第13話 家臣筆頭と引退勧告
私が家臣筆頭だ!
それは悪夢の始まりだった。
「フィリップ、時間はありますか?」
私はフラン様に言われてドキリとする。それは忘れたくても忘れられない我々の大失態から始まっていた。いや、あれは私の失態とよぶのが正しいのだろう。なにせ、召喚騎士団丸ごと罠にはめられるなど、筆頭召喚士として失格と言われても仕方がない上に、暴走までしてしまったのだ。
「マデウの襲撃の際の話ですが!」
召喚騎士団の定例会議において、昔の話が蒸し返されたのは今となっては計画だったのだろう。その召喚士はすでに洗脳されていたに違いなかった。そして、その襲撃の事についてかなりの人数が負い目を感じているのも事実であった。テトに至ってはそれを理由に旅に出るほどであったのだから。あの時もフラン様にしこたま怒られた。本当にユーナがセーラ様とロージー様を連れ出してくれていて助かった。ただし、ユーナが誰かにきちんと言付けしていれば余計な心配はせずにすんだのであるが。どちらにしても、我々は守るべき物を守れなかった。結果がたまたま幸運で会っただけであり、あの部屋にハルキ様やセーラ様、ロージー様がいたらという思いは皆同じであろう。そして、その思いに付け込まれた。会議が終わり落ち込んでいる召喚士が沢山いたのは事実である。
「ハルキ様を抹殺すべきなんだ!」
着実に洗脳が進むにつれて、洗脳されていないのは第3部隊を中心とした一部のみになったようだ。ヒルダはさすがに異常事態に気付いたために第3部隊はまるごと無事だった。彼女がいなければこの召喚騎士団は壊滅していたに違いない。しかし、我々の第1部隊はほぼ全てが洗脳の魔の手から逃れる事ができなかった。私も紹介したい人物がいるとアレクに言われてついて行くまで、「ブレインウォッシュ」という魔法があるという事すら知らなかったのだ。
「あなたは本当に筆頭召喚士をやってていいのですか?」
不意打ちで拘束されたのも私がまだまだ未熟である証拠だ。それがたとえ、アレクとテトとヘテロがすでに洗脳状態であったとしてもである。こうして私も洗脳を受けた。私の頭の中には自分が未熟であるという劣等感とともにハルキ様を抹殺しなければならないという意識が植え付けられたのだった。
「私が家臣筆頭だ!」
ミスリルゴーレムでフラン様を破った時に得た高揚感。これが後から考えるに最悪だった。なんて事を言ってしまったんだ。内乱が終結し、私がロージー様に叩き潰されてからスクラロ島を攻めるまでに数か月があった。その間にシウバがいなくなったりと事件らしいものはあったが、基本的に戦争はなしである。召喚騎士団は各々が自己鍛錬に励んでいた。そんな中で体が癒えたフラン様が言った。
「フィリップ、時間はありますか?」
すべてが最悪を目がけて進んでいた。それまでは、まだ引き返せるはずだった。私が失敗したところで、ハルキ様やセーラ様はロラン様やシウバたちを集めてこの程度の反乱などなかったことにしてしまわれた。個人的には自分が洗脳された事でかなりピンチに陥っていたのではという思い上がりがあったのだが、それも単なる思い上がりだったのだろう。目の前でフラン様に強制送還されるミスリルゴーレムをみながら、この1か月はまだマシだったのだろうという思いでいっぱいだった。
「ふむ、この年で2つもスキルを手に入れる事ができようとは。お前もたまには役に立つ」
フラン様に辛辣に言われた言葉が心に刺さる。この1か月程度でスキル「不屈」ともうひとつ教えてくれない強力な何かを手に入れる老人を化け物と呼んでも問題ないだろうが、それを本人の前でいうと大変な事になる。
「召喚士で筆頭のフィリップよ」
それ以降、フラン様は私をこう呼ぶようになった。家臣筆頭は渡さないという強い意志を感じる。いつか奪い返してやると思うが、今は無理だ。心が折れている。リオンに慰められる日が来るとは思わなかった。
「フラン様、時間はありますか?」
このまま引き下がるわけにはいかなかった。黒歴史とはいえ、私が家臣筆頭だ!
「ふぉっふぉっふぉ、受けて立ちましょう」
フラン様の手に入れたスキルはミスリルゴーレムを倒せるほどの物だ。それが何かは分からないが、身体能力の向上はもう一つの「不屈」の影響とみて間違いないだろう。純粋に攻撃力を上げる何かを手に入れたらしい。しかし、そんなものに負けるわけにはいかない。
「魔装!!」
最大高度の魔装で武装させる。これは模擬戦の時のものではなく、私が洗脳されていた時の物と同レベルのものだ。本気を出さないまま負けているわけにはいかなかった。
「行けっ! ミスリルゴーレムよ!」
さすがに最大高度の魔装を砕くことはできなかったようだ。それによって優位に立った私のミスリルゴーレムはフラン様を追いつめていく。
「なんと!?」
フラン様の剣がミスリルゴーレムを傷つけることもあった。最大高度の魔装に少しとはいえ傷をつける事ができるほどのスキルとは何なのだろうか。私も欲しいものである。
「なめないでいただきたいっ!」
しかし、フラン様が渾身の力で魔力を込めた。それが剣に伝わり、ミスリルゴーレムの持っていた大剣を破壊する。
「なにぃっ!?」
しかし、これは想定内であった。魔装とはいえ、破壊される事はある。しかし、魔装の良いところはここで破壊されたとしても問題ないところだ。これが一般的な剣であればここで勝負が決まっていただろう。
ブォォン!という音がして、大剣を持っていた手とは逆の手から盾が横に振り払われる。それを避けるフラン様。その間に私は魔装で武器を作り替えたのだった。ミスリルゴーレムの右手には、ハルバードが持たされている。
「ふむ、武器を破壊したとしても終わりにはならないわけですな」
余裕ぶっていられるのも今のうちだ。私にはまだ切り札まであるのだから。
「では、次は本体を砕いてみせましょう!」
フラン様の剣にさらに多くの魔力が込められる。
「それはどうですかな」
私はミスリルソードを抜いた。
「おや、生身で私と戦うと?」
「私も昔のままではないのですよ」
ミスリルソードに魔力を込める。さすがにフラン様ほどの魔力はこもらない。しかし、フラン様にとっては意外だったようだ。これで、2対1になる。まあ、フラン様にとっては数はあまり関係ないと思うが。
「行きます」
私はミスリルゴーレムと共にフラン様に斬りかかった。そしてその間にやるべきこともある。
「ふふ、強くなった! しかし、まだまだですな!」
フラン様の剣技はすさまじかった。私のミスリルソードは幾度も吹き飛ばされそうになる。しかしミスリルゴーレムとの連携は完璧だった。召喚主である私をかばう形をしたかと思うと、次には完璧なタイミングで斬りかかるのだ。巨体から繰り出される攻撃を無視する事のできないフラン様には私を倒す決め手に欠けるようであった。
「私が! 家臣筆頭だ!」
もう黒歴史で構わない。これが私のプライドだ。フラン様を越える事が、私に課せられた使命なのだろう。安心して引退すればいい。ロージー様の教育係の席が余っていたはずだ。きっと、フラン様ならばロージー様を世界一の召喚士に押し上げる事ができるはずだった。家臣筆頭はよこせ。
「なめるなよ! 若造がぁぁ!!」
フラン様はフレイムバーストで対抗してきた。火力の凄まじい破壊魔法を繰り出す。なんとか避ける事ができたが、あたり一面が吹き飛んでいた。しかし、私の切り札もそろそろだった。
それは空から降ってきたもう一体のミスリルゴーレム。そう、同時召喚に成功していたのだ。私は2体のミスリルゴーレムが召喚できる家臣筆頭なのである。そしてそれは超高度に召喚され、最大高度の魔装を纏い、両手に抱かれた大剣は重力とともにフラン様にぶつかろうとしていた。その位置にくるように誘導したのは私である。
「安心して引退してくださいぃぃ!!」
「誰がするかぁぁ!!」
超高度から落下したミスリルゴーレムの剣を魔力を最大限に込めたフラン様の剣が迎え撃つ。そのあまりの衝撃によってフラン様の足を中心にクレーターが出現した。だが、フラン様は倒れない。
「うおぉぉぉぉおお!!!」
2体のミスリルゴーレム! これでも倒せないとすれば、私の勝ち目はなくなるだろう。超高度落下の攻撃を凌いだフラン様はさすがに少しふらついた。これはチャンスだ。もう一体のミスリルゴーレムが切りかかる。
しかし、ここで私の背中に悪寒が走る。生存本能が危ないという事を警告していた。見れば、フラン様の顔も真っ青になっている。
視界が埋め尽くされていく。それも、ノームによって。そうだ、ここはレイクサイド領主館の中庭だった。やばい。辺り一面クレーターやら破壊魔法やらで吹き飛んでいた。
「貴様らぁぁ!! 他所でやれぇぇぇえええ!!!」
ノーム玉に包まれて私とフラン様は池まで吹き飛ばされた。コキュートスによってである。そして池に落下途中で感じたのは、ミスリルゴーレムが2体ともに強制送還された感覚である。
さすがは、我が主。池に浮かんだ私とフラン様はお互いに苦笑いするしかなかった。
ノーム玉でふんわりと吹き飛ばすんですよ。じゃないと死んじゃうんで。
ミスリルゴーレムは、ガチで叩き潰されました。
鎧を着てるのに浮かぶ二人