そして新たなスタートへ
その日の夕方、授業を終えて副校長室を出ても、ダラスの姿はなかった。ルルはほっとした。
それから次の日も、またその次の日以降もずっと、ルルの予想通り、ダラスは待ち伏せして奏楽者に選んでほしいと付きまとわなくなった。食堂でたまに視線が合っても、ウィンクされることもなくなった。
カレットの方は相変わらずルルを無視し続けている。
双方から絡まれることがなくなったので、ルルは学校生活の後半の二週間は、勉強に集中することができた。
ルルが知識を増やしていったので、グローバンの授業も後半はさらに加速し、ルルも必死にそれについていった。賛歌集は一通り歌い、暗譜もした。歌っている時も、グローバンに細かく注意されることもなくなった。
「これで私の個人授業は終わります」
登校最終日、午後の授業を終えたグローバンはそう言って教科書を閉じた。
「あなたはよく頑張りました。おかげで、一ヶ月で私が教えたいと思ったことは、すべて、教えることができました。あとは今まで学んだことを忘れず、虹神様に真心からの歌を捧げなさいね」
「はい。短い間でしたが、お世話になりました。ありがとうございます」
ルルは丁寧にお辞儀をした。
すると目の前に、グローバンの手が差し出された。ほっそりした手だ。
ルルがグローバンの手を握ると、しっかりと握り返された。
「あなたが熱心に授業を受けてくれたから、私も教え甲斐がありました」
グローバンの口元に小さな笑みが浮かんだ。
「あなたの幸運を祈っています。あなたは模範的な素晴らしい生徒でしたよ、ルル」
「ありがとうございます」
ルルは胸が熱くなった。
「グローバン先生にも幸運がありますように、お祈りしています」
「ありがとう」
グローバンの口元が緩み、微笑んだ。
一ヶ月過ごした副校長室を退室するのは名残惜しかった。おそらくこの一か月は小屋よりも、副校長室で過ごした時間の方が長かっただろう。壁を覆うたくさんの本や、教えを受けていたときに座っていたソファとも、お別れだ。
ルルはすっかり馴染んだ副校長室を見渡し、最後にもう一度グローバンに丁寧に礼をしてから、廊下に出た。
生徒がほとんどいない薄暗い廊下も慣れた光景だったが、もうこの光景も今日で最後になる。いつもは廊下を早足で通り過ぎていたのだが、その日だけはゆっくりと歩いた。天井の高い廊下に、ルルの足音が響き渡る。
一ヶ月、あっという間だった。
たくさんのことを学んだ。音楽の知識、街の歴史……中でも楽譜が読めるようになったことが一番嬉しいことだった。エリメレクに自分でも楽譜が読めるようになるかと尋ねて、もちろんだと返してもらったことを思い出す。彼の言う通りになったのだ。ルルは込み上げてくる笑みを抑えることができなかった。
玄関ホールは、朝はいつも生徒たちでごった返すのだが、今は数人の生徒しかいないため、いつもより広く感じる。近くを通り過ぎる生徒がいると、ついカレットかダラスかと確認してしまう癖もついてしまったが、充実した日々を過ごせた。
お世話になった校舎を、いつもより数倍時間をかけて外に出ると、ルルは振り返った。高くそびえ立つ塔と時計、赤いレンガの大きな校舎も、今日でお別れだ。
ルルはしばし音楽学校を見つめ、それから視線を変えて、城を見た。白と青を基調にした白は、夕闇の中でも優雅に浮かび上がっている。
明日は虹神様がいらっしゃる。ここで学んだことすべてを発揮する日だ。
虹神様に最高の歌を捧げよう。
ルルは心に誓い、音楽学校を背に、新たなスタートに向かって歩き始めた。空には星が輝き始めていた。




