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登校初日の午後

 とてもじゃないが、カレットたちのいる食堂で、ノートを開いて復習する気分にはなれない。午後の始業時間まで、あと三十分ほど時間があったが、ルルは早々と食堂を出た。

 これから、どうしよう。余った時間、食堂で勉強をしたかったけれども、カレットたちがいるところで、落ち着いて復習できるわけがない。

 ルルは地図を広げた。食堂からはちょっと遠いが、自習室というのがある。グローバン副校長室からはもっと遠くなるが、仕方が無い。

 ルルはノートを握り締め、早足で自習室へ向かった。

 自習室は、食堂よりも少し小さめだったが、広い天井で、机と椅子がいくつも並べられており、その間には仕切りがあった。今はお昼の時間のためか、生徒は数人しかおらず、しんとした静寂の中に、カリカリと鉛筆の音がした。

 ルルも席に座り、ノートを広げて午前の学びの復習をしようとしたが、時折カレットの馬鹿にしたような笑い声を思い出してしまい、そのたびに頭を振って追い出した。

 あっという間に、午後の授業時間が近づき、十分に復習はできないまま、ルルは自習室を出た。

 遅れまいと駆け足で副校長室に向かったので、部屋に入るとき、ルルの息はすっかりあがっていた。

「どうしたの? 息が乱れてるわよ」

「走ってきました」

「そう、次からは余裕を持って来なさい」

「はい、すみません」

「では、午後の授業を始めましょう」

 グローバンは叱るときも授業を始めるときも、口調はほとんど変わらなかった。表情もほとんど変わらない。ルルは一番最初に見たグローバンの小さな微笑みは、もしかしたら奇跡だったのかもしれないとさえ思えてきた。

 午後の授業では、午前の続きで姿勢や発声練習をしたあと、新たに楽譜の読み方を習った。ルルはこの授業の時が一番わくわくした。五線譜、音符、記号の読み方――エリーサ様も使っている楽譜を、自分も早く使いたい一身で、ルルは懸命に学んだ。

 夕方遅くなって授業が終わる頃には、ルルもへとへとになり、ソファに長く座っていたせいで肩も凝り始めていた。

「続きはまた明日しましょう」

 グローバンの表情にはまったく疲れというものが見えない。教えてもらっているルルよりも、教えているグローバンの方がうんと疲れているだろうに、彼女は微塵も出さなかった。

「グローバン先生、ありがとうございました」

 ルルはグローバンに丁寧に礼をして副校長室を出た。

 廊下は薄暗くなっており、生徒の数も少ない気がする。おそらく授業が終わった他の生徒たちは帰っているのだろう。

 カレットは校長先生に言いつけたのだろうか。今のところは何もない。そもそも、言いつけられたところで、ルルは正真正銘、音楽学校の生徒なのだ。自分でもまだ夢のようだけれど。

 ルルはカレットに出会わないよう、廊下を駆け足で抜け、家路を急ぐ他の生徒と一緒に、大きな玄関をくぐって外に出た。

 夕日はすでに地平線の向こうへ沈み、空はオレンジ色から濃紺色へと変わりつつある。星もチカチカと瞬き始めていた。

 なんだか、何日か振りに外に出たような気がする。ルルは新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。風は少し冷たくなっており、どこからか夕食のいい匂いも一緒に流れてきた。

 その匂いに刺激されてルルのお腹が鳴った。お昼に食べたパスタは、午後の学びですっかり消費してしまった。今頃、小屋でマラが食事を作って待ってくれているに違いない。

 ルルは急いで通りを抜け、広場を通り過ぎ、小屋へと向かった。


「おかえりなさい」

 出迎えてくれたマラの温かい笑顔を見て、ルルの肩から力が抜けていくのを感じた。今まで気づかないほど、気が張っていたようだ。

「ただいま」

 ルルは胸いっぱいに広がった安堵を覚えながら、マラをそっと抱き締めた。

「今日一日どうだった?」

「覚えることがいっぱいで、頭がパンクしそう」

 マラがルルの肩をそっと撫でた。

「頑張ったわね。まずは食べて、疲れを癒しなさい」

「うん」

 小屋にはおいしい匂いが立ち込めている。ルルのお腹がまたもや鳴った。

 食卓について、マラの作った料理を食べたが、この時になってようやく、お昼の食堂で食べたパスタがどんな味だったのか覚えていないことに気づいた。カレットのことでの悔しさもあって、舌が機能していなかったらしい。

 ルルはマラ特製のかぼちゃスープを飲んだ。甘くて、とろとろしていて、体の疲れを癒してくれる味だ。

「おばあちゃんの料理、本当においしいね」

「たくさん食べるのよ」

「うん」

 夕食の後片付けをしたあと、畑の様子を見て、今日習ったことを復習してから寝床についた。そうとう疲れていたらしく、横になった瞬間にルルの記憶は途絶えた。

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