからともなく現れたバスタードソードが矢もろともその首を断ち斬った。


 ゴロリと地に落ちる頭部。

 吹き出る血潮。

 あっけにとられていたグレシェがバスタードソードの持ち主を見て、その名をつぶやく。


「テッドさん……」


「おう、何とか生きてんな」


 ニヤリと笑ったテッドがその太い腕でバスタードソードを一振りする。

 グレシェの横で敵の傭兵がさらにひとり深手を負って地に倒れた。


「テ、テッド……!」


 敵の中から絞り出すような声がした。

 その声には明らかな畏怖いふの感情がこもっている。


 そんなことなどお構いなしに場の空気を切り裂く一本の矢。

 矢が飛んだ先にあったのはコニアを組み伏せる敵傭兵の頭部。

 運悪く左目を矢で貫かれた敵の傭兵が絶叫をあげてのたうち回った。


 混乱する敵の傭兵が立ち直る隙も与えず、今度は風の上級魔法が彼らに襲いかかる。

 離れた場所からグレシェたちを狙っていた魔術師や弓士たちは夏の嵐がまるでそよ風に思えるほどの激しい風に巻き込まれ、体中を斬り裂かれて虫の息となった。


「びゃ、『白夜びゃくや明星みょうじょう』!?」


 傭兵のひとりが怯えとともに叫んだ。


 グレシェたちの危機に現れたのは、トリアでも実力派で知られるパーティ『白夜の明星』だった。


 狼狽ろうばいする敵を前に、テッドたちは次々とその命を狩っていく。

 オルフェリアの『風切』が、ノーリスの矢が、テッドのバスタードソードが、ひとりまたひとりと敵の傭兵を仕留めていった。


 やがてノーリスとオルフェリアがテッドの側まで歩み寄ってきた時、敵は最後のひとりを残すのみとなっていた。


「た、た、助けて……。助けてくれ……! 同じトリアの仲間だろ……?」


 圧倒的優位な状況から、一転して追い詰められた敵の傭兵が命乞いをする。

 見ればそれは、先刻グレシェたちが見逃した傭兵と同一人物であった。


 苦々しい気持ちでグレシェは顔をゆがめる。

 自分たちの見逃した傭兵が、今度は自分たちを追い詰めてこちらの嘆願を一蹴し、一転して再び命乞いをしている。

 一体何がいけなかったんだ、とグレシェが落ち込むのをよそにテッドと敵傭兵の会話は続く。


「そうだな、確かにお前の顔は見覚えがある。酒場で何度か見た顔だな」


「だ、だろう? 同じ町をねぐらにする誼で、ここは見逃してくれよ!」


「だけどよ――」


 何の感慨かんがいもなくテッドはバスタードソードを振り上げる。


「それがどうした? オレは王国軍、お前は帝国軍。今は敵同士だろ?」


「そ、そんな! 仲間だろ!? 助け――」


「あきらめろ。帝国を選んだお前の判断が悪い」


 敵の傭兵が懇願するのを遮って、テッドが言葉と首を同時に切って捨てた。

 ボトリと傭兵の首が落ちる。


 命乞いの言葉を無視して決着を付けたテッドに、思わずグレシェは異を唱えてしまった。


「テ、テッドさん! 何も殺さなくても……! 彼は無抵抗だったし、戦意を失っていたのに!」


「はあ?」


 あきれた顔でテッドがグレシェを睨む。


「なーに馬鹿な事言ってんだ、お前は? オレたちゃ今戦争してんだぞ?」


「だとしても! 無抵抗な人間を殺める必要がどこにあるんですか!?」


「あきれた甘ちゃんだな」


 大きなため息をついて、テッドがノーリスに視線を送る。

 その目が「面倒だから任せた」と物語っていた。


 周囲へ視線を配りながらグレシェたちのもとへと近づいて来たノーリスは、開口一番ダメ出しをする。


「どうしようもないねー。その考え方だとすぐに背中を刺されて死んじゃうよ?」


「……どういう意味ですか? ノーリスさん」


「そのまんまの意味だよ。そりゃ確かに無抵抗の相手を一方的に惨殺ざんさつするのは褒められた話じゃないけど、ここは戦場だよ? 中途半端に敵へ情けをかけたり手加減できるほど、君らは自分が強いと思ってるの?」


「強いとか、弱いとか以前の問題でしょう! 無抵抗の相手、しかも敵味方に分かれたとはいえ同じ町に住む仲間じゃないですか!」


「あはは。それで情けをかけて見逃してあげたってのに、また襲われてちゃ世話ないよね」


「え……、なんでそれを……?」


「たまたまだけどね。さっき君らがあの傭兵を見逃してたのは見てたよ」


 ノーリスの言葉にグレシェの表情がくもる。


「で? 恩を仇で返されたわけだけど? しかも僕らが助けに入らなきゃ死んでたよね、君ら。だいいちあんな性根の腐った人間は、見逃してやってもまた機会を見て襲いかかってくるだけだよ?」


「そ、それは……」


「もう一度言うけど、ここは戦場だよ? 敵に無用な情けをかけて、自分や仲間の命を守り、自軍を勝利に導けるほど君らは強いのかな?」


 返す言葉もなくグレシェは沈黙せざるを得なかった。


「あれだけの数に襲われても怪我ひとつせず切り抜けられる自信と実力があるなら、そういう考えもいいと思うよ。無用な殺生をせず火の粉だけを払いのけるのは決して悪いことじゃない。でもそれは圧倒的な力があってこその話だね。例えばアルディスみたいな」


 そう。アルディスのような馬鹿げた強さがあれば、あの傭兵たちが何度襲いかかって来ても振り払うことができるだろう。


 だがそのアルディスですら敵には容赦しなかった。

 たとえ無傷で追い払う実力があったとしても、殺意をもって襲いかかってくる相手には返礼として冥界への切符を投げつけるのだ。


「でも君らにその実力はない。確かにその辺の傭兵よりは力があると思うけど、比べてみればってレベルだからね。正直言って、実力以上の背伸びをしているようにしか見えないな」


 淡々と諭すようにノーリスは語り続ける。

 その一言一言がグレシェの矜持きょうじを傷つけていく。


「そういうの、なんて言うか知ってる? 身の程知らずって言うんだ」


 それがとどめの一撃となった。

 グレシェはうつむいたまま歯を食いしばる。


「一時期アルディスと一緒に行動してたって聞いたけど、そういうところは見習わなかったのかな?」


 チクリと針で刺すようなノーリスの追い打ち。

 見かねたオルフェリアが口を差し挟んだ。


「もういいでしょ、ノーリス。彼らには治療が必要だわ」


「そうだね。じゃあ君らは後方に下がって治療を受けておいで」


「は、はい……」


 力なく答えてきびすを返そうとしたグレシェに、テッドが声をかける。


「なあ、グレシェ」


「……何でしょうか?」


「これだけは憶えとけ。人間の感情、特に悪意を甘く見るな。ねたみ、そねみ、恨み……、そういう負の感情はディスペアなんかよりもよほどお前らの命を脅かす。忘れるな」


「はい……。心しておきます……」


 答えるグレシェの声は今にも消え入りそうだった。


 テッドの言葉に、グレシェは四年前アルディスと衝突した時のことを思い出す。

 グレシェやアルディスの獲物を横取りしようとしてきた傭兵たちを、アルディスは野盗とみなして殲滅した。


 アルディスの実力なら殺さなくても撃退できたのは確かだろう。

 だがアルディスの言っていた通り、それで万事解決するわけではない。


 今回、あの傭兵はグレシェたちの温情を受けながらも恩を仇で返し牙をむいてきた。

 ならば四年前に野盗となって襲ってきた傭兵たちはどうだろうか。


 あの時見逃しておけばどうなっただろう。

 アルディスの温情に感謝していただろうか?

 改心し、心を入れ替えて真人間になっていただろうか?


 いや、おそらくそれはない。


 そんな傭兵たちであれば、そもそも徒党を組んで野盗まがいの事はしないはずだ。

 まず間違い無く、アルディスやグレシェたちに恨みの感情を抱いていただろう。


 アルディスならばたとえ恨みという悪意を形にして向けられても、傷つくことはないかもしれない。

 しかしその恨みはおそらく強大な力を持つアルディスにではなく、新米傭兵だった自分たちへと向けられていたに違いない。


 アルディスがあれほど苛烈な反撃をし、禍根かこんを断ったのは彼自身のためではない。きっとグレシェたちを守るためだったのだ。

 グレシェは今さらながらにアルディスの言わんとしていたことを理解した。


『下手すればこちらが罪を着せられかねん』


『間違いなく俺たちに報復してくるぞ。今度はもっと念入りに計画を練ってな』


 アルディス自身にとってどうということのないその悪意が、グレシェたちに向かうことを懸念けねんしていたのだろう。

 それに気付きもせず、当時のグレシェはアルディスを非難し、その結果ケンカ別れのような形になってしまった。


「アルディスはそこまで俺たちのことを考えていてくれたのに……。俺は彼に向かってあんな事を……」


 四年前から何ひとつ成長していない自分をグレシェは恥じた。


 グレシェたちはこれまで知らず知らずトリアの傭兵たちから恨みを買っていた。

 傭兵である以上、それ自体は仕方がないことだ。

 名が売れるということは、賞賛や羨望を集めると同時に嫉妬をも集める。

 互いの関わり方次第では遺恨を残すこともあるだろう。


 問題はグレシェたちがそれに対してあまりにも無防備だったことだ。

 たとえディスペアを狩れるほど強くなっても、たとえトリアの傭兵たちから一目置かれる存在になっても、窮地に陥り他人から指摘されるまで自らの危うさに気付きもしない。四年前も、そして今も。


 ノーリスに言われた『身の程知らず』という言葉が胸に突き刺さる。


 アルディスという人物を知るほどに自分の矮小わいしょうさを思い知らされる気がした。


「いつか、追いつくことができるのだろうか……」


 この日、グレシェの中でアルディスという名の存在が大きく意味を変える。

 強大な力を持つ顔見知りの傭兵という存在から、いつかそのとなりに並び立つことを望む遠い目標へと。


2019/07/30 誤字修正 例え → たとえ


2019/08/12 修正 何の感動もなく → 何の感慨もなく

※ご指摘ありがとうございます。


2020/02/01 誤用修正 来られても → 来ても

※誤用報告ありがとうございます。


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