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第12話 ツンデレの神医

第12話はパティの失恋の話でございまー

 オーブリオン王国には代々由緒正しき騎士団がいた。オーブリオン騎士団である。王都オーブリオンに集められたその精鋭たちは、王の護衛として、国の誇りとして、男に生まれたならば誰しもが憧れる地位である。珍しい事に腐敗の少ない王国で、それでも優秀な者が数多く出る家系という物は存在する。

「貴様らは騎士団に入るのだ」

 マートン家は騎士団長を輩出した事もあるそれこそ由緒正しき家系であった。幼少期からそのようにそだてられた兄弟は4人ともに騎士団へ入隊した。そして長男のアレクセイ=マートンが家系を継ぐと同時に父のランドルフ=マートンは引退を決意する。騎士団長までは上り詰めることができなかったが、部隊長を立派に勤め上げた歴戦の騎士としてその引退は数多くの人に惜しまれた。そしてまだ成人していないのは末子のパティ=マートンのみである。自然と父の教育は末子に向かう事となった。

「パティ、成人の儀がおわれば晴れて騎士団だ。兄たちのような立派な騎士になるのだぞ」


「え? やだよ?」

「何を言っとるか!? 我がマートン家は……」

「由緒正しい家系ってんだろ? 何回聞かせてきたと思ってんだ? ついにボケたか?」

「貴様ぁ!! そこに直れ!」

「やーだーよー」


 パティ=マートンは成人する前からやりたい事があった。それは親に反抗する事である。つまりはランドルフの希望通りの騎士にさえならなければなんでも良かったのである。

「またランドルフ様と喧嘩なさったんですか?」

 館の外で空を見上げていると後ろから声をかけられた。こうやってパティに声をかけてくるのは1人しかいない。

「今の俺は奴との喧嘩が生きがいなんだよ、レイリア」

 レイリアはランドルフ家に仕えている。基本的にいろんな事ができる非常に優秀な人物だ。しかし、その境遇は非常に悪い。理由は明確だった。彼女はエルフなのである。魔人族の国であるオーブリオン王国にとってエルフに住める所というのはほぼないに等しい。それでも彼女がランドルフ家に仕えているのはその優秀さからだった。

「パティ様でしたら優秀な騎士になれますわ」

「世辞はよせ。それに騎士団になったところでやりたい事なんてない」

「では、何をされたいのですの?」

 だいたい、このやり取りも数回行っている。そしてだいたいここで終わってしまうのだ。パティ=マートンに本当にやりたい事なんてない。父親に反抗する事でやりたい事を考える時間を稼いでいるだけで、その考えるという事もやり方を知らない。

「それを考えてる」

 自分の事になったら、急に興味を失う。パティは自分が好きになれない。父親に反抗して主張している振りをしながら、本当の事は何一つ言えない。そんな自分が非常に嫌いだったりする。

「答えがでるのが楽しみですわ」

 魔人族の名家に生まれた自分はレイリアを娶る事は不可能だ。だからこの想いも告げずにいる。答えはすでに出ている。

「やりたい事か……」


 王都オーブリオンにはかなりの人口がいた。大通りになると人通りが多く、賑わっている。そして様々な店があり、その商品を買っていく客も多い。パティはそんな通りの店を見て歩くのが好きだった。たまにレイリアに物を買って帰る。レイリアは高価な贈り物よりも、ちょっとした彼女に似合う物のほうを喜んだ。年の近い彼女に対して恋愛感情を持っているというのは周囲の誰も知らないと思う。それだけレイリアはエルフというだけでさげすまれていた。もし結婚したとしても子を宿す事ができない。しかし、そんな事はあり得なかった。

「おっ」

 屋台に売られていた櫛に目が留まる。華美ではないが、その素朴な美しさが気に入った。きっとレイリアの金色の髪によく似合うだろう。一目見てもばれないように厳重に包装をしてもらう。そしてそれを懐に隠すとパティは館へと帰るのだった。最近の楽しみでありやりたい事はこれである。奴隷同然のレイリアの唯一の理解者である事が彼を満足させていた。

「騎士になって、自分の館があればレイリアをもらう事だってできるな……」

 騎士への道を模索しだしたのもこの頃だった。それまで真面目に教育を受けてこなかったパティが、文句を言わずに剣を振るうようになる。しかし、それでも父親への反発はやめなかった。



 ある日、パティはいつものように通りを歩いていた。成人の儀が近い。成人したならば騎士団に入団するかどうかを決めなければならない。もし騎士団へ入団しないというのであれば、館を出る必要がある。館を出るのに抵抗があるわけではなかった。抵抗があるのは他の事であり、もちろんレイリアに会えなくなる事である。しかし、パティのそんな気持ちも知らずにレイリアはいつも通りに過ごしている。そしてパティが騎士団に入るにしても館をでるにしても会えなくなるというのを、まるで知り合いの一人に会えなくなる程度の悲しみしか表してこない。対するパティは精一杯悩んでいる。

「もし、俺が館を持ったら一緒に来てくれるか?」

 というセリフの練習はもう何回もした。しかし本人の前で言った事はない。むしろ最近は冷たい態度をとってしまう事もある。

「なんてめんどくさい奴なんだ」

 やはり自分は自分が嫌いである。そんな事を思っていた。


「危ないっ!」

 考え事をしていたパティの目の前で馬車が横転する。中にはそれなりに人が入っていたようであるが、大変なのはその下だった。

「子供が下敷きに!」

 泣き叫ぶ母親を目の前にして、パティは動けずにいた。周囲の大人たちが馬車を押し上げようとする。しかし、思うようにいかない。さらに多くの大人が加勢してようやく馬車はもとの位置に戻った。

 子供が抱きかかえられる。しかし、その形はパティの想像を絶していた。

「むっ、いかんな」

 場違いな声色と共に後ろから出てきた手でパティが押しどけられた。そこで初めて自分が全く動けていない事に気づく。捕まれた肩をさする。不思議と力を入れられたはずなのに痛みは全くない。そしてその手が暖かかった事を思い出す。

「診せてみなさい」

 初老の魔人族が子供に駆け寄る。その声はなんとも落ち着いており、周囲の大人たちとは全く別の者に聞こえた。 

「ヒーリング」

 老人の手から回復魔法が出る。その光が子供を覆うとまずは出血が止まった。明らかに違った方向へと曲がっていた足がもとに戻っていく。このまま奇跡が起こるのを見れるかもしれない。そう思った時に光はやんだ。

「これ以上は魔法で治さない方が良い。歪みが出る。しかし、命は助かった」

 命という言葉に鳥肌がたった。


 数日後、パティはその老人の診療所を探り当てた。

「弟子は……とらん」

 別に弟子にしてくれと言ったわけではなかった。だが、その言葉を聞いてパティはこの回復師の弟子になろうと思った。回復師は魔法を教えてくれるわけではなかったが、診療所の蔵書をパティが読んでも怒る事はしなかった。いつしかパティはこの診療所に通い詰めるようになっていた。



「あら? 本日はラトゥー老の所ではなかったのですか?」

 ある日館でレイリアに言われた。ラトゥーとはその回復師のことである。パティは名を告げた事もなければ診療所に通っている事も言ってなかったはずだ。

「なんで知ってる?」

「ふふふ、なんででしょうね?」

 意外と自分の事を見てくれているのだと嬉しくなった。しかし、それはたんなる幻想だったと分かるのはだいぶ先の事である。



「ハルト王子が来られる」

 オーブリオン王国第2皇子、ハルト=オーブリオン。評判はまずまずであり、非常に優しい王子として有名である。兄の王太子に比べると武勇に劣るがそこまで悪いわけではない。やや頭のたりない王太子よりもハルト=オーブリオンを次期魔王にと望む声も多い。そしてそのハルト=オーブリオン王子がランドルフ=マートンを訪ねて館に来ていた。

「大変なんです。本来は私が対応するような方ではないんですが、人手が足りなくって」

 急な訪問に館中が騒然となっている。レイリアの他に対応できるほどの優秀な者がいなかったそうだ。

「お疲れ」

 全く興味がもてないパティはこの日も診療所へ行った。その時に興味があればあれを防ぐ事ができたのであろうか? いや、分かったとしても防ぐ事なんてできなかったに違いない。相手は王子であり、自分は無気力な館の末子だったのだから。


 それから数回にわたりハルト=オーブリオン王子が館に来るようになった。その度にレイリアが対応に出る。パティは何も思わなかった。彼女は優秀だ。彼女ならば王子の相手も問題なくこなすだろう。そしてハルト=オーブリオン王子は優しい性格で有名である。彼女が魔人族だというだけで差別などしないだろう。その程度の認識だった。



 成人の儀が終わり、パティは父ランドルフ=マートンに告げる。

「騎士にはならない。館を出る」

 激昂したランドルフ=マートンの剣を避け、パティは王都オーブリオンを抜け出した。ラトゥー老の所でほとんどの診療技術を見て盗んだ彼は、魔力さえ上がれば一人前の回復師になっていた。

「独立したら、迎えに来る」

 館に残したレイリアを迎えに来るまでにどのくらいかかるだろうか。彼女が成人するまでにまだ1年ある。それまでにどこかの町で家を建てたい。そしてそこで2人で暮らす。パティにやりたい事がはっきりとできた瞬間であった。


 オーブリオンを出たパティはマルセインへ向かった。そしてそこで診療所を見つけ、まずはそこの回復師の手伝いとして転がり込んだ。すでにラトゥー老の所での技術を持っていたパティはあっという間にそこの回復師を追い抜く。使えば使うほど上がっている魔力をほぼ全て回復に回し、パティはいつしかマルセインで屈指の回復師になっていた。全ては家を建て彼女を向け入れるためである。

「来年になったら迎えに行こう」

 そう決めていた。



「ハルト=オーブリオン王子がマルセインへやってくるらしい」

「魔王様のお怒りを受けたようだ」

「なんでも結婚に関する事で魔王様と対立されたらしい」

「それでも王子のままか」

「護衛にマートン家の引退した当主が付いて来るらしいな」


 全く予想外の事件であった。ハルト王子と父ランドルフがここに来るというのだ。父から逃げて来た自分を父が追う形になったのである。

「だが、俺は俺だ。」

 父がここに来ようが関係ない。レイリアを迎えに行く、それだけを決めていた。しかし、迎えに行く前にランドルフが診療所に顔を出した。


「久しいな」

「何か用か?」

「こんな所で何をやっている?」

「見て分からないのか?」


 大人になったパティは気づいていた。父親に反抗する理由が全くないという事に。

「ふん」

 しかし、そのゴミでも見るかのような目に、ここで父親に反抗する理由が芽生える。

「あんたは昔からそうだった。決められた事以外は何もできないのだな」

 その日は言い争いで終わった。あまり言いたくない事も言ってしまった。そして一度引退し、今回ハルト王子のお目付け役を命じられた父親はとても小さく見えた。


「ハルト王子はエルフを妻に向かえるそうだ」

 診療所で患者が噂をしていた。エルフ? 自分とレイリアのようにハルト王子も魔人族に拘らずに好きになる人がいたのか。少しあの王子を身近に感じた。しかし、次の言葉に絶句する。

「奥方のお名前はレイリア様というらしい。エルフであるがとても聡明であるそうだ」


 レイリア? まさか…………。


 気づくとハルト王子の館の前に来ていた。どうやってここまでたどり着いたのか記憶がない。王子にしては本当に小さな館である。王都オーブリオンのマートン家の館の半分もない。こんなところに王子が済むなんてという感想は沸いてこなかった。小さくて探しやすいと思っただけだ。もし、いるのならどうすればいいのだろうか。いないなら、それをどうやって証明すればいいのだろうか。


 しかし、その人は庭にいた。以前と同じように、花の世話をしながら笑っている。…………違う、以前より幸せそうにだ。そしてハルト王子が後ろにいる。彼も幸せそうだった。


「レイリア…………」


 声がかすれた。彼女には届かなかった。パティのやりたい事はこれでできなくなった。



「パティ先生、どうしたの?」

 診療所に帰ったパティを心配したのか、患者の子供が聞いてきた。

「ああ、いや、なんでもないんだ。」

「変なのー」


 その日、王都が白虎の襲撃で壊滅した知らせが届く。北から続々と難を逃れてマルセインへとくる人たちの中に怪我人は多く、パティは仕事に忙殺される。そして、その仕事ぶりからパティは誤解であるが周囲の評価を高めていく事になった。しかし実際は違う。彼はやりたい事を忘れたかっただけだった。全てを忘れて、回復魔法に没頭した。


 苛立ちばかりが募る中、ある日全てを忘れさせてくれる人物に出会う。


「パティ=マートン殿、私はシウ・・・。」

「純人は死ね。」

 そして繰り出される拳と、気づいたらワイバーンの尾に括り付けられている自分。

「貴様らぁぁぁぁ!!許さんぞぉぉぉ!!」

 ワイバーンが上下する度に気分が悪くなる。だが、パティはそんな現状を力づくで抜け出させてくれるこの人物に少しだけ感謝していたのだった。



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