『 』
さて。
突然だが、人間の話をしよう。
僕が人間であるように、芥川憩も、もちろん、人間だ。
人の皮をかぶった悪魔――なんて、日常では絶対に使用しない言葉。そんな人間を僕は何度も遭遇してきたし、もしかすると、僕はすでに人間ではないのかも知れない。それは本人には確認できないこと。他人がその人を改めて確認すると、そこでようやくその人は、人間ではなくなる。
とはいえ、悪魔という存在には、完全な定義はない。
仏教では、仏道を邪魔する悪神であり、煩悩を象徴する。
キリスト教ならサタン。神を誹謗中傷。人間を誘惑。誘惑……残念ながらそれは、芥川憩の好む言葉でもある。
とはいえ、宗教が他宗教の神を蔑む時にも、悪魔という名称が使われる。
人間=悪魔――ではないだろうが、人間は悪魔的ではある。
僕からすれば、煩悩は悪魔というよりも、人間を表しているように思える。誹謗中傷も誘惑も、人間の代名詞。
「煩悩があるから、人間は誰かを中傷する。同時に誘惑もする」
人間は悪魔と比べれば、壮大に馬鹿なのだから、当然だろう。
後ろ髪を腰まで伸ばしていて、儚げな雰囲気を醸す顔立ちの、愛すべき――愛そのものであるところの、愛らしい我が妹、芥川憩ですらもそれは例外ではない。どころか尋常ではない煩悩を、彼女はその心に宿している。並々ならぬ欲望を並々ならぬ勢いで露わにして――いるのは、僕の前だけ、ではあるのだが。
もう少し続けよう。
悪魔と違って。
どうせ百年もすれば死ぬ人間は、悪魔を凌駕する煩悩を持っているんだろう。
自分を蚊帳の外にして語ってはみたものの……僕はどうだ。欲望は極力抑えて生きている僕――芥川黒ではあるのだが……いや。
芥川憩の欲望なら、僕はきっと叶えられる。
何もかも――とは行かずとこ。彼女が人の道を踏み外さない欲望ならば、きっと僕は何でも叶える。
つまり。
僕は人ではなくなっても、かまわない。
彼女のためなら人を殺す――動物を殺す――虫を殺す――物を盗む――金を盗む――命を奪う――富を奪う――金を稼ぐ――作家にでも――社長にでも……
憩のためなら、僕は何でもできる。
僕を殺すのも、簡単だ。
彼女が言葉を失う物語を、特に意味もなく、思い出そう。
僕の罪も。
僕の愛も。