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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十一章 戦場を駆ける剣
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第122話

 明けて翌日八月二十日の午前。


 両軍は互いを目視できる距離にまで接近していた。

 場所は初戦において王国軍が大敗を喫した荒野である。


 帝国軍は勝利を収めた後、この場に留まるだけで王国領内深くへ進軍してくる気配が見られなかった。

 その意図は不明だが、王国軍としては自領内に敵勢力の駐留を許すわけにもいかない。

 初戦の敗北による傷も癒えないうちに王国全土から領軍や民兵を召集し、帝国撃退の軍を急ぎ編成してここまでやって来た。


 当然帝国軍ものんびりと待ち受けていたわけではないのだろう。

 来るべき王国軍との決戦に備えて陣地を構築し、さらには帝国本土から後詰めの軍を迎え入れている。


 帝国の軍勢は報告によれば一万人以上。帝国が外征のために動員できる人数としては最大規模の人数だった。

 さらに南の大陸から送られてきたという援軍の一団が加わって合計一万二千人。それが今回の帝国陣容である。


 戦場となる荒野の中央部には帝国軍の設置した柵等の障害物が並べられ、それを補完するように空堀が見えた。

 障害物の後ろには帝国の部隊が構えており、さらに後方へ目をやれば本隊と思われる一団の姿がある。


 だが予想よりも中央部の部隊は数が少なかった。

 障害物が少ない左右の領域にはそれぞれ帝国の部隊が展開し、中央部とあわせて横に広がった陣形を取っている。

 むしろ後方の本隊を除けば中央部が最も数の少ない部隊に見えた。


「わっかんねえなあ」


「何がですか?」


 傭兵隊の指揮を任されたムーア大隊長が声をひそめるでもなく素直な感想を口にすると、その横に控えていた細身の男が抑揚のない声で反応した。


「こんなところで俺たちを待ち構えているのもそうだけど、あれじゃまるで防衛戦するみたいじゃないか」


 ムーアが不満そうにあごで帝国軍の方を示す。


「王国領内に入り込んでこれまでの失敗を繰り返すよりも、ここで我々を一気に殲滅して勝負をつけてしまおうと考えているのかもしれません」


「だが王国がこれ幸いと自領に引きこもって決戦に応じなかったら、せっかく得た勢いと優位性が無駄になるじゃないか」


「そうならない自信があったのかもしれません。実際、持久戦を主張する者も多かったようですが、結局軍の上層部は決戦を選択しました。帝国が裏で何らかの手を回していたのかもしれません」


 片眉を上げてムーアが不快感を示す。

 軍の上層部が敵国の(はかりごと)によって好ましくない選択をするなど、前線で戦う人間にとってとても喜ばしいこととは言えない。


 ムーアが気になるのはそれだけではない。


「それに帝国の構築した陣地って微妙じゃないか?」


「微妙?」


「あれだけの人数と時間があったなら、もっと強固な陣地を構築できる気もするんだが……」


 細身の男は少し考え込む素振りを見せた。


「……慣れない土地で手間取っただけでは? いくら初戦で勝ったとはいえ帝国にとってここは敵地です。周囲を警戒しながらでは作業も思うように進まなかったのかもしれません」


 ムーアはため息をつきたくなった。

 細身の男が口にしていることはいちいちもっともだし、ムーア自身同じような考えは脳裏に浮かんでいる。

 しかしムーアが彼に求めているのはそんな答えではない。


「かもしれませんかもしれませんって……。もっとこう、おぉ! ってなるような意見はないのか?」


「私はあくまでも隊長が判断するにあたって参考となるよう、予測される可能性を提示しているだけです。最終的な判断をするのは隊長の職責(しょくせき)ですから」


 感情をのせずに淡々と述べる男。

 ムーアは不満そうな表情を隠しもせずに文句をつける。


「ひとごとみたいに言ってるけどな、お前だって副がつくとはいえ指揮する側の人間だろうが」


「ご心配なく。隊長が使い物にならなくなった時はちゃんと指揮官としての役目を果たします」


「使い物にならなく、って……」


 縁起でもない表現にムーアは憮然(ぶぜん)とする。

 しばらくあっけにとられていたムーアは立ち直るなり、投げやりな言葉を副隊長へぶつけた。


「何なら今から代わってやろうか?」


「お断りします。傭兵たちが私の指示を素直に聞くとは思えませんので」


 しかし副隊長の口から返されるのはつれない答えだけだった。

 面白くなさそうな表情を浮かべるムーアに向けて、副隊長が「それはさておき」と話を変える。


「先ほどのお話は参謀部に上申しておきます」


「先ほど、ってのは?」


 まさかさっきのボヤキじみた会話の事だろうか、とムーアは首を(かし)げた。


「帝国の陣地構築が思ったよりも進んでいないのではないか、というお話です」


「あぁ」


 一音で理解を表したムーアだが、その表情は明るくない。


「報告するだけ無駄だと思うけどなあ」


 もともと軍の上層部からは良く思われていない成り上がり者の意見など、生まれのいいお貴族様たちが受け入れるとも思えなかった。


 平民出身で若くして大隊長にまで出世したムーアの周囲は敵だらけだ。

 いや、敵というのは語弊(ごへい)があるだろうか。助けてくれない味方ばかり、といった表現の方がおそらく的確だろう。


 高貴な身分の彼らにとって、ムーアは直接手を下すほどの価値もない小物である。

 積極的にムーアの失脚を企むほど恨まれてはないだろうが、彼が軍務に失敗しても手を差し伸べようとも考えないだろう。

 だからこそ傭兵部隊の指揮官といった危険で役得の少ない任務が回ってくる。


 今回の戦いでもムーアは割を食っている。

 率いる傭兵隊の配置は中央の最前線。与えられた任務は正面の防御陣地を越えて敵中央部隊へ打撃を与えること、である。

 昨夜傭兵たちと話した時に言った通り、最も危険で一番損害が出るであろう配置だった。

 先駆(さきが)けと言えば聞こえはいいが、進む先に柵や空堀、そして何よりそれらの後ろから放たれる矢や攻撃魔法が待ち構えているというのでは気が重い。


 帝国軍の布陣にあわせて王国軍も軍を横へ展開している。

 中央には傭兵を含む三千の兵が、左翼には二千、右翼には虎の子の騎馬隊を含めた三千が配置されていた。


 実際には中央の部隊も攻撃に参加するのは本隊を除いた二千人である。

 その先鋒としてムーア率いる傭兵隊五百人には積極的な攻勢が命じられていた。


 間に合わせの陣地とはいえ、柵や空堀で守られた相手に攻めろというのは決して賢い選択ではないだろう。

 加えて当然のことながら数の不利は(いな)めない。

 傭兵個々人の技量と経験に頼るしかないというのが正直なところだった。


 戦力把握のためムーアは自ら傭兵たちのもとへと赴き、ひとりひとりをその目で見てきた。

 正規軍とは違い、個々の力量には大きくばらつきがある。

 だが正規兵よりも普段から獣や魔物相手に命のやりとりをしている傭兵の方が実戦に慣れているだろうし、頼りになりそうな人物も幾人か確認できた。


 ただ生粋(きっすい)の軍人である副隊長はムーアのそういった行動をあまり好ましく思っていないらしい。


「何も傭兵たちが野営しているところへ、隊長が自ら足を運んで顔を見せる必要はないと思いますが」


 諫言(かんげん)めいた口調になるのもそれが原因だった。


「いくら金を対価に戦うといっても、傭兵だって顔も見えない指揮官のために戦うより言葉を交わした事のある指揮官のために戦う方が良いだろうさ」


 しかしムーアもそこは譲れない。自分が傭兵だったからこそ、彼らの気持ちが良くわかるのだ。

 誰だって自分をただの駒として見るだけの指揮官より、自分をひとりの人間として見てくれる指揮官の方が指示を聞こうという気にもなるだろう。

 たとえ傭兵が金で雇われただけのならず者だとしても、意味もなく使いつぶされたくはないはずだった。


「それで? 使えそうな傭兵はいましたか?」


 副隊長もくどく言うつもりはないらしく、さっさとその成果に言及する。


「まあな。トリアで名の売れてる『白夜(びゃくや)明星(みょうじょう)』がいたぞ。あと、例の『三大強魔(ごうま)討伐者』もだ」


「ほう……」


 得意げなムーアの言葉を聞いて副隊長が口角だけを上げた。


「それはそれは。何よりの吉報かもしれません」






 両軍の陣営が対峙する中、アルディスたちは王国軍中央部の最前部にその身を置いていた。


「結局昨日の指揮官が言ってた通りになっちまったな。予想はしてたけどよ」


 諦めの感情をのせてテッドがぼやく。


「まあ仕方ないよね。だからこその傭兵なんだし、どうやらあちらさんの中央部隊も傭兵を前面に出して来たみたいだね。傭兵同士つぶし合えって事だろうなあ」


 戦いの前とは思えないのんきな口調でノーリスがなだめる。


「ちっ、わかってるっての。俺たち傭兵においしい役目なんて回って来ねえ事くらいは」


「そうそう。この期に及んで愚痴(ぐち)ってばかりいたら、思わぬ不覚をとるわよ。さっさと切り替えなさい」


 オルフェリアにまでそう言われ、テッドは仕方なくといった感じで表情を引き締めた。


「へいへい。じゃあしっかりと報酬分働いて死なない程度に頑張るとすっか。出来るなら向こうの傭兵隊を率いてる部隊長の首でも取って、王国軍が勝てりゃあそれに越したことはねえんだが」


 テッドの視線が向いた先では、両軍から進み出た代表者同士が互いに口上(こうじょう)を述べていた。

 両軍の兵士たちがそれを挟んで整然と並ぶ様は厳粛な儀式の様子を思わせる。


「こうしている間に別働隊を回り込ませて相手の本陣を突けば勝てるんじゃないのか?」


 不思議そうな表情を浮かべて言うアルディスへ、テッドたちがとっさに突っ込む。


「なに言ってんだお前」


「あはは、面白いこと言うね」


「さすがにそれはちょっと……」


 別にアルディスは冗談で言っているわけではない。


 彼にしてみれば姿を現した敵を前にして悠長な口上を述べる暇があるなら、さっさと先制の一撃を加えるべきだと思っているからだ。

 一瞬の隙を互いに窺いながら、致命傷となる一撃を相手の喉元へ突きつけようとしのぎを削る。それは個人の戦いだろうが集団での戦いだろうが変わらない、とアルディスは思っていた。


 だがそんな常識もここでは通用しないらしい。

 傭兵として普段から危険に身を置いているはずのテッドたちでさえ、『戦争とはそういうもの』と納得してしまっている。


 偶発的な小競り合いならともかく、今回のような決戦では主張をあきらかにして自らの正統性を訴えることが重要なのだという。王国も帝国も互いに大義名分を掲げた戦いである以上、これをおろそかにすればたとえ戦いに勝っても自らの正義が認められないという事になりかねない。


 それを聞いて内心でアルディスは心底呆れた。正義もなにも、負けてしまえば異を唱える権利も機会も与えられないだろうに、と。


「ずいぶんと平和な話だな……」


 戦争というこの上なく物騒な舞台のど真ん中で黒髪の少年が場違いな言葉をこぼすが、それを耳にした者はいなかった。


 代表者による口上が終わり、道義上の取り決めがいくつか交わされると、ようやく両軍の指揮官が号令を発して兵士たちが動きはじめる。


 整然とした状況の中、王国の命運を賭けた一戦は幕が切って落とされた。


2018/05/06 誤字修正 領軍は互いを → 両軍は互いを


2019/08/12 誤字修正 傭兵たちの元へ → 傭兵たちのもとへ

※誤字報告ありがとうございます。


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