第16話 鬼で勇者の養い子
ヴァレンタイン王国シルフィード領の南西、そこには数々の小領地がまとまった地帯が広がっていた。王都ヴァレンタインに近い大領地と違い、その領地はほとんんどが力を持たない弱小貴族で経営されている。領地の力としては、ハルキ=レイクサイドが「レイクサイドの奇跡」を行う前のレイクサイドと似たり寄ったりのものしかなかった。そしてその面積はレイクサイド領とはくらべものにならないほどに狭い。その代わり、この地方の領主たちは助け合いながら生きている。
「誰かと思ったら、勇者様じゃねえか」
その中の小領地の一つに「イリユ領」という領地があった。人口は少なく特産物もない。数年前までは定期的に餓死者がでるほどの領地であった。最近は王都ヴァレンタインよりレイクサイド産の穀物が流れてくる事により餓死者こそいなくなったが、領地の力が増えているわけではなく、若者の流出は止められない領地である。
「その呼び方はよして欲しいものですな」
「変なしゃべり方すんじゃねえよ、フラン」
フラン=オーケストラが訪れたのはそんなイリユ領の中のドワーフの鍛冶屋である。腰には2本の剣を佩いていた。1本はレイクサイド製のミスリルソード、もう一本は魔王アルキメデスに止めをさした「宝剣ペンドラゴン」である。
「あぁ、すまん。癖でな。この十年は執事をやってたんだ。」
「お前が!? 執事!? は!?」
「意外と悪くないぞ。仕えるべき主ができるというものは」
「お前の口からそんな事を聞くとは思わんかったぜ。前の領主はできの悪いバカ息子みたいに話してたじゃねえか」
「それはそれで、放っておけないのさ」
「それで、噂は本当だったんだな?」
「あぁ、ヒビが入った。職人の腕が悪かったんじゃないか?」
「魔王の一撃をヒビで済んだと思え。職人の腕が良かったんだ。悪いのは使い手の腕だな」
「ふっふっふ、違いない」
履いていた宝剣ペンドラゴンを渡す。刀身の中央にまで入ったヒビを見て険しい顔をするドワーフ。
「こりゃダメだな。完全な修復はできねえよ」
「ダンテがお前ならできると言った」
「ダンテはすでに俺を越えている。俺の一番弟子だぞ? なめんじゃねえと伝えとけ」
この鍛冶屋はレイクサイド領で鍛冶職人をしているダンテの師匠であった。
「ちょっと、そっちの剣を見せて見ろ。ダンテの作品か?」
「あぁ、代わりのものを打ってもらった」
レイクサイド製ミスリルソードを渡す。ドワーフはさきほどよりも険しい顔でそれを見分し出した。
「80点てところか、研ぎがなっちゃあいねえな」
「すでにお前を越えているんじゃなかったのか?」
「俺の作品よりは点数高いぜ? 俺は辛口なんだ」
「しかし、どうする? もともとの形に修復しようとしても無理が出るぜ? 形だけなら戻せないこともないが」
「いや、それはいい。それよりも…………」
***
「ここは変わらないな」
フランは宝剣ペンドラゴンとミスリルソードを鍛冶屋に任せると、予備の剣を持ち外へ出た。ミスリルソードを鍛えなおしてやると言って聞かなかったのだ。もう少し素直に独立した弟子の仕事に文句を言ってやればいいものをとも思うが、弟子の独立を何より尊重して対等の立場として扱っているのだろう。
フランには特にやる事はない。かつてここら辺りに来た時には妻と、重装の友と、貴族の剣士とともにやってきたものだった。その内二人はもういない。貴族の剣士には現在、レイクサイド領に来てもらい後輩の育成を任せている。一人でここに来ても酒を酌み交わす仲間もいなければ、花を摘み普段の行いをねぎらう妻もいない。ワイバーンでここまで連れてきてくれた第5部隊の新人は宿で休んでもらっている。
「そうか、マクダレイも弟子のようなものですな……」
つい、いつのまにか普段の口調にもどってしまう。すでにこちらが自然になってしまっているのだ。それだけフランが主から受けた衝撃は強かった。
「ハルキ様の教育係でいたつもりですが、私がお教えできた事などほとんどないのですね」
少しだけ寂しさがある。ダンテの師匠のように、自慢の弟子がいて、尚且ついまだにその弟子の器量を凌ぐ経験値があるというのは羨ましい。
「帰ったら、奴らを鍛えることとしましょう」
奴らとはレイクサイド召喚騎士団やレイクサイド騎士団に所属している奴らの事である。レイクサイド騎士団はもとより、召喚騎士団のほとんどもフランの剣術指南を受けていた。フィリップやヘテロの成長などは目覚ましいものがあるし、彼らはそれに加えて召喚魔法を駆使して主を助けている。フランは召喚魔法はできないが、まずは彼ら以上の活躍をしなければならないと心に決めた。
「そうと決まれば、少し体を動かしたくなってきました」
持っている剣はあの鍛冶屋に置いてあった予備のものだ。しかし、あの鍛冶屋の作品がナマクラなわけがなく、立派な業物である。これならば、どんな魔物であっても負ける気はしない。
「冒険者ギルドはどちらでしょうか」
以前、来た事があったはずであるがギルドの場所は分からなかった。人に尋ねてようやく判明した場所に行って、ここが最近になって建てられた建物だと分かり、少しだけフランはほっとした。
「まだまだ耄碌するわけにはいかないですからな」
老いは確実にフランを蝕んでいたが、最近はそれ以上の何かを感じる事が多い。まだ大丈夫だと自分に言い聞かせるが、もうだめだと思う日がいつか来るとも思っている。
「失礼、依頼の中で最もランクが高くて近場のものはないでしょうか?」
フランはマントを好まない。それは動きが制限されるからである。その分、防寒具がないために苦労する事もあるが、この地方はそこまで寒くはなかった。そして今回は別にお忍びというわけではない。そのために鎧はレイクサイドの正式装備である。つまりはフルミスリル。そんな立派な装備に身を包み、Sランクのブラックカードを提出された田舎の冒険者ギルドの受付嬢は卒倒しそうになったという。
「え、えっと、あの、ここではSランクは扱っておりません。ですので、張り出してあるのはAランクまでになりますが、あの、Sランクがお好みでしたら、あの……」
受付嬢が固まってしまったために、後ろの机にいたギルド長が出て来た。しかし、このギルドではAランクまでだという。
「なんでも構いません。ちょっと暇でしたので」
「暇で!?…………でしたら、あの、こちらなんかはどうでしょうか!?」
ギルド長が提示してきたのは変わった依頼だった。
「これは、洞窟の中に住む魔物なのですかな?」
「そうなんです。洞窟の中に入らなければ被害にあう事もありませんし、洞窟の中に何があるわけでもないので、と言ってもその魔物がいるので洞窟の中に何があるのかは誰も知らないんですけどね。ですので、放っておいてもいい魔物ではあるんですが、たまに何も知らない旅人がその洞窟に入ってしまったりするので。それに魔物がいつ出てくるかなんて誰も保証できませんから。」
少しだけ癖のある喋り方をする人だな、とギルド長を観察するが、根が正直者なのだろう。オドオドしながらも、この長期間だれも受けてくれない依頼をなんとか解消してもらいたい反面、これをSランク冒険者に依頼してもいいものかを迷っている節がある。その人柄にフランは好感を持った。
「分かりました。魔物の種類も分かりませんし、これは丁度いいですね」
後進の育成と思ったばかりであった。その護衛という形であれば体を動かす事にもなる。問題の洞窟はここからすぐの所にあるようだ。そして、今、フランにとっての後進というのが近くに1人いた。そう、宿で休んでいるあいつである。その名にフランは奇妙な縁を感じていた所だった。
「受けましょう」
かつてレイクサイド召喚騎士団第5部隊に所属していた「宝剣」マリー=オーケストラの地獄はここから始まるのである。
時系列的には、アルキメデス撃破とヨシヒロ神襲撃の間くらい