カレットの敵意
次の日も、ルルはグローバンから指導をみっちり受けた。
そしてお昼を迎える頃には、ルルの頭から湯気が出そうだったが、昨日と違い、お昼の鐘が鳴った瞬間、ルルの気分は沈んだ。
「さあ、お昼休憩にしましょう」というグローバンの言葉も、素直に喜べない。
「どうしました? 早く食堂へ行かないとなくなるわよ」
「はい」
ルルは重たい足取りで副校長室を出た。
どうしよう、またカレットに会って嫌なことを言われないだろうか。考えるだけで、食欲は失せた。
このまま食事を抜かして自習室へ行こうか、とちらっと思ったが、お昼を抜かして午後の勉強に耐えられる自信はない。倒れてしまったら、グローバンに迷惑がかかってしまうし、貴重な学びの時間も減る。
ルルは覚悟を決めて食堂へ向かった。
ところが驚くことに、カレットはすでに窓際の日当たりのいい場所に他の女子グループと男子グループと一緒に座っていたが、ルルと目が合っても睨んできただけで、すぐに視線を外してしまった。
ルルは拍子抜けしたが、ありがたいことだと胸を撫で下ろした。
それでもカレットたちから一番遠い席に座り、野菜たっぷりのドリアをなるべく早く食べ、急いで食堂を出ることにした。
ところが、ルルが立ち上がったのと同時に、カレットも立ち上がり、こちらを睨みつけながら向かってくることに気づいた。
ルルは慌てて食器を返却口に戻して食堂から逃げたが、廊下を出てすぐにカレットに捕まってしまった。
「っ……」
腕を強く引っ張られ、ルルは後ろに尻餅をつきそうになるのを慌てて踏ん張って堪えた。
振り返ると、カレットの怒りの形相が間近にあった。
「あんた、私を騙してたのね」
「えっ」
もしかして、レインのことがばれたのだろうか。
「お父様から聞いたわ。あんたがルルだったのね」
どうやら、レインのことではなさそうだ。
カレットは珍しく他の生徒を気にしている様子で、声を落として言った。
「あんたがエリーサ様とレイン様から推薦を受けたとお父様が言ってたわ。本当なの?」
カレットの目は血走っている。
ルルはカレットの迫力に気圧されながらうなずいた。
カレットはルルを壁に押しつぶさんばかりに近寄ってきた。
「一体どんな手を使ったの? 二人から推薦を受けるなんて、一体何をしたのよ?」
「な、何も……」
ただ、奏所に行って、レインに奏楽してもらって歌っただけだ。カレットだって同じことをしたとレインから聞いている。
「嘘よ! 絶対、何か裏の技でも使ったんでしょう! あんたが、虹神様の残光を光らせるなんて」
カレットは一瞬喉をつまらせた。ルルはカレットが泣き出すのかと思ったが、カレットはギロリとルルを睨んだ。
「どうなの、答えなさいよ!」
首を絞められそうな鬼気迫る勢いに、ルルはぶんぶんと首を横に振った。
「そんなの、ないです。本当に、裏の技なんて、ありません」
「だったら、なんであんたみたいのが歌姫候補になるのよ」
カレットは押し殺して言ったが、悲鳴のような声だった。
「ずっと私だけだったのに、なんで、なんで、あんたが出てくるのよ! あんた、この私を差し置いて歌姫になるつもり?」
「差し置いてなんて……それに、私は選ばれてません」
虹神様の残光は確かに虹色に輝いたけれど、だからといって、歌姫に選ばれたわけじゃない。
その言葉は、カレットの気を良くしたようだ。噛み付きそうなカレットの勢いが、少しずつ弱くなっていく。
「そうよ、あんたはまだ選ばれてないわ」
カレットはふんと鼻を鳴らした。
「虹神様の残光が光っても、歌姫に決まったわけじゃない」
カレットはルルに、そして半分は自分に言い聞かせるように言った。
「許さないわよ、あんたが歌姫になるなんて絶対に認めないから!」
「カレット?」
突如、別の声が飛んできて、カレットはぴたりとその場で動きを止めた。
カレットの肩越しの向こうで呼んでいるのは、昨日男子グループの先頭に立っていた男の子だ。さっきまで、食堂でカレットの隣に座っていた。
「そこにいたのか、探したよ」
カレットは男の子の方へ振り向かないが、彼はこちらに向かってきている。
突如、目の前のカレットの怒り顔が、甘ったるい笑顔に変わった。ルルはびくりとしたが、カレットはくるりと振り返って、男の子に可愛らしく手を振った。
「ダラス、ごめんなさいね、今行くわ」
ダラスと呼ばれた男の子は、ちらっとルルを見たあと、カレットに尋ねた。
「昨日の子じゃないか、何を話していたんだい?」
「あの子が何もわかってないから、色々教えてあげたところよ」
カレットは猫撫で声で答え、ダラスの腕に自分の腕を絡ませた。
「さ、行きましょ」
そうして二人が去って行くのを、ルルは唖然として見送った。
午後の授業は昨日とほとんど同じだったが、終わる頃には、昼のカレットの出来事もあって、どっと疲れが出てしまった。
相変わらず表情をほとんど変えないグローバンにルルは一礼し、廊下を出た瞬間、思わず大きな溜息をついてしまった。
予想はしていたものの、カレットに敵意を向けられるのは、これから先の学校生活が思いやられる。次期歌姫の有力候補であるカレットには、他の生徒たちも一目置いているようだし、カレットを取り囲む女子たちも、彼女の機嫌を損ねないように接している。
ある意味、学校の全生徒をバックにつけたカレットに睨まれたら、太刀打ちできるわけがない。
とりあえず、カレットとの接点が学食だけというのは救いだ。これが、教室で一緒に学んでいたらと思うと、ルルはぞっとして身震いした。
とにかく、あと一ヶ月。ルルは心に言い聞かせた。とにかく勉強に集中しなくちゃ。
ルルは早足で学校を出ると、マラの待つ小屋へ向かった。




