第15話 四分の三闘士
あけましておめでとうございます。
王都ヴァレンタインの貴族院には5年間通う事が決められている。それが終わり次第成人の儀があり、成人すると領地の経営に加わらなければならない。その間に作った友人も恋人も、一旦は離れ離れになる。次に出会う時には領地間の争いの現場かもしれない。
「つまり、いつかはお前とも別れなきゃなんないって事だよな」
「まだ1年ちょっとしか貴族院に通ってないのに、すでに嫌気が差してるんですね?」
「つれない事言うなよ、タイタニス。俺とお前の仲だろう?」
「たしかにロージーさんと僕は切っても切れない縁みたいです」
夏の間、ほとんどの学生は領地へと帰る。その前に試験があるため、思いっきり帰省して羽根を伸ばすという事も含めてだった。だが、この二人にとって夏の休みというのは違った意味を持つ。
「ほらっ!! 速く補修終わらせないと夏休み始まってしまうでしょ!! 急ぎますからね!!」
担任のニコラウス=ファランクスは容赦ない。大量に出された課題を二人でこなしながら、ロージー=レイクサイドとタイタニイス=フラットはため息をつくしかなかった。お互いに領地に還れば次期領主として両親以外に気を遣う人物はいない身分である。しかし、座学および実技の試験に関しては二人とも赤点ギリギリであり、補修を受ける事でなんとか落第を免れるレベルであった。ロージーなんかは貴族院始まって以来の秀才と言われた「シルフィードに舞い降りた奇跡」の息子とは思えないと、よく言われるのである。その都度「父親に似ましたので」と返すが、それでも信じてくれない教師は多い。
「なんでこんな事になっちまったんだろうか…………」
そのつぶやきは二人のものではなかった。ニコラウス=ファランクスのつぶやきである。本職は宮廷魔術師である彼が貴族院で臨時講師なんかをしている理由を誰も知らない。ある日、ある時、突然に辞令が下ったのである。誰に聞いても、「それ以上は聞くな」の一点張りで真相は闇の中だった。だが、貴族院で受け持つ生徒を見て、予想はついた。原因はレイクサイドのバカ息子である。そしてアイオライ現王はレイクサイドの奥方に頭が上がらないというのは事実だろうとニコラウスは思っていた。
「本来であれば、今頃レイル諸島で休暇を過ごしているはずなのにっ!!」
「先生も大変ですねぇ」
「お前が言うなっ、タイタニス=フラット!!」
「嫌ならこんな所来なきゃよかったのに」
「お前が言うなっ、ロージー=レイクサイド!!」
現在の世界情勢はたしかに複雑であるが、アイオライ現王が即位してからというものヴァレンタイン王国は建国以来の栄華を誇っている。ファランクスがまだ若かったころにはエレメント魔人国の侵攻が数年おきにあり、王国全土は魔物により治安が悪く、食料問題も深刻なものがあった。それが今ここにいるロージー=レイクサイドの父親である「大召喚士」ハルキ=レイクサイドの台頭とともに全て解決されていったのである。国民はよく知っていた。今の平和はハルキ=レイクサイドを始めとした黄金世代とも言うべき優秀な者たちの手で掴み取ったものであるという事を。そしてその世代でもあるニコラウス=ファランクスにも激動の時代を生き抜き、さらには宮廷魔術師という地位にまでついたという自負がある。
「それがこんな所で子供が問題集を解いているのを監視する役割になろうとは…………」
「先生も大変ですねぇ」
「お前が言うなっ、ロージー=レイクサイド!!」
生徒たちのいなくなった貴族院にファランクスの叫びが響く。
「どうですかな? ニコラウス先生」
そこにやってきたのは貴族院校長だった。
「あぁ、校長先生。どうもこうもまだ全然終わりませんよ」
こんな態度が取れるのもニコラウス=ファランクスが宮廷魔術師であり、校長よりも立場が上であるからである。しかし、この時の校長はニコラウスよりも立場が上の者の代弁者であった。
「こちらが届いております」
「何ですか?」
羊皮紙を受け取って青ざめるニコラウス。そこにはある保護者が生徒の成績が悪く補修を受けざるを得なくなった事に関して気にしており、ニコラウスの指導が悪かったのかどうかを問う内容の手紙であった。差出人はアイオライ=ヴァレンタイン。ついでに「ごめんね」とレイクサイド領主からの直筆の手紙が混ざっているが、校長はその存在には最後まで気づいていなかった。
「ま、ま、ま、まじかぁぁ!!!?」
要約すると「お前ちゃんとやれよ、俺が怒られるんだから」である。しかし、ニコラウスとしては特に指導をさぼった覚えはない。そしてロージーも目立ってサボってたわけではなかったはずだ。何しろ、自分がつきっきりで指導していたからである。そのために座学は何とか合格できるまでになっていたはずだった。だが、問題は実技である。
「ちょっと、ロージー!! 君の母上が怒ってるらしい!! このままでは私の首が飛ぶっ!!」
「先生も大変ですねぇ」
「お前が言うなっ、タイタニス=フラット!!」
「そんな事を言ったって、俺の実技が悪いのは父親のせいですから」
「そこを何とか母親の遺伝子をフル活用しろって!!」
「俺もそうしたいのはやまやまなんですけどねえ」
「危機感が足りんっ!!」
「達観したと言ってください、先生」
「だぁぁぁぁぁああああ!!!!」
補修の課題は問題集を解いてそれの答え合わせでなんとかなる。今のところ、二人とも不正しなくてもクリアできる範囲にまでは来ていた。問題の実技は他の教師も立ち会うのである。ニコラウス=ファランクスの権限でできた事にはしづらい。まあ、最終手段は権力に物を言わせるつもりであるが、どうも最近はレイクサイド召喚騎士団の第2部隊の気配がちらほらする。大っぴらな不正は密告されるだろう。であれば、他の教師および第2部隊の連中を欺く必要がある。ガチンコでロージーが課題をクリアできるなんてこれっぽっちも思っていない。
「作戦会議だっ!!」
「「はーい」」
「危機感が足りんっ!!」
***
実技試験当日。
「準備は万全か? ロージー=レイクサイド!!」
「はい、先生」
「お前はなんとか自力で頑張れ、タイタニス=フラット!!」
「扱いの差が…………」
「権力と母親の差だ。諦めろ、タイタニス=フラット」
「納得いかない…………」
試験内容は破壊魔法、回復魔法、補助魔法、召喚魔法、幻惑魔法の五つの実技である。それぞれレベルが設定されており、できた魔法とその成果によって点数がつけられる事になっていた。
「いいか、すでに仕込んであるから大丈夫だ、落ち着いていけ」
前日の夜、ニコラウス=ファランクスは貴族院の実技試験を行う校庭に穴を掘っていた。幻惑魔法の「サイレント」と破壊魔法の「ストーンウォール」を使って穴を掘るところが宮廷魔術師らしいだろうと思ってはいたが、それを見ていた者はいない。酔っぱらったふりをして尾行してきていた「シェイド」を強制送還させるところなんかも抜かりない。そして朝早く登校させたロージー=レイクサイドの莫大な魔力を用いて不正を企むのである。
「いいか、自分で魔法を放っているように演じろ」
「あいあいさー」
「真面目にやれ、俺の首がかかってる」
穴の中にいるのはロージーが召喚したアークエンジェルである。破壊魔法、回復魔法、補助魔法、幻惑魔法は全て使える汎用性の高い召喚獣である。こいつがロージーのかわりに魔法を放つのだ。宮廷魔術師の魔力を無駄につぎ込んだ薄くて強度の高い土の板にアークエンジェルが手を当てているために数センチメートル先から放たれる魔法が地面から出現するように見えるのである。そしてその出現場所にロージーは手をかざす必要がある。
「でりゃぁぁぁぁあああ!!!!」
穴の上に立ったロージーは、アークエンジェルが放つ魔法を自分が放ったかのように大きな動作で地面すれすれに手を振りまわし、次々と試験を合格していった。
「ふふふふ、我ながら、完璧な作戦である。これならば、ロージー以外に魔力を使う者はいないからばれることはない、ふふふふ」
「先生、明らかにロージーが変な人になってますよ?」
「ふふふタイタニス=フラットよ、そんな事は問題ではない。私の首がかかっているのだ。ロージーの評判は二の次よ」
こうしてロージー=レイクサイドは補修をなんとか通過したが、その魔法の変な放ち方で噂になってしまったのだった。タイタニス=フラットは問題なく普通に通過した。
「先生のせいだ!!」
「知らんっ!!」
これが後世にまで語り継がれる「極めし者」ロージー=レイクサイド、「守護神」タイタニス=フラット、「大魔導士」ニコラウス=ファランクスの3人の日常であった事を知る者は少ない。彼らが成し遂げた偉業から、様々な事実が美化されているが、「大魔導士」ニコラウス=ファランクスが変人であったという事は、意外と有名であり、歴史書に書かれた後も修正される事はなかった。
世界を救う「四闘士」、その三人は貴族院の子弟関係であった。