第14話 笑顔の殺戮者
14話目はシン=ヒノモトの話です
「ここに俺たちの国を作ろう!」
兄がそう言うと仲間たちは大歓声で応えた。レイル島と呼ばれる島からさらに東に行った所に、ほとんど人の住んでいない島々があった。海賊だったジルたちのおかげで、この辺りで補給を受ける事のできる場所もたくさん知る事ができた。既にエレメント魔人国の船を見かけなくなってからずいぶんと立つ。僕たちはついに奴らから逃げ切ることができたんだろう。
「ライク、バルト……みんな……」
目の前で死んでいったバルト、村の皆を迎えに行って帰ってこなかったライク、そして村で僕らを待っててくれたであろう皆。さらにはカイトの村でもここまでの旅でも死んでいった人たちがいた。今思い返すと、よくあの苦境からここまでこれたものだと思う。全ては兄がいたからだった。兄がいなければ一つとして成し遂げる事はできなかっただろう。
「シン、やったね」
大騒ぎしている集団の後ろで考え事をしていると、ラミィが近づいてきた。ライクもバルトも彼女の兄である。二人の兄が旅で死ぬという悲劇に見舞われても彼女は前を向いて生きている。僕はそんな彼女を守ってあげたいと思っていた。だけど、テツ兄ほどに強くなかった僕に何ができるのだろうか。今できることは彼女に笑顔を返す事くらいである。
「シンさん! ついにやりましたね!」
新入りは何故か僕に敬意を抱いているかのような言葉遣いをする。年は僕の方が低いのに。それもこれもテツ兄が偉大なためだろう。僕の力ではない気がする。
「そんな事はねえぞ?」
その夜の宴でカイトがそう言った。
「船の運航から次の経路、その他、なんつったっけな? テツヤが言ってたあれだ。マネージメントってやつか? お前以外に誰が皆をまとめてると思ってんだ?」
少々酔っ払いすぎたようだ。こんな詳しい事まで話してしまうなんて。でも、カイトは僕たちを迎え入れてくれた村の中で狩りをする男たちをまとめる兄貴分だった。多少、甘えが出たのかもしれない。
「だいたい、テツヤが一人で生きていけるわけねえだろうが」
「たしかに」
「はやいところラミィとくっついてしまえばいいのに、それもしねえでよ」
「たしかに」
「腕っぷしは強いし、いきなり突拍子もない発想だとか、わけ分からん魔道具だとかを開発し出すけどよ。テツヤはテツヤだ。あいつにはお前やラミィが必要なのさ」
「たしかに」
そう考えると、テツ兄が一人で生きて来たわけではない事は明白だ。むしろ、僕たちが支えていたからこそ今のように国を作ろうというところまできたんじゃないか。放っておくと何をしだすか分からない。
「今日も快晴、海賊日和だ!」
「何言ってんだよ、海賊なんて野暮なことしないよ」
僕らが根城にしようとする島はテツ兄が「ヒノモト」と名付けた。意味を聞いても教えてくれなかったけど、まあ名前なんてどうでもいい。それよりもこれからの事を考えないと、テツ兄は何も考えてなさそうだったから。
「つっても、この周囲の奴らを探すんだろ?」
「将来のヒノモト国民だ。海賊行為なんてしたら恨みを買うじゃないか」
ライクバルト号は僕とカイトに任される事になった。もともとジルが率いていた船団も含めて数隻の船が新しくできた「ヒノモト」の周囲を回り、交易や情報収集、さらには領土拡大を図る事になっている。「ヒノモト」にはラミィたちを始めとして頭のいい奴らが残ってみんなのご飯の管理をしてもらってるんだ。ただし、どんなに頭が良くてもご飯が何もない所から生まれてくるわけじゃない。漁をしたり狩りをしたり、交易で手に入れたり、さらには略奪したりしなければならなかった。
「まずは、情報収集だよ。この辺りにどれだけの人数が「国」とは無縁で生きているかを調べなきゃ。それからは魔人らしく、力で屈服させていけばいいんだけど、これにはちょっとした案があってね」
「案?」
数か月もしないうちに周囲の海図までもが出来上がった。それに伴い、周りに脅威となりうる勢力がいるかどうかも把握できるようになる。近場で警戒しないといけないのは東のオーブリオン大陸を支配しているオーブリオン王国だ。そして、西にはヴァレンタイン王国がある。これは僕らと違って純人が支配していた。もちろん、北にはエレメント魔人国だ。基本的に北からくる船を襲うというのが僕らの基本方針になっている。ここまでこれる船はそうそうないが、大船団が来ても困るから、周辺の島々には僕らの情報網が張り巡らせてあった。
「純人?」
しかし、テツ兄の興味は西のヴァレンタイン王国にあるようだ。あんな国、こちらまで攻めてこれるほどの国力があるとは到底思えないから脅威と認定しなくてもいいと思うんだけどな。
「そこにはどんな奴が住んでるんだ? 角がないのか?」
食いつきが激しい。これはちょっと厄介な事に巻き込まれるかもしれない。僕は距離を置いておこうと思う。
それよりも周辺の島々への対応が忙しい。
「だから、我々「ヒノモト」の傘下に降れ。確かに税は徴収するが、悪い事ばかりではない」
この周辺の島々には基本的に漁師しか住んでいない。そのために生鮮食料品や薬などがほとんどなかった。穀物が少ないために、保存が効くものがほとんどないのである。大風などで家が吹き飛ぶ事もあれば、船大工が常駐している島も少なかった。そういった福利厚生をしてあげるのが「国」の務めである。僕の説得も功を奏して、次々と「ヒノモト国」に参加する島の集落が増えだした。その分、それらの島々への対応は激増する。だが、一度仕組みを決めてしまえばあとは人数を増やせば対応できるところも多い。頭を捻れば捻るだけ、仕事は生まれたが、その分僕らの評判も上がっていった。
その反面、どうしても足りない物資というのも出てくる。
「行くぞぉ! 野郎ども!」
「「「アイアイサー!!」」」
「海賊なんて野暮な真似はしないんじゃなかったのか?」
「相手による」
最近ではエレメント魔人国の船が通りかかると積極的に襲う事にしている。でなければ手に入らない物資というのも多い。特に文化的なものや、技術的にまだヒノモト国では作る事のできない物なんかがそれにあたる。
「これだけ派手に暴れると、そろそろ大掛かりな船団が現れてもいい頃かもね」
「たしかにそうだな。で? どうするんだ?」
テツ兄が突然作り上げた魔道具で動く船「ライクバルト号」。これはすごい物だった。何せ風がなくても動くのである。そして、それは風に影響されないどころか、風に逆行する事もできるという優れた利点があった。欠点は魔石を大量に使用しなければならないために、常に魔物を狩る必要がある。しかし、それが訓練となって、ライクバルト号の乗組員たちはすでに歴戦の猛者たちだった。狩った魔物を食料として、どこまでも進んでいく事のできる船、それが「ライクバルト号」である。これは、凄い。
つまり、エレメント魔人国がどんな大船団で押し寄せようとも、補給を受ける必要もあれば、風のない日にはオールで漕がなければならない。そんな中で小回りが利き、凄まじいスピードで走るこの船があれば敵に後れを取ることなど、ないはずだった。そして、その場で全ての敵を葬ってしまえば、ライクバルト号の秘密が漏れる心配もほとんどない。普段は帆船に偽装してどころか、帆船として航行しているために、どの島にいってもこれが魔石で動く画期的な船だとばれる事はなかった。そんな船がライクバルト号を含めて3隻ほどある。海の上は僕らの独壇場だった。
「エレメント魔人国の情報が欲しいな。ラミィたちがそういうのをやってるんだっけ?」
「あぁ、今はヴァレンタイン大陸に行かされてるようだけどな」
「今度、エレメント魔人国の南の港を探ってきてもらおう。そしたら、こっちに来る船の数も分かるしね」
「それよりも周辺の島々の連中を屈服させる案ってのはどうなったんだ?」
「あぁ、あれね。そろそろ準備ができたころだと思うよ?」
ヒノモトの町に出来上がったのは闘技場である。そこに、周辺の国々から我こそはという強者たちを集めてみたのだ。そして、それらを打ち破る事ができた奴が魔王である。
『では、これより第1回ヒノモト国最強決定戦を始めるよ!』
闘技場に多くの強者が集う。第1回大会という事もあって、たくさんの人が集まった。300人は超えているんじゃないだろうか。実は、これ以降はこの人数は集まらなかった。原因はテツ兄にある。
『ルールは、相手を殺しちゃダメ。他は何をやってもいいよ! 本当はトーナメントとか、色々考えてたんだけど、思ったよりも人が集まりすぎちゃった! めんどくさいから全員で戦ってよ! 最後に生き残ってた人が間違いなく最強だよね!』
「「「うぉぉぉぉぉ!!!」」」
会場は賑わいを見せる。参加者たちも腕に覚えがあるのか、周囲の他の参加者を威嚇したりだとか様々な行動をとっていた。
『準備はできたかな!? では、はじめっ!!』
「とりあえず、吹きとべぇぇぇぇええ!!!!」
開始とともにほぼ全員が爆発に巻き込まれて吹き飛んだ。残っているのはテツ兄のみである。
「さあ、やろうぜっ!! って、おい! 誰も残ってねえのかよ!」
『それまで~、はい、ご苦労様でした。第1回ヒノモト国最強はテツヤ=ヒノモトに決定です~。』
こうして魔王テツヤ=ヒノモトはヒノモト国の魔王として認められることになった。
「シン、お前周辺の島々を回りながらテツヤに敵う奴がいない事を確認してたんだろ?」
「まあね。でも、僕が戦うのは面倒くさいから、全部テツ兄に押し付けようと思って。これで反乱も起きる事はないだろうし、丁度いいでしょ? ついでにここに来たという事で参加賞として、ヒノモト国の兵士にしてあげるようにしたから。テツ兄のヴェノム・エクスプロージョン食らってまで逃げようとは思わないよね。あはは」
「…………」
数週間後、エレメント魔人国がヒノモト国に向かわせた10隻の戦艦の物資を全て略奪して沈めた頃に、何故か僕の二つ名が「笑顔の殺戮者」になってた。なんで!?