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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十一章 戦場を駆ける剣
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第118話

 床に敷かれたカーペットの上へアルディスが腰を下ろすと、その首へすぐさまフィリアが後ろから手を回してくっついた。

 あぐらをかいた足の上は自分の場所だとばかりに、リアナが(ふところ)に潜り込んで占拠する。

 実年齢を考えると少しばかり違和感のある光景だが、双子にとってはそれだけアルディスという存在が特別なのだろう。しかも数ヶ月ぶりの再会だ、無理もない。


 そんな双子の髪を乱暴にアルディスが撫でる。

 ガシガシと音を立てそうなくらいの荒さだが、双子は気にした風もなく声を立てて笑った。


「して、我が主よ。成果のほどは?」


「今のところは特に。遺跡の(たぐ)いも半分くらいは見て回ったが、戦争のせいでそれどころじゃなくなったしな」


 三大強魔(ごうま)討伐やレイティン防衛戦で、慎ましく暮らしていくだけなら一生分の金貨を稼いだアルディスが傭兵を続けているのは、お金の為ではないらしい。


 キリルはあまり詳しい話を聞いていないが、アルディスが何やら探し物をしていることは話の節々から読み取っている。

 王国内や西の都市国家連合、北の共和国はあらかた探し終えたらしく、最後に残った隣国である帝国領内での捜索をはじめたところに今回の開戦だ。

 危うく帝国側の傭兵部隊に組み込まれそうになったため、慌てて抜け出てきたらしい。


「アルディスさんは、初戦で王国軍が壊滅したという話は聞いてますか?」


 正確には壊滅したのは王都の軍であり、王国軍全体というわけではない。

 だが大部分の一般人にとっては『負け。それも壊滅』という情報は不安を()き立てるだけの材料だろう。現実の数字よりも心理的な影響の方が大きい。


「ああ。帝都はお祭り騒ぎだったぞ。悲願達成も近いということで、志願兵も増えているそうだ。帝国の上層部も一気にケリをつけるつもりなんだろう。かなり強引に傭兵をかき集めていた。もちろんそれに見合うだけの報酬は出るみたいだが」


「後から現れた『見慣れぬ獣に(また)がる武装集団』というのは結局何なんです?」


「こっちにはまだ情報が伝わって来てないのか?」


 開戦直後から国境は封鎖されている。人の行き来がほとんどなくなったこともあって、帝国内の情報は王都に流れてこない。

 何事もなかったかのように帰ってきたアルディスの方が異常なのだ。


「俺も詳しいことは知らないが、どうやら南の大陸から来た一団らしいぞ」


「南の、大陸?」


 意外な答えにキリルは目を丸くする。


 ナグラス王国やエルメニア帝国のあるロブレス大陸から南へ進むと、別の大陸が存在する。

 ただこれはあくまでも『存在するらしい』という不明瞭な情報がまことしやかにささやかれているだけだ。


 ときおり南の大陸から流れ着いてくる人間が現れるが、その本人たちもロブレス大陸を目指して意図的に航海をしてきたわけではない。

 過去に南の大陸へ向かって出向した探索船は多いが、生きて帰って来た者もいなかった。

 ロブレス大陸の船はあくまでも陸地に沿った近海航行をする程度に留まっている。

 どれだけの距離があるかわからない未知の大陸へ、行って帰ってくるだけの航海技術がないからだ。


「帝国は南の大陸にある国と同盟を結んだそうだ。例の一団はその国からの援軍らしい。見慣れない獣に跨がった騎兵という話だが、その獣もおそらく南の大陸から連れてきたんだろう」


「それは……」


 キリルの顔色が曇る。


「その一団が軍隊なのか傭兵なのかわかりませんけど、武装集団としてまとまった人数を送り込んでくるだけの航海技術があるってことですよね? だとしたら、さらに援軍が送り込まれてくる可能性も……」


「あるだろうな」


 アルディスはキリルの心配をあっさりと肯定する。


 王国と帝国の国力は拮抗(きっこう)している。いや、拮抗()()()()と言うのが正しい。

 近年王国は国力の伸びがめざましく、帝国との力関係は王国有利に傾きつつあった。


 一国対一国なら互角以上に戦える。だが相手が複数の国となれば話は別だ。

 だからこそ王国は北の共和国や西の都市国家連合と友好関係を深め、敵対する相手を帝国ひとつに絞ってきたのだ。

 王国の首脳部も、まさか帝国が大陸外の国と手を結ぶとは思ってもいなかっただろう。


「王国は……、勝てるんでしょうか?」


「さてな。初戦は大敗北を喫したそうだが、地方の領軍や民兵をかき集めればまだ十分な兵力は揃えられるだろう。援軍を含め、帝国の戦力がどれだけ増強されるのかわからないと何とも言えないが、要衝に陣を構えて守りに徹すれば戦えない事はないはずだ」


 それはつまり痛み分けを前提とした戦いであり、『勝つのは無理』と言っているに等しかった。


「さすがに王都まで攻め込まれるほど王国軍が弱体化しているとは思えないが――」


 念のため、とアルディスは前置きをして続ける。


「キリルはレイティンに戻った方が良いんじゃないか?」


 もともとキリルは都市国家レイティンの人間である。

 学園に通うためナグラス王国に来ているが、戦争に巻き込まれる危険を(おか)してまで学園に通い続ける理由はない。


 キリル自身、開戦の報を聞いた時はレイティンに帰国することも考えた。

 しかしいくらネーレがいるとはいえ、アルディス不在の状態で双子を置いたまま自分ひとり逃げるのは気が進まなかったし、それ以上に別の理由で戦争とは無関係を貫き通す事が出来そうにない。


「そうしたいのはやまやまですけど……」


「何かあるのか?」


 言いよどんだキリルは、アルディスに(うなが)されて事情を語りはじめた。


「どうも学園の生徒に動員がかかるらしくて……」


 そもそもの原因は王国軍が初戦で惨敗を(きっ)したことにある。

 王都の常駐軍が壊滅したことで、対帝国の戦力比は大きく差が開いてしまった。


 その穴を埋めるため、民兵や傭兵を含めた戦力が急遽かき集められている。

 それだけならばキリルには関係無い。問題はその一環として戦闘技術を持った学生にも責務を果たすよう求める声が上がったことだ。


「学生を戦場に引っ張り出すと?」


 アルディスが顔をしかめる。


「もともと設立の際、反対する勢力を説得する為にそういった話が学園の果たす役割として盛り込まれていたそうです」


 平民が実力をつけて台頭することに忌諱(きい)感を唱える貴族たちを抑え込むため、建前として設立理念に忍ばされていた『国家危急の際に求められる臨時対応要員育成のため』という文言。それを思い出した者が軍の上層部にいたのだ。


 あくまでも反対勢力を懐柔(かいじゅう)するための実態なき一文だった。

 事実、過去の歴史を見ても学園の生徒が戦場へかり出された記録はない。

 これまでは帝国との戦力が拮抗していたからである。

 学生の力に頼るほど落ちぶれてはいない、というプライドが軍にもあり、学園設立以降その一文は形骸(けいがい)化していた。


 だが今回、初戦に大敗北したことで軍の余裕も吹き飛んでしまったようだ。

 予想もしなかった敵の戦力と不利な情勢に、それまでの態度を百八十度変更して学園へ学生の参戦を求めた。


 設立の名目として明記されている以上、学園側にそれを拒絶することは出来ないだろう。

 今のところ学園からは何も公式発表がないが、おそらく戦士課程や魔術師課程の生徒は前線へ、それ以外の生徒は後方支援へ動員されるに違いないという噂が駆け巡っていた。


 ちなみに動員対象となるのは学園だけで、貴族用にと設立された学院の生徒は当然の如く動員対象外である。


「なんにせよ、戻ってきてくれて良かったです。帝国の傭兵部隊として戦場に出てきたアルディスさんと戦うなんて、想像もしたくないですから」


 キリルが影のある笑顔をアルディスへ向ける。


「キリルどこか行くのかですかー?」


「いつ帰ってくるのだですー?」


 キリルの両腕を左右から双子が引っぱった。


「う、うん……。そうだね、いつまでかは……ちょっとわからないかな」


「ちゃんと帰ってくるます?」


 双子なりにキリルの様子が普段とは違うことを感じたのだろう。

 不安そうな表情でリアナがキリルの顔をのぞき込む。


「大丈夫。帰ってくるよ」


「ホントに? 約束できるか?」


 キリルの瞳を真っ直ぐ見つめながらフィリアが問いかけた。

 やや青みがかった浅緑色の瞳に映る自分の顔が、思った以上に情けない表情であることにキリルは苦笑する。


「ホントだよ。ちゃんと帰ってくる」


 口で答えながら『生きてたらね』と心で付け加えた。


「うむ、約束だよ! 嘘ついたら絵物語三冊買ってね!」


 ちゃっかりとペナルティに自分の利益をのせてくるあたり、成長が感じられてキリルは嬉しくなる。


 双子のおかげで顔のこわばりがとれたキリルに、アルディスが荷袋から取りだした物を投げてよこした。

 キリルは慌てて両手で受け取ると、双子と一緒になってそれを観察する。


 それは一対の手袋だった。

 傭兵が好んで使うような厚手の革製手袋と違い、素肌にピッタリとフィットするような非常に薄い生地で出来ている。全体が真っ白という見た目もあって、貴族の令嬢や裕福な家の娘が身につけそうな代物だ。


土産(みやげ)だ。帝国で遺跡を巡ってる時に見つけたんだが、面白い術が込められていたからな。キリルにやるよ」


「面白い術?」


「防護の術だ。身につけているだけで発動するから、戦場に出るなら持っていけ」


 魔術の込められた品物は貴重だ。

 古代遺跡で見つけたということなら、現在の技術では模倣することすら困難な一品と思われる。

 しかるべき商会へ持っていけば目が飛び出るような金貨と引き替えにできるだろう。


 だがそれをひょいと投げてよこしてくるあたり、アルディスにそういった常識は通用しないと改めて実感させられる。

 本来なら土産と称して気軽にもらって良い物ではないが、守りの力が込められているというなら戦場に(おもむ)くキリルにとってこれ以上の餞別(せんべつ)はない。


「ありがとうございます」


 だからキリルはアルディスの厚意を素直に受け取って頭を下げる。


「キリル」


 顔を上げたキリルは、正面からアルディスの真剣な視線にさらされた。


「なんですか?」


「お前は傭兵じゃないが、戦場では傭兵も兵士も関係無い。初陣(ういじん)の傭兵にとって一番大事なことが何か、わかるか?」


 キリルは自分の力を過信していない。

 アルディスという常識外の存在を知っているからだが、年頃の少年が抱きがちな夢想とは無縁でいた。

 初陣にあたって戦いで名を上げる自分など想像もしないし、それをアルディスが望んでいないことは察している。

 だからこそ防護の術が込められた手袋をアルディスは渡してきたのだろう。


 それを踏まえた上でキリルは自分が心へ留めるべきことを思案し、導き出された結論を口にした。


「……死なないこと、ですか?」


「上出来だ」


 アルディスが満足そうに笑みを浮かべる。


「敵を倒そうなんて考えるな。迷ったら生き延びる確率が高い方を選べ。目的を間違えるな。お前の場合は勝つのが目的じゃない、死なないことが最優先だ。それを忘れるなよ」


 キリルはアルディスの言葉を脳裏に焼きつける。

 同時にアルディスが口にする言葉へ妙な重々しさを感じたキリルは、自分とさほど年が変わらないはずの人物がまとう底知れ無さにふと疑問を抱く。


 この人はこの若さで戦場に出たことがあるんだろうか、と。


 傭兵であるからには戦場での働きがその本分だろう。

 だがここ十年以上、ロブレス大陸では戦争らしい戦争は起こっていない。


 確かにアルディスは容姿が若く見える。

 四年前、初めて出会った時と比べてもさほど年を取ったように見えなかった。

 アルディスはあの当時すでに成人に見えたが、それでも今思えば成人したばかりの幼い顔立ちだったような気がする。

 当時が十五、六歳だとしても、ようやく今二十歳に届くかどうかというところだ。

 その若さで戦争を経験した人間はキリルの知る限り皆無(かいむ)だった。


 とはいえそれはキリルにとって大事なことではない。

 重要なのはアルディスが敵に回らなかったことである。


 本音を言えばアルディスには王国側の傭兵として参戦して欲しい。

 しかしアルディスはすでに三大強魔討伐やレイティン防衛の戦いで十分な財を持っている。

 いまさら命の危険を冒して戦場へ出て行く理由はないだろう。


 だからキリルはアルディスの去就(きょしゅう)について言及(げんきゅう)せず「ええ、わかりました」と言葉にしてはごく短く、頷きながら返すに留めた。


2018/08/13 誤字修正 数ヶ月ぶりの再開だ → 数ヶ月ぶりの再会だ


2019/07/11 修正 大敗北を喫した → 大敗を喫した

2019/07/11 修正 地方の領軍や民兵 → 民兵や地方の領軍

※ご指摘ありがとうございます。


2019/08/12 誤字修正 押さえ込む → 抑え込む

※誤字報告ありがとうございます。


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