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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第十章 学園の異端児
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第107話

 マリウレス学園の魔術師課程。

 それは平民が魔術師となるために、知識や技術を習得することのできる数少ない選択肢である。


 もちろん魔術師課程に進んだからといって、全ての生徒が魔術師として大成(たいせい)するわけではない。

 少なからぬ人数の生徒は志半(こころざしなか)ばに学園を去っているし、卒業した生徒も望む進路へ進めるのは一握りだ。

 だからこそ生徒たちは勝ち組に入ろうと、在学中から自らを研鑽(けんさん)することに余念(よねん)がない。


「はい。それでは皆さん、今日はあそこに並べた(まと)へ目がけて魔法を使ってもらいますよ」


 マリウレス学園の敷地内に設けられた演習場。


 その一角に二十人ほどの集団が居る。

 ほとんどは十代の少年少女たちだが、ひとりだけ三十代と思われる女性が全員の視線を集めていた。


「使う魔法の種類はなんでも構いませんが、的に命中したことが分かるものを使ってくださいね。『眠りの霧』のように命中判定が曖昧(あいまい)になるものはダメですよ」


 キリルも所属する魔術師課程の初年度生。

 初年度のカリキュラムは基本的な理論の習得と魔術発動の基礎が中心となる。

 八割方が座学で占められるその時間割において、数少ない実習が現在行われている講義であった。


「ではそれぞれ自分のペースで開始してください。くれぐれも無理はしないようにね」


 おっとりとした女性講師の合図で、生徒たちがそれぞれ的に向かって魔法を放ちはじめる。


 炎の魔法を放つ者、風の魔法を放つ者、中には本来明かりを灯すための光球を的に向かって放つ者もいた。

 いずれもその技術は(つたな)い。


「打ちつける弾丸は、高貴なる妖精の尖兵(せんぺい)――――氷塊(フェルテ)! ………………あれ?」


「燃えさかる……、炎は、わ、我が力と…………誇りの、証――――火球(グライスト)!」


 詠唱はたどたどしく、生み出される魔法も見るからに弱々しい。

 制御が甘いのか的に命中するのは半数以下であり、命中したとしてもその威力は()して知るべしであった。


 無理もない。

 入学前から英才教育を受けてきた貴族の子弟ならいざしらず、彼らのほとんどは入学してから初めて魔法というものを学び、使うのだ。


 そんなド素人がたった三ヶ月で実際に魔法を使えるようになっているのだから、学園は十分にその役目を果たしていると言えるだろう。

 実戦を想定した演習は、二年目以降を待つ必要がある。


 獣を相手にした実戦などは、四年目以降――それも志願者のみ――が受ける演習であった。

 それも安全を確保し、監督を行う講師や傭兵の付き添いがあって認められるのだ。


「ほら、キリル君! 貴重な実習の時間なんだから、ボーッとしてないで早く始めて!」


 周囲の状況に頭を巡らせていたキリルへ、講師の女性から注意が飛ぶ。


「あっ、はい。すみません」


 慌ててキリルは自分の的へと視線を移すと、手に持つ木製の杖を構えた。


 杖自体は魔法に影響を及ぼす効果など何ひとつ持っていない。ただの形式である。

 だが商人が大事な商談へ(おもむ)く際、特別な服を(まと)うのと同じで、杖という象徴的な物を媒介することで集中力を高める効果を期待されている。

 たとえ思い込み効果ではあっても、未熟な魔術師にとっては精神の安定に一役買うのだろう。学園では魔術師の実習を行う際、使用する事が推奨されていた。


 キリルの前にある的は、土が詰められた麻袋を積み重ねた小山のような物。

 最上部にはひとつだけ色の違う麻袋がのせられており、それが狙うべき的であると説明を受けている。


 その距離は約二十メートル。

 キリルにとっては至近距離と言って良い。

 この距離であれば、人の胴体ほどもある麻袋ひとつなど、狙いを外すこともないだろう。


 アルディスから受けている訓練と比べあまりにも簡単な実習の内容に、キリルは逆に戸惑うばかりである。

 周囲を見れば、初級魔法の詠唱ひとつに一分以上もかかっている生徒がちらほら居る。

 この距離の敵を相手に、一分もかけていては攻撃してくださいと言っているようなものだ。


 あの(まと)が仮に双剣獣(そうけんじゅう)だとしよう。

 双剣獣は決して俊敏ではないが、それでも二十メートルの距離ならば呼吸ふたつかみっつ分で詰められる距離だ。

 剣士ならば鞘から剣を抜いて迎え撃つのに十分な時間だが、魔術師であるキリルには一撃を加えられるかどうかという微妙なところである。


 おもむろに杖を横一文字に掲げると、キリルは『岩石』の魔法を口早に唱えた。


「貫くつぶては勇壮なる騎士の揺らぎなき(ほこ)――――岩石(デッセル)!」


 たとえ的の位置から双剣獣が襲いかかって来ていても、かろうじて間に合うであろうタイミング。

 キリルの詠唱が終わると同時に、的の土台部分が大きく揺れた。

 地中から突きあげるように生み出された『岩石』の魔法が、土台のど真ん中に命中したのだ。


 双剣獣は硬い甲殻を持っているが、その腹部は比較的やわらかい。


『狙うなら腹を狙え、腹が見えないならひっくり返せ』


 アルディスから受けたアドバイス通りに、キリルは双剣獣と見立てた的の下から攻撃を加える。


「貫くつぶては勇壮なる騎士の揺らぎなき矛――――岩石!」


 休む間もなく第二撃を放った。

 今度は的として指定されている色の違う麻袋に向け、真っ直ぐに岩の塊が飛んでいく。


 狙いたがわず命中した岩石の魔法により、麻袋が豪快にはじけ飛んだ。


「よし」


 満足できる結果に小さくつぶやいたキリルの声であったが、その声が意外なほど周囲へ響いているのは、突如発生した異常な光景に生徒たちが静まりかえっているからである。


「あれ?」


 異変に気付いたキリルが戸惑うように辺りを窺う。

 講師を含めて全員の視線が自分へ向けられていることに、今さらながら戸惑った。


 次第に生徒たちがざわめき始める。


「嘘だろ? あの麻袋って魔法で強化してあるんだよな? なんで破裂してんだ?」


「え? ちょっと……、なんであんな短時間で魔法が放てるのよ?」


「しかも連発だったぞ。一発目は外れたけど、すぐさま二発目打ちやがった」


 生徒たちが実習の時間であることもお構いなしに、近くの人間と言葉を交わす。


「ほら、私語は慎んでね。貴重な実習の時間なんだから、集中集中!」


 パンパンと手を叩きながら、女性講師が実習の再開を(うなが)した。


 実際、初年度の生徒にとって実習の時間は限られているのだ。

 キリルの放った魔法への驚きを表情に残しながらも、そのことを思い出した生徒たちが各々自分の的へと体を向けて詠唱をしはじめた。


「でも、どうしたものかしら? 的がなくなっちゃったわね」


 その様子を見届けた後で、キリルの側に寄ってきた講師は無残な姿となりはてた的を見て頬に手をあてる。


「えーと……、壊しちゃまずかったんでしょうか?」


「まずいかまずくないかと言えばまずいんでしょうけど、そもそも学園の方だって初年度の学生にあれが壊せるとは思っていないもの。別に怒ったりはしないわ」


 それを聞いてホッと胸をなでおろすキリル。


「でも、すごい威力ね。魔法を学び始めて三ヶ月とは思えないわ。詠唱の早さも学生とは思えないほどだったし。ただ気になるのは一撃目、……狙いが外れたんじゃなくて、わざとよね?」


「……ええ」


「ふうん。なるほどね」


 さすが学園で講師を務めるだけあって、一撃目が地中から突きあげる形になったのを意図的なものだと見抜いたようだ。


「あれだけの精度があるなら、最初から的を直接狙っても良かったんじゃない?」


「相手が動かないでくれるならそれでも良いんですけど……。まだ動く相手に必中させられるほどの自信はないので」


「ああ、そういうこと。二十メートルの距離、向かってくる敵、まずは確実に足止め……、実戦を想定しているのね」


 短い会話から見事にキリルの意図を洞察されてしまった。

 やわらかい口調とは裏腹に、なかなか(あなど)れない人物のようだ。


「入学早々トップクラスの成績を示した天才君には、止まった的を狙うなんて退屈なんでしょうけど」


 と、女性講師は苦笑する。


「次からはもう少し威力を抑えてもらえるかしら? さすがに二度も三度も的を壊されると、設備課あたりがうるさいでしょうからね」


 後は適当に時間をつぶしていて、と言い残して女性講師はキリルの前から立ち去っていく。


「天才なんかじゃないんだけどな……」


 入学前は魔法の知識などまったくなかったキリルだが、学園で学ぶようになってからこの三ヶ月、めきめきと頭角を現していた。

 他の生徒たちが手こずっているのを横目に初級魔法を習得し、座学の成績でもトップクラス。

 講師陣からも期待の新星として注目されているという噂が、まことしやかに流れている。


 だがキリル本人にその自覚はない。


 毎日森で死にそうな目にあい、情けない格好で逃げ回るばかりの日常を思い返せば、自分が天才であるなどと到底自惚(うぬぼ)れることもできなかった。


 なんといってもキリルのすぐ側には、アルディスという反則級の強者が存在するのだ。

 あのデタラメさに比べれば、自分の実力など所詮(しょせん)ちょっと人より物覚えが良い程度の話である。


 だがアルディスを知らない周囲の人間にはそれが分からない。

 人が毎日双剣獣やラクターに追いかけられているのも知らず、ただ『天才』の一言だけでキリルを評価するのだ。

 それはときに尊敬のまなざしとなって向けられることもあるが、逆にいらぬトラブルを招くこともある。


「あなた、キリルとか言ったわね。ちょっと話があるんだけど?」


 実習を終え、続く座学のために講義室へ赴いたキリルを待っていたのは、性格のきつそうな顔をした魔術師課程の女生徒だった。


2017/12/09 誤字修正 詠唱の速さ → 詠唱の早さ


2019/05/04 誤字修正 (ふく)う → (まと)

※誤字報告ありがとうございます。


2019/08/12 誤字修正 押さえて → 抑えて

※誤字報告ありがとうございます。


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