4.バカとバカの協奏曲をバックサウンドに考える
今回はカオス成分が殆ど無いです。(・ω・)ノ
「ったく、一体ここはどこだよ……」
ギャァギャァうるさいミヤと、関西弁のマシンガンと化している爽やかイケメン君がメンチを切っているのを宥めつつ、そんな事を呟く。
ここが何処かもわからない。
何処か知っていそうな唯一の人物であるメイドさんは先ほどから倒れているもう一人の少女を起こすのに夢中だ。ヤバい顔してるし、正直近寄りたくない。
ここが何処か分からない以上は出来るだけ無駄な行動を起こしたくはないよな。
かと言って……目の前で騒ぎ立てている二人を放置するのも精神力上よろしくない。
とりあえず、ミヤをいつものように後ろから羽交い絞めにして爽やかイケメン君から剥がしてみる。
しかし、
「ここは、負けられない戦いなんだっ!」
という気合の声でミヤは俺の拘束を瞬く間に解き、再び爽やかイケメン君とメンチを切り始める。俺は呆気なく突き飛ばされる。腰を打つ。
ちなみに一体何をもってして負けられない戦いなのか、そもそもどういった勝負をしているのかは全く分からない。
もしかすると、同類でしかわからない事なのかもしれない。
あらやだ。それじゃあ、爽やかイケメン君はミヤと同類って事で、とてつもない程のバカだという事になるねっ!
まぁ、それはともかくとして。
ミヤに拘束を振りほどかれた反動で尻餅を付きつつ、俺は少しだけ違和感を覚えていた。
「おい、ミヤ」
「あん?」
俺が呼びかけると、爽やかイケメン君の関西弁が移ったらしいミヤが凄みのある声と共に振り向く。少し怖い。
「お前、何か力強くなってね?」
「えぇ、そうかなぁ~?」
顎に手を当ててミヤは思案しているけど多分何も考えてないんだろうなと思いながら、俺は突然のミヤの変わりようを思い返す。
――改めて説明する必要は無いが、俺とミヤは幼馴染だ。
しかも、何の因果か、俺とミヤは小さいころから一緒に育ち、幼稚園、小学校、中学校と、全て一年の例外も無く同じクラスでここまでやってきている。
そのせいか、俺は周りから学校でのミヤの保護者だと認識されている節がある。
勿論、そんなつもりは無い。正直に言えばかなり迷惑を被っている。だが、今更定着してしまった評価を覆す事は難しい。空気とドンパチ戦争をやるのは俺の趣味じゃないからそのまま放置している。
だからかは知らない。
だが事実として、ミヤが何か学校で『やらかす』とその事はまず先生では無く俺に伝えられる。
そして俺はミヤが何かやらかしている事をを伝えられると、現場に直行しミヤを後ろから羽交い絞めにして拘束して事態の沈静化を試みる。
大抵はそういう流れでミヤが日常茶飯事に巻き起こす問題に対処してきていた。
てか、一般のお子様が対処できるレベルの問題を超えてた時もあったよな。
例えば、危うく暴走族の族長に祭り上げられようとしていたのを半ば強引に連れ戻したりだとか。野次馬気分なのかは知らないけど、凶悪犯が立てこもっている廃屋に忍び込んだのをやっぱり半ば強引に連れ戻したりだとか。ブラック企業の裏取り引き現場に迷い込んでしまい、厳ついおっちゃん達に捕まりそうになっていた所を一も二も無く羽交い絞めにして半ば強引に連れ戻したり。
――って、今よく考えればおかしいよなこれ。
そう思ってしまうぐらいにはハチャメチャだったように思う。そもそも学校関係なくなってるし。
それを毎回特に問題にならず切り抜けてるんだから、俺マジ有能じゃね。明日にでも五人抜きとか神の手ゴールしてもおかしくはないと思いました。
「うーん。力こぶなんて出ないよ?」
俺が自分を褒めたたえていると、ミヤは右腕を曲げ、力こぶを作ろうとしていた。勿論、力こぶなんて運動音痴かつ真正バカなミヤに出来るわけがないが。バカと力こぶに因果関係ないけど、ミヤ=バカという等式が出来上がるので仕方がないったら仕方がないのだ。
「いや、でも明らかにおかしいだろうが。お前が俺の拘束を解いた事今までにあるか?」
「……さぁ?」
「お前自身の事なのに何で覚えて――いや、そうだよな。うん。俺が悪かった」
そうだよな。ミヤはこういうやつだった。こうでなければミヤである事を疑うまである。
「何かレイ君冷たすぎるよ! もっと私を甘やかしても全然いいと思うなっ!」
「おい、お前、何俺を無視してんねん!」
「あぁ、やんのか?!」
俺に文句を付けようとしたミヤだが、爽やかイケメン君に横槍を入れられ、そちらに意識が向く。
再びミヤが爽やかイケメン君(多分バカ)とメンチを切り始めた所で俺は再び考える。
ミヤは運動音痴だ。
大抵、頭が悪いのならば運動神経が良かったりするのがセオリーと言えばセオリーだが、ミヤはそうではない。運動の方も壊滅的なのだ。
なので、仮に俺がミヤを拘束しても彼女がそれを強引に解くなんて芸当は今まで一度も起こりえなかった。
じゃあ、さっきのはなんだ?
明らかにミヤの力は上昇していた。
でも、外見からじゃ特に筋力が付いたとは到底思えない。
そもそも短時間で力が急激に上昇する何てこと、あり得るのか? ……いや。あり得ないよなぁ、普通。
何か色々と不思議だ。
論理的に説明できない事が起きている。
それもこれも、あの訳わからんイルカのせいだ。絶対に迷惑料をふんだくってやる。
それを実現するためにも……とにかく情報が欲しい。
でも……ここは見知らぬ場所だ。迂闊に動けばどうなるか分かったもんじゃない。
「さて……どうすっかなぁ」
俺がそう呟いて考え込んでいると、突然後ろから声をかけられた。
「あの……あなたはだれですか?」
「あ――あぁ、君はさっき倒れていた」
「えぇ。水内琴音と申します」
そこにいたのは、ついさっきまで倒れていてメイドさんに起こされていた少女だった。
見た目はかなりレベルが高い。ミヤともタメを張れると思う。少し垂れ目でおっとりとした雰囲気だ。彼女が纏っている衣服はどこぞのお姫様が着るんだというフリルの付いたドレスで、何となくお嬢様なのかなって思った。
そんな少女――水内さんはドレスの端を摘まみ、『いかにも』な上流階級風の礼をし、自分の名を名乗った。
その様子を見て、良かったという思いが俺の頭を過ぎる。
正直、ミヤと言い、爽やかイケメン君と言い、ここの事を知ってそうなメイドさんと言い、ロクでも無さそうな奴しかいないからな。恐らくお嬢様であるという事で少し心配な面もあるが、これなら彼女が相当な変人であるという事は無さそうだ。
「俺は風宮零。よろしく」
「風宮君……ですね。こちらこそよろしくお願いします。――それで、ここは一体どこなのでしょう?」
「それが俺にも全く分からなくて……水内さんはさっきメイドさんに起こされたんだよね? 何か聞かなかった?」
「いえ、私は何も……」
「そっか」
えー。これってヤバくないか。
完全に手詰まりナウじゃないですかやだー。
……で、どうしよう。結局、問題はそこに帰結する。
そしてその解決法はいたって単純だ。例のメイドさんに尋ねればいい。
それで彼女が答えてくれるなら万々歳なんだけど……なぁ。
俺はちらりとメイドさんがいる方を垣間見た。
『ウへ……アハァ……アァン』
……次の瞬間には視線を外した。
うん。
何なんだろうね、あれ。
何故かメイドさんは手を後ろで縛られ、喘ぎ声を上げながら汚れきった目でこちらを見つめていた……いや、正確には水内さんをか。
てか、何であんなことになってんだろう。何でメイドさん縛られてんの。あのまま薄い本の表紙に出来そうなんだけど……とか色々と聞きたいことがあるが、あえて俺は何も触れないことにした。
泥沼に自分から足を踏み入れたくなかったというのが主な理由だが、隣にいる水内さんから突如威圧的なオーラが発生したからでもある。気のせいかもしれないが、体の周りからオーラ的なのがゴゴゴって噴き出しているような。
その内、頭が金髪になっちゃうんじゃないかしらとかどうでもいい心配をしつつ、それを隠す様に愛想笑いを浮かべながら、ともかくメイドさんに話を聞くという選択肢はゴミ箱に捨て去る。
「さて……本格的にどうするかなぁ……」
メイドさんはダメ。水内さんは俺と同様何も知らない。ミヤと爽やかイケメン君はギャーギャー煩い。完全に手詰まりだ。かといって、ここから自発的に動くのも悪手な気がするし……。
変態達の協奏曲を聞き流しつつ、どうしようか迷っていると、この部屋の唯一の扉がパカッと開いた。
メイドさんを除く、四人の顔が扉へと向けられる。
「「「「あ」」」」
皆の声が重なった。
そこにいたのは……
「「「「あの時のイルカ!(やんけ!)」」」」
そう。
俺とミヤをバイソンへと吸い込んだ張本人である、空中を漂うイルカであった。
そのイルカは部屋に入ってくるなり、自分の口にひれを突っ込み、酷くえづきつつ酒瓶を取り出した。そしてそれを開封し、ごきゅごきゅ飲み始める。
口から取り出したものを口から摂取するとはこれ如何に。もう飲んでる意味ないんじゃないだろうか。
「あぁ? だれや、わしの焼酎をカルピスにすり替えた奴は!」
いや知らんがな。
飲む前に気が付けよ。
……ね?
カオスなんてどこにも無かったでしょう?
それにしても、神の手ゴールとか五人抜きとか分かる人ってどれくらいいるんだろう。
その如何によっては自分の年代がばれてしまう可能性が……(;゜Д゜)
まぁ、ぴちぴちの高校生なんですけどね。(目を反らしつつ