招待状
小屋に辿りつくと、ルルがドアを開ける前に、内側からドアが開いた。ルルはあやうくドアに鼻をぶつけそうになり、慌てて身を引いた。
「ルル!」
マラが杖をつきながら、興奮した様子で出迎えた。
「あなたに手紙が来てるの」
「手紙?」
手紙なんてルルが記憶する限り、一度も貰ったことがない。
マラはルルに白い封筒を手渡してきた。マラの細い手が若干だが震えている。
「歌姫様からよ」
「エリーサ様から?」
ルルは仰天し、慌ててマラから封筒を受け取った。
白い封筒には、青い模様が縁を彩っており、その中央には、確かに「街のはずれの森の近くの小屋 ルル様」となっていた。差出人を見ると、「エリーサ」という名前と、虹と流れ星のマークが入った歌姫の紋章が押されている。
本当に歌姫様から自分に手紙が来ている!
マラの手の震えが、ルルにも移ってきた。
「ルル、開けて見てちょうだい」
「う、うん」
震える手で何とか封筒を開けると、一枚の紙が出てきた。封筒と同じ白色で、やはり縁には青い模様がついている。歌姫が住んでいる城を思い出す色彩だ。
手紙には、流れるような丁寧な字が書かれてあった。
「読んでちょうだい」
マラに促され、ルルは綺麗な文字を追って読んだ。
『ルル様 突然の手紙をお許しください。ルル様の歌の評判を聞き、ぜひお会いして歌を聞かせていただきたいと思いました。急で申し訳ありませんが、明日の午後二時、ご都合がよろしければお城へいらしてください。都合が悪いようでしたら、ルル様のお好きな日にちと時間をお知らせください。お待ちしております。エリーサ』
歌姫のエリーサ様に歌を歌う? 私が?
呆然としたルルは、やはり同じような様子のマラと目が合った。しばらく二人して沈黙していたが、マラがその沈黙を破った。
「とりあえず、家に入りましょう。あと、もう一度、その手紙を見せてちょうだい」
ルルはマラと共に小屋に入り、ルルがマラの用意してくれた食事をテーブルに運ぶ間、マラは椅子に腰掛けて真剣に手紙を読み返していた。
「おばあちゃん、その手紙、どう思う? エリーサ様が私に歌ってほしいって、そんなこと、あるのかな?」
売れ残った四本の人参を千切りにし、マラお手製のドレッシングをかけながらルルは尋ねた。
マラは手紙に鼻をくっつけるほど近づけて読んでいたが、ようやく顔を上げてルルを見た。その表情は困惑気味だ。昨日、ルルが金貨と服と靴を見せたときと一緒だ。
「直接会ったこともないルルに、歌を歌ってほしいというのは考えられないけれど、でもここに『ルルの歌の評判を聞いて』と書いてあるわね」
マラは手紙の一文を指差している。
「ルルは最近、人前で歌を披露したの?」
ルルは大きく首を横に振った。
「人前で歌ってないわ。畑でしか歌ってないから、聴いてくれるのはおばあちゃんだけだよ」
「私と……虹神様ね」
「虹神様?」
突如出てきた言葉にルルは戸惑ったが、マラは確信しているようだった。
「やっぱり、あのとき、虹神様はルルの歌を聴かれていたのよ。虹神様がルルの前に現れてから、昨日のことといい、この手紙といい、不思議なことが起こり過ぎてるもの」
「それじゃあ……虹神様は私の歌をエリーサ様に伝えてくださったのかな?」
突飛な意見かもしれないが、その場面を想像して、ルルはドキドキした。しかし、マラは思案して言った。
「虹神様が歌姫様に何かを伝えたり話したりするということは……今まで聞いたことがないわ」
「そっか……」
ルルはちょっとがっかりした。
そんなルルを励ますように、マラは笑みを見せた。
「けれど、きっとこれは虹神様の導きね。ルル、明日は市場のお仕事はやめて、お城に行って、エリーサ様の前で、ルルの歌を聴いてもらいなさい」
「うん。けど……」
ルルは正直、自分の歌に自信はない。
「私の歌で大丈夫かな? おばあちゃんの前でしか歌ったことがないし――」
音楽学校で習ったこともないし、という言葉をルルはすんでのところで言いそうになり、慌てて飲み込んだ。マラの前で、その言葉は禁句だ。マラを悲しませてしまう。
「ルルの歌はとても素敵よ。私は大好きだわ」
マラはいつも褒めて、ルルを励ましてくれる。ルルは小さく微笑んだ。
「ありがとう、おばあちゃん」
「ルルがプレゼントしてもらった服と靴も着る機会ができたわね」
そうだった、着る機会がないと思ったから、今日、マラの前でお披露目する予定だったのだ。けれど、こんなに早く、着る機会が来るとは思わなかった。
「明日はおめかしして行きなさい。私も手伝うわ」
マラはにっこりと微笑んだ。
「不安は虹神様に預けて、明日は楽しんできていらっしゃい」
その通りだ。
一生で一度きりかもしれない、歌姫様からの招待を心から楽しもう。虹神様も時折いらっしゃるお城で歌を歌うことができる、こんな栄誉なことはない。
「うん」とルルはうなずいた。
「遅くなってしまったけれど、ご飯にしましょう。明日に備えて体力をつけなくちゃね」
マラは手紙を丁寧にたたんで封筒にしまい、二人は食卓に並んで夕飯を食べた。
朝に採った人参は、まだみずみずしく、噛むとパリッと音がして、甘い味が広がった。マラお手製のドレッシングとよく合う。昨日の残り物である人参スープもやっぱりおいしい。
その日は、マラもルルにたくさん食べるように何度も促し、ルルも貰った金貨のこともあるので遠慮なくたっぷりご飯を食べ、満ち足りた気分で寝床に横になった。