第123話
両軍共に初動はセオリー通りの采配。
中央、右翼、左翼と展開した部隊がそれぞれ目の前にいる敵部隊へと接触する。
王国軍側は中央部隊が積極的な攻勢を見せ、逆に帝国軍側は左翼部隊が突出していた。
王国軍の左翼部隊と帝国軍の右翼部隊は互いに動きが鈍く、衝突こそしているものの戦闘はさほど激しくない。
それに比べて中央部隊同士の戦闘が発生している戦場中央は激しく剣が交えられていた。
中央部隊の先鋒を担う傭兵隊は陣を固めた帝国中央部隊に向けて突入するという、非常に厳しい役割を課せられている。
それが傭兵としてごく当たり前の使われ方であるし、本人たちもそのような扱いを承知の上で参加しているのだ。
しかしだからといってそれを傭兵が喜んで受け入れているか、と言えばそれはまた別の話だろう。
「くそっ! 柵の向こうからバカスカ好き放題撃ちやがって!」
「そりゃ、そのために柵を作ったんだろうからねぇ」
飛んでくる矢を盾で防ぎながらテッドが面白くなさそうに言うと、すかさずノーリスが言葉を返す。
そのノーリスはオルフェリアと共にアルディスの飛剣で守られながら、合間合間に柵のわずかな隙間へと矢を放っている。
中央部隊の先鋒である傭兵隊。その先端で戦っているのはアルディスを含むテッドたち『白夜の明星』の面々だった。
柵の後ろに隠れて攻撃魔法や矢を放ってくる帝国軍側の傭兵たちは明らかにこちらより数が多い。
しかも向こうは柵と空堀の向こうから出て来ることなく、障害物で身を守りながらこちらを攻撃してくるのだ。
このように戦いにくい状況である以上、こちらから攻勢をかけるのは下策と思われるのだが、王国軍の上層部から下された命令は『正面の敵陣地を砕け』である。
指揮官であるムーアも納得しがたいところではあるだろうが、部隊指揮官ですらないアルディスたちにはどうすることもできない。
時間が経ち、戦場自体が無秩序で情報が錯綜する状況になったならいざ知らず、開戦直後に命令を無視するのはあまりに目立ちすぎてリスクが高かった。
やむを得ず命令通り敵の陣地へ強行突入しているアルディスたちだが、やはり分が悪い戦いであることに変わりはない。
それでも彼らが無傷でいられるのはいくつか理由がある。
アルディスたちが手練れの傭兵であることに加え、敵も味方も組織的な統制が取れているとは言いがたい状況が互いの攻撃力を削いでいるのだ。
ムーア大隊長の判断により、傭兵隊は五人前後の小隊単位で行動が認められている。
普段から連携を取り慣れたパーティ単位で戦った方が実力を活かせるだろうという考えも根底にはあるが、もともとはみ出し者の傭兵たちへ組織的な動きを身につけさせるほどの訓練を行う時間がなかったからだ。
「上の人間にしてみれば、使いづらいだろうけどね」
人ごとのようにノーリスが傭兵を評す。
「もっとも、それは帝国側も同じでしょうけどね。弓隊や魔術師隊を編成されて、一斉射撃なんてされれば簡単に近寄れなくなるわ」
オルフェリアの言葉通り、帝国軍側の傭兵隊もこちらと同様にパーティ単位での行動をしているようだった。
帝国側から飛んでくる矢も魔法も散発的で、よほど偶然が重なって集中攻撃を受けない限り手に負えないほどの密度ではない。
だが敵も馬鹿ではない。
意図的に呼吸を合わせているのか、それとも偶然の産物か。それまでバラバラに放たれていた攻撃のタイミングが少しずつ合いはじめてきた。
「ちとまずいな」
なんとか柵の後ろに陣取る敵傭兵を排除したテッドが周囲の状況を見てつぶやいた。
ロブレス大陸では近年大きな戦いが起こっていない。
その結果、組織的な傭兵団は姿を消し、個人あるいは少人数のパーティで獣狩りや魔物狩りをする傭兵たちばかりとなった。
戦う相手は自分たちよりも少数、あるいは同数程度が多く、敵も味方も数百人規模という戦いを経験している傭兵はほとんどいない。
つまり傭兵は戦いのプロではあっても、戦争のプロではないのだ。
しかしやはりそこは戦いに身を置く者たち。この短い時間に集団戦へ適応して、次第に効果的な戦い方を身につけはじめている。
それを理屈ではなく感覚で嗅ぎとったテッドの焦りが、先の一言につながっていた。
「一斉射撃にやられる味方が出てきたな」
当然アルディスもその変化に気づいた。
普段少数で戦う傭兵たちは飽和攻撃に弱い。
テッドのような手練れなら的確に矢を盾で防げるだろうが、それにも限界がある。
『白夜の明星』にしても魔法の攻撃だけならばともかく、さすがのテッドも無数に飛んでくる矢からひとりでノーリスやオルフェリアまでは守れない。
アルディスの飛剣が防御に回っているからこそ、全員の安全が確保出来ているのだ。
「ねえアルディス。その剣を飛ばして柵の後ろに隠れてる敵を排除とかできないかな?」
じわりじわりと数を減らしていく矢筒の中身をちらりと窺いながらノーリスが訊ねると、アルディスが宣言するように口を開いた。
「魔術で蹴散らす」
二本のショートソードを守りに使いながらアルディスが魔術を展開する。
「猛き紅は烈炎の軌跡に生まれ出でし古竜の吐息――――」
一本立てた人さし指の周囲に赤く小さな輪が浮かび上がった。
輪はゆっくりと回転をはじめると、次第にその大きさを増していく。
指を中心にして大きく広がった輪がちぎれ複数の小さな粒に姿を変えたかと思えば、さらにそれが分裂して数を増やす。
炎の粒が二十ほどに数を増やした後、途切れ途切れの輪は指先を離れてアルディスの上空へと浮かび上がりながらその直径と大きさを増し、対応するように回転が鈍っていった。
「煉獄の炎!」
最終的に直径三メートルほどの円環状となった炎の塊がアルディスの声に促されて方々へ散っていく。
最初に被害を受けたのはアルディスたちの正面にあった柵、そしてその後ろに陣取っていた敵方の傭兵たちだった。
炎の塊がひとつ、柵に直撃する。
敵方の魔術師が構築した障壁をいともたやすく突き破り、着弾の瞬間にふくれあがった炎が柵の周囲を包み込む。
周囲にいた他の傭兵たち、特に魔術師と思われる者たちが言葉を失っていた。
彼らの知っている『煉獄の炎』とアルディスが今使用した魔術が、似て非なるものだと理解できているからだろう。
「じっとしてれば楽にしてあげるよ、っと」
全身を焼かれて悶え苦しむ敵方の傭兵に向けて、ノーリスが容赦なく矢を浴びせた。
「今さらだけど、ホントにデタラメよね……」
恨めしそうな表情を浮かべる赤毛の女魔術師。
「オルフェリアならあれくらい防げるだろ?」
「……ひとつだけならね」
一流魔術師と公言してもさしつかえないほどの実力を持つ彼女である。
さすがに全てを防ぎきるのは難しいだろうが、あの炎がひとつふたつ向かって来たところで十分防げるだけの障壁は展開できるだろう。
帝国側はというと、いくつか魔法障壁を展開して耐えきったところもあるようだが、大半の柵はその後ろへ隠れていた傭兵たちもろとも業火に包まれている。
当然魔術師の居なかった無人の柵も同様であった。
それまで攻勢に出ながらも、攻めきれていなかった王国軍が勢いづくには十分なきっかけであろう。各所で王国軍側の傭兵が優勢に転じていた。
「よっしゃ! オレらも突っ込むぞ!」
テッドの号令でアルディスたちも混乱する敵傭兵隊に向けて突入する。
左右を見れば、息を合わせたかのように敵陣へ向かっていく傭兵たちが何組かいた。
テッドの声に従ったわけではないだろうが、周囲の動きに合わせて自然と連携らしきものが生まれつつある。
やはり戦いのプロ。集団戦には不慣れでも、勘どころはきっちり押さえてくるようだ。
燃え残った柵に向けてノーリスが牽制の矢を放ち、そこへテッドが飛び込む。
アルディスはテッドが飛び込んだのとは逆側から『蒼天彩華』を手にして柵の裏側へ近づく。
「そこの魔術師、前へ出すぎだ!」
味方の傭兵から警告が飛ぶ。
無理もない。いくら剣を手にしていたとて、アルディスは鎧も盾も身につけていないのだ。
その装いを見て彼が剣士だと看破できるのは相当な慧眼の持ち主だろう。そうでなければ逆になにも知らない子供かのどちらかである。
だがアルディスは警告を無視して敵の真っ只中へと突っ込む。
攻撃を予測していた敵の剣士が出会いざまの一撃を鋭く放った。
胴を払うように打ち込まれたその攻撃を、アルディスは蒼天彩華で下から弾きながら身体を低く沈み込ませる。
「ちぃ!」
舌打ちをしながら敵の剣士が飛び退る。
踏み込もうとしたアルディスの足を狙って、今度は至近距離から矢が放たれた。
やむを得ず追撃を断念したアルディスは、続いて背後から迫り来る魔力に気付く。敵方の魔術師が放った攻撃魔法だろう。
大した威力ではないと判断し、アルディスは回避行動にも移らず魔法障壁を背後に展開する。
甲高い音を立てて敵の攻撃魔法が弾かれた。
「な、なんで!?」
詠唱すら口にしていないアルディスが魔法障壁を展開したなどと、想像もできないのだろう。
命中したにもかかわらず自らの攻撃魔法が掻き消えたことに、理解が及ばず困惑する敵の魔術師。
体勢を整えた剣士が再びアルディスに向けて無慈悲な一太刀を浴びせようとするが、それはすでに遅すぎた。
間合いを読まれた剣士の一撃がアルディスに届くわけもない。
ギリギリのところで敵の攻撃をかわしたアルディスが、流れるような体さばきで敵の懐へと潜り込んだ。
「悪く思うな」
手向けの言葉をかけながら、アルディスはその首を蒼天彩華で掻き切る。
そのままの勢いで後方に居た魔術師を切って捨てた。
「ひ、ひぃ!」
立て続けにふたりの仲間を倒された弓士は顔面を蒼白にさせて後退る。
「おう。こっちは終わったぞ、アルディス。そっちはあとひとりか?」
弓士の後方に現れたのは、柵の反対側から突入したテッドだった。
どうやらこの柵にいた敵方の傭兵は目の前にいる弓士が最後のひとりらしい。
ふたりの敵に挟まれた弓士はもはや声もでない様子だ。
弓に矢をつがえるでもなく、腰のショートソードを抜くでもなく、蛇に睨まれたカエルのように身を硬直させている。
「ああ、すぐに片が付く」
「ひっ! たっ、助けて……!」
ふたりの会話に自らの置かれた状況を改めて理解した弓士は必死で命乞いをはじめた。
勝ち馬に乗ったつもりが、仲間全てを倒されて自らの命すら風前の灯火となっているのだ。もともと圧倒的に不利な状況から活路を見出そうとするような性格でもないのだろう。
「どうする?」
さすがのアルディスも無抵抗な相手へ剣を向けようとは思わない。
テッドに向けて判断を仰ぐと、彼はめんどくさそうに言い放った。
「ああん? じゃあ武器を全部ここに捨ててとっとと逃げろ」
「み、見逃してくれるのか?」
不安と期待を表情に浮かべて敵の弓士が問いかけてくる。
「別にお前に恨みがあるわけじゃねえからな。戦う気がねえってんなら別にいいさ。ただし、武器は捨てていけ。矢筒もだ」
「わ、わかった……」
テッドの言葉に従い、弓士は手持ちの武器を全てその場に放り投げると全力で逃げ出した。
「勝手に決めちまって悪かったな」
「いいさ。テッドの判断に文句はない」
必要なのは勝つことであって相手を殺すことではない。
戦意を失った人間がひとりふたり逃げたところで、戦況には大した影響もないはずだ。
無論、命拾いした先ほどの弓士が再びアルディスの前へ立ちふさがる可能性もゼロではないだろう。
もっともそれは『戦場のど真ん中で武器も持たずに生き残ることができれば』の話である。
人情家とはいえ、敵に対して無制限に情をかけるほどテッドも甘い男ではなかった。
2019/08/12 誤字修正 打ちやがって → 撃ちやがって
※誤字報告ありがとうございます。