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泥だらけの靴

作者: toru

泥まみれになった靴を見て見ぬ振りして綺麗な青空ばかり見ていた。そんな馬鹿な息子を見かねて母親が怒鳴り散らした。

「あんた!なんなのその泥!」

頭に来た俺は言い返してやった。

「うっせー!」

洗おうと思った靴も絶対に洗いたくない反抗心に加わり、汚れどうのこうのではなくなった。でも大丈夫、まだ汚れている靴をはいてるひとを知ってる。その安心感が絶大だった。他にももっと汚い奴がいる、それが口癖のようになって行ったのはその頃かもしれない。

そのうち泥が靴を飛び越しすねのあたりまできても未だ見ぬふり。すねから膝丈にまで来たところで1番近い友達から笑われた。

「泥ついとるよ!」

笑って返してやった。いいネタぐらいでしか考えていなかった。それよりも泥を落とし洗うのが面倒で面倒で…

そのうち何も言われなくなった。たまに言われるけど怒ってはいなかった。ただ不思議といままでよりも友達と近づけた気がした。綺麗な靴を履いている時よりも身近に、そして親身になってくれたことがなによりも嬉しかった。

「なーんだ、汚れた靴はいてるほうがいいじゃねぇか…」

むしろ汚れるように歩いた登下校。泥なのかなんなのか…とにかく汚して汚して汚しまくってやった。だって、そっちのほうがいいんだろ?見事に俺の予想は的中!俺は仲間内どころかクラスの人気者になった。俺の汚れた靴は持て囃され宝物のように奉られた。まさにカリスマ、汚れた靴のカリスマ。俺に真似てみんなが自分の靴を汚し始めた。我先に我先にと楽しそうに靴を汚していく。みんな考えていたことは一緒、誰だって靴を綺麗に洗うのなんて嫌で嫌で面倒で面倒で…俺はそんなみんなのヒーローになった。そんな頃、クラスで事件が起きた。

「あいつ、綺麗な靴履いてやがる!」

「えっ?ホントだー最近の流行知らないかな?ダサいよね。」

「ダサーい!ハハハハ!」

「そういえばあいつ勉強できるんだってよ!」

「ムカつかない?」

「言ってやろうぜ!」

集団でその綺麗な靴を履いてる一人の女の子を罵り出した。

「おい!なんでお前だけそんな綺麗な靴履いてんだよ!」

「えっ?…だってパパとママが靴は綺麗にしておきなさいって…」

「はぁ?そんなの俺達だって一緒なんだよ!だからみんなで汚い靴履いて洗うのめんどくさいからやめようぜって…お前ホントに空気の読めない奴だな?」

「……わたしはただ…パパとママが…」

「そんなこと聞いてんじゃねぇんだよ!」

「コイツダメだわ…」

「あっちいこーぜ。」

輩たちのひとりが踏んだんだろうその小さくて綺麗な片方の靴を抑えうずくまるその子を皆笑い者にした。全身を震わせ顔もあげることが出来なくなった華奢な肩を抱く奴は誰ひとりいなかった。まるでホームレスのような靴を履いた奴らがマトモに見えて、上流階級のように綺麗な靴を履いた奴が蔑まれる光景が不思議で仕方なかった。悪いことしてる…そんな実感はあったんだけど、それ以上に体が浮き上がる感覚が気持ち良くて…止められなかった。しゃべり出したら止まらないあの感覚、聞き手がどう思っていようと次から次に出てくる言葉を銃口に見立てた口が乱射し続ける。先生から怒られるまで止まることない感情、そんな感じだったんだ。そんな児童の常軌を逸した行動に最高権力の教諭陣が動き出す。反政府組織は見事に崩壊し、国連に見立てたptaは犯人探しに乗り出した。無作為に始められた尋問ですぐに口を割った仲間に怒りは感じなかった。戦犯を裁く軍法会議でa級戦犯と下しされた後はまさに天国から地獄へ真っ逆さま。あれほど胸を張って歩いた廊下も後ろ指どころか前からも横からも突き刺される始末…常に心臓が早まり、年甲斐もなく不整脈を連発してある日、倒れてしまった。ホームレスのように横たわるなか友達も誰も助けに来てくれない。正確には友達だった奴ら。いつの間にか保健室に運ばれ目を覚ますと心配そうに覗く若い女性の保健の先生。

「あっ!よかった!大丈夫?!」.

「せ、先生…俺は…」

「廊下で倒れてたんだよ!もうホントに心配したんだよ…」

「そうなんだ…先生がここまで運んでくれたの?」

「ううん、お友達が必死になって運んでくれたんだから~後でちゃんとありがとうって言うんだよ。」

「そうなんだ…たかし?ゆうじ?」

「ううん、やすこちゃん。一人でここまでおんぶして来てくれたんだよ!」

真っ白になった。張っていたはずのバリケードが一瞬に弾け飛んだように、晒された本心を恥ずかしくも守る術がわからなかった。

「やすこ…?…へぇー…」

誰でもない…友達?一度も喋ったこともない。あの綺麗な靴を履いた女の子。教室に戻った俺は物陰からやすこを見ていた。いつも通り机にかじりつくがり勉、みんなから煙たがられていた存在に助けられた?朽ち果てたプライド、なぜか感謝よりも惨めな苛立ちが勝っていた。ポケットに両手を突っ込み踏ん反り返った乱暴な足取りで机に向かうやすこに近づいていく。

「おい!」

ビクついたやすこは背筋に氷を入れられたように反り返り、まんまるに開けた両目は恐怖で満ち溢れ、後からふつふつと沸き上がる血の逆行を止められずに赤面する様をどこか冷静に見てる自分がいた。

「偽善者なんかお前?俺みたいな友達もいねぇ惨めな男助けて自分は綺麗ですって?あたまくんだよ、そんでお前のカブでもあげようとしてんのか?……どうなんだよ?なんか言えや!」

飴玉を喉に詰まらせて飲み込んだように震えた声はただ一言をなんとかねじりだすのが精一杯だった。

「お…母さんに言われたから……困った人は助けなさいって…」

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