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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十一章 戦場を駆ける剣
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第125話

 王国軍右翼部隊の指揮官は後退していく敵部隊の追撃を厳しく禁じ、やがて襲いかかって来るであろう敵騎馬隊を迎え撃つべく指示を飛ばしていた。


阻盾(そじゅん)を前へ、急げ! 長槍隊は配置につけ!」


 部隊指揮官の命に従い、兵士たちが大きな盾を抱えて前面に出た。

 四人がかりで運ばれるそれは巨大な盾と言うより、むしろ小さな壁と言っていい。

 盾の下についた突起部分を地面に突き刺し、支えとなる柱が組まれる。

 前面には向かってくる相手を串刺しにするべく三本の大きなトゲが備えられており、盾と呼ぶにはあまりにも攻撃的なフォルムであった。


 その盾がぎっしりと敷き詰められたラインの後ろには弓を構えた部隊が控え、盾の合間からは長槍を手にして敵を手ぐすね引いて待っている部隊が見える。

 いくら敵が正体不明の獣を駆る騎馬隊と言えど、これだけの備えがあればさすがに易々(やすやす)とは突破できないだろう。

 相手が騎馬突撃をしてくると事前にわかっているからこそできる備えだった。


 阻盾で騎馬の突撃を鈍らせ、弓と長槍でダメージを与える。

 相手の足が止まればこちらの勝ちだ。

 すでに中央部隊からは主力の領軍兵たちが進路を変更してこちらに向かっているだろうし、後方に待機していた王国の騎馬隊も右翼部隊の右側を回り込んで横撃を加えるべくタイミングを見計らっているはずだった。


「いいか! 我々の役目は敵騎馬隊の勢いを止めて友軍が到着するまで戦線を維持することだ! 何があっても持ちこたえろ!」


 指揮官からの指示が飛び、あらかじめ定められた通りに兵士たちが配置についていった。


「来ました! 敵です!」


 報告を受けた指揮官が目を向けた先にいたのは、こちらへと一直線に向かってくる騎馬の一団。

 その奇妙なシルエットは遠目からもハッキリと見え、相手が普通の騎馬隊ではないことを教えてくれる。


 敵の騎馬隊が駆るのは馬のようでいて馬ではない獣。

 身体のつくりは馬とほとんど変わりがないように見えるが、外見は大きく異なっている。

 四肢の付け根、胴体の側面、そして頭部の上半分から背中にかけてが羽毛らしきもので包まれていた。

 特に胴体の側面から後ろに流れる羽毛はひときわ大きく、風にながれて後方へたなびく様は疾走する獣というより低空を飛ぶ鳥のような印象を与える。


「あれか……」


 その異様な姿に戸惑ったのも一瞬だけ。

 指揮官はすぐに我を取りもどすと指示を出した。


「弓構え!」


 その声に従い、阻盾の後方に並んだ部隊が弓に矢をつがえる。

 盾を支える兵士たち、長槍を握る兵士たちの間にも緊張が走った。


「撃てぇ!」


 敵の騎馬隊が弓の有効射程に入るなり、指揮官の号令により矢が放たれる。

 風切り音を立てて数百もの矢が一斉に飛んでいった。

 山なりの軌道を描いた矢は真っ直ぐに突っ込んでくる敵騎馬隊の先頭に到達――するかと思われたその瞬間、不意に地面へと突き刺さる。


「続いて第二射撃て!」


 指揮官は第一射が敵へ届かなかったことに違和感を抱きながらも、うろたえることなく第二射を命じる。


 思ったよりも敵の向かってくる速度が遅かったのだろう。指揮官はそう結論付けた。

 緒戦で翻弄されたことが見慣れぬ騎馬隊への過大評価につながっていたのかもしれない。


 しかしその考えはすぐに打ち消されることとなった。

 続いて放たれた第二射の矢も、第一射と同じように敵の直前で地面に突き刺さったからだ。


 第一射とは違い明らかに矢の届く距離である。

 さすがに指揮官もこれはおかしいと感じはじめる。

 気のせいかもしれないが、途中まで山なりの軌道を描いていた矢が急に失速して落ちたように見えたからだ。


 続く第三射が異常な軌道をとって敵の直前で地面に突き刺さると、その疑いは確信に変わった。


「魔法による守りか!」


 異常な矢の軌道に魔法の存在を感じ取った指揮官は、矢での攻撃を中止すると接近戦に備えるよう指示を出す。


「動きの止まった騎馬へ三人一組であたれ! 阻盾を抜かれるなよ!」


 すでに敵騎馬隊はすぐそこまでやって来ていた。

 一分もしないうちに激突するだろう。


 阻盾を支える兵士たちが息をのむ。

 瞬きをする間にも彼我の距離は縮まっていく。


 五十メートル。

 敵の騎馬隊は王国軍の備えを見ても臆すことなく突撃してくる。


 三十メートル。

 騎馬の突進力が勝つか、それとも阻盾と長槍の防御力が勝るか。


 十メートル。

 阻盾を支える兵士が身を固くし、長槍の穂先が水平方向からやや斜め上へと傾けられる。


 五メートル。

 今まさに激突の瞬間に向け、王国軍兵士たちが呼吸を止めたその瞬間。


 信じられないことが起こった。


「なっ……!」


 言葉を失った指揮官の視線が頭上に向けられる。

 そこには青い空を背景にして王国軍の兵士たちを飛び越える敵騎馬の姿があった。


 敵の騎馬隊は王国軍の前衛とぶつかる直前、自らの駆る騎馬を跳躍させたのだ。


 もちろん通常の騎馬であれば、跳躍したとてその距離はせいぜい数メートル。

 高さに至っては人ひとりを越えられれば上出来といったところだろう。

 だが敵の見慣れぬ騎馬はその常識を軽々と覆し、文字通り飛び越えていった。


 前衛の直前で飛び上がった騎馬はふわりと浮くように不自然な軌道を見せると、阻盾を越え、長槍も届かない高さを飛び、勢いそのままに王国軍のど真ん中へ着地したのだ。

 盾を並べ、長槍を構えた前衛ならばともかく、その後ろにいるのは騎馬に対する備えのない兵士たちだけ。


「うわあああ!」


「な、何で!?」


 突然降ってきた敵の騎馬に押しつぶされ、()ね飛ばされ、嵐に翻弄(ほんろう)される木の葉の如く命を散らしていった。


「そんな……、馬鹿な……」


 あまりに予想外の事態に、指揮官も立ち尽くすのみ。

 まさか騎馬があのように高く遠く跳躍し、隊形の内側に食い込まれるとは思わなかったのだ。


 それはまるで胃の中に直接刃物を送り込まれたような心境。

 残ったのは騎馬の突撃を防ぐために準備した万全の態勢が、何の役にも立たなかったという事実だけだった。


 周囲は大混乱に陥っていた。

 覚悟を空回りさせられた前衛の兵士たちは何をすべきかわからなくなり、突然の襲撃を受けた部隊中央の兵士たちは圧倒的な暴力から逃げるので精一杯となる。

 混乱が混乱を呼び、もはや収拾不可能なまでになっていた。


 それはもはや軍隊と呼べる秩序立った集団とは似ても似つかない。

 例えるならば獰猛な獣に食い荒らされる小動物の群れであろう。

 王国右翼部隊は敵騎馬隊の足を止めるという役目を果たすことなく、敵にその身を捧げるだけの獲物と化していた。


「ええい! 数はこちらの方が多いのだ! 押し包め!」


 慌てて指揮官が指示を飛ばすが、その声もどこまで届くか怪しいものだった。

 しかも状況はさらに悪化する。


「敵左翼部隊が反転してこちらに向かってきます!」


「なんだと!」


 後退していた敵の左翼部隊が攻勢をかけてきたのだ。

 内部に敵の騎馬隊を抱えて混乱しているところへさらに攻撃を食らい、混乱は収まるどころか拍車がかかる。

 前衛の部隊に至っては後方を騎馬隊による混乱で脅かされ、前方は敵左翼部隊の攻勢にさらされることで半ば挟撃されるような状態に陥っていた。


「部隊長、ここは危険です! いったん下がりましょう!」


「どこに下がるというのだ! 前も後ろも帝国の部隊が――ぐっ!」


 部下の進言に反論しかけた指揮官が首に矢を受けて倒れる。

 部隊指揮官を失った王国右翼部隊は、混乱を収拾することもできずに帝国の攻撃でその数を減らしていった。

 





 王国右翼部隊を蹴散らした帝国の騎馬隊――サンロジェル君主国の飛馬(ひば)隊――は、勢いそのままに突っ切る。

 適当に周囲の歩兵を蹂躙(じゅうりん)すると、右翼部隊の混乱を横目に紡錘(ぼうすい)陣形をとってその場を後にした。


「後は帝国の部隊が片付けるだろう。我々はこのまま王国本陣に強襲をかける!」


 飛馬隊の隊長が後続の部下に指示を出す。


 まさか右翼部隊を突破されるとは考えていなかったのだろう。

 飛馬隊の行く手には無人の野が広がるばかり。

 その先にあるのは王国の最高指揮官やその参謀たちがいる本陣だった。


 飛馬隊の役割は敵指揮系統の徹底的な破壊と後方の撹乱(かくらん)

 サンロジェル君主国としてはそこに軍事力の誇示という目的も加わる。

 この戦いが勝利に終わったのは飛馬隊の働きあってこそ。帝国の上層部にそう思い知らせなければならないのだ。


「王国のやつら、鳩が豆鉄砲食ったような顔してましたね!」


 隊長に併走(へいそう)する騎兵のひとりが楽しそうな笑顔を隠しもせずに話しかけてくる。


「ハハハ、そうだな! 飛馬の防護風(ぼうごふう)や跳躍力を知らないやつらには衝撃的だっただろうよ!」


 サンロジェル君主国から連れてきた飛馬が通常の馬とは一線を(かく)すことを彼らはよく知っている。

 その名の通り、跳躍すればまるで空を飛んでいるかのように高く遠くまで一足で距離を詰め、防護風と呼ばれる魔力を帯びた風により矢などの軽い飛び道具はまず当てることができない。


 飛馬の突撃を防ぐのならば高さ十メートルの柵か長さ三十メートルの堀、そして弓矢ではなく投石機による弾幕が必要となるだろう。

 もちろんそれを王国の人間が知るはずもない。

 彼らにとって飛馬の驚異的な跳躍は想像も及ばない事だったはずだ。


「まあ、次はこうもいかないだろうがな!」


 こんな奇襲が通用するのは最初の一回だけである。

 防護風についてはどうだかわからないが、飛馬の跳躍力は王国軍もしっかり目に焼きつけただろう。

 次の戦いでは今回のように敵の前衛を易々と飛び越えさせてもらえるとも思えない。


「次なんてあるんですかね?」


 帝国はこの一戦で王国にとどめを刺す気でいる。

 予定通り事が進めば、王国は動員可能な戦力のほとんどを失うだろう。

 そうなれば、部下の言う通り次などない。


「……それは我々の働き次第だな」 


 飛馬隊の隊長はそう言葉を濁した。


「無駄話は終わりだ。敵の本陣が見えてきたぞ! まだ我々が王国の右翼部隊を突破した知らせは届いてないはずだ! 敵が態勢を整える隙を与えず一気に叩く! 敵の大将は王族らしい、捕らえれば勲章ものだぞ!」


 王国本陣を視界に捉え、飛馬隊の面々が隊長の鼓舞に応える。

 王国側でも飛馬隊の姿を確認したことで動きを見せつつあるが、まだこちらが敵か味方かもハッキリしていない状態では対応も徹底を欠くだろう。

 その遅れが戦場では致命的な失点につながることを隊長は経験から知っていた。


「負ける要因が見当たらないな」


 部下に聞こえないよう小さくつぶやくと、獰猛(どうもう)な笑みを浮かべて全軍に突撃を命じた。



2018/05/30 誤字修正 突然振ってきた → 突然降ってきた


2019/08/12 誤字修正 超えられれば → 越えられれば

2019/08/12 誤字修正 万全の体勢 → 万全の態勢

2019/08/12 誤用修正 檄に応える → 鼓舞に応える

※誤字誤用報告ありがとうございます。

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