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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十一章 戦場を駆ける剣
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第126話

「飛馬隊、敵右翼部隊を突破して敵本陣へ突き進みつつあります!」


 その知らせを受け取った帝国軍本陣では、士官たちが互いに顔を見て(うなず)きあっていた。


 満足そうなのは指揮官である大将軍も同様だ。

 事前に描いた予想図通りに事が進んでいる。それはつまり帝国の勝利がより確実になっているということに等しい。


「よし、右翼部隊に伝令! 積極攻勢に転ずるよう伝えろ!」


「よろしいのですか? 敵の左翼部隊はほぼ無傷。それなりに抵抗が予想されますが」


 士官があえて忠告をしたのには理由がある。


 事前の計画段階から左翼を攻撃の中核と位置付けていた帝国軍は、最も被害が少ないと予想される右翼部隊へ有力貴族の当主や子弟をまとめて配置していた。

 いくら帝国側が戦力で優位とは言え、戦場である以上は何が起こるかわからない。

 勝ちが見えたこの戦いで、貴人の被害を出しかねない右翼部隊の積極攻勢は避けるべきではないか。士官は言葉の裏にそう添えて進言したのだ。


「構わん。どうせすぐに敵は半減する」


 だが大将軍は確固たる態度で即答する。

 なぜなら大将軍は、士官たちも知らないとある情報を軍の首脳部から伝えられていたからだ。


「王国軍の左翼部隊に配置された領軍は、飛馬隊に襲われる本陣を救出する目的で後退する――ことになっている。いくら実戦慣れしていない右翼部隊の面々でも三倍の戦力差があり、しかも残るのは民兵とその他おまけとなればまともな戦いにはならないだろう」


「なるほど……、これも予定通りというわけですか」


 はじめて知らされたその情報に、納得した士官がまぶたを閉じる。

 その内心はため息で満たされているのかもしれない。


 こと戦場において貴族というのはやっかいなものだ。

 自分たちの縁故(えんこ)から戦死者を出すことに何よりも過剰な反応を見せる一方で、功を上げる機会がなければ不満を周囲に撒き散らす。

 安全な場所に配置すれば戦う機会をよこせと騒ぎ立て、戦場の真ん中に配置すればやれ当主が死んだ、やれ跡継ぎが負傷しただのと文句をたれる。


 軍をあずかる指揮官としては連れてくることすら避けたいのが本音だが、彼らの動員する兵力は決してないがしろにできないし、意味もなく有力貴族たちの反感を買うようなマネはできない。

 結果、その兵力を敵への抑止力として活用しつつも被害の最も少ない右翼へ配置せざるを得なかったのだ。


 だがすでに勝敗は決したといってもいい。

 王国の右翼部隊は混乱のうちにあり、飛馬隊が敵本陣を強襲するのも時間の問題だろう。

 加えて敵左翼部隊は戦力が半減することが事前にわかっている。

 この状態ならば帝国の右翼部隊へ積極攻勢を命じても、損害はさほど多くならないだろうと大将軍は判断した。


「敵の騎馬隊と中央部隊は?」


 味方の右翼部隊は問題ないと判断し思考から切り離すと、大将軍は無傷の敵部隊について情報を求めた。


「はっ。どうやら戦線を突破した飛馬隊を追撃し、本陣の救援に向かう様子です。中央の最前線にいる傭兵らしき部隊はさすがにそのままですが、後方に控えていた中央主力部隊と騎馬隊は飛馬(ひば)隊に矛先(ほこさき)を転じたと報告が上がっております」


「ふっ。それは好都合だな。左翼部隊は何の邪魔もなく敵の右翼部隊を蹂躙(じゅうりん)できるというわけだ。どうせ追いかけたところで飛馬隊に届きはしないものを。遊兵を作るだけだということが敵の部隊指揮官には分からんらしい」


「王族の座する本陣を突かれるとあってはそうも言っていられないのでしょう」


 勝者の余裕だろうか。別の士官が笑みを浮かべながら弁護じみたことを口にする。


「まあそうだな。王国の諸将には同情を禁じ得ぬ」


 王国軍を翻弄(ほんろう)した張本人である大将軍は愉快そうに声を立てて笑った。






 帝国右翼部隊が急に攻勢を強める。

 この場における兵力数は帝国側右翼部隊の三千に対して王国側左翼部隊の二千。帝国側が優勢であることは間違いない。


 開戦からここにいたるまで、王国の左翼部隊と帝国の右翼部隊が戦うこの戦場においては戦線が膠着(こうちゃく)していた。

 だがそれはあくまでも帝国の攻勢が消極的であればこそだ。

 数の劣勢をかろうじてしのいでいた王国左翼部隊だが、帝国が攻勢を強めてくればそのバランスもあっという間に崩れ去ってしまう。


 もともと戦力比は帝国右翼部隊の三に対して王国左翼部隊は二である。

 まともに戦えば押し切られるのも当然であった。

 しかも王国側にとっては予期せぬ出来事が状況の悪化に拍車をかける。


「なんだと! この劣勢を承知の上で隊を転進させるというのか!?」


 怒鳴り声を上げているのは王国左翼部隊の民兵を率いる部隊長であり、怒りの矛先は目の前でヒザをつく伝令兵である。

 同じく左翼部隊を構成するトリア領軍からの伝令を部隊長のもとまで届けに来た兵は、報告を続ける。


「はっ。右翼部隊を突破した敵の騎馬隊二千が本陣に迫っているとのこと。本陣におわす殿下をお守りするため、やむを得ずトリア領軍は救援に向かう、と」


「しかし今ここで彼らに抜けられては戦線が維持できぬ! 意を(ただ)す! トリア領軍から来た伝令を連れてこい!」


 兵士は言い(づら)そうに答える。


「それが……、伝えるだけ伝えるとそのまま馬首をひるがえしまして……」


「すでにおらぬと言うのか?」


「はっ」


 ふと頭によぎった考えを部隊長は口にした。


「……虚報ではあるまいな?」


「伝令に来た兵がトリア領軍に所属する者であることは確かです。複数の者が顔を確認しております」


 だとすれば虚報と切って捨てることもできない。

 それはつまり、本陣が危険にさらされているという情報が事実であるという可能性を高める。


 呼吸五つほど思案をめぐらせ、部隊長は横に控えていた副隊長へ指示を出した。


「…………こちらからトリア領軍へ伝令を送れ。いくら本陣が(あや)ういとは言え、まったくの無防備というわけではないのだ。本陣からの命令があったならともかく、この戦場を放棄することなどできぬ」


 しかし副隊長から返ってきた言葉に、部隊長は再び声を荒らげることになった。


「すでにトリア領軍は後退しつつあるようです。今から伝令を送っても間に合うかどうか……」


「なんだと!」






 トリア領軍が転進したことで、彼我の戦力比は帝国右翼部隊三千に対し王国左翼部隊一千となる。

 王国左翼部隊の半数を占めていたトリア領軍離脱の穴を塞ぐことなどできるわけもなく、帝国右翼部隊の攻勢に王国側は押されつつあった。


 もともとトリア領軍の抜けた王国左翼部隊は、常日頃から戦いの訓練を受けている領軍と違い、そのほとんどが民兵である。

 同数の戦いですら不利は(いな)めないのだ。戦力比が三対一ともなれば天秤が傾くのも時間の問題だった。


「来たぞ、キリル。帝国軍だ」


 王国左翼部隊の後方に配置された学徒兵部隊の中、手のひらで日差しを遮りながらライが迫り来る帝国の兵たちへ視線を向けていた。


「そんなの見れば分かるわよ」


 答えを返したのはキリルではなく、同級生である子爵家令嬢のエレノア。

 つっけんどんな口調とは裏腹に、わずかな震えがその声には混じる。


 キリルたち学園の生徒は学徒兵として召集され、左翼部隊の後方に組み入れられていた。


「とうとう来たね」


 言葉少なくキリルが帝国軍を見つめる。

 これまで妙な膠着状態のおかげで戦闘に巻き込まれていなかったキリルたちだが、さすがに最後まで傍観者でいることはできないようだった。


「全員隊列を整えろ!」


 馬に乗った銀髪の部隊長が声を張り上げた。


「この一戦、我が王国の命運がかかっている! 実戦経験のないお前たちひよっこに敵を倒せとまでは求めんが、敵をここで食い止める程度はできよう! 死力を尽くして敵の攻勢を抑えろ!」


 (いたわ)りの気持ちも感じさせず、学生たちの命を軽視するその言葉に幾人かが顔をしかめる。


「誰のせいで実戦経験が積めなかったと思ってるんだ……」


 キリルのすぐ近くでボソリとつぶやく声がした。

 小さな声だったため部隊長にまでは届かなかったようだが、幾人かの生徒が同意するかのように首を縦に振った。


 生徒の言いたいことはキリルにも分かる。


 部隊長の名前はハンスリック。

 武門として名高い貴族、レムシェイド家の次男である。

 本人も学園で優秀な成績を修めた卒業生であり、その縁もあって学徒兵部隊の指揮を()ることになったのだろう。


 だが一方で彼は別の意味でも有名だった。

 学園の生徒が学外活動を制限される原因になったのが彼だからだ。


 卒業を控えた最上級生時代に、ハンスリックは同級生たちと共にコーサスの森で遭難した。

 結果的には学園やレムシェイド家が雇った傭兵により全員救出されたが、それが原因となって学生の学外遠征が禁止されてしまったという経緯がある。


 それまで自己責任のもと遠征で実戦経験を積むことができた学園の生徒は、一転して実戦を行うことができなくなったのだ。

 元凶となったハンスリックが学生たちへ実戦経験の無さについて言及するなどと、(すじ)違いもいいところであろう。


 しかしそんな不満も、目前に迫った敵の存在がなければの話である。


 隊列を整えた学徒兵たちに向かって、前方の味方部隊を抜けた敵の兵士たちが襲いかかって来た。


「前衛は敵の勢いを()げ! 魔術師たちは各個に敵を攻撃だ!」


 ハンスリックの指示が飛ぶのと、前衛が敵兵士と衝突するのはほとんど同時だった。


 足の止まった帝国兵に向けて、後衛から魔術師たちの攻撃魔法が飛ぶ。


 決して密度の高い攻撃というわけではない。

 もともと部隊に組み入れられた魔術師課程の生徒は四十人にも満たない。

 しかも学園では二十メートル先に置いた動かない的に向けて魔法を放つのが精一杯という力量だ。

 動く敵兵士、しかも遠く離れた相手に向けて魔法を放ったところで、その命中率はしれている。


 だが数十の魔法が同時に放たれれば、そのうちいくつかは敵にたどり着く。

 赤い炎や青みがかった透明な氷塊が前衛の頭上を通りすぎ、敵兵士に向けて吸い込まれていった。


 生きたまま頭を焼かれて窒息死する兵士や、胸を貫かれて倒れたところで味方に首を切られ息絶える姿に生徒たちの大半が顔色を青くする。

 中にはその場でうずくまって嘔吐(おうと)しはじめる者もいた。


「吐く暇があったら一発でも多く攻撃を放て! 死にたくなければ立て!」


 ハンスリックの叱責が飛ぶものの、ろくに訓練も行っていない学生がぶっつけ本番で戦場に適応できるわけもない。


「エレノア、大丈夫?」


 となりで青い顔をしている同級生に向けて、キリルが心配そうに声をかけた。


「な、何が大丈夫なの? わ、私は何ともないわ!」


 気丈にも虚勢を張るエレノア。

 だがその顔は今にも泣き出しそうである。


 他の女生徒たちと違い、やせ我慢ができるだけ大したものだとキリルは思った。


「うん、わかった」


 キリルは短い言葉で会話を打ち切ると視線を敵に向けて詠唱をはじめた。


「燃えさかる炎は我が力と誇りの証――――火球(グライスト)!」


 生み出された火球がキリルの指し示す方向へ飛び去り、着弾すると共に兵士の身体を燃やしはじめる。

 その光景に顔をゆがめながらもキリルは再び杖を構える。


「貫くつぶては勇壮なる騎士の揺らぎなき(ほこ)――――岩石(デッセル)!」


 視線の先、ライの背後から斬りかかろうとしていた敵兵士の脇腹へ先の尖った岩のつぶてが突き刺さる。

 苦悶の表情と共に崩れ落ちた兵士へ、正面の敵を処理したライがふり向きざまにとどめを刺した。


 親指を立ててライが援護の感謝をキリルに向けてくる。

 手を軽く挙げてそれに応えると、キリルは表情を引き締めて油断なく周囲を警戒する。


躊躇(ためら)っちゃダメだ……」


 人殺しの罪については生き残った後で考えればいい。

 今は自分と友人が生きて王都へ帰ることだけを考えよう。


 自分自身にそう言い聞かせ、キリルは矢継ぎ早に攻撃魔法を帝国兵へと放っていく。


 キリルにとっての戦争はこうしてはじまった。


2019/05/02 誤用修正 荒げる → 荒らげる

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