「進め! ホープ=ブックヤード!」 第1話
いやいや、待て待て。
サイドストーリーの意味分かってる?
再度? いや、違うし。
俺の名前はホープ=ブックヤード。冒険者だ。今現在、レイクサイドという辺境の領地の領主館に潜伏している。なんとかここから逃げ出さないと、依頼が俺を待っているんだ!
「ハルキ様、フィリップ様にウインドドラゴンの契約素材渡してきたよ」
こいつは「深紅の後継者」テト。レイクサイド召喚騎士団第4部隊の隊長を務めるメンタル弱くて旅に出たりする奴だ。
「ハルキ様にメンタル弱いなんて言われたくない」
そして、なぜか先ほどから俺に付きまとっている。今日は「神と髪と領主に見放された男」ヨーレンというナイスガイが休暇をもらっているからとかなんとか。
「僕のいる間に逃避行されると非常に困るんだけど」
ふむ、逃避行でなければいいのだな?
「いや、どれもダメだから仕事してよ」
部隊長がこんな所で仕事もせずにぼーっとしていていいと思ってるのか?
「あ、僕の場合はほとんどペニーがやってくれるというか、邪魔になるというか……」
ほれみろ、すぐに落ち込む豆腐メンタルだ。
「うるさいよ! ハルキ様にだけは言われたくない!」
風が気持ち良い。これが領主館の屋根じゃなくてどこかの草原だったらもっと良かったのだが。
「そんなに外に行きたいなら正式な命令にすればいいじゃないか」
分かってないな。逃げるのがいいんじゃないか。
「それで慌てるみんなの身にもなってよ」
テトが指さした先にはこの領地の領主を血眼になってさがしているカーラとソレイユの姿があった。見つからなかったら爺からお仕置きでもくらうのだろうか。俺には関係ないけれどね。
「ハルキ様がウインドドラゴンで逃げても捕まえられるように僕が四六時中ついてなきゃならないだなんて……」
「…………」
「え? どうしたの?」
「…………お前、俺のウインドドラゴンに追いつけると思ってるのか?」
「え? …………いや、その……」
その日、領主館の屋根から二匹のウインドドラゴンがエル=ライト領の方角へと飛び去ったらしい。後ろのウインドドラゴンの上には必死の形相の第4部隊隊長がいたとかなんとか。結局次の日にはテトはレイクサイド領へ戻ってきており、「勇者」フラン=オーケストラの特訓が待っていたのであるが、それは別のお話。
***
「しかし、飛び出したはいいが、何処に行こうかな」
エル=ライト領に来るまでにテトを大きく引き離した俺は方角を変えてフラット領の方に来ていた。そのまままっすぐ飛んでたらいつか追いつかれてしまうからな。
「とりあえず、あんまり手持ちがないから何か依頼をこなすか」
フラット領の郊外で降りる。そしてとぼとぼと歩いてフラットの町へと入った。ここは何回も旅行した事があるのでだいたいの地形は頭に入っている。人によっては旅行ではなく戦争とも言う。
「とりあえず、冒険者ギルドに入りますか」
ギルドの中はあまり込み合ってなかった。鎧すら来ていない俺に注目する奴はいない。ちょっとした武器と防具くらいは買っておくべきだったかな? いや、その前に金がねえや。
「そんじゃ、適当にこれでも受けとくかな」
依頼の中からランクAのクレイジーシープの討伐依頼にする。理由は直線距離が一番短そうだったから。
「え? これを受けるんですか?」
受付嬢が驚いてるけど、ホープ=ブックヤードのランクSのギルドカードを提示したら受理してくれた。そんなに弱そうに見てるんか? まあ、見えると思うんだけども…………、いかん、やる気がなくなってきた。
町の外に出てワイバーンを召喚する。
「いでよ、着いたら起こして」
最近はワイバーンの鞍は魔道具で出現するようになった。昔は召喚したら携帯用の鞍を取り付けるのが大変だったけど、便利になるのはいいね。そして鞍にベルトで体を固定して、うつ伏せで寝るのだ。乗り心地に気を付けるようにワイバーンには指示してある。
『主よ、着いたぞ。あそこにいる』
ワイバーンが旋回しながらクレイジーシープの上空まで到着したようだ。鞍がよだれまみれになってるのは何があったのだろうか。
「ほんじゃ、頑張ってきて」
地上に黒騎士を召喚する。そしてクレイジーシープはあっという間に討伐された。アイアンドロイドを召喚して解体作業もおこなってもらう。その間は着地したワイバーンの鞍から一歩も動いていない。最終的に解体されたクレイジーシープの肉と討伐証明の角を小分けしてワイバーンに積んでもらうと、紐がなかったから固定できない事に気付いた。
「じゃあ、固定しておいてね」
こうして後部に大量のノームがまとわりついたワイバーンがフラット領まで飛んだのだった。その間一歩の動いてないのはいう間でもない。
「冒険者ギルドが遠い。ギルドの屋根に降りるべきだったな」
しかし、フラット領はワイバーン関連の施設など皆無である。レイクサイドであれば専用のワイバーンポートやウインドドラゴンポートがあるというのにだ。ローエングラムはダメなやつだな。
ギルドに討伐の報告と、クレイジーシープの肉を調理してくれそうな店を聞く。近くの店が受付嬢のおすすめだというのだ。というよりも受付嬢の父親の経営らしい。そこに肉を運んでもらって飯にする事にした。余った肉は店に寄付することとしよう。ついでに宿のおすすめも聞いておく。今日の予定は決まったし、討伐で報酬をもらえたから当分はお金に困ることはない。多分、明日あたりにウォルターに嗅ぎつけられるから、どこかに移動した方がよさそうだ。しかし、今は飯である。
荷物はずっとアイアンドロイドが持ってくれている。俺は軽装のままで店まで歩いた。
「いらっしゃい。あぁ、娘から連絡は受けているよ。凄腕冒険者なんだって?」
「すごくはないですけど、これを調理してくれる所を探してたら娘さんに紹介されまして」
「はっはっは、それでか。うちの娘はたまに冒険者の人達を紹介してくれるんだよ。だが、安心しな。腕には自信がある。それで、何を持ってきたんだ?」
アイアンドロイドがクレイジーシープの肉を持ってくる。召喚獣とは思ってなかったようで、店主は近づいたアイアンドロイドに最初はびっくりしていた。
「こ、これはクレイジーシープか。うん、血抜きもきちんとしてある」
「適当に料理してもらえませんか。余ったら残りはあげますんで、店で使ってください」
「残りって、これ数十人前はあるじゃねえか」
そりゃ、一頭まるまるだもん。でも毎日同じ食材はいやだ。
「明日は他の物食べるからいいですよ」
「本当かよ、そりゃすまねえな。そしたら他の料理の料金はいらねえよ! じゃんじゃん食ってくれ!」
なかなか気持ちのいい店である。ゆっくりと御飯食べていくとしよう。
「お父さん! もう一組紹介するけど大丈夫!?」
クレイジーシープのシチューを食べていると、先ほどのギルドの受付嬢が駆け込んできた。普段はあまり流行ってないのか? 料理美味いけどな?
「おぉ、お前が紹介してくれた方からたくさんのクレイジーシープの肉をもらってな! いまなら安く料理してやれるぜ!」
クレイジーシープの肉は高級品だ。普段はこんな高級品を扱う事はほとんどないとの事だった。店主のテンション上がりまくっている。
「良かった! 3人だって! レイクサイド召喚騎士団の方々だから粗相のないようにね! じゃ、仕事にもどるから!」
「おう! 頑張れよ! そういや、兄ちゃんも召喚士だな。今日は召喚士ばっかだ! はっはっは!」
「…………え? レイクサイド?」