表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グロテスク・ラブ   作者: 津田椿
序章
6/28

転入生は空を見る

 そういえば、と思い出す。

 小五の夏。僕が所属していた時に転校生が来た。

 僕を含むクラス全員が、優しく歓迎していた――ようにして、教師を欺いていた。

 小五にしては印象的な、端正な顔立ちをしていた――そんな記憶がある――その転校生は、なぜかイジメの対象にされ、なぜか私物を隠されて、なぜか長髪を引っ張られて、もちろん暗い性格に落ちぶれていった。

 いざ僕が、その転校生の側になると、どこか不思議な気分ではあった。もっとも、僕の場合は転入である。

 それにイジメられる、とも思っていない。一人を虐げて学級の秩序を保っていた、無知で愚かな小学生とは違うのだ。

 大人でもないが、子供でもない。


「じゃあ……芥川ッ君、ちょっと待ってて」

 数学担当の紙谷担任教諭。憩ほどではないが小柄の先生が、僕を見上げてそう言った。

 あれ。なんだか僕、怯えられてないか。

 およそ三〇㎝ほどの身長差がある僕が、無意識に威圧を与えているのかも知れないが、一応この人、教師だよな。

 生徒に怯えるなよ。

 ちょっと傷つく。

 教室内から漏れる声だけで、大体の情報はつかめた。

 紙谷先生が僕の――転入生の存在を告知すると、異様なざわめきが吐出された。まあ、予想通りだった。始業式からおよそ二週間、この中途半端な時期に転入生である。

 精一杯頑張ったらしい、紙谷先生の前置きがようやく終了した。

 というわけで。

 それではいよいよ、僕の登場である。

「じゃ、じゃあ、芥川君、入ってきて」

 呼ばれてすぐに、僕は戸をくぐる。頭頂部の髪が上の敷居(で、いいのかな?)を掠めた。次からは俯いてくぐらないと。

 僕の登場に、二年三組四〇人はざわめく。歓迎なのか拒否なのか――どっちでもなさそうだ。なんとも言えない、なんでもないただのざわめきを発した。

 教卓の横に立つ僕は、幽霊みたいだったのかも知れない。おそらく、教室内で誰よりも長身だった僕の顔。その上半分は、憩が指摘した、長すぎる前髪で覆い隠されていたのだから。

 窓際の生徒二人が、こそこそと呟きあっていた。「前髪長っ」「暮らそうだねー」とでも言っている。

「それじゃ自己紹介、お願いします……」

 僕よりも、紙谷先生の方が緊張している。

 もう三年くらいこの高校にいるんだけど、クラスを受け持つのは始めてなんです。

 と、先ほど先生は僕に、訊いてもいないのに告げていた。

 自己紹介……そう言われても、

「芥川黒です。宜しくお願いします」

 としか、発表できる事柄はない。便宜上、彼らには僕の名前を認知してもらわないといけない。

 それくらいだ。

 僕の言葉があまりにも端的――予想外だったのか、紙谷先生はうろたえて、生徒面々と僕を交互に見ていた。

「えっと……えーっと……」

「……先生、僕の席はあれですか?」

 言って、指差す。

 窓際の列。その最後尾の、誰も着いてない席。

 授業をサボタージュするには、ずいぶんと都合の良さそうな席である。

「あ……はい、そうです」

 じゃあ、とばかりに、席へ向かう。鞄を机の横に引っ掛けて、少し低い椅子に腰掛けた。

「ええ、じゃあ……」

 と、先生がHRを開始する。

 生徒はちらちらと、何度か僕を見る。

 僕は空を見る。

 目が痛くなるほどに明るく、雲ひとつない青い空だ。

「じゃあ今日は――で、――なので、――ということに」

 先生の声はまったく聞こえないけれど、同級生らの内緒話は聞こえる。

「――」「――」「――」

 僕は何を考えているかと言えば、それは芥川憩のことである。

 僕と違って、自己紹介すらも不可能な憩を、心配する。

 溜息を吐く。

 今朝はあんなにも笑っていた彼女の、儚すぎる泣き顔を、僕は思い出していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ