レインのタネ明かし
小屋に戻ると、マラは待ちかねていた様子で色々と聞きたがったので、ルルは奏所で歌ったことや、虹神様の残光が光ったこと、音楽学校で一ヶ月学ぶことになったことを話した。マラは驚きっぱなしだったが、その顔は次第に喜びに変わっていった。
「ルル、あなたは本当に私の自慢の孫よ」
マラはルルをぎゅっと抱きしめた。
「ルルが次期歌姫の候補に選ばれるなんて! 虹神様の祝福だわ」
マラは小柄だけれども、ルルを抱きしめる手に力がこもっていた。ルルも微笑んで抱きしめ返した。
「しかも音楽学校に行けるなんて!」
マラはルルを見上げて満面の笑みを浮かべた。
「ようやく私の長年の夢が叶ったわ」
マラはいつでもルルのことを考えてくれる。ルルを応援してくれる。
「おばあちゃん」
ルルはマラの手を取った。皺がいくつも入った小さな手だけれど、この手でルルを育て上げ、いつもおいしい料理を作ってくれる。
「おばあちゃんがいなければ、私は今の自分はないよ」
心からそう言った。
「とっても感謝してる」
マラはルルの頬をそっと撫でた。
「あなたは本当に良い子ね。だから虹神様がルルをここまで導いてくださったのね。虹神様に感謝しなくてはね」
「うん」
ルルもうなずいた。虹神様の残光が虹色に輝いてくれなければ、ルルの歌姫候補の話もでなかった。ルルは心の中で虹神様に向かって感謝した。
「虹神様は、きっとルルを選んでくださるわ」
「ありがとう」
マラはルルにとって力強い味方だ。
「私、頑張るね」
「応援してるわ。悔いが残らないように、たくさん学んでくるのよ」
「うん、わかった」
ルルが笑顔でうなずいたのを見て、マラもうなずき返した。
頬を何度か撫でていたマラは、ふとその手を止めた。
「ルル、お肌がいつもより綺麗になってない?」
「え? そうかな?」
ルルはマラの手が無いほうの頬をさすってみた。言われてみれば、何だか肌のすべりがよくなったような気がする。
「虹神様の虹の光の影響かしらね」
「そうなのかな」
そういえば、エリーサ様もお肌がとっても綺麗だったなあ、とルルは思い返した。
「肌が若返るなら、私も音楽学校に入って勉強しようかしら」
マラは冗談を言い、ルルも一緒に笑った。
それからルルは、お土産に貰ったお菓子の袋をマラに渡すと、マラはしみじみと言った。
「エリーサ様はお優しい方ね。こんなに素敵なラッピングをしたお土産までくださって。私たちは素晴らしい歌姫様に恵まれたのね」
「うん、エリーサ様が歌姫で良かった」
ルルも同意した。気品と美しさと優しさを兼ね備えているエリーサは、まさに歌姫にふさわしい方だ。
「それなのに、歌姫を降りられるのね」
「結婚するんだって」
「まあ、それは素晴らしいこと」
マラは微笑んだ。
「お相手は誰なの?」
「エリーサ様の護衛のベナヤっていう人よ」
ルルは寡黙で大柄なベナヤを思い出した。やはり改めて驚かずにはいられない。
「そう、エリーサ様にお会いした時に、私も祝福していることを伝えてね」
「うん」
お菓子の袋を開けたマラが、「あら」と声をあげた。
「手紙が入ってるわ」
そう言って、マラが袋から取り出したのは、確かに一枚の封筒だった。
「ルル宛ての手紙よ」
「え? 私?」
ルルは不思議に思いながら、マラから封筒を受け取った。
エリーサの手紙とは違い、封筒は無地で、差出人にも名前が書いていない。
一体誰だろうと、手紙を開けると、一枚の、これまた無地の紙が出てきた。文字が書いてある。エリーサの字とは明らかに違い、大きめの字でこう書いてあった。
『人参ごちそうさま おいしかった 赤茶髪のかつらを持つレインより』
レイン! やはり赤茶髪の少年はレインだったのだ!
「おばあちゃん、レインよ!」
ルルは興奮気味に叫んだ。
「私を広場で助けてくれて、人参を金貨五枚で買ってくれて、バターミルクパンをごちそうしてくれて、服と靴を買ってくれたのは、レインだったの!」
「レイン?」
「エリーサ様の弟で、奏楽者をしてるの」
「まあ、そんなすごい方がルルを助けてくれたの」
レインの手を見て何度も赤茶髪の男の子を思い出したのは――彼が赤茶髪の少年その人だったからなのだ。
だから、ルルがエリーサに、自分を紹介したのは赤茶髪の男の子か、と尋ねたとき彼女は笑ったのだ。そしてエリーサが知り合いだと言ったのは――知り合いもなにも、弟だからだ。
そして奏所で出会ったレインも、「初めまして」と挨拶したルルに「初めまして」とは返さなかった。赤茶髪が好きだと言ったことも、服と靴が似合ってると褒めてくれたことも、今ならすべてがつながる。
今頃、お城ではレインがいたずらっ子の笑みを浮かべているのだろうか。
「レイン様は楽しい方のようね」
「うん、そうみたい」
ルルは言いながら、笑みを浮かべずにはいられなかった。エリーサとレインは性格が違うけれども、どちらも魅力的な姉弟だ。
「レイン様に会ったら、よくお礼を伝えてちょうだいね」
レインには街で出会った日のことを含め、今日も色々とお世話になったのだ。
「うん、改めてお礼を言うよ」
赤茶髪の少年に会いたいと思っていたことが、こんなにも早く実現していたなんて……ルルは頬が熱くなるのを感じた。
虹神様が畑で歌うルルの前に現れてから、不思議な驚くことがたくさん起こり過ぎている、とルルは思った。




