第9話 村の特産物
第9話はリヒテンブルグ王国のその後の日常です。
「テンペストウルフが出たぞぉぉぉぉおお!!」
西の魔大陸、旧魔喰らいの領域。ここにはリヒテンブルグ王国に帰属する集落が多く存在する。
「いや、しかしすげえ時代になったもんだな。」
もともとはここの集落の族長であった四騎将の一人、ローレ。今ではその族長の座は弟に譲り、自身はリヒテンブルグ王国における最強騎兵部隊を率いている。そしてその乗っている魔獣こそがテンペストウルフという最強最悪の狼型の魔物であった。
「数年前まではあの号令は自分たちの命の危機を表すものだったんだが・・・。」
現在集落ではテンペストウルフの発生の情報を得たためにお祭り騒ぎである。
「パラライズ使える奴はいるかぁ!?」
「大丈夫だ!こっちに2人いる!」
「おい!初めての奴は安全な所に配置してやれよ!」
「捕獲用の縄どこいった?」
「今回は傷つけるんじゃねえぞ!前回のやつはまだ療養中っていうからな!」
「人数足りてるか?早くしないとレイレットの連中に先こされてしまうからな!遅い奴は置いてくぞ!」
そう。これは収穫であり、他の村よりも先に捕獲しなければならないのだ。テンペストウルフは発生すると捕獲されるのが繰り返されている貴重な産物なのである。
「行くぜ!野郎どもぉ!」
ローレを先頭に数頭のテンペストウルフに騎乗した男たちが一斉に集落を出る。以前は徒歩で参加している村人も多くいたのだが、それでは他の村の捕獲部隊に先を越されてしまうからだ。
「場所としては西の村にちょっと近い!アウラのババアに先越されるわけにはいかんからな!」
旧カイブル村のテンペスト騎兵は20頭ほどいる。他の集落に比べて多くも少なくもない数だ。しかし、これは西をアウラたちの集落、東をフェルディやライレルの集落の囲まれており、発生したテンペストウルフの取り合いになるとどうしても真ん中のローレの集落は取り分が減ってしまう。そのためにあまり数を増やせずにいた。アウラの集落には2倍近くの差をつけられている。
「大将たちがいた頃は1日に4匹獲ってきた事もあったってのによ!」
最近はテンペストウルフの発生状況がいまいちである。こんなに発生を心待ちにする日が来るなどとはローレには信じられなかった。そして他の村人たちも同じ思いであろう。かつて死と隣り合わせにその日その日を生き抜いてきた経験は悲惨なものであり、それを次の世代にも経験させたいとは思っていない。だが、その日々を生き抜いたからこそ「邪王」の下で王国を立ち上げ、さらには世界に覇を唱える寸前までいく事ができた。今現在世界を動かしている「大同盟」は我らが王が望んだものだという事が自分たちに誇りを与えている。
「ローレ様!あれを!」
部下の一人が指差した先に、ライレルの集落のテンペスト騎兵隊が走っているのが見えた。
「野郎!もしやテンペストウルフを横取りする気だな!」
東隣りのライレルの集落は発生場所からいうと遠い。しかしその騎兵隊は軽装であるものが多く、ライレルの隣にはパラライズを使える旧エリナ派の1人が従っている。明らかに横取りが目的だった。
「ふっふっふ、今回も我らがテンペストウルフをいただく事としよう!そして我が集落がリヒテンブルグ王国最強となる日も近い!」
実際に軽装を中心としたライレルの集落のテンペストウルフ捕獲率は高く、戦力の補充ができつつある。このままではローレの集落以上に充実した戦力を整えてるであろう事が予想されていた。
「ちっ、あの野郎!おい!5人ほど、向こうの妨害に行け!」
隊列から5人が妨害へと抜けていく。それを率いるのはローレの甥にあたる人物だ。最近、指揮の斬れ具合がよく、こういった場面で重宝されている。
「残りは急ぐぞ!ライレルの所まで情報が回ってんなら、アウラのババアが動いてねえわけがねえ!」
15頭ほどのテンペストウルフが最大戦速で走る。
実際にはこの発生したてのテンペストウルフをめぐって各集落がそれぞれ騎兵隊をだしているために約100頭のテンペストウルフ騎兵隊が目撃情報の時点へと向かっていた。標的とされた発生したてのテンペストウルフがその事実を知れば、自身が最強最悪の魔物である事は信じられなかったに違いない。
「ローレ様!もうすぐ目撃情報があった地点でさぁ!」
ローレの甥は上手くやっているようである。あれからライレルの集落の騎兵隊が視界に入らない。今回テンペストウルフの捕獲に成功したならば、奴が最大功労であるとローレは決めた。そろそろ新しい斧が欲しくなったために、この使い古した大斧を下賜してやってもいいと思う。しかし、そんなローレの部隊の前に立ちふさがる集団がいた。
「ちっ!ババアん所の連中か!」
大盾を持った20人ほどが前方で陣形を組んでいた。
「上等だ!ハサウん所のネイル国軍を突き抜けた俺たちの突破力をなめんじゃねえ!!」
しかし、その突進は思いもよらない方法で防がれる。ローレたちがもうすぐ大盾の部隊に接触するかと思われた時に地面が盛り上がった。
「何ぃ!?」
そこに隠されていたのは大きな網である。突進中の騎兵隊の多くはこの網に絡め取られてしまい、網の中で転倒落馬を繰り返した。さらにその網は出口を塞ぐように樹の上から吊り下げられてしまった。樹の上から知っている声が響く。
「きゃーはっはっは、相変わらず突進しかしないのねぇ!」
「くおらぁ!ババア!これを外しやがれ!」
「誰がババアよっ!私をそう呼んでいいのはシウバ様のみよっ!」
口答えしたローレに回りの兵ごと水魔法を浴びせかけるアウラ。
「うわっぷ、おいっ!やめろっ!」
「ふん、テンペストウルフは私たちがもらったわ。残念だったわね!さあ、こいつらは放っておいて行くわよっ!」
かくしておいたテンペストウルフに乗り込むと、アウラたちは目撃地点へと向かう。
「ええい、こんな網なんぞ!」
小太刀をふるって網を斬る。
「あ、ローレ様、お待ちくだ・・・。」
しかし部下の制止も聞かずに網を斬りまくるものであるから、ローレたちは吊り下げられた状態から1メートル以上落下してしまった。
「いってぇ、なんだってんだ!」
しかし、そこは不屈の闘志で立ち上がる。
「野郎ども!急ぐぞっ!」
隊列を組みなおしたローレたちはアウラたちを追う。そしてその頃にはライレルたちも追いついて来ていた。
「俺たちが!」
「私たちが!」
「我らが!」
それぞれの部隊が発生したばかりのテンペストウルフを追う。総勢100騎弱の部隊が1匹を追いこんでいった。
「ローレ様っ、いましたぁ!」
部下の指差す先には野生のテンペストウルフがいた。他の集落の部隊からは少し距離がある。これは絶好のチャンスだ。
「パラライズ部隊を前に出せ!他は周囲を囲むんだ!」
指示に忠実な部下たち。曲がりなりにも四騎将である。思い通りに部下たちを配置し、テンペストウルフを追いこむ。他の集落の部隊はまだまだ距離がある。これは捕獲できそうだ。
「いくぞぉ!」
「フレイムレイン!」
しかし標的のテンペストウルフの周囲に降り注ぐ炎の雨。周囲の全てが焼き尽くされて、発生したてのテンペストウルフはどうしていいか分からずに動きが止まる。
「いまだ!パラライズをかけろ!」
上空から降りてくる4つの大きな影。それが怪鳥ロックだと気付くのが遅れたのは逆光だったからだろう。
「パラライズ!」
怪鳥ロックに乗った1人がテンペストウルフにパラライズをかける。同時に他の1人が飛び降りた。
「よっと。」
四騎将の1人フェルディは慣れた手つきでテンペストウルフに縄をかけていく。あっという間にぐるぐる巻きにすると再度怪鳥ロックに飛び乗った。
「それじゃ、フェルディ様。帰りましょうか。」
「ナノ、お前の方が立場が上なんだ。俺に「様」をつけるんじゃねえ。むしろ、俺がナノ様って言わにゃあならんのだけどな。」
「慣れないんで。」
「しかし、空からだと狩りが楽でいい。」
「ワイバーンが快適だったんですよ。それでテツヤ=ヒノモト魔王にも相談してたら怪鳥ロックで代用できるんじゃないかって言われてですね。今頃ヒノモト国でも怪鳥ロックの部隊の編制が進んでるはずですよ。うちも増やす方針で行きましょうか。今度、アイオライ王に頼んでヴァレンタイン王国に獲りに行ってもいいですね。ついでにシウバ様の所の会いに行きましょう。」
ぴくぴくと動きの悪いテンペストウルフを怪鳥ロックが運ぶ。そしてとり残される3つの集落の騎兵隊。
「なあ、ライレル。」
「なんだ?」
「怪鳥ロックって、この大陸にはいねえよな?」
「おらんな。」
「・・・・・・卑怯だ。」
「あぁ、卑怯だな。シウバ様に会いに行くなどとは。」
今日もリヒテンブルグ王国では騎兵隊の訓練が盛んである。これが彼らが世界最強の騎兵隊と呼ばれる所以であるが、当の本人たちは自分たちの利益の事しか考えてなかったりして。