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体温計

作者: リフ

「ねえ、学校行かなくていいの?」

私は少し顔を顰めながら言った。別にこの子の事が嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。だけど……

「いいんだよ、学校はサボるためにあるんだから」

そう言って彼は笑った。


――彼、須藤賢人と知り合ったのはいつの頃だったか。そういえばランチをしている時だった。勿論一人で、だ。私は初めて声を掛けられた時のことを思い出していた。


私は会社でOLをやっている。その日はたまたま社外のカフェでランチをしようと思い立った。社内でもカフェの評判は上々で、一部では素敵な出会いもあるとのもっぱらの噂だ。そこはテラス席もあるお洒落なカフェだ。当然座る席はテラス席。アラサーにもなれば一人でテラス席でランチなど御茶の子さいさいである。店員に注文をし、ランチが運ばれてくるのを待っていた。


「お姉さん一人?」


そう言って声を掛けてきたのは見た目生意気そうな小学生だった。私は初め無視しようとしたが、あまりにしつこく声を掛けてくるので

「そうだよ、君はお母さんと来たの?」

引きつりそうになる顔をどうにかなだめつつそう言った。

小学生?は何かに思い至ったのか、手をポンと叩きながら

「いや、一人だよ。そもそも成人してるからねこれでも」

そう言って自分を指差しながら笑った。

私は改めて彼の姿を見ていった。黒髪黒目で顔は童顔、目はくりくりしていて可愛らしい。髪の毛はセミショートでくせっ毛なのか無造作に跳ねている。服装は白のカッターシャツにジーンズ。アクセサリー類は身に着けていないみたいだ。そして身長だが、私よりも大分低い。150センチあるかどうかといったところ。……どこからどう見ても小学生にしか見えない。

「そうなの? 私には小学生が無理をしているようにしか見えないわ」

そう言って内心のイライラを表に出し始める私。正直、この手の男は苦手だ。何かナヨナヨしているし、頼り甲斐がないのだ。


あの時の私は仕事やプライベートでゴタゴタが続いていて、精神的にもよろしくなかった。今はもっと他の対応もあったんじゃないかとは思うが、これが当時私の精いっぱいだったのだ。


「よく言われる」

彼は笑いながら言って、私の隣の席に腰かけた。

「……何で隣なの?」

そう思ったことをそのまま言葉にすると

「何となく。一緒に食べてもいいでしょ?」

そう言ってこちらを見上げる。そのくりくりとした瞳は空の青さを映し出し、柔らかな午後の日差しの下、セミショートの綺麗な黒髪が輝きながら風に揺れている。テラス席に座るその姿はまるで一枚の絵のようだ。その姿に見惚れた私は

「まぁ、いいけど」

そう口を尖らせながら渋々折れた。

「わーい! ありがとう」

そう言って両手を万歳する彼。ますます小学生度が上がっている気がして、私は少しおかしく、またその姿が彼に似合っていた。

「それで君、名前は?」

私がそう話題を切り出すと

「僕の名前は賢人! 須藤賢人」

そう言って満面の笑みを浮かべた。


これが私と賢人との出会いだった。

私はたびたび同じカフェでランチを食べる。その時には決まって賢人がいた。私が

「何で毎回ここにいるのよ」

そう理由を訊くと賢人は

「いつもここで食事してるからね。今まで気付かなかっただけじゃないかな」

そう言ってパスタを頬張っていた。その膨れたほっぺたはリスのようだ。私はそれ以上訊くのをやめると、同じようにパスタを食べ始めた。賢人は大学生だ。大学はこのカフェの近くにある。将来は看護師になりたいそうだ――


私はそんな情景をダラダラと頭に流しつつ寝込んでいた。どうやら風邪を引いてしまったらしい。病院にも行ったがインフルエンザではないそうだ。会社に電話を入れ休みを二日もらった私は、大人しく布団にくるまっている。……そして何故か賢人もいる。


私と賢人はお互いの家に遊びに行くくらいには仲良くなった。それでもそういう関係にはまだなっていない。そこは慎重になっているのだろうと思う。何せ私ももう胸を張って若いと言える歳でもないし、賢人も私の事をどう思っているのかは掴めないところがある。それでも看病に来てくれるのは素直に嬉しかった。

「タオル変えてくるね」

そう言って賢人は私の額から温くなったタオルをとると、台所へ向かってしまった。正直申し訳ない気持ちもあるが、身体がだるく動くのも億劫な私にとってはありがたい。

賢人は優しい。私の看病のために大学をサボってまで来てくれた。取り替えられたタオルの冷たさを感じながら、私は心地良い眠りに落ちていくのだった。


――ふと目を開けると彼は何かを探しているようだった。

「何探してるの?」

そう声を掛けると

「体温計をね」

そう言ってまた探し始める。

「そこにあるよ」

私は引き出しを指差すと一つ、深く長く息を吐き出した。彼はお目当ての物を見つけると私の横に座った。

「熱を測ろっか」

そう言って彼は体温計を私の脇に挟んでくれる。賢人の顔が私の顔すぐ近くにある。多分体温計の温度は少し上がっているだろう。きっとその分は風邪ではなく、恋の熱だろうから。


―終わり―


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