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お城へ行く日

 ついに朝を迎え、ルルは畑仕事を終えて小屋に戻ると、マラが待ち構えていた。

「さあ、お城へ行く準備をしましょう。まずは着替えてきて」

「うん」

 ルルはわくわくしながらレースワンピースを手に取った。とうとう着る時がやって来た。袖に手を通すと、今までにない、なめらかな感触がした。とても軽くて、着心地がいい。ブーツも足にぴったりで、思った以上に軽くて歩きやすい。

 ルルの気分は、まるで太陽のように高揚していた。こんなに可愛い服と靴を身につけたのは初めてだ。

「素敵よ、ルル」

 マラに見せると、彼女もとても喜んでくれた。

「とっても似合ってるわ。ルルにぴったり。さ、こっちに座って」

 ルルはマラに指し示された窓際の二つの椅子の一つに座った。マラはその後ろの椅子に座り、ルルの髪に櫛を入れた。普段は自分で髪をといているが、今日は、マラがセットしようと張り切っている。

「こうしてるとあなたのお母さんのことを思い出すわ」

 ルルの髪を丁寧にとかしながら、マラが懐かしむように言った。

「ルルの髪の性質も、お母さんゆずりね。柔らかくて綺麗な赤茶……」

「お母さんもおばあちゃんに何度も髪を結んでもらっていたの?」

「ええ。それはもう数え切れないほど」

 後ろを振り返れないからマラがどんな表情をしているのかわからなかったが、微笑んでいるのは口調から感じる。

「ルルはしっかり者だから、私は助かるわ。きっと、お父さんの血を受け継いでるのね。お父さんもしっかりした人でしたから」

 マラは器用に小さな三つ編みをいくつか作り、最後はそれを一まとめにしたようだった。

「お花もつけましょう」

 髪ゴムに、マラは庭からとってきた赤いガーベラを差し込んだようだった。

「さ、こっちを向いて」

 ルルは椅子ごと動かし、マラに向き直った。

 マラはいくつかの化粧品をテーブルに並べ、それら一つ一つを使い、丁寧にルルに化粧を施してくれた。

「あなたはまだ若いから、薄化粧でもよくはえるわ」

 額、頬、眉、目、最後にマラはルルの唇に薄いピンク色の口紅を塗ってくれた。

「さ、出来た。ルル、立って、その場でくるっと回ってくれる?」

 ルルが言われた通りにすると、マラの目には涙がやどっているのが見えた。

「こんなに立派に育った娘を見て、きっとお父さんもお母さんも天国で喜んでいるでしょうね」

 ルルも、そうであったら嬉しいな、とマラに微笑んだ。

「おばあちゃん、育ててくれてありがとう。天国でお父さんとお母さんも、おばあちゃんにとても感謝してると思うよ」

 マラは涙を拭い、それからルルに向かって手を差し伸べてきたので、ルルはその手をとり、そっとマラを抱きしめた。

「お城まで見送りたいけれど、こんな足だから、ごめんなさいね」

「ううん。髪を綺麗にしてくれて、お化粧してくれて、ありがとう」

「楽しんでくるのよ」

「うん」

 マラに見送られながら小屋を出て、ルルは街へ向かった。途中、道でうっかり転んで泥がついたりしないよう、ルルは慎重に歩いた。

 市場はいつもと変わりがなく賑やかだった。ルルは通りを歩く人にぶつからないよう気をつけながら歩いていると、声が飛んできた。

「ちょっと、そこのお嬢ちゃん! そこの、ピンクの服を着たお嬢ちゃん!」

 ピンク? もしかして――ルルは振り返った。見ると、いつもだったらルルに声をかけてこない、アクセサリーを売っている店主のおじさんがにこにこと笑いかけていた。

「私、ですか?」

「君以外に誰がいるの、可愛いお嬢ちゃん、これいかが? 着ているその服にぴったりだよ」

 店主はネックレスをいくつかルルに見せてきた。

「この貝殻つきのネックレスなんかどう? その綺麗な服に合うよ。ああ、それとお嬢ちゃんの髪飾りの花もいいけど、このガラス玉がついた髪飾りもいいよ」

 店主はネックレス以外にも次々と差し出してくるので、ルルは後ずさりしながら言った。

「あの、これから用事があるので、失礼します」

「残念、また来てね、お嬢ちゃん」

 にこやかな笑顔で手を振られた。その店主とは以前に何度も顔を合わせているが、ルルだとわかっていないようだ。

 アクセサリーの店主以外にも、何人かお店の人に声をかけられたが、誰もルルだと気づかなかった。

 どうやら、少年から貰った高級な服と靴、そしてマラのお化粧がルルを変身させてくれたらしい。ルルは恥ずかしいやら嬉しいやらで口元が緩んでしまった。

 広場に出ると、歌姫の住む城が見えてきた。ルルは姿勢を正し、さっとレースワンピースとブーツをチェックする。大丈夫、汚れは付いてない。

「ねえ、誰あの子?」

 女の子の声が聞こえてきて、ルルは振り返った。

 音楽学校の制服を着た、茶色の巻き毛の少女が、他の少女たちと一緒にこちらを見ていた。カレットだ。

 ルルの顔が引きつるのを感じた。もしここで、この間みたいに突き飛ばされて、服が汚れたりしたら大変だ。

 ルルは身構えたが、カレットの様子はこの間とは違っていた。前は、見下げた視線を向けてきていたのに、今は誰なのかわからないといった表情で観察してきている。

「見たことない顔ね」

 カレットは怪訝そうに眉を寄せ、友人らに尋ねた。

「知ってる?」

 友人たちは揃って首を横に振った。

「知らないわ」

「新しく入学する子かしら?」

「でも制服着てないわよ」

 カレットと少女たちの会話は、ルルにまで丸聞こえだ。ルルは警戒していたが、ありがたいことに、カレットたちは近寄って来ようとしなかった。

「もしあの子が入学してきたとしても、次の歌姫はカレットに間違いないわよ」

 少女たちが口々に「次の歌姫はカレット」と言ったので、カレットは満足そうな笑みを浮かべた。

「それもそうね、さ、行きましょう」

 カレットはルルに向かってこれ見よがしに「ふん」と鼻を鳴らし、友人らを引き連れて広場を去って行った。


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