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千剣の魔術師と呼ばれた剣士  作者: 高光晶
第二章 草原の絶望と新米傭兵

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第9話

 獣王でも狩って小銭を稼ごうと考えたアルディスは、北へ向かって草原を駆け抜ける。


 通常の人間ならば二時間はかかるところを半分の一時間で走り抜け、街道から離れた場所で獣王を見つけては狩っていった。

 面白みも何もない狩りだが、必要なのは金であって満足感ではない。

 トリアから日帰りで、しかもいつでも出来る資金稼ぎなど他にはないのだ。


 小一時間獣王の狩りを続け、単調な作業に眠気を感じはじめた頃、アルディスは三人の傭兵が戦っている場面に出くわした。

 通常、他人が戦っているときに横やりを入れるのは傭兵としてのマナーに反する。

 街道から離れたこんなところにやって来ているからには、向こうも狩りを目的にしているのだろう。

 苦境に陥っているのでなければ、基本的には手を出さないというのが不文律といえた。


 もちろん物事には例外がつきものである。そして、アルディスが見つけた傭兵はその例外となる事態に直面しているようだった。

 遠目に三人と思えた傭兵は、よく見ると四人だ。すでにひとり倒れている。


(相手はディスペアか。運悪く遭遇したってところだな)


 しかも相手は絶望の名を(かん)する草原の王者ディスペア。

 手を貸すべきだろうと判断したときには、もうひとりが地に倒れたところだった。


(ちっ、間に合うか!?)


 アルディスは腰からショートソードを一本抜くと、それを宙に解き放つ。


「行け」


 これ以上なく簡潔なアルディスの指示に、ショートソードが矢のような速度で飛んでいく。

 そして盾を持った剣士が今にもディスペアの爪に切り裂かれそうになっているところを、横からアルディスのショートソードが間一髪のタイミングで払いのける。


 鱗の硬さなどものともせず腕を斬り落とすと、そのまま角ごと首をはねた。

 危険の排除を確認したアルディスは、ショートソードを呼び戻す。

 ディスペアの血糊(ちのり)を拭き取って腰の鞘に収めながら、襲われていた傭兵たちのところへ歩き出した。


 近づいてみると、そこに待っていたのは先ほど危機一髪だった剣士、そして負傷者の手当てをしている茜色の髪をした小柄な少女、そして負傷している長髪の剣士と斧士の合計四人だった。

 ディスペアの攻撃を受けたふたりはすでに意識もなく、治療が遅れれば命の危険がありそうな様子だ。


「あの……、さっき助けてくれたのは……君か?」


 顔の見える距離まで近寄ったアルディスに青年剣士が訊ねる。

 言葉が途切れ途切れになっているのは、またたく間にディスペアを倒すような手練(てだ)れが思いのほか若く見えたからだろう。


「ディスペアを()ったのは俺だが」


 あえて助けたとは言わず、事実のみをアルディスが口にする。

 青年は碧い目に浮かんだわずかな驚きをすぐさま隠し、アッシュブロンドの髪を揺らしながらアルディスへ頭を下げた。


「助けてくれてありがとう。俺も仲間たちも、もう助からないと思ってた。本当に感謝してる」


 アルディスはそれを見て心の中で感心する。

 若いながらも礼儀をわきまえ、明らかに自分よりも若く見えるアルディスへ素直に謝意を示す器量の大きさ。

 実力はまだ身についていないが、こんなところで命を落とすには惜しい人間だと思った。


「感謝の言葉は確かに受け取った。それより仲間の手当ては良いのか?」


 碧眼の青年に向けて軽く頷くと、アルディスは倒れ伏しているふたりの青年に目を向ける。


「その……、助けてもらった上に厚かましいのは百も承知でお願いがあるんだが……。治療薬を持っていたら分けてもらえないだろうか? 手持ちがもう無いんだ」


「そういうことなら……、これを使え」


 アルディスは腰のポーチから治療薬を二本取り出して青年に渡した。


「え……、これ、高級治療薬なんじゃあ……?」


 青年は受け取った治療薬が通常の治療薬でないことに気づいてうろたえる。

 高級治療薬は通常の治療薬よりもはるかに高い効果をもたらし、瀕死の人間にも十分な効き目を持つ。

 だがその販売価格は通常の治療薬に比べて十倍という品だ。青年のような新米傭兵にとっては容易に手が出るものではない。


「今はそれしか持ってない」


「……すまない」


 その販売価格が頭をよぎったのだろう。青年は苦渋(くじゅう)に満ちた表情を浮かべながらも、受け取った高級治療薬を持って負傷者へと向かった。

 負傷していたふたりへ高級治療薬をつかった手当てが行われると、すぐに容態が落ち着いたようだ。


 治療薬も高級治療薬も、魔法技術によって生み出された産物ということは聞いているが、どういう仕組みで体を治療するのか知っている人間はいない。

 アルディスにも、なぜあの液体が人体の損傷をわずかな時間で癒すのか理解不能であった。


 すり傷や小さな切り傷なら数十秒で、瀕死の人間ですら数分で癒してしまうピンク色の液体は、一説によると女神によってもたらされた祝福と言われている。

 だがアルディスはその説をつゆほども信じていなかった。

 たとえ女神がもたらした恩恵であったとしても、それが純粋な善意からであるとは思えなかったのだ。


「うう、ん……」


 高級治療薬を使ってから数分後、負傷していたふたりの目が覚める。


「ジオ! ラルフ!」


「……あ、……コニア?」


 小柄な少女が喜びに声を上げ、目覚めたふたりが戸惑いながら周囲を見回す。


「よかったあー。死んじゃうかと思ったんだからー!」


 緊張の糸が切れたのか、茜色の髪をした少女がぺたりと座り込んだ。


「グレシェ、ディスペアは?」


 黒髪短髪の斧士がグレシェと呼ばれた碧眼の青年に訊ねる。


「ディスペアなら、ほらあの通りさ」


 碧眼の青年がそう言ってディスペアの死体を指差す。


「お、おお……! マジかよ! お前ディスペア倒したの!?」


 途端に興奮し始めた短髪戦士だったが、碧眼の青年は首を横に振り「いや、倒したのは俺じゃない。彼さ」とアルディスに視線を向けた。


「え? は? ……なに言ってんだ、グレシェ? いくら何でも、こんなガキがディスペアに勝てるわけないだろ?」


「失礼だぞ、ラルフ!」


 あわてて碧眼の青年が押しとどめる。


「すまない。仲間が無礼を……」


「構わないよ。そういうのはもう慣れてる」


 気にするな、と苦笑いで答えるアルディスに、碧眼の青年が微妙な表情を見せた。

 明らかに自分たちよりも年下の――少年と言っても良い――人間が、自らの実力を疑われ侮辱されるようなことを言われても笑って許す。そんな達観した反応に違和感を持ったのだろう。


「改めて礼を言わせて欲しい。危ないところを助けてもらってありがとう。俺の名はグレシェ。仲間はこっちからジオ、コニア、ラルフだ」


「アルディスだ」


 アルディスはそれだけを告げる。


「その……アルディス。高級治療薬の代金だが……支払いは少し待ってもらえないだろうか? さすがに高級治療薬二本分となると、俺たちには持ち合わせが……」


 自己紹介を終えるなり、申し訳なさそうにグレシェが切り出した。


「良いよ、代金は。別にもともと売ったつもりはないんだから。駆け出しへの力添えは生き延びた傭兵の義務だからな」


「はっ! お前みたいなガキには言われたくねえよ! どっちが駆け出しなんだか!」


「やめろ、ラルフ!」


 黒髪短髪のラルフが声を荒らげ、グレシェがそれを(いさ)める。

 ラルフにしてみれば信じられないのも仕方ない。

 自分たちが手も足も出なかったディスペアを、一見パッとしない少年が倒したなど、グレシェもグルになって自分を担いでいるとしか感じられないだろう。


「すまない、アルディス。とにかく今日はいったん街に戻るつもりだから、後日改めてお礼をさせて欲しい。君はどこの宿に泊まっているんだ?」


「今からトリアに戻るつもりなのか?」


「あ、ああ。そうだが?」


 何か問題が? といった感じでグレシェが答える。


「まだ俺と離れない方が良い」


「それは、どういう……?」


「すぐに分かる」


 言葉少なくアルディスが答えた後、街とは反対方向へ視線を向ける。

 自然とグレシェたち四人もそちらへと顔を向けたとき、一番目の良いコニアがハッとしたようにつぶやく。


「こっちに何か来る……!」


「何だって!?」


 ジオが荷袋から遠眼鏡を取り出してのぞき込むと、顔を青くして言った。


「ディスペアだ……」


 同じく遠眼鏡で確認していたグレシェがすぐさま決断して言った。


「逃げるぞ! 余計な荷物は捨てていけ!」


 他の三人がすぐさま指示に従い、スナッチの毛皮や重い荷物を捨てていく。


「アルディス、君はどうする!?」


 グレシェは当然アルディスの強さを知っている。アルディスなら逃げ出す必要のないことも。

 だがアルディスにディスペアの撃退をしてもらえると、無条件で信じているわけではないのだろう。

 先ほど助けてもらったのはあくまでもアルディスの善意であって、その善意が再び無償で受けられると考えるのはただの甘え――傲慢だと理解しているのだ。


 だからこそ、アルディスの助力がないものとして自分たちの行動を決めている。

 その(さと)さと(いさぎよ)さに、アルディスはよりいっそうの好印象を抱いた。


「俺はまだここにいる。ちなみに俺から離れない方が良いぞ」


「どういうことだ?」


「ディスペアは一体じゃない」


 そう言ってアルディスは発見したディスペアとほぼ反対側を指差した。


「一体じゃないって…………、くそ、なんてこった!」


 遠眼鏡でアルディスが示した方向を確認し、ジオが悪態をつく。


「あと、あっちにもな」


 アルディスがさらに別の方向を指す。

 最初に発見した一体を含め、合計三体のディスペアがアルディスたちを包囲しながら近づいて来ていた。


「ディスペア三体なんて……、そんなの……」


 セミロングの髪をふるわせて、コニアが顔を絶望に染める。


 もともとディスペアは単独で狩りをすることが多い。

 だがそれは絶対というわけではなく、まれに複数で狩りをすることもある。

 その生態が謎のためハッキリしたことは分かっていないが、おそらくつがいや親子で狩りをしているのではないかと言われている。


 もちろんたとえ一体でも新米傭兵を絶望のどん底につき落としてしまうのがディスペアという魔物だ。

 同時に三体を相手にするとなればその危険度は飛躍的に上がる。

 まして完全に包囲された状態。グレシェたちが生きのびる可能性など万に一つもないだろう。


 ――この場にアルディスが居なければ。


2017/11/15 誤記修正 傭兵が戦っているの場面に出くわした。 → 傭兵が戦っているのに出くわした。


2019/05/02 誤字修正戦っているの場面 → 戦っている場面

2019/05/02 誤用修正 荒げ → 荒らげ

※誤字報告ありがとうございます。


2019/07/22 誤字修正 生き伸びた → 生き延びた

2019/07/22 誤字修正 例え → たとえ

※誤字報告ありがとうございます。

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