音楽学校の制服
お腹もいっぱいになったところで、ルルはエリメレクと一緒に洋裁店に向かった。
まさか、自分の音楽学校の制服を買う日が来るとは思ってもみなかった。ルルは洋裁店のショーウィンドウに飾られている音楽学校の制服を見たが、実感が湧かない。
「さあ、入りましょう」
エリメレクに促され、ルルは店内に入った。これで二度目だ。店内はレインと来たときと比べて、並べられている服や靴に真新しいものが加わっているように見えた。
エリメレクが店主らしき人に声をかけて説明すると、その人はにこにこと愛想の良い笑顔を浮かべてルルに近寄ってきた。
「音楽学校に入学するのですね、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
店主は紫のメッシュが入った肩までの黒いストレートの髪をしており、お化粧もばっちりしており、大きな腰ベルトをしていた。服と靴を買ったレインに愛想の良い笑顔を向けていた人と同じ人だ。
「あなたにぴったりの制服を用意するわ。まずは体のサイズを計りましょう」
ルルは広い更衣室に連れていかれ、そこで頭の頂から足の裏に至るまで計られたあと、女店主は迷うことなく数ある制服のうちから、一着を持ってきた。
「これが良いでしょう」
ルルは音楽学校の制服を受け取った。
ピンクの線が入ったチェック柄のリボンとスカート、白のブラウス、濃紺のジャケット。ルルの手が緊張で震えた。この制服を何度着たいと夢見たことだったろう。
「試着していただけるかしら」
「はい」
ルルは慎重にブラウスに手を通した。襟元はパリッとして立っているが、袖の部分はさらさらしている。スカートもジャケットも生地がとてもしっかりしていた。最後にリボンをつけると、店主が満足げに頷いた。
「ピッタリね」
ルルの制服姿を見て、エリメレクも微笑んだ。
「お似合いですよ、ルル様」
鏡に映る自分は、確かに音楽学校の制服を着ている。ルルはやたらと制服のリボンにさわったり、スカートやジャケットにさわったりして、夢ではないことを確認した。
家に帰って早くマラに見せたい。
「制服を袋に入れましょうか、それとも、このまま着ていかれますか?」
女店主の問いに、ルルがどうしたらいいかとエリメレクを見ると、「ルル様のお好きなように」との返事だったので、ルルはこのまま着て帰ることにした。マラが喜んでくれるのが目に浮かぶ。
店に来るときに着ていたルルの服は、代わりに洋裁店の袋に入れられ、ルルは音楽学校の制服に身を包んだまま、通りに出た。
通りはさっきと変わらないはずなのに、ルルは目の前が明るく輝いているような気がした。ショーウィンドウに映る音楽学校の女の子は、まぐれもなく自分なのだ。
「エリメレクさん、本当にありがとうございます」
エリメレクは穏かな笑みを浮かべ、謙遜に答えた。
「いいえ、私はエリーサ様に頼まれた仕事をしているだけです。お礼はエリーサ様におっしゃってください」
「はい」
ルルは今は見えないエリーサに向かって、心の中で感謝した。お会いしたときに、ちゃんとお礼を言おう。
その後、ルルはエリメレクと教科書を買いに行った。『街の歴史』『声楽の基本』『賛歌集』などなど……。
中でも賛歌集は表紙が分厚くしっかりしており、表紙の真ん中には歌姫の紋章が描かれている。
ルルは賛歌集の中身をぱらぱらとめくってみた。紙のほとんどのページに、五本の横線と、その間に、黒い丸がいくつも並んでいるのが見えた。
「あの、これは何ですか?」
「それは楽譜というものです。それを見て、歌ったり、弾いたりするのですよ」
「楽譜……」
もう一度よく見るが、まるで暗号みたいだ。けれどもルルは魅力的な本に思えた。
「音楽学校の人たちは、これを見て歌っているんですか?」
「ええ、そうですよ。この本は、エリーサ様も今も使っていらっしゃいます」
「今もですか?」
「ええ。エリーサ様が虹神様に歌を捧げるとき、ここに載っている歌を捧げていると、以前お話しされていたことがあります」
エリーサ様がここの歌を……。
ルルは楽譜に目を落としたが、さっぱりわからない。
「私でも、楽譜を読めるようになりますか?」
「もちろんですよ」
エリメレクのはっきりとした答えと穏かな笑みに、ルルも勇気が湧いてきた。
教科書をすべて買い揃えた後は、筆記用具から鞄まで、音楽学校に必要なすべての品々を購入した。来る時は手ぶらだったエリメレクの手には、今や大きな買い物袋が何個もある。
ルルも袋を持とうととしたが、エリメレクに仕事ですから、と断られてしまった。それでも心配なルルにエリメレクは「私は見た目よりも頑丈なんですよ」と微笑まれてしまった。
「そろそろ夕刻ですね。家までお送りいたしましょう」
街は、夕日のオレンジ色に照らされており、ルルとエリメレクの影は濃く長く伸び始ている。
広場に出て、そろそろ客足が少なくなってきた市場を通り過ぎている間、ルルは音楽学校の制服を着ていると、人が向けてくる視線が違うように感じた。一目置いているらしき、好意的な視線だ。
「何だか見られているような気がします」
エリメレクは微笑んだ。
「気のせいではないでしょう。音楽学校の生徒は街の誇りです」
音楽学校に入るということは、そういうことなのだ。音楽学校の生徒として恥じないように学ぼう、とルルは気持ちを新たに引き締めた。




