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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十一章 戦場を駆ける剣
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第121話

 王都を出発してから九日目。

 行軍を終えた王国軍は翌日の決戦に備えて野営を行っていた。


 王国軍の到着は斥候(せっこう)によって相手へも把握されていることだろう。

 夜襲を警戒しながら兵馬共に最後の休息を取っているのは相手も同じはずだった。


 あちらこちらで(だん)を取るための火が見える。

 その中のひとつ、明らかに傭兵といった(よそお)いの男女が焚き火を囲んでいた。

 火を囲むのはテッド、ノーリス、オルフェリアたち『白夜(びゃくや)明星(みょうじょう)』メンバー、そしてアルディスの四人だ。


「斥候に出てた兵士から聞いたんだけどね」


 携帯食を小ぶりの枝に刺してあぶりながら、ノーリスが世間話のような口調で話を切り出す。


「いつもながら、どうやって聞き出してきたんだか……」


 怪訝(けげん)な表情でオルフェリアがつぶやいた。


 彼女の言う通り、普通は斥候が得た情報など一介の傭兵には伝わらない。

 馬鹿正直に「教えてくれ」と言ったところで相手にされることはないだろう。

 ノーリスが普段どのような手段を使っているのかはわからないが、ひょうひょうとした雰囲気の彼は思いもよらぬ情報をいつの間にか手に入れていることが多い。


「どうも帝国軍はずいぶんと陣地を固めてるみたいだよ。もちろん固めたと言っても出来る事は限られてるから、急ごしらえの柵や空堀程度らしいけど」


「これじゃあ、どっちが攻め手なんだかわからねえな」


 テッドがため息をつく。


「わかんねえよな。初戦で大勝ちしたんだから、そのまま王都に向けて攻め込んでくるかと思ったのによ。なんで俺たちが相手の陣地に攻め込まなきゃいけねえんだ? 戦争ふっかけて来たのは帝国の方じゃねえか」


「普通はテッドの言う通りだろうね。初戦で王都の軍は壊滅したんだから、勢いに乗って進軍してくるのがセオリーだと思うよ。ただ帝都は遠いからね。これまでも帝国は補給で苦しんできたみたいだし、同じ失敗はしたくなかったんじゃないの?」


 エルメニア帝国の国土は東西に長い。

 そして帝都はノーリスの言葉にある通り、国境から遥か東に位置する。

 国境から遠いということは、この戦場からも遠いということであった。


 もちろん帝国には帝都以外の大きな町もある。

 国境から南東に歩いて三日ほど進むと、帝国第二の都市が存在する。

 しかし国の総力をあげて編成した軍が必要とする補給は並大抵ではない。

 全軍を維持するためには帝都からの補給が不可欠であった。


 戦史を紐解(ひもと)けば帝国軍が戦いに勝ちながらも補給が続かず撤退した、という話は少なくない。

 帝国が失地回復を御旗(みはた)に掲げ、王国内での略奪を禁止していることがその一因となっているのは確かだろう。


 実際は末端の兵士たちによる乱取りも皆無ではないだろうが、上層部の目を盗んで行われる程度の規模では大軍を養えるほどの物資も得られない。

 しかも王国の南東部には目立った食糧生産地もなく、収奪しようにも肝心の食糧が手に入らなかった。


「だからって王国軍が来るまで待ってるだけというのも、ずいぶんのんびりした話よね。王国が軍を向かわせずに防御へ専念したら、どうするつもりだったのかしら?」


「さあな。でも実際にこうして王国は決戦にやって来ちまってんだから、結局のところ帝国の思惑通りってことじゃねえか」


「まあ、そこのところは僕らがどうこう言っても仕方ないよね。僕ら傭兵は与えられた環境で戦うだけだし」


「でもよ、どうせ一番危険なところに突撃させられるのはオレたち傭兵だろ? 守りを固めた陣地に真っ向から突っ込みたくはえんだけどなあ」


「もともと不利な状況だと知ってて王国側へ付いたんだから、今さらグチグチ言ってもしょうがないんじゃない」


「そりゃそうだけどよ……」


 あっけらかんとした態度のノーリスに指摘され、テッドが不満そうな顔を見せる。


「せめて指揮するやつがまともな人間であることを祈るしかねえか」


「どうだろうね? 噂だと『三十三歳児』なんてあだ名を付けられてる人らしいよ」


「なんだそりゃ? なんつーか……、この上なく不安が()き立てられるあだ名だな……」


「どんな人間なんだ?」


 ノーリスの口にしたあだ名を聞いて、それまで会話に加わっていなかったアルディスが突然横から割り込んだ。


「あれ? アルディスが興味を示すなんて珍しいね」


 アルディスが人の噂話に口を挟むことは珍しい。

 だがアルディスとて聞き覚えのある特殊な表現を耳にすれば、人並みに興味は引かれる。

 出会ったことのある人間に関してならなおさらだろう。


「少し似たようなあだ名の人間に会ったことがあるからな」


「へえ。『三大強魔(ごうま)討伐者』に覚えてもらってるなんて、俺もなかなか捨てたもんじゃないなあ」


 思いもよらぬ方向から返ってきた声に、アルディスが首だけを動かして反応する。


「あんたは……」


 そこにいたのは王国の制式軍服に身を包んだ一人の男。

 バランスが取れた筋肉質の身体に悠然とした佇まい。


 アルディスはその顔に見覚えがあった。


 四年前、アルディスは『四枚羽根(よんまいばね)』討伐後に島へ棲みついた生物の調査依頼を請け負ったことがある。

 その生物――つまりルプス――に危険性がないことを証明するため、調査隊という名の証人として同行した軍の士官、それが目の前にいる男だった。


 当時は『隊長』と呼ばれていたが、あれから四年も経っている。

 『二十九歳児』というあだ名が『三十三歳児』へ変わっているのにあわせて、その顔にも年相応の雰囲気をまとわせていた。


「四年前に会ったことがあるよな」


「うんうん、そうそう。四枚羽根が住み処にしてた島を調査したときに会っただろ?」


 アルディスの記憶が彼の言葉で裏付けられる。


「なんであんたがこんなところに? いや、あんたがここにいるって事はつまり――」


 疑問を口にしてすぐに、アルディスは自分で答えにたどり着いた。


「そういうこと。今回傭兵隊の指揮を()ることになった、『永遠のガキ大将』ことムーア・グレイスタとは俺のことさ、はっはっは」


 そういえば、四年前に彼の部下である文官がそんなあだ名も口にしていたな、とアルディスは思い出す。

 同時に他人事ながら妙な気持ちになる。胸を張って言えるようなものでもないだろうに、と。


 アルディスがまったく関係のない事へ気を取られている合間を()って、ムーアと名乗った士官は勝手に隣へ腰を下ろしていた。


「しかし、俺もたいがい年が顔に出ないって言われるけど……」


 まじまじとアルディスの顔を見てムーアは不思議そうな顔をする。


「お前、四年前とほとんど変わってないよなあ。もしかして人間じゃなかったりする?」


 ムーアの見当違いな物言いに、面白くなさそうな顔を返すアルディス。

 それを見て吹き出したのは横から様子を(うかが)っていたノーリスだった。


「ぷっ。確かに人間離れしてるからね、アルディスは。むしろ人間じゃないって言われた方が納得するかも。あははは」


「おい、ノーリス」


 アルディスの顔がさらに不機嫌さを増す。


「ごめんごめん、アルディス。でもちょうど良かった」


「何がだ」


「いや、アルディスが人間離れしてるとかって話じゃなくてさ。せっかく部隊の指揮を執る人間が目の前にいるんだから、聞きたいことがあって」


「ん? 俺にか?」


「ええ、そうですよ。部隊長さん」


 かりそめとはいえ相手が上官ということもあって、ノーリスの言葉が丁寧になる。


「ああ、そういう堅っ苦しい言葉遣いはいらないぞ。いつも通り普通に話してくれりゃあいい。他の傭兵たちは大抵そうだしな」


「そう? じゃあそうするね」


 ムーアの寛容さをいいことに、ノーリスがあっさりと口調を戻す。


「で? 聞きたいことってのは?」


「ちょっと小耳に挟んだんだけど、帝国軍はかなり陣地を固めてるって話だよね?」


「どっから聞いたんだよ、その情報。傭兵の耳にまで入ってるとか、本陣の情報担当官は何やってんだか」


 戦闘前の今、自軍に不利な情報が兵士たちの間へ流れるのは歓迎できないことである。

 伏せておくべき情報が一介の傭兵にまで伝わってしまっている事に、情報管理体制の問題を感じたのだろう。あきれ顔と不満顔が混ざったような表情をムーアが浮かべた。


「ま、それはこの際置いといて」


 そんなムーアの懸念(けねん)を無視してノーリスは話を続ける。


「ただでさえ数で劣勢な上に、まるでこっちが相手の防御陣地に攻め込むような形でしょ? 普通に考えたらこれ、負け戦だと思うんだけど。上の人たちは何か形勢逆転させる妙案(みょうあん)があったりするのかな?」


「知らねえ。というか、知ってても言えるわけがないだろ? 一応俺にも立場ってものがあるわけだし」


 態度や口調からはちゃらんぽらんな印象を受ける人物だが、さすがにそうそう口を滑らせたりはしないようだった。

 むしろこれで簡単に機密をしゃべるようでは、逆に不安材料となるだろう。


「ま、そうだよね」


 とぼけた調子でノーリスが素直に引くのと入れ替わって、今度はテッドが問いをぶつけた。


「つまりはオレたちがどこに配置されるかも、明日にならなきゃわからないってことだな?」


「そうだなあ……。参謀たちも今必死で布陣を考えてるところじゃないか? でもまあ、俺たちが配置されるところは大体想像がつくぞ」


「どこだ?」


「最も危険で一番損害が出そうなところ」


 あまりにも意味がないムーアの答えに、テッドが毒づく。


「ちっ。聞きてえのはそういうことじゃねえよ。役に立たねえ指揮官だな」


「はっはっは。まあ俺にもどこへ配置されるかはわからん。仮にも大隊長の身とはいえ、どうも上の連中には好かれてないんでな。俺のところへ命令内容が届くのは開戦直前だろうさ。布陣する場所はもう少し早くわかるだろうけど」


 悪びれた様子も見せずムーアが笑った。


「ったくよ、簡単に言ってくれるぜ。傭兵は使いつぶしてなんぼ、ってか?」


「だけどそれが傭兵ってもんだろう? 第一、黙って使いつぶされるほど殊勝なヤツらでもないだろうし」


 一転してムーアが挑むような視線をテッドへ向ける。


「よくわかってるじゃねえか」


「俺も元は傭兵出身だからな」


 その言葉にアルディスが納得の表情を見せた。


「なるほど。どうりで軍人らしくないわけだ」


「そういうこと。だからこうして傭兵隊の指揮を任されてるわけだからな」


 どうやらムーアが傭兵部隊の指揮を任されたのは傭兵出身という経歴のおかげ、というより経歴の()()というわけらしい。


「貧乏くじを引かされたってわけか」


 上に好かれていない、というムーアの言葉を加味してアルディスが事情を察する。


 ムーアは肩をすくめることで口に出さず肯定してみせた。


「もっとも、貧乏くじを引いたのは俺だけじゃないがね」


「どういう意味だ?」


 『俺だけじゃない』という言葉の意味を(はか)りかねて、とっさにアルディスは訊ねる。


「今回の貧乏くじはもう一本あってなあ。そっちもこっちに負けず劣らず大変だと思うぞ」


 ムーアの言い方と『そっち』という言葉から、もう一本の貧乏くじがどこかの部隊を指しているのだとアルディスは理解した。


「もう一本ってのはどこかの部隊か?」


「学徒兵部隊。王都の学園に在籍する戦士課程や魔術師課程の子供らだ」


 その答えを聞いてアルディスはわずかに顔をしかめた。

 アルディスがこの戦いに参加した理由となる人物がそこにいるからだ。


「ピクニックの引率するだけでも大変なのに、戦場で学生を指揮しろとか……。まだ傭兵部隊の指揮官やる方がましだな。あっちの指揮官は気にくわない小僧だが、今回ばかりは同情するよ」


 アルディス同様に貧乏くじ扱いされるキリルだった。


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