新説 レイクサイド史 タークエイシー=ブックヤード著
第10話?ナニソレ?
今回は本編中に出てきた歴史書の完全版だって?
ナンダッテ!?
これを投稿時に読んでいるのならば本編の数日分におよぶネタバレがあるだってー?
そんな馬鹿な!
それじゃ読めないじゃないか!
・・・え?本当に読まないの?
どうする?どうする?半分だけ読む?
第7章8部 レイクサイド領内乱
「レイクサイド領内乱」とは歴史書にほぼ書かれることのないこの時期のレイクサイド領での反乱を指す。反乱の首謀者も特定できていない。後の歴史書を紐解いても、そこに出てくるような重要人物がいなくなっているわけではないために、死者などの被害は少なかったのではないかと推測される。あったこと自体を疑われる内乱であるが、我が家に眠っていた物と私が集めた資料はその存在を肯定している。
限りなく少ない資料を元にすると、当時世界最強とよばれていたレイクサイド召喚騎士団が真っ二つに割れ、さらにはマジシャンオブアイス率いるアイシクルランスの精鋭が数名参加していたらしい事が分かった。これはセーラ=レイクサイドが要請したのであろう。
不思議な事に領主であるハルキ=レイクサイドは最初の逃亡後、この内乱中にはどこにも登場しない。反乱を起こしたレイクサイド召喚騎士団は第1、4、5部隊であるとされているが、その後もこの部隊員たちは通常通りに召喚騎士団に復帰したのか、何事もなかったかのように領主ハルキ=レイクサイドに仕えている。対して反乱を鎮圧したのは領主の妻であるセーラ=レイクサイドと第2、3部隊を中心とした召喚士たちであった。
不可解な事も多い。「深紅の後継者」「風竜の妖精」を擁する第4部隊が当初に押されている記述がある。しかし、マジシャンオブアイスや勇者フラン=オーケストラ、そして第2、第3部隊は他との戦闘を行っている事になっていた。であるとすれば、この第4部隊を当初から押していた召喚士たちは何処の部隊なのだろうか。
そして、この内乱の勝者を最後に決めたのは名もなき召喚士であったとされている。それが誰であるのかが分からないが、著者には心当たりがある。しかしそれは後の記述を読んでもらいたい。ここではまず最初から事の成り行きを追っていくこととしよう。
我が祖先の記述によると、第3部隊隊長である「聖母」ヒルダがレイクサイド騎士団「破壊の申し子」シルキットを捕縛するところから戦闘は始まったようだ。どの時代の純人も生物学的な差を乗り越えて、何故か妻の方が強いというのは決まっている事なのだろうか。獣人の私には理解しかねる概念である。
その後は左右と中央の3つに分かれての戦闘が開始される。資料の中でのその記述はかなりあっさりとした物しか残っていないが、これだけの人物達がお互いに死力を尽くして戦うとなれば大規模な戦闘が行われたに違いなく、私の祖先がその中にいなかった事が悔やまれる。
この後に「マジシャンオブアイス」と「鉄巨人」の比較というのは前にも増して世間の話題の種となって行くのであるが、やはりここでも完全な勝敗というのは付いていなかったのだろう。
両名の戦いに関して、「序盤は引き分け」。ただ、この一言のみが残されている。実際にはフィリップ=オーケストラはこの序盤では前線に出なかった事が推測される。戦いの後半におけるフィリップ=オーケストラの「覚醒」とでも呼ぶべき活躍は、反乱を成功させるに十分のものであり、最終的にこの戦いに限定すれば「鉄巨人」は「マジシャンオブアイス」に勝っていたと判断しても差し支えのないものだった。
最も「大召喚士」ハルキ=レイクサイドと共に過ごした召喚士として、共に成長した召喚士として、そしてその「大召喚士」が事あるごとにレイクサイド領を任せる最も信頼した召喚士として、「鉄巨人」フィリップ=オーケストラの名前は廃れる事はない。レイクサイド史を語るにおいての最重要人物の一人である。彼の視点から書かれた資料がない事が惜しい。
戦場の東側には召喚騎士団の第5部隊が展開したらしい。対するは「勇者」フラン=オーケストラと第2部隊の数名のみ。本来であれば戦力差が激しいこの戦いであるが、奇妙な事に何の記述もない。時系列から考えると中央や西側の戦いと同じだけの時間、この両者は対立していたはずであり、その間に何もなかったという事は考え辛いはずである。しかし、どの資料を探っても何の記述もない事から想像力で補うしかないのであろう。結論は両者ともに勝利も敗北もしていないはずである。では、この両者が戦った場合にはどのような事が起こったのであろうか。当時を生きた者がいない今、残念ながら真相を知るものはいない。
後の記述から考えても、ヘテロ=オーケストラは最後まで活躍する事はできなかったようだ。第5部隊の戦力を鑑みるに、当時の「勇者」フラン=オーケストラと戦えば損害がないとは言い難いだろう。しかし、「勇者」フラン=オーケストラもこの戦いではおとなしいものである。両者は相討ちにでもなったのであろうか。
戦場の西側には第4部隊が展開したようである。第4部隊は「深紅の後継者」テトを始めとして対魔物部隊の専門家である。それぞれの召喚獣は多彩であり、他の部隊のように特色というものは少ない。このどのような魔物にでも対処でき、それを狩る事を得意とする狩人たちの部隊は序盤で第5部隊の「疾風」ユーナが「風竜の妖精」リオン=オーケストラを含めた部隊員の捕縛をした記述がある。この第4部隊の中でも精鋭と言ってよいリオンが捕縛されるという事は他の人物が「深紅の後継者」テトに当たっている事を示している。確かに、副隊長のペニーは鎮圧側に回っているが、彼と隊長であるテトとの力量を考えると腑に落ちない事が多い。であるのならば、他にはどのような部隊が残っていたのだろうか。ハルキ=レイクサイドの部下の中で主だった者は他にはいない。残された資料にはそれを裏付ける証拠は残っていないが、幻の第6特殊部隊がここにいた可能性は否定できないのではないだろうか。
第6特殊部隊と言えば、今回の反乱の資料には残っていないが多くの戦いでその痕跡があると言われている部隊である。決して正式な部隊ではない。そのほとんどの功績は第2部隊によるものではないかと思われているが、矛盾点が生じる部分がいくつか指摘されるようになり、そこから幻の第6特殊部隊の存在が提唱されてきた。噂程度の信憑性しかないが、その部隊長はエジンバラ領のリヒテンブルグ家の出身であり、その身内で構成されていたという。何故全く関係なさそうなエジンバラ領のリヒテンブルグ家という滅亡した名家の名前が出たのかは分からないが、民、いや歴史家はこういった妄想が好きな人種である。全く関係ない所で滅亡しているために、こういったうわさが当時に流れていたのかもしれない。
ともかく前半戦は西側の戦場で第4部隊の多くが捕縛されるという鎮圧軍にやや有利な状況で事が進んだようだ。これに対してフィリップ=オーケストラは冷静に指示を出した。
筆頭召喚士フィリップ=オーケストラが評価される要因の一つに統率能力という物がある。これは「マジシャンオブアイス」ロラン=ファブニールを大きく凌駕していると評価され、さらには「勇者」フラン=オーケストラも持っていない物であった。自身の戦いを遂行しながらも、戦場全体に行き渡る戦術眼はすばらしいものがあり、彼より優れると言われているのは「大召喚士」ハルキ=レイクサイドのみではないだろうか。私はおそらく当時の宰相ジギル=シルフィードにも匹敵すると考えている。
そのフィリップ=オーケストラにしては自軍の劣勢を感じ取るには少々遅かったようだ。と言っても第4部隊のほとんどが捕縛されてはいるが、第1、第5部隊はその戦力の9割以上を保持したままである。ここからフィリップ=オーケストラによる主導権の奪取が行われ、戦局は一気に傾く事となる。
ここから資料の記述は大きく偏っていくことになる。戦況が鎮圧軍側から反乱軍側へと翻る中で東側の戦場を中心として書かれるのみであった。ただ一つの召喚獣が戦局を覆す例は意外にも多い。フラット海岸での戦いやメノウ島奪還作戦では「紅竜」ハルキ=レイクサイドの由来であるレッドドラゴンが全ての状況を覆した事は第3章で述べた。その戦場における最大戦力が召喚獣であればそれは容易に可能である。
最強の召喚獣とはなんであろうか。「大召喚士」ハルキ=レイクサイドはその類稀なる召喚技術でその場においての最適な召喚術を極めたと言われた召喚士であった。彼が得意とした召喚獣にはレッドドラゴン、ウインドドラゴン、コキュートスなどがあったが、どれも「大召喚士」特有の物ではない。むしろ、「深紅の後継者」テトの召喚するリリスや、「疾風」ユーナの召喚するケルビムなど、その召喚士を表す代表的な召喚獣という物が存在する中で、ハルキ=レイクサイドの元の二つ名である「紅竜」を現わすレッドドラゴンは他にも数名の召喚士たちが召喚を可能にしてしまっていた。しかし、彼は「大召喚士」であるが故に代表的な召喚獣という物はなくてもよいのではないかと思われるし、彼は得意な召喚獣を聞くと決まってノームと答えたという。
ここで「鉄巨人」フィリップ=オーケストラはどうかという疑問が湧く。彼の得意な召喚獣と言えば「鉄巨人」が表すようにアイアンゴーレムなのだろう。しかし、我々後世の人間は知っている。彼の代表召喚獣はアイアンゴーレムではない。
それは最硬最強の巨人。他のゴーレムとは違い、洗練された体型もさることながら、その膂力はアイアンゴーレムの比ではなく、さらにそこにフィリップ=オーケストラの「魔装」による装備を纏う事によって比類ない強さを発揮する。
魔王アルキメデス=オクタビアヌスですら「勇者」フラン=オーケストラを打ち負かしてはいない。それを為す事ができたのは2人。1人はヨシヒロ神。もう一人は「鉄巨人」フィリップ=オーケストラの召喚するそれであった。
ミスリルゴーレム。
これを超える召喚獣はここから10年以上の後に「極めし者」が召喚したとされる究極の召喚獣をおいていないだろう。その正体が確認されていない現在、これが最強の召喚獣であると唱える学者も多い。少なくともこの戦場においてはテトのリリスやユーナのケルビムではなく、このフィリップ=オーケストラのミスリルゴーレムこそが最強であったのは間違いないだろう。
とにかく資料が少ない。あるのは数行の覚書きに近く、伝え聞いたものを日記にした程度のものである。信憑性を問われれば、私は祖先を信じるとしか言えないだろう。しかし、そこにあるのは当時最強の騎士団が崩壊寸前まで追い込まれた状況に対する焦りと、なんとかそれを凌いだ安堵感、そして彼らに対して劣等感を抱く祖先の思いであった。歴史に語られる事のなかった戦い。故に私はこの反乱を余すことなく伝えようと思う。
後半に入り、フィリップ=オーケストラの召喚したミスリルゴーレムの記述が目立つ。テトやヘテロ=オーケストラに関しては触れられていない。だが、このミスリルゴーレムの記述より、両者は捕縛されたのではないかとの予想が成り立つ。
第4部隊のほとんどを捕縛し、さらには第5部隊を打ち破る事が「疾風」ユーナや第4部隊副隊長のペニーにできただろうか。やはり、そこには我らの知らない誰かがいたと考えるのが妥当であろう。だが、その全てはミスリルゴーレムの前には意味を為さなかったに違いない。
東側の戦場において「勇者」フラン=オーケストラの剣をものともしなかったミスリルゴーレムはフラン=オーケストラが地に伏せるのを気にもせずに中央へと向かった。
「マジシャンオブアイス」ロラン=ファブニールと第3部隊はテトの召喚するコキュートスと激戦を繰り広げていたようである。そこに何故か「破壊の申し子」シルキットが鎮圧軍側として参戦する。この記述には矛盾点があるようであるが、妻である「聖母」ヒルダに説得されたのであろうか。彼の参戦でコキュートスを下した鎮圧軍側はその後にミスリルゴーレムに蹂躙されるのである。
最終的に全ての鎮圧軍を組み伏せたミスリルゴーレムであるが、奇妙な事に死者は出していない。鎮圧軍側もそうであるが、基本的に敵を捕縛しているようである。奇妙な事であり、もはや反乱と呼ぶよりは演習ではないかとも思われるが、資料から伝わってくる緊迫感は反乱のそれである。そして反乱の首謀者ではないが「クロノス」という人物が反乱軍に関わっており、その後の記録からは「クロノス」という人物は一切出てこない。彼がこの反乱の唯一の死亡者であるのかもしれないが、どの部隊に所属していたのかは不明である。
いくらミスリルゴーレムが強いと言っても相手も最強のレイクサイド召喚騎士団である。鎮圧軍のほとんどを組み伏せた時には満身創痍であったに違いない。しかし残るは少数の召喚士とセーラ=レイクサイドのみとなったと資料にはあった。ここでセーラ=レイクサイドはワイバーンを召喚して上空にいたようだ。そしてそこには名もなき召喚士がいた。
フィリップ=オーケストラが油断していたわけではないだろう。そしてこのミスリルゴーレムを打ち破る事のできるような召喚士であればすでに戦場に投入されていたはずだ。だが、ミスリルゴーレムは最終的に強制送還され、反乱軍は破れる事になる。始めにも書いたが、資料にはその召喚士の名前はない。
ここでは私は一つの仮説を提示したい。最後にこの筆頭召喚士「鉄巨人」フィリップ=オーケストラが召喚したミスリルゴーレムを打ち破ったという召喚士。名前がないのはわざとではないだろうか。わが祖先がわざわざ名前を伏せるほどの人物である。
それが私の思った人物であるのならば、彼が歴史書に名を残すのはこの後10年も後の事である。記録では数年後に貴族院で訓練室を破壊したとされているが、正式な文書ではない。
幼少期から、母親の影響で極端な魔力量の底上げが行われていた彼は、その父親譲りの才能もあり、次の世代の最重要人物となる。第4部隊隊長テトが「深紅の後継者」として今日でも名が残っているのに、彼が「後継者」でない理由は明白であり、父を超えるという事すら遺伝したのではないだろうか。
才能の偏りも遺伝した彼は不当な評価を受ける事も多い。しかし、傾いた容器になみなみと注がれた水が零れ落ちるように、誰の目に見ても明らかな事柄は存在する。彼は異常であり、彼は最強であり、彼は偉大な人物として記録される。しかし、この時若干5歳。この推測は人によっては同意を得ない事も承知しているが、彼が最初に歴史の表舞台に立ったのはこの時だったと私は確信している。
「極めし者」ロージー=レイクサイド。
現代の歴史の本には必ず載っている、世界を救った大英雄である。
タークエイシー=ブックヤード 著