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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十一章 戦場を駆ける剣
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第130話

 着地したアルディスは二本のショートソード『刻春霞(ときはるがすみ)』と『月代吹雪(つきしろふぶき)』を自らの左右に(はべ)らせる。

 その右手にはブロードソード『蒼天彩華(そうてんさいか)』を握り、上空からの攻撃を障壁で防がれた二箇所のうちひとつへと駆け出した。


「討ち取れ! 相手はひとりだぞ!」


「懐に潜り込めば魔術師なぞ恐れるに足らんぞ!」


 帝国の士官たちが敵はひとりだと強調し、周囲の兵士へ叱咤激励する。


 それは事実である。

 この場にはアルディス以外王国側として戦う人間などひとりもいない。


 だが懐に潜り込めば、というのは間違いであった。

 少なくともアルディスから半径二メートル以内の空間は、帝国兵にとって最も死地へ近い場所であったからだ。


「ぎゃああ!」


 駆け抜けながらアルディスが『蒼天彩華』をひと振りすると、正面から立ちふさがった兵士の腕が飛ぶ。

 その後ろにいた別の兵士はアルディスの姿を目にした瞬間、首をはねられてあっけなく現世に別れを告げた。


 左右から襲いかかろうとする兵士は、『刻春霞』と『月代吹雪』によって迎撃される。

 まるでアルディスを守る従者のように粛々(しゅくしゅく)と、だが残酷な一撃を確実に敵へと叩き込んでいた。


「何だあの剣は!?」


「勝手に動いてるぞ!」


 王国内では知る者が増えたアルディスの剣魔術も、交流が少ない帝国までは伝わっていなかったのだろう。

 人の手によらず宙を舞う飛剣を見て、帝国兵は少なからず驚きと狼狽(ろうばい)の色をその表情へ浮かべる。


 アルディス本人と二本の飛剣が織りなすのは戦場の行進曲(マーチ)

 それも一歩進むごとに命をひとつ刈り取っていくという、物騒なことこの上ない楽曲だ。

 アルディスが走り抜ける直線上では次々と兵士たちが倒れ、その軌跡が赤い色で舗装されていった。


 その時、無人の野を駆けるがごときアルディスへ上空から氷の塊が音もなく襲いかかる。

 瞬時に魔法障壁を展開してそれを防ぐと、アルディスは目的の場所が近いことを知る。


(『氷塊(フェルテ)』の魔法。それもオルフェリア並の威力――)


 その負荷にアルディスは敵手の力量をすぐさま把握する。


 おそらく『白夜(びゃくや)明星(みょうじょう)』のオルフェリアと同等の力を持つ魔術師からの攻撃。

 上級魔法を行使して来なかったのは、アルディスの周囲が帝国兵だらけだからだろう。


 味方を巻き込もうとしないのは立派な心がけだが、『氷塊(フェルテ)』の魔法ひとつでアルディスの足を止められるわけもない。

 勢いそのままに前方の兵士たちを斬り捨てながら、一直線に駆け抜けるアルディスの目がようやく標的を(とら)えた。


 豪奢(ごうしゃ)なローブに身を包み、周囲を三人の重装兵に守られた初老の男。


(あれだな)


 上空から放ったアルディスの魔法攻撃を防ぎ、先ほど『氷塊』の魔法でアルディスを迎撃しようとしてきた本人に間違いないだろう。


 アルディスの姿を目にして、敵の魔術師が護衛と思われる重装兵のひとりと共に後退しようとする。

 同時に残ったふたりの重装兵が前に立ちふさがった。

 その手に持つのは剣も斧も矢も貫くことを許さないと言わんばかりの厚みをもった大きな方形盾。身にまとうは関節部以外を全て板金で覆った全身鎧だ。


「通さぬ!」


 短く発せられたその言葉は、あっけなく無視される。


 装備の重さで機敏な反応ができない重装兵の間を、アルディスはするりとすり抜けようとした。


 重装に身を包んだ彼らとの戦いを忌諱(きい)したからではない。

 アルディスの実力ならばフルプレートの鎧だろうが、分厚い盾だろうがどうということはないはずだ。


 確かにそれらの守りは堅いだろう。

 一方でアルディスが手に持つのも単なるブロードソードではない。

 王都でも指折りの鍛冶師と名高いシュメルツが『一世一代の傑作』と豪語した一品だ。

 重鉄をベースに七色粉をふんだんに使った『蒼天彩華』の前では、魔力も込められていない防具などものの数ではない。


 だが、今のアルディスは彼らの相手をする気が無かった。

 足を止めてまで剣を交える必要性が感じられなかったのだ。


「待て! キサマ!」


「通さぬ!」


 瞬時にアルディスの意図を理解した重装兵たちが、駆け抜けようとするアルディスに身体を向けて武器を振りかぶる。


 しかしその武器が振り下ろされることはなかった。

 駆け抜けるアルディスに遅れることほんのわずか、『刻春霞』と『月代吹雪』の二本がそれぞれ重装兵の首に突き刺さったからだ。


 アルディスを視線で追うことによりひねられていた首へ、彼らにすれば死角から襲いかかった二本の飛剣。

 かわすどころか反応する暇もなく、首から鮮血を噴き出して倒れ伏す。


 その光景を後にアルディスは速度を緩めず敵の魔術師へと肉薄する。

 再びアルディスに向けて魔法が放たれた。


(から)め手で来たか)


 正面からの攻撃魔法は無駄と判断したのだろう。

 今度はアルディスの意識を刈り取るために『眠りの霧モルテ・ウォルネ・シープ』の魔法が襲いかかった。

 思考に絡みつき、その動きを停止させようと無形の鎖が束縛を試みてくる。


 だが当然それに屈するアルディスではない。

 自らに侵入してきたその魔力を瞬時に排除したとき、標的の魔術師はすぐ目の前にいた。


 驚愕の色に染まる魔術師の瞳。

 身を挺して守ろうとする重装兵へ魔力の衝撃波を横からぶつけてはじき飛ばすと、『蒼天彩華』を魔術師の胸に突き刺す。

 遅れてやって来た『刻春霞』が魔術師の首を斬り落とすと、用は済んだとばかりに追いすがる敵兵士たちを取り残してアルディスは次の標的へと向かった。




 もうひとつの標的に向け、アルディスは二本の飛剣を従え見渡す限り帝国兵だらけの中を駆ける。


 アルディスを阻もうとする者はいても、阻むことができる者はいない。

 帝国兵はすでに隊列も何もなく、ただただアルディスというひとりの傭兵に翻弄され切り裂かれていった。その光景はまるでハサミが布を断つかのようだ。


「通すな! 若様をお守りしろ!」


 やがてアルディスの耳にそんな言葉が届きはじめる。

 目的地らしき場所まで近づいたなによりの証拠だった。


 ときおり騎乗した士官らしき兵を討ち取りながら、アルディスは勢いを止めず帝国軍を単身で蹂躙する。


 数名の士官らしき騎乗兵、その数倍に達する歩兵を圧倒的な力で叩き伏せた先にひときわ派手な鎧に身を包む青年が見えた。

 傍らには魔術師風の男。周囲には十騎ほどの騎兵。

 ただの士官ではないことが一目で見て取れる。


「あんたが右翼部隊の指揮官か?」


 アルディスが足を止めて怯えの表情を浮かべる青年に問いかける。

 帝国軍に突入してから一時も居所を(とど)めることのなかったアルディスが、初めてその動きを止める。


 しかし問いに反応をしたのは本人ではなく、その近くに控えていた年かさの男だ。


「お前ごとき下賤(げせん)(やから)が声をかけて良いお方ではない!」


 問いかけに対する答えとしては落第点の内容だが、その反応こそがある意味アルディスに確信を抱かせた。


(皇族――はさすがに前線へ出てこないだろうから……。さしずめ部隊の指揮を任された貴族、ってところか?)


 周囲を固める十騎ほどの騎兵。

 その存在が、守られている人物の立場を無言で物語る。


 戦場で乗馬が許されるのは一部の士官を除けば騎馬隊だけだろう。

 だが騎馬隊と呼ぶにはあまりにも目の前にいる一団は数が少ない。


 騎馬隊ではなく、これだけの騎兵がひとところに集結する理由。

 それはつまり、中心にいる人物がそれだけ重要な護衛対象であるという意味だった。

 いざとなれば供回りの十騎ほどだけで戦場をすみやかに離脱する、そのための騎兵なのだろう。


 アルディスにとってはそれだけわかれば十分だ。

 あとは標的を仕留めるだけとばかりに、無言で足を踏み出す。


 その前にはなおも数十の帝国兵たちがいるが、訓練を受けた程度の兵がいたところで何の役に立つであろう。アルディスの歩みを止められるわけもない。

 そんな状況を見かねて、帝国軍のなかからひとりの兵士が進み出た。


「情けない! 相手は若い魔術師ひとりだというのに。エミュカの精鋭ともあろうものがいいようにやられおって!」


 両手持ちの無骨(ぶこつ)な大剣を手にした、精悍(せいかん)な顔つきの兵士だ。

 他の兵士たちと同様に帝国兵の制式鎧に身を包みながらも、どこか身にまとう雰囲気は有象無象(うぞうむぞう)との違いを感じさせた。


 身長はアルディスよりも頭ふたつ分大きく、鍛え上げられたその身体は筋肉という最も原始的な鎧で全身が包まれていることを確信させる。

 その登場に周囲の兵士たちがざわめいた。


「百人斬りのガラフだ」


「そうだ。ガラフ殿ならあのような細い魔術師、軽くねじ伏せてくれるはず」


 どうやらガラフというのが兵士の名らしい。

 帝国兵たちの言葉を信じるならば、おそらく帝国内では名の知れた男なのだろう。


「王国の傭兵よ! 魔術師の身でありながら単身我が軍を翻弄したその力量、見事だ! 帝国軍第十七攻勢部隊のガラフが一騎打ちを申し入れる!」


 その宣言に、周囲から更なるどよめきが湧き起こる。


「別にまとめてかかってもらっても構わないんだがな!」


 ガラフの言い分などお構いなく、アルディスは『蒼天彩華』を片手に斬りかかった。


 アルディスにしてみれば、立ちふさがる兵士がひとり居るだけの話だ。

 しかし帝国側は一騎打ちということで手出しを控えたのだろう。

 アルディスに対する攻撃が止み、結果的に一騎打ちのような状況となった。


「名乗りも上げずに斬りかかるとは、卑怯なり!」


「知るか。自分のルールを勝手にこちらへ押しつけるな」


 勝手に一騎打ちを申し込み、その中で自らに(かせ)を付けたのは相手の方だ。

 アルディスがそれにあわせてやる必要性など全くなかった。

 一騎打ちを受けた覚えのないアルディスには、卑怯だと非難されるいわれなどどこにもない。


「は、速い!」


 ガラフは両手に持った大剣で、とっさに横薙ぎのひと振りをアルディスへ向ける。

 それはアルディスにとって、この上なく緩慢な動作に見えた。


 身体を地に貼り付けんばかりの姿勢でくぐり抜けると、『蒼天彩華』の切っ先を敵の首へと向けた。

 アルディスの剣撃がガラフの大剣をくぐり抜けて喉元へと迫る。


 歴戦の兵士らしく身をよじってそれをかわそうとしたガラフだが、アルディスの剣速はそれを上回った。

 『蒼天彩華』の先端がガラフの首を貫く。


 ふたりの戦いを見守っていた帝国兵たちの間に一瞬沈黙が広がる。

 アルディスが手を引くと、ガラフののどを突き刺していた剣もあわせて抜きさられ、その後に赤い血しぶきが勢いよく噴き出した。


「あ……、ガ、ガラフ殿が……」


「百人斬りのガラフが……、こうも容易(たやす)くやられるなんて……」


 帝国兵たちがかろうじて絞り出した言葉に、アルディスが冷笑で答える。


「百人程度がどうしたって?」


 日常を戦いの最中においていたアルディスは、百人どころではない人数をその手にかけてきた。

 むしろ戦乱のただ中にいた傭兵ならば誰しもそうだろう。

 百人斬りにすら届かない程度では五年ともたずに自らが斬られる側となる。


 死なないために斬り、糧を得るために斬り、生きている限り斬り続けた。

 それに比べて彼らの意識はなんと生ぬるいことだろうか。


(まるでごっこ遊びだな)


 この戦いに参加してからずっと胸に抱いていた違和感へ、アルディスはそんな表現で折り合いを付ける。

 百人斬りなどという称号が()(はや)されるようでは程度が知れる。


 そう思いながらも、アルディスは冷静に標的となる敵の存在を視界に収めた。


(だが、敵は(くみ)しやすい方がいい)


 手強い敵がいないということは結果的にキリルの身へ降り注ぐ危険が少ないことを示している、そう自らを納得させて最後に狙うべき獲物へと剣先を向けた。


2019/03/08 誤字修正 間接部 → 関節部

※誤字報告ありがとうございます。


2019/05/04 誤字修正 ねじり伏せて → ねじ伏せて

2019/05/04 誤字修正 『刻春霞』と『蒼天彩華』 → 『刻春霞』と『月代吹雪』

※誤字報告ありがとうございます。


2019/07/23 脱字修正 駆け出した → 駆け出した。


2019/08/12 誤用修正 檄を飛ばす → 叱咤激励する

2019/08/12 修正 吹き出して → 噴き出して

※誤用報告ありがとうございます。


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