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グロテスク・ラブ   作者: 津田椿
序章
5/28

バカマシンガン


『お兄ちゃん――伸びた?』

 憩からの問いに、僕は少し考えてから答える。

「ちょっとは伸びた、かな」

 春休み冒頭から始業式までの二週間。僕の身長は、約一㎝伸びていた。現在一九三㎝

『あ』

 一文字だけをスマホに入力して、憩は間を置いてから続けた。

『ごめんちがう。背じゃなくて、前髪。前髪伸びた?』

 僕の前髪に手を伸ばして、一房を弄くる憩。

「えっ、ああ……まあ伸びたと思う、けど」

 憩の手を退ける。

『冬休みから1回も切ってないじゃん。そろそろ切ったほうがいいんじゃない? 視力悪くなりそうだよ』

「えぇー……もったいない」

『何が?』

「金」

『カットくらい、そこまで高くないよ~?』

「時間もだ」

『2、30分くらいでしょ?』

「前髪がもったいない」

『ドケチなこと言わないでよ……』

 実際、僕の前髪は、鼻筋の上半分までを隠しているので、相当長くまで伸びている。確かに僕の視界は、半分ほどは、前髪の黒色に覆われている。

『でも実際、前髪で目が隠れてたら視力悪くなるよね?』

「もしそうなったら、その時に対処するよ。それに、中途半端に切ったら、前髪が目に入って、それこそ毛先から細菌が入るし」

『お兄ちゃんに入ろうとするアホな細菌がいるかな』

「何、その生物を超越したお兄ちゃんは……」

 僕、そんなチートお兄ちゃんじゃねえよ……。

 良く良く考えてみると、後ろ髪を腰まで伸ばしている憩には言われたくないような。

 芥川憩。

 僕の妹。

『でもお兄ちゃん。全然風邪とかひかないじゃん。ホントに無敵なんじゃないの?』

 免疫力が強いことは否定しないが、

「自分の兄をそんなに持ち上げるな。いざというときに期待外れになる」

『いざって?』

「ん……例えばー、誘拐とか?」

『融解!?』

 なんで溶けるんだよ……妹が溶かされる事態って有り得ないだろ。

「金とかを求める悪党に拉致されたりする、ってこと」

『ああそっちか。ないない。有り得ない』

「危機感薄いなあ。ホントにお前の将来が心配になってくるよ」

『え、お兄ちゃんが未来永劫私を養ってくれるから平気でしょ?』

「さらっと破滅的なことを言うんじゃない」

 就職しろ、ボケ。

『月々のお小遣いは三〇万円くらいくれたり、株主優待券で遊ばせてくれたり』

「お前の世界で僕は一体どこに就職してんだよ!」

『……探偵事務所?』

「…………」

 声が出ない。

 愕然とした。

 あんなにハードボイルドで、硬派な職に僕が定着するというのか。

 しかも憩は、探偵業が儲かる職業だと、壮大な勘違いをしている。想像でも、そんなに稼げる仕事とは、到底思えないんだが。

 ていうか、探偵業に株があるわけないだろ。

『だいぶ話が逸れたけど、結婚の話だっけ』

「違う」

『お兄ちゃんと私が真っ白な教会で死期をアゲルって話じゃなかった?』

「違う!」

 とんでもなさすぎることを言ってるくせに、なぜ誤爆しているんだ、お前。

 なんだろう。なんでだろう。

 だんだんと、我が妹がウザくなってきた……。

 こんな性格の妹、全世界を探しても存在しないだろうに。憩の蔵書には、こういう性格をしたヒロインの存在を確認しているけれど。してしまっているけれど。

『まあそれは置いといて』

 自分で広げたのに置いておくんだ……。

『お兄ちゃん、高校ってどんなとこ?』

「え……」

 ああ、そうか。憩は今年から高校生になるんだった。

 小学から中学に進学するよりも、中学から高校に進学するほうが、成長した感が多いだろうから、気になるのは当然だ。

 たとえ憩であろうとも。

「んー……特に変わったところはないと思うけどな。中学と同じで、勉強して運動して、ご飯を食べて、また勉強して――僕の場合は帰る。ちゃんと勉強してれば留年なんかしないから、別に大丈夫だよ」

『ふーん……部活は?』

「さあ、中学よりも気合が入ってたよ」

 もっとも、僕は無所属なのだが。

 強いて言えば帰宅部なのだが。

「そういえば、お前は部活、何か入るのか?」

『まだ決めてないけど、興味はあるんだ』

「へぇ……」

『アニ研とか、漫研とか』

「まあ、両方あるらしいな」

 意外、ではないか。

「お前、イラストはたまに描いてるけど、漫画も大丈夫なのか?」

『多分。まあなんとかなるでしょ』

「適当だな」

『適当が一番だよ』

「適当に生きてるのか、お前」

『あ、まちがった。単純が一番だよ』

「お前は――確かに単純だな」

『なんか私けなされてる?』

 …………。

 こういう会話をしていると、憩にはなんら異常はないように見えるんだよな――恐ろしい速度で文字を打ち込んで、日常会話を営んでいるのを除けば、だが。

 光を含んだ黒い大きな瞳を見ると、冗談ではなく、吸い込まれてしまいそうで。

『お兄ちゃん。何かやらしいこと想像してるでしょ』

「してない」

 断じてしていない。

 いやらしいことなど、想像してはいない。

 少なくともいやらしくはない。

『いやらしいと言えば、今朝の私の下着姿』

「自分で蒸し返すなよ!」

『え、でもお兄ちゃん。私のあられもない姿を見て悩殺されたでしょ。欲情したでしょ?』

「していない」

 するはずがない。

『嘘つけー。男だろー?』

「妹の下着姿で欲情する兄は存在しない」

『それは嘘でしょ』

 むう。

 確かにやや大げさにしてしまったか。

『ていうか欲情してないの?』

「してない。少なくとも僕は、妹で欲情しない」

『!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 いや。そんなに感嘆符を連打されても。そんなに驚くことかよ。

『じゃあお兄ちゃんは絶ッッ対に欲情しないっていうことに』

「…………」

 世界中で女は憩一人、とでも言うのか。

『お兄ちゃんは化物的なシスコンじゃなかったの!?』

「ナメるな」

 なんだよ化物的って。

『え、でもお兄ちゃんの最初の設定って、某メガヒットライトノベルの吸血鬼のお兄ちゃんみたいな設定だったらしいよ?』

「どこ情報だよ。僕はそんな人間じゃない!」

 ていうか、僕はその某ライトノベルを知らないぞ。誰だよ吸血鬼のお兄ちゃんって。

 閑話休題。

「で、部活はどうするんだ?」

『う~ん、全校集会で部活それぞれが勧誘するのって、高校でもある?』

「ああ、多分あるよ」

『そこで決めることにする。ヤル気の差とかで選ぶ』

 まあ他の部活にも興味あるんだけど、と憩は続けた。

「ま、入るなら頑張れよ」

 頷く憩。

「サボルのは駄目だからな」

 二度、連続で頷く憩。

「まあ、応援してるよ」

 これは少し無責任だったか。無責任に応援していた。

 でも幸いか、不幸か。憩はそういうことを感じない娘なのだ。

 一瞬驚いたような表情をした憩は。

 次の瞬間には――

 清々しくて可愛らしい、満面の笑みを僕に向けていた。

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