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歌姫エリーサ・2

「話を戻しましょう」

 エリーサの言葉に、ルルも姿勢を正した。

「歌はいつ頃習い始めたの?」

「習ったことはありません」

 マラから習ったことも、もちろん、他の街の誰からも習ったことはない。

「気がつけば、歌っていました。歌うのが好きなんです」

「それは賜物たまものね。音楽学校には通っているの?」

「通っていません。その、経済的な余裕がなくて……」

 ルルはエリーサを直視できなくなり、視線を落とした。

「私の両親は早くに亡くなり、足が片方悪い祖母と、ずっと二人で暮らしてきました」

「そうだったのね」

 聞こえてきたエリーサの声は、ルルをいたわる優しいものだった。

「貴重な時間を割いて、今日は来てくれて、ありがとう」

 ルルは顔をあげて、エリーサを見た。エリーサはルルにいたわりの笑みを向けており、その目はエメラルドの宝石のような綺麗な緑色をしていることに気づいた。

 なんて優しい人なのだろう。

 その時、エリーサ様が歌姫で良かった、とルルは心から思った。

「私の方こそ、招いてくださって、ありがとうございます。チョコレートも紅茶もごちそうさまです、とてもおいしかったです」

「遠慮なくもっとたくさん食べてね。残ったお菓子は、ルルのおばあさまに持って帰ってね」

「いいんですか?」

 ビックリして尋ねると、エリーサはうなずいた。

「もちろん。ルルにわざわざ来てもらって歌ってもらうのだから、そのお礼よ。これくらいしかできないけれど」

「とんでもありません。ありがとうございます」

 ルルの心は弾んだ。この大量のお菓子を持って帰ったら、マラはきっと喜んでくれるだろう。

「ルルの準備ができたら、早速歌ってもらいたいのだけれど、いいかしら?」

「はい」

 ルルは即答した。

「準備はできています。今、歌います」

 立ち上がって呼吸を整えようとしたルルに、エリーサは意外なことを言った。

「実は、歌ってもらいたいのはここではないの。――奏所そうじょよ」

 ルルは目を丸くした。奏所は、虹神様が降りられる場所だ。歌姫と歌姫が選んだ奏楽者しか入ることができない。

「私が入ってもいいのですか?」

「ええ、私が許可します」

 はっきりと宣言したエリーサは、少し声を落として尋ねてきた。

「確認するけれど、ルルは結婚していないわよね?」

 ルルは首を横にぶるぶると振った。

「してません」

 男の人とお付き合いしたことさえないのだから……。

「それなら大丈夫ね」

 エリーサはほっとしたような表情を浮かべ、それからルルが入ってきたのと同じドアに向かって声を上げた。

「ベナヤ、入って」

 すぐにドアが開いて入ってきたのは、来る時に見かけた、衛兵らしき大柄な男性だった。

「彼はベナヤ。私の護衛よ」

 ベナヤはルルに一礼し、ルルもつられるように礼をした。

「では、奏所に行きましょう」

 エリーサがドアとは別の方向に向かって歩き出し、ベナヤもそれについていく。ベナヤはエリーサを守るように、斜め後ろをぴたりと歩いている。ルルも遅れないように、あとについた。

 エリーサの部屋は広く、いくつかの部屋がつながってできているようだった。

「このお城はね」

 エリーサは歩きながら説明した。

「奏所と広間が最初に造られたの。あとから、その奏所の周りに、歌姫や奏楽者、給仕する人たちの住まいの部屋が出来たのよ。だから、私の部屋から、直接、奏所へ入る広間へとつながっているの」

 エリーサは正方形の小さな部屋へ来ると、正面のドアの前で立ち止まった。

 ドアは、エリーサの部屋に入る時のドアと一緒で、白くて青い模様がついており、中央に歌姫の紋章がある。

「この先が、広間よ」

 エリーサがドアを開けた。すると足元から涼しい風が流れてきた。

「行きましょう」

 エリーサに続いて広間へ出ると、そこは何とも威厳に満ちた空間だった。

 ホールとは違い、石造りの広間は目立った飾りもしていない。けれども、凛とした空気に包まれていて、自然と背筋が伸びるような厳粛な雰囲気を感じた。

 その広間の端に、一段と目立つ真紅のカーテンがあった。カーテンの高さは人の背丈の二倍もある。

 エリーサはそのカーテンへと近付いた。

「ここが、奏所の入り口よ」

「え、このカーテンがそうですか?」

 てっきり、重厚な扉が待っているのだと思っていたルルは、予想がはずれて面食らったが、やがてそのカーテンが、扉よりも重々しい雰囲気を持っていることに気づいた。

「これはね、隔幕かくまくといって、奏所と広間を仕切る大切なものなの。ルル、近寄ってみて。家のどこにでもあるカーテンとは雰囲気が違うのを感じるから」

 エリーサに手招きされ、ルルは真紅の長い隔幕に近付いた。そして、感じた。

 その隔幕は、人が簡単にふれてはいけない、気を引き締めさせられるものがある。カーテンの真紅色がルルの視界を覆ってしまいそうな迫力があった。

「エリーサ様の言う通り、他のカーテンとは全く違います」

「ね、だから、この隔幕は私たちが通る時以外は、開けられることがないのよ」

 すると、それまでエリーサのそばにいたベナヤが離れ、奏所の入り口から少し離れたところに立った。奏所の入り口を守るようにして、広間をじっと見据えている。

「ここから先は私たちだけで行きましょう」

 エリーサは隔幕にふれ、エリーサとルルが通り抜けられる分だけ開けた。

「私のあとについて来てね」

「はい」

 ルルの心臓はばくばく音を立てている。エリーサ様は奏所に入っても大丈夫と言ってくれたが、入った瞬間に罰でも受けたらどうしよう。

 エリーサが先にカーテンの先に足を踏み入れた。そのまま、すっと奏所に体全体が入っていく。

 ルルも震える足で、カーテンを抜け、奏所に一歩入った。


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