護衛ベナヤ
廊下に出ると、ベナヤがドアの近くで直立していた。相変わらず護衛の仕事をきっちり行なっているようだ。
レインがベナヤに向かって軽くうなずくと、ベナヤは一礼し、そしてエリーサの部屋に入って行った。廊下にルルとレインだけになると、レインが言った。
「姉様はベナヤと付き合ってるんだよ。二人は近々結婚を考えてるんだ」
ルルは衝撃を受けた。
あの大柄で強面のベナヤと、可憐で美しいエリーサ様が結婚!
ルルがあまりにも驚愕してしまったのが顔に出てしまっていたらしく、レインは笑った。
「そういえば城で働いてる誰かが、美女と野獣だって言ってたな。姉様は怒ってたけど」
レインはそう言って、また笑った。
「いつから二人は付き合って――」
衝撃の余韻が残っているせいで、つい敬語を忘れてしまいそうになり、ルルは慌てて言い直した。
「お付き合いしているんですか?」
「敬語で話しかけなくていいよ。僕たち年が近いだろうし、僕は十七だけど、ルルはいくつ?」
「十六――」
「です」と付け加えそうになり、ルルは口を閉じた。
「やっぱり、一つしか違わない。だから敬語はなし。いい?」
ルルは「はい」と言いそうになり、慌てて「うん」と答えた。
「さっきの質問の答えだけど、一年前くらいだったな。ベナヤはずっと姉様の護衛をしてて、最初から姉様にぞっこんだったのは見え見えだった。ベナヤはいい奴だし信頼できる、僕もちょっとばかり手を貸したしね」
レインは茶目っ気のある笑みを見せた。
「ようやく二人が結婚すると決まった時は、僕も肩の荷が降りたよ」
そしてレインはルルに改めて視線を向けた。
「だから、次の歌姫を探しているんだ。歌姫は結婚できないから」
そうだったのか、だから今こうして、ルルに歌姫候補の話が持ち上がってきたのだ、とルルは納得した。
「今まで歌姫候補が一人だけだったから、どうしようかと思ってたけど、ルルが現れて僕はほっとしてる。姉様も口には出さないけど、安堵してると思うよ」
一人の歌姫候補、それはカルロ長老の娘、カレットのことだ。
「カレットはとても歌が上手なの?」
聞かなくてもわかりきっているが、ルルは同じ歌姫候補として、尋ねずにはいられなかった。
「確かに、基礎もしっかりしてるし、技術もある、歌は上手い」
レインの褒め言葉に、ルルは内心落ち込まずにはいられなかった。
「けれど――」
レインは軽く頭を振った。
「あの子の歌には、虹神様への思いが感じられないんだよな。虹神様への感謝がない。自分は歌が上手いんだっていうのを、歌の中でアピールしてるんだよ」
レインは何かを思い出したらしく、綺麗な顔をしかめた。
「奏所であの子に歌ってもらって、僕はその時も奏楽したけど、全然気持ちが乗らないし楽しくなかった。むしろ、早く奏楽止めたくて仕方がなかった。あの子の奏楽は二度としたくないな」
そこまで口にしたレインは言い過ぎたと思ったらしく、肩をすくめた。
「ごめん、このことは内緒にしておいて。姉様に、奏楽者なのに歌姫を選り好みするなんて傲慢だって怒られたんだ」
「わかった、内緒にする」
ルルは真面目にうなずき、それを見ていたレインの顔が、優しい微笑みに変わった。
「ルルの髪って、赤茶髪だよね」
突然話題ががらりと変わり、一瞬面食らったが、ルルはその話題に合わせた。
「うん、お母さんゆずりなの」
「そうなんだ。僕、金髪より赤茶髪が好き」
見事な金髪を持っているレインに言われて、ルルはびっくりした。
「レインの金髪の方が、とても素敵だと思うよ」
「ありがとう。ルルの着ているレースワンピースとブーツ、よく似合ってる」
「ありがとう」
立て続けにレインに褒められ、ルルは頬が赤くなった。
城の扉にまで来ると、レインがお菓子の入った袋をルルに渡してくれた。透明なフィルムやピンクの布で可愛く包装され、赤いリボンまでついている。
受け取ると、ずっしりとした重さがあった。大量にお菓子を入れてくれたらしい。
「どうもありがとう。ごちそうさまです」
目の前にレインの手が差し出され、握手を求められた。細くて長い手――やはり、赤茶髪の少年を思い出してしまう。ルルはその手を握り返した。
「応援してる」
レインの顔は真剣だった。ルルを握る手に力がこもったのを感じた。
「ルルが次の歌姫に選ばれることを心から願うよ」
「ありがとう」
ルルはレインを見上げ、赤茶髪とは程遠いレインの金髪を見た。
赤茶色と金色ではどう見たって違う。けれども、もしかしたら――。
「どうかした?」
レインに尋ねられ、ルルは「何でもない」と首を振った。レインを目の前にして、別の少年のことを考えるなんて失礼だった。
「今日は本当にありがとう」
「どういたしまして。また会おう」
レインの明るい笑顔に、ルルも笑みを返した。




