001
芥川憩について、誰かにあれこれ教える。
現実問題、僕の都合を考えて、それは絶対にないことである。
もちろん、彼女がぼくの妹であるから、それが第一の理由だ。でも――それでも、他にも理由はある。数えきれないほどある。
なんだって理由になるのだから、無限と言っていいだろう。
何しろ、この情報化社会のご時世である。
情報の価値が下降し続ける現代である。
高度化していく情報に反比例してか、情報は低価値に成り下がる。金さえ払えば個人情報は売買されている。
だから、芥川憩の家族であり、実兄であり、護衛的な立場にもある僕が――芥川黒が、彼女の情報を渋るのは至極当然だ。単純明快であり、それが普通なのだ。
求める人間がいるのなら、そう理解していただきたい。
僕の家族で、妹。
芥川憩。
一二月一〇日生まれの一五歳。中学を泣きながら卒業し、今年度からは晴れて高校生となる少女。
前髪を除外して、散髪を滅多にしないため、艶のある黒髪はすでに腰のあたりまで伸びている。教師に目をつけられないように、学校内ではポニーテイルで通している。不変主義なのかは知らないが、憩が前述の二種以外の髪型をしている姿を、僕は未だ目撃していない。
兄であるところの僕でさえも、彼女の変化を目にする機会はないのだ。
比例してか、はたまた因果関係は無いのにか、顔の造りにも、れっきとした変化は表れない。
大人しそうなタレ目に、ぱっちりとしたつぶらな瞳。小さな鼻と薄い唇、そして真っ白な肌。それらから女性的――というよりも少女的な可愛らしさを蓄えてた顔立ちである。小柄な体型も手伝って、実年齢よりも幼く見える。物静かそうな、触れれば折れてしまいそうな儚さを人に与えるのである。
――が、容貌通りの性格かと言えばそうではない。説明するのも嫌なくらいにエキセントリックなのだが、どうやらそれは、僕の前のみらしい。
普段――つまり学校生活内では、容貌通りに物静かで喋らない。儚さは現実となっている。
喋らない、のではなく。
喋れない、のである。
『とある』事件の後日より、一度も喋っていない。心的ストレスからの『失声症』らしい。その症状の名を、当時は初めて知った僕だけど――僕に限らず、症状の概要を瞬時に理解できるとは思う。
二週間、一度も言語を発していない彼女。
手話を使用できる人間が減少してきた今、彼女はスマホで言語を行使する。
常人よりも劣る人間がどういう扱い受けるかも、誰だって、概ね想像はつく。
イジメ。
主に疎外とか。
主なストレスの要因がそれでないとしても、加担していないことはない。
だから憩はそのままなのだ。
同情。
公共機関でのサービスとか。
それがストレスを削減してくれるかと訊かれれば、そうではない。
だから憩はそのままなのだ。
彼女はいつまでの成長できないし、失声症を解消できないし、
彼女を護る人間が必要なのだ。