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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十一章 戦場を駆ける剣
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第128話

「キリル! 左からも来るわ!」


「任せて!」


 エレノアの警告に短く言葉を返し、キリルはすぐさま左からくる新手の敵に向かって杖をかざす。


「貫くつぶては勇壮なる騎士の揺らぎなき(ほこ)――――岩石(デッセル)!」


 直接ぶつけるのではなく敵の足を止めるために地面をえぐる。

 先頭を走る敵兵士が足を取られて転倒すると、その後ろから続いていた兵士たちも巻き添えになって倒れていった。

 すかさず味方の放つ矢が放たれ、身動き取れなくなった敵兵士を貫いていく。


「キリルってそういう使い方が上手いわよね」


 それを見ていたエレノアが感心したようにつぶやく。


「私ももっと工夫して魔法を使うよう練習しなきゃね。……生きて帰れればの話だけど」


 キリルがいる王国軍左翼部隊の置かれた状況は厳しい。

 部隊の半数を占めていたトリア領軍が本陣救援のため抜けてしまったらしく、もともと劣勢だった戦況はさらに不利な方向へと傾いていた。


 キリルも立て続けに魔法を放って帝国兵の進撃を食い止めようとしているものの、王国軍は明らかに押されつつある。

 敵兵士を食い止める前衛の数は足りず、敵の魔法や矢を防ぐ守りの人員も足りない。

 キリルたち魔術師課程の生徒たちにも、矢に貫かれて倒れる者が出はじめていた。


「エレノア! 魔法を放ったらすぐに場所を移動するよ! 同じところに立っていたら狙われる!」


 後衛といえど、的にならないよう常に立ち位置は変え続けなければならない。

 コーサスの森で実戦漬けだったキリルにとっては当たり前のことだが、棒立ちで魔法を放つ練習しかしていない学園の生徒には難しい要求である。


「わかってるけど! そんな、キリルみたいに器用なことは――!」


 反論しかけたエレノアが目を見張る。

 まさにキリルが危惧したとおり、魔法を唱えて呼吸を切らしたエレノアに向け、数本の矢が襲いかかってきたのだ。


 キリルはとっさに物理障壁の魔法を編む。


無銘(むめい)の盾に宿る祝福は青なる静穏(せいおん)――――物理障壁(フェル・ガロス)!」


 甲高い音と共に矢が弾かれた。

 間一髪で発動した障壁が薄い青色の膜となってエレノアを守る。


「キリル! 後ろ!」


 ホッとしたのも一瞬だけ。

 エレノアの視線を追ってふり向いたキリルは、自分へ向かって一直線に飛んでくる矢を目で(とら)え、瞬時に自らの判断ミスを悟る。

 敵はエレノアだけを狙っていたわけではないのだ。


 飛んでくる矢の数は三本。

 さすがのキリルも物理障壁を再度構築するには時間が足りない。


 考えるよりも早く身体が動いた。

 おそらく外れるであろう軌道の一本を無視すると、致命傷になり得る一本が未来に通りすぎるであろうコースから無理やり身体をひねって逃げる。


 だがそこまでだ。

 最後の一本は避けられそうになかった。


 せめてもとばかりに腕で身体を(かば)ったその時、不思議な現象が起こる。


 キリルの両手を包む白い手袋の表面から砂粒のような光がこぼれ出した。

 光の粒はキリルの身体を守るように前面へ集まると、正六角形を組み合わせたような姿に変わる。

 それはまるで魔法障壁や物理障壁のような形状だが、一方でその色は魔法障壁の紫色や青色ではなく晴天の空に浮かぶ雲のような純白であった。


 その純白にキリルへ向けて放たれた矢がぶつかる。

 次の瞬間、焼けた鉄鍋に水滴が落ちた時のような音を立てて矢が突然消え去った。


「え?」


「キリル! 無事!?」


 あっけにとられるキリルのもとへ、心配したエレノアが駆け寄ってくる。


「今の何? 見たことのない色だったけど、障壁魔法でしょ?」


「え、あ……、いや……」


 キリルは手袋に包まれた自分の手を見ながら、エレノアへ返す言葉を探す。


 一対の白い手袋はアルディスから餞別(せんべつ)として受け取った品だ。

 アルディスはこの手袋に防護の術が込められていると言った。

 おそらく先ほど出現した純白の障壁がその効果なのだろう。


 一度きりのものなのか、何度も使えるものなのか、生み出された障壁がどれほどの強度を持っているのか。わかることは何もない。

 だがハッキリとしているのは、この手袋に救われたということだ。

 貴重な品を贈ってくれたアルディスに心の底から感謝しながらも、キリルはすぐに意識を切り替える。


「大丈夫。どこにも怪我はないよ。エレノアこそ大丈夫?」


「ええ、キリルのおかげで助かったわ」


 互いに負傷のないことを確認すると、キリルは(うなず)いて立ち上がる。


「このままじゃ、また狙われる。少し後ろに下がって前衛の援護をしよう」


「わかった――けど、ずいぶん押されちゃってるわね」


 周囲を警戒しながらふたりは射撃されにくい位置を求めて後退する。

 その途中でエレノアが口にしたとおり、王国軍は明らかに押されていた。

 キリルたち一部学生の働きにより当初の予想よりも持ちこたえてはいたが、それが大勢にどれほど影響を与えられるというのだろうか。




 学園の生徒たちが戦闘に参加して一時間も経過した頃には、戦線の崩壊が素人目にも明らかとなっていた。


「撤退命令とか、出ないのかね」


 キリルとエレノアを守るようにして剣を振るっていたライが願望を口にする。


 すでに戦士課程の生徒たちが構築していた前衛のラインは瓦解(がかい)し、かろうじて数名のグループを作り向かってくる敵兵士を防ぐので精一杯だった。


 キリルの周囲には最前線から下がってきたライとエレノア、そしてかろうじて顔に見覚えがある程度という学園生徒がふたりいるのみ。

 ライと同じ戦士課程のふたりに左右を守られながら、キリルとエレノアはときおり飛来する矢から障壁で全員を守り、向かってくる敵兵士を攻撃魔法で迎撃している。


 味方の数は減る一方で、敵の勢いは増すばかり。

 このままでは押し切られてしまうのも時間の問題だろう。

 普段は楽観的な物言いのライが弱音じみた言葉を口にするのも仕方がない状況だ。


 まだ本格的に戦いが始まってからそれほど時間が経っていないとはいえ、キリルと違って実戦経験がない学生たちの疲労は無視できない。

 実際、エレノアや戦士課程のふたりはほとんど気力で動いているように見える。

 余力があるのはキリル自身と先頭に立って敵を正面から迎え撃っているライだけだった。


 撤退の合図はない。

 援軍が来なければ(じき)にキリルたちは帝国軍の波へ飲み込まれてしまうだろう。


「あとどれだけ持ちこたえれば――」


 ライが口にしたその時、帝国軍のいる方角でひときわ大きく管楽器らしき音が響いた。

 続いて上空に打ち上げられたのは戦場で連絡手段に使われる魔術による信号弾。それが三つ。


 帝国軍から発せられたそれらが何を指示するものなのか。当然キリルたちが知っているはずもない。

 だがそれらが何を指示していたものなのか。キリルたちはすぐに知ることとなった。


「突っ込んでくるな」


 舌打ち混じりにライが敵の動きを睨む。


 それまで乱戦を避けて後方に控えていた敵兵が突如動きはじめ、こちらに向かって吶喊(とっかん)してきたのだ。

 あわせて前線を構築していた敵兵士も勢いに任せて攻めの圧力を増してくる。


 先ほどの合図はおそらく突撃合図だったのだろう。

 王国軍の抵抗が弱まったと見て、一気に勝負を決めるつもりだ。


「後退するぞ!」


「どこへ!?」


 後退を宣言するライに向かって、エレノアが悲鳴のような問いかけを返す。


 周囲は敵ばかり。前進するにも後退するにも帝国兵を突破しなければならないのだ。

 前方に比べれば後方はまだマシかもしれないが、それでも簡単に後退を許してくれるほど帝国兵もお人好しではないだろう。


「死ぬ気で突破するしかない! 右後方が一番手薄だ!」


 ライの口から発せられるのは、ほぼ精神論といっていい言葉。

 しかしそれがキリルたち全員の置かれた現状であった。


「エレノア、走れる?」


「走る、わよ。走るしかないんでしょ?」


 心配そうに声をかけるキリルへ、エレノアが無理やり口元だけで笑みを浮かべる。


 そうしている間にも帝国兵の群れは向かってくる。

 土煙がもうもうと立ち上り、連続する足音が地響きのように伝わってきた。


「貫くつぶては勇壮なる騎士の揺らぎなき矛――――岩石!」


 『岩石(デッセル)』の応用で地面をえぐり、向かってくる敵兵の足場を崩すキリル。


「キリル! 今さらそんな――」


「少しでも足止めにはなるはず!」


 ライがやめさせようとするが、それを(さえぎ)ってキリルが声を張り上げる。


 もちろん足は止めない。

 エレノアの後ろを走りながら、ときおり後ろをふり向いて走りながら『岩石』で足場を崩しておく。

 コーサスの森で獣相手に逃げながら足止めをしていた経験が思いがけず役立った。


「どう、やったら、走り、ながら、魔法が……」


 そんなキリルの芸当を見て、エレノアが息を切らせながら信じられないとばかりにつぶやく。


 行く手を妨げる敵兵士を排除しながら、追いかけてくる敵兵士から逃げる。それは口で言うほど容易いことではない。

 ましてキリルたちは実戦経験豊富な熟練の傭兵などではなく、戦争に初めて参加した学生である。

 先頭に立つライの戦闘技術がいくら学生離れしているとしても、後方を撹乱するキリルの魔法があったとしても、やはり数の暴力にはかなわない。


「追い、つかれる……」


 キリルの後ろを守っていた戦士課程の生徒が、絶望をわかりやすい言葉で伝えてきた。


 もちろん言われずともキリルには状況が理解できている。

 足止めの『岩石』を放つ度に近づいてくる敵兵士の群れ。

 すでに互いの顔が判別できるほどに距離は縮まっていた。


 逃げられない。


 これまでかと思ったその時、戦場に突如無数の華が咲いた。


 その華は灼熱地獄を思わせるすさまじい熱と光を放ち、全てを破壊する轟音と共に帝国兵たちの密集地帯を焼き払う。

 圧倒的な力を振るい戦場の方々で咲く赤い華は、魔法に対する防御手段など持たない末端の兵士に苦痛を感じさせる間もない死をもたらした。


 ふくれあがる炎は半径十メートルほどの範囲にいた兵士を巻き込んで燃え上がる。

 全身を焼かれた兵士がふらついて倒れ、その様子を目の当たりにした後続の兵士がおののいて足を止めた。


 それまで帝国軍の圧倒的な攻勢に染まっていた戦場が、瞬時に雰囲気を一変させる。

 突然現れたその桁外れの暴力に騒然とする敵味方の兵士と学生たち。


 双方が戸惑いとざわめきに包まれる中、エレノアが華の正体を言語に表した。


「『煉獄の炎フェルノ・レスタ・ガノフ』……? でもこれだけの数を一度になんて……」


 一瞬のうちに放たれた『煉獄の炎フェルノ・レスタ・ガノフ』は、ざっと見ただけでもその数二十を超える。

 それはつまり一流の魔術師が二十名以上この場へ現れた事に等しい。


「援軍が来たのか?」


 戦士課程のひとりが期待をこめて口にした。


 確かに通常ならばそう考えるだろう。

 『煉獄の炎フェルノ・レスタ・ガノフ』が標的にしたのは帝国兵ばかりである以上、味方であることは間違いない。援軍と考えるのは当然だ。

 そして上級魔法を使える魔術師が二十名以上いるという事は、援軍の規模も相当なものであることが予想される。


 だがキリルの脳裏にはまた違った答えが浮かんでいた。


 今の王国軍に上級魔法を使えるほどの魔術師は多くない。

 全軍をあわせて五十名もいるかどうかだ。


 その半数は領軍に所属しているだろうし、残った半数も全てが従軍しているわけではないだろう。

 たとえ従軍していたとしても、ほとんどが本陣や主力の部隊に配置されるはずだ。

 民兵と学徒兵が主体の左翼部隊を救援するために、そんな貴重戦力である魔術師を持ち出すとは思えない。


 王国軍の魔術師たちではないとすれば、先ほどの魔法を放ったのは誰なのか?

 それだけの人数が正規軍以外にいたというのか?


 いや、人数は必要ない。


 キリルは知っている。


 熟練した魔術師であれば同時に複数の魔法が行使できることを。


 上級魔法を詠唱もなく操って放つ(すべ)がこの世に存在することを。


 それを容易く実行してしまう人物の存在とその名を。


 援軍が来たのではと喜ぶエレノアたちの側で、異なる可能性を頭に思い浮かべていたキリルがふと人の気配に気付く。

 どこからともなく現れた人影が軽い音を立ててキリルのすぐとなりに降り立った。


 その心強い雰囲気に、戦場へ来てから初めて安堵の感情を抱いたキリルは自分の予想が正しかったことを知る。


「ちゃんと生きてるな? 上出来だ」


 キリルの肩に手を置いて告げられた言葉には、弟子の成長を喜ぶ師のような温かさが込められていた。


 その姿を目にしたキリルは言葉にならない感情をどうにか押しとどめようと、肺がはち切れんばかりに息を吸う。

 行き場を失った空気が吐き出されるその時、キリルはただ目の前にいる人物の名を口にすることしかできなかった。


「――アルディスさん!」


2019/05/04 脱字修正 当初予想よりも → 当初の予想よりも

※脱字報告ありがとうございます。


2019/07/30 誤字修正 例え → たとえ


2019/08/12 誤字修正 キリルの元へ → キリルのもとへ

※誤字報告ありがとうございます。


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