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歌姫エリーサ

 ルルはほっと溜息をついた。ひとまず服が汚れる危険は去った。

 ルルは広場を抜け、お城へと続く道を進んだ。両脇には緑の葉をたくさんつけた木々が並び、その葉の隙間から木漏れ日が差し込んで、ルルの歩く石畳の通りを照らしている。

 緑のトンネルを抜けると、城の扉にたどり着いた。扉には歌姫の紋章が刻まれている。

 ルルは洋服や靴に汚れがないか再度チェックし、髪のほつれを直した。

 よし、大丈夫。

 ルルは扉をコンコンとノックした。緊張したせいもあり、あまり音が出なかったが、すぐに扉が開いて、一人の男性が姿を現した。

 マラと同い年ぐらいだろうか。背筋がぴしっと伸びていて、白髪をきちんと、とかしている。なんとも穏かな顔つきをしていた。

「エリーサ様から招待状を頂きました、ルルと申します」

「ルル様、ようこそいらっしゃいました。私は執事のエリメレクです。どうぞ、お入りください」

 ルルは一礼して城の扉をくぐると、そこは天井の高い広いホールだった。床はピカピカに磨き上げられており、歩くとブーツがコツコツと音をたてた。

「エリーサ様がお待ちです。こちらへどうぞ」

 エリメレクの案内を受けて、ルルは広いホールを抜け、廊下を歩いた。

 廊下も天井が高く、そして広い。床は相変わらず埃一つないほど綺麗だ。

 やがて、廊下に一人の男性が立っているのにルルは気づいた。近付いていくと、男性が大柄でがっちりした体格をしていることがわかる。衛兵のような服を着ていて、ドアのそばに突っ立っているが、視線は鋭くこちらを見ていた。

 エリメレクはその男性に軽くうなずき、男性はドアの近くから体を離した。

「こちらが、エリーサ様の部屋です」

 ドアは白く、青色の模様が描かれていた。エリーサから貰った手紙の模様と同じだ。そして、ドアの中央には歌姫の紋章がある。

 ルルはごくりと唾を飲み込んだ。手足が少しだけしびれて緊張しているのを感じる。

 いよいよ、エリーサ様にお会いする。

 エリメレクは軽くドアをノックしたあと、開いた。

 そこは、大きな部屋だった。床には複雑な模様が描かれたふかふかの絨毯が敷いてあり、座り心地のよさそうなソファとクッションがいくつも置かれていた。天井には見事なシャンデリアがあり、部屋全体を明るく照らしている。

「エリーサ様、ルル様をお連れしました」

 エリメレクが向けた視線を追ったルルは、息を呑んだ。

 エリーサが窓際に立っていた。すらっとした背に、豊かな金髪が流れ、太陽の光を受けて黄金に輝いている。気品に溢れた白のドレスに身を包んでおり、スタイルがとてもいいのがよくわかる。

「エリメレク、ありがとう」

 エリーサの声も、流れるように美しい。

 エリメレクは一礼して部屋を去っていくと、エリーサはルルの方に近付いてきた。

 やはり、なんて美しい人なのだろう。ルルはまじまじとエリーサを見つめた。

「初めまして、エリーサです。今日は急なお願いにも関らず、ようこそいらっしゃいました。来てくださってありがとう」

 エリーサが微笑んだ。まるで花がぱっと開いたような笑顔だ。

 ルルは見とれそうになるのを押さえ、挨拶した。

「初めまして、ルルと申します。この度はお招きくださり、ありがとうございます」

「ルル、とお呼びしてもいいかしら?」

「はい」

 ルルは笑顔を作ろうとしたが、緊張して上手くできたかどうかわからない。けれども、エリーサは微笑み返してくれた。

「どうぞ座って」

「はい」

 ルルはクッションがいくつも乗ったソファに腰掛けた。ソファはふかふかで、小屋の寝床よりもはるかに柔らかい。

「お菓子はお好き?」

「はい、好きです」

「良かったわ、こちら召し上がってちょうだい」

 そう言って、エリーサはルルにお菓子が山盛り乗ったお皿を出してきた。チョコレートに飴、クッキー、砂糖菓子、どれもルルが好きで、けれど普段食べれないものばかりだ。

「このチョコレートはすごくおいしいのよ」

 エリーサがルルに銀紙に包まれたチョコレートを渡してくれた。

「いただきます」

 食べてみると、口いっぱいに甘いチョコレートが広がり、ミルクとキャラメルの味もした。とろとろと柔らかく溶けていき、まるで濃厚なチョコレートドリンクを飲んだような感じだ。

「とてもおいしいです」

「気に入ってもらえて良かったわ。紅茶はお好き?」

「はい、好きです」

 好きだけれど滅多に飲むことはない、ルルにとっては高級品だ。

 エリーサはルルのために紅茶を淹れてくれ、一緒に角砂糖とはちみつを出してくれた。

「このお砂糖もおいしいけれど、この紅茶には、はちみつがすごく合うのよ。好きなだけ足してね」

「ありがとうございます。いただきます」

 勧められた通り、はちみつを紅茶に入れて飲んでみた。確かにとてもおいしい。紅茶の香りにはちみつの甘い香りが加わり、口の中に二つの香りが広がった。

「紅茶もとてもおいしいです」

 エリーサは微笑んだ。

 間近で見ると、エリーサの美しさがますますよくわかる。肌はまるで絹のように透明度があり、にきびもホクロもない。もちろん、しわもない。街の女性全員の憧れの肌に違いない。

「手紙を読んでくださったと思うけど……」

 とうとう本題が来た。ルルは紅茶のカップをテーブルに置いて、エリーサの次の言葉を待った。

「ルルの歌がとても素晴らしいと聞いたの。貴女はとっても素敵な歌声をしているそうね」

 エリーサは心から興味を示してくれているようだったが、ルルは恐縮した。

「エリーサ様の歌の方が素晴らしいです」

 なにせ、虹神様から選ばれた歌姫様だ。街で一番歌の上手な歌姫様に、歌で敵う人などいない。

「そんなことないわ。ルルの歌をとっても気に入っている人がいるもの」

 私の歌を気に入ってる人? 誰だろう? マラではないことは確かだ。けれど、マラ以外に心当たりはない。

「……その人は誰ですか?」

「あら」エリーサは目をパチクリした。「あの子は、あなたに直接言わなかったのね」

 あの子――もしかして、私のことを魅力的だと言ってくれた……。ルルの心臓がドキドキした。

「もしかして赤茶髪の男の子のことですか?」

 エリーサは突然「ふふっ」と笑い出した。

 もしかして間違っていたのだろうか?

「笑ってごめんなさいね。ルルの言う赤茶髪の男の子で、間違いないと思うわ。けれど、私がそう言ったことは伏せておいてね」

「はい」

 ルルはうなずいた。彼に会えるかどうかわからないが、会ったとしても、このことは絶対に言わないでおこうと心に誓った。

 それにしても、まさかエリーサ様との会話で、あの赤茶髪の少年のことが出てくるとは思ってもみなかった。

 エリーサ様は、彼が私の歌をとっても気に入っていると言っていた。ルルはそのことを思い出して、頬が赤くなるのを感じた。

 畑で歌っていたのを、彼は聞いたのだろうか? そうでなければ、ルルの歌を知るわけがない。

「エリーサ様は彼の知り合いですか?」

「ええ」

 エリーサはようやく笑いが収まってきたようだった。

「あの、彼の名前を……」

 ルルは尋ねようとして、迷った。赤茶髪の少年が教えてくれるのを待った方がいいのだろうか……。

「あの子は名前を言わなかったの?」

「はい、今は言えないと言われて……エリーサ様はご存知ですか?」

「知ってるわ。――知りたい?」

 ルルの心は激しく揺れた。知りたい! けれど、彼が言えない事情が何かあったのだとしたら、ここで聞いてしまっては失礼になるかもしれない……。

 ルルが迷っているのを見て、エリーサは優しく言った。

「急がなくても大丈夫。必ずルルに教えると思うわ」

「本当ですか?」

「ええ、きっとね」

 エリーサに勇気づけられ、ルルは赤茶髪の少年から直接教えてもらえるのを待つことにした。


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