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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十一章 戦場を駆ける剣
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第127話

 帝国の右翼部隊が攻勢に出た時、すでに戦いの趨勢(すうせい)は決していた。


 本陣にある天幕(てんまく)の中で、帝国軍指揮官たる大将軍は上機嫌で続々と届く報告を受ける。


「そうか。飛馬(ひば)隊が敵本陣を突くことに成功したか」


「はっ! 王国の本陣を守る部隊は算を乱して逃げ出したとのことです! 左翼部隊も混乱した敵右翼部隊を殲滅(せんめつ)し、残敵(ざんてき)掃討(そうとう)と追撃に移ったもようです!」


 報告を持ってきた伝令もその表情に喜びが隠しきれないようだ。


「よし、でかした!」


「おめでとうございます、閣下。これで我が軍の勝ちは揺るがないでしょう」


 開いた左手へ右拳を打ちつける大将軍へ、傍らから士官のひとりが言葉をかけた。


「うむ。もはや我が軍の負けはないだろう。それで、他の部隊はどのような状態だ?」


 士官へと返事をした後、大将軍は報告に来た伝令へと問いかける。


「はっ。右翼が攻勢に転じると時を同じくして敵左翼部隊の半数が後退。兵力差でも圧倒しており、極めて優勢に戦っております。ただ中央は敵部隊の抵抗が激しく、思うように戦果があがっていないもようです」


「ふむ……。勝敗が決した今、無駄に兵を死なせることもあるまい。中央は傭兵部隊を除いて後退させろ。残った傭兵部隊にも無理な攻勢は不要と伝えよ」


「はっ!」


 大将軍の指示を受け、伝令がすぐさま機敏な動きで天幕を出て行く。


「傭兵たちが大人しく指示を聞くでしょうか?」


「無理だろうよ」


 兵士と違い、傭兵たちは報酬を得るためにわかりやすい戦果をあげなければならない。

 もちろん参戦するだけでも報酬は支払われるが、それだけでは命を懸けた甲斐がないだろう。


 手柄を立て、より多くの報酬を得るため、傭兵は自分の命が危険にさらされない限り勇猛に戦う。

 圧倒的に自軍が優勢な戦いというのは手柄を立てる格好の状況だ。

 自制を求めたところでそれを素直に傭兵たちが聞き入れるとは思えなかった。


「まあ、傭兵たちが自ら積極的に戦ってくれるというならそれはそれで別にいいだろう。どうせこの周辺には町や集落もないのだ。略奪をする相手もいないのであれば問題にならん」


 少しくらいタガが外れても構わない。大将軍は部下たちへ(あん)に告げた。






 戦場のど真ん中。

 両軍の傭兵たちが激しくぶつかっていた中央でも、状況の変化を感じられるようになっていた。


「敵さん、疲れたのかねぇ?」


 次第に弱まってきた敵の勢いをテッドがそう表現した。


「そうだね。何か上から指示でも出たのかな?」


 さすがのノーリスも疲れが隠せないのか、言葉少なく反応する。


 もともと優勢とは言えない戦いであったが、アルディスや『白夜(びゃくや)明星(みょうじょう)』の活躍でかろうじて拮抗(きっこう)していた天秤が揺れつつある。

 帝国軍からの圧力が弱まり、方々で苦戦していた味方が押し返す様子もところどころで見えた。


 もちろん中央部隊の戦場全体としては劣勢であることに変わりない。

 だが局地的には王国側が優勢を確保している場所もある。

 アルディスがその力をいかんなく発揮しているこの場所は、その中で最も王国側が敵を押しつつある最前線でもあった。


 しばらく理由の分からなかった情勢の変化に答えを与えてくれたのは、ひょっこりと現れた王国側の傭兵部隊指揮官ムーアだ。


「なんで指揮官がこんな最前線に来るんだよ?」


「別に不思議なことじゃないだろ? 指揮官つったって、ただの部隊長なんだし。そもそも部隊の中で一番ここが安全そうじゃないか」


 呆れたような表情のテッドに、ムーアが周囲を見回した後であっけらかんと答える。

 そのとなりには部下らしき細身の男が、テッドとはまた違った種類の呆れを顔に浮かべていた。

 どうやらムーアの行動は王国軍内の価値観でも呆れるような(たぐ)いのものらしい。


「まあ、後ろで偉そうに指示だけ出されるよりはよっぽどいいけどよ」


 確かに傭兵部隊は激戦のただ中にあるため、安全なところから高みの見物をできるような状況ではない。

 そういう意味ではアルディスやテッドたち『白夜の明星』がいる場所こそ、この戦場で最も安全な場所と言えるだろう。


「ねえ隊長さん。少し前から敵の攻撃が弱くなってきたのだけれど、何かあったの?」


 近場の味方を援護するため魔法を行使したオルフェリアが途中で話に加わる。


「あー、やっぱりわかるか……」


 気まずそうな表情を見せるムーア。


「今確認させてるところなんだが、実は――」


「隊長、それは彼らに話すことではありません」


 言いかけたムーアへ横から細身の部下が口を挟んだ。


「ほんと固いな、お前は。大丈夫、彼らは臆病風に吹かれて逃げ出すようなタマじゃない」


 部下をそう言って下がらせると、ムーアはアルディスたちに向き直る。


「実は右翼部隊が敵の騎馬隊に抜かれたらしい。例の見慣れない獣を()る部隊だ。右翼部隊を抜けた敵はそのまま後方にあるうちの本陣を奇襲。不意をつかれた本陣は現在壊走中だとさ。敵の圧力が弱まったのは、勝負ありとみて傭兵以外の兵士を下げたからだろう」


「なるほどな……」


 ムーアの説明に納得の表情を見せるアルディスたち。


「あーあ、負け戦ってことかあ」


 ノーリスが疲れた顔を隠しもせずに言いながら、淡々と敵の集団へ向けて矢を放つ。


 負けの公算が大きいと知ってもうろたえる者はこの場に居ない。

 もともと数的に不利な戦いだったのだ。

 負け戦になることはある程度覚悟の上であり、こうなったからには手柄を立てることよりも生きて帰ることを考えなければならない。


 だが続くムーアの言葉に、唯一アルディスだけが鋭く目線を向けて反応した。


膠着(こうちゃく)状態にあった左翼では逆に敵の攻勢が強まっているらしい。おまけに左翼部隊の半数を構成していた領軍が本陣救援のために戦場を抜けて転進したという話だ。残された兵力だけでまともな戦いになるかどうか」


「それは本当か?」


「だから今確認中の情報と言っただろう。こんな戦場の真っ只中で正確な情報なんて期待するのは無理な話だ」


 確かにムーアの言うことは道理である。

 秩序も何もない戦場の中では一定数の誤報や敵の策略による偽報も混じるのが当たり前だった。

 伝令の口頭だけで伝えられる情報に厳密な正確性を求めるのは望み過ぎというものだろう。


 しかしアルディスにも事情がある。

 金銭的に困窮しているわけでもないのに、わざわざ王国軍の指揮下に入ってまで戦場へやって来た理由がその左翼部隊に()()からだ。


「これからどうするんだ? 撤退するのか?」


「本陣壊走ってのが確かな情報なら、ここで戦い続ける意味もない。言い訳できる程度に時間を稼いだら撤退するさ。本陣が健在の場合は……、新たな命令が下るまで戦線を維持するしかないだろう」


 ムーアの話が終わるなり、アルディスは突然切り出した。


「頼みがある」


「ん? なんだ?」


「もし本陣がすでに機能を果たしていないのなら、その時は指揮下から離れて独自に行動させてもらいたい」


 その言葉に反応したのはムーアではなかった。


「何を言っているんですか、君は」


 ムーアのとなりに立つ細身の男が眉をよせ、(とが)めるような視線を向けてくる。


「そんな事が認められるわけないでしょう?」


 彼が言うことはもっともだろう。

 そんな身勝手な理由で指揮下を離れるなど、部隊を指揮する側としては認められるわけもない。


「なんでまた突然そんな事を? お前ほどの実力者が、まさか臆病風に吹かれたわけでもないだろうに?」


「左翼部隊に知人が居てな」


 理由を問うムーアへアルディスは正直に答える。


「もともとこの戦いに参加したのも、そいつを死なせたくないからだ。先ほどの話が本当なら左翼はかなり危ないんじゃないのか?」


 敗北が濃厚となったタイミングで指揮下を抜けたいなどと、見方によっては敵前逃亡と取られても仕方がないことだろう。


 最初から軍に参加せずキリルの身だけを守る事も考えたが、その場合は敵だけではなく味方からも敵対者と認定される可能性があった。

 実際は王国にも帝国にも属さない第三者だとしても、戦場で殺気立った兵士たちが同じように考えてくれるとは限らない。むしろ味方ではない者、疑わしい者は問答無用で全て攻撃対象にされる可能性すらある。


「だからここを抜けて救援に向かいたいと?」


 探るようなムーアの視線を正面から見据えてアルディスは頷いた。


「勝手な事を言ってるのは十分承知の上だ。だからこうして頼んでいる」


 ムーアが何かを考え込むかのように口を(つぐ)む。


「そんな理由で持ち場を離れることなど認められるわけが――」


 きつい語調でアルディスに詰め寄ろうとした細身の男を、ムーアが手で制する。


「わかった」


「隊長!?」


 信じられないとばかりに目を丸くする細身の男。


「どうせ負け戦になるのは避けられそうにないんだ。だとしたら後は逃げ帰るだけ。幸いここにいるのは(したた)かな傭兵ばかりだから簡単にはくたばらんだろう。だが左翼部隊の兵は民兵や学徒兵ばかりだ。出来る事なら生きて帰してやりたい。そうは思わないか?」


「……そういう問い方は卑怯ですよ。だいたい傭兵がひとり救援に向かったからといってどれほどの事が出来ると言うんですか」


「傭兵ひとりというのは間違っちゃいないが、なんせあの『三大強魔(ごうま)討伐者』だぞ? 何とかしてしまいそうじゃないか」


「魔物相手と軍隊相手じゃ勝手が違いすぎますよ……」


 まあ隊長が決めたのであれば仕方ありません、とため息を隠そうともせずに細身の男がしぶしぶ承諾する。


「ということだ。隊を抜けたってのは人聞きが悪いから、俺の指示で左翼部隊の救援に向かったってことにしてやる。救援に向かうなら早い方がいいだろう? ここはいいからすぐに向かえよ」


「状況の確認に向かわせた人間が戻ってくるのを待たなくていいのか?」


 先ほどの情報が事実かどうかまだわからないと言ったのはムーア自身である。


「構わんよ。その代わり『貸しひとつ』だからな。あとでちゃんと返せよ」


「わかった。『借りひとつ』だな。忘れないでおこう」


 ふたりの話がまとまったところで、それまで口を差し挟まず矢を射ることに専念していたノーリスが残念そうな表情を見せた。


「あちゃー、アルディス抜けちゃうのかあ」


「悪いな、ノーリス」


「んー、まあ悪いと思うなら王都に帰ったあとで一杯くらい(おご)ってよ」


「私たちの分も忘れないでね、アルディス」


「オレらはオレらで上手いことやるから気にすんな」


 『白夜の明星』の面々は三者三様の言い方でアルディスの離脱を容認する。

 戦いの前はアルディスの力をあてにするようなことを口にしていたが、だからといって他人へおんぶにだっこで寄りかかるほど彼らも恥知らずではない。


 アルディスは三人に向けて短く感謝の言葉を残すと、すぐさま身体の向きを変えその場を去っていった。

 去り際の置き土産代わりに複数の『極北の嵐トロア・シュス・フォローテ』を敵へバラ撒き、まだらに白く凍った戦場を背にして王国左翼部隊がいるであろう場へ急いだ。


2019/05/04 脱字修正 ムーア言葉に → ムーアの言葉に

※脱字報告ありがとうございます。


2019/08/12 誤字修正 命を賭けた → 命を懸けた

※誤字報告ありがとうございます。


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