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グロテスク・ラブ   作者: 津田椿
序章
3/28

ラノベと妹

 憩の行動はこれまでも類を見ないほどに迅速だった。

 ドアを叩いて抗議するのを諦めた。その後の数秒間は、芥川家から音が完全に消えて、居心地が悪くなる静けさが広がっていた。その間に僕は食卓に着いていた。

 それでいて、変化もまた唐突だった。

 二階が、正しくは憩の部屋から、ドタバタと激しい雑音が響き渡った。

 転がり落ちるみたいに、憩は階段を下っていた。

 柔らかそうな、もこもことした素材の部屋着を羽織っていたからか、小動物が暴れている姿を彷彿とした。猫耳つきのフードを被っているのか、それは理解に苦しむ。

「…………」

 息を切らせて、汗で顔を濡らして、自分の席に着いた憩だった。

 いやもう、朝っぱらから出る発汗量じゃない。

「シャワーでも浴びてきたら? 汗だくだぞ」

 なだめるような口調で話しかけると、いつも通り憩は、恐ろしい速度でスマホを操作して(焦っていた割にスマホは持っているのか)、画面を向ける。

『浴びてる間にゴハン食べる気でしょ!?』

 その速度は最早、一般会話と大差ない。

「しないよ、そんなこと。さっき言ったのも完全なる冗談だから」

『シャワー中の私を食べる気でしょ?』

「どんな発想だ」

 精神が萎えることを言うんじゃないよ、お前は。

『でも今私が言ったことって、男のロマンじゃない?』

「お前にとってそれが男のロマンだっていうんなら、それはきっと男に偏見を持っているな」

 ましてや妹だぞ、と続ける。

「ところで憩」

『何?』

「一つ話があるんだけど、いいよな?」

 憩が何かを打ち込み終える前に、

「いいよな?」

 と僕は畳みかける。

 憩に選択肢を与えていないと、間接的に伝える。交渉をしようと文字を打っていた憩は、渋々引き下がった。

「残念だけど、憩のああいう行為はほとんど日常茶飯事だから、もう怒ろうとは思えないけど」

『え、じゃあ説教はナシ?』

「ちょっとは反省しろ」

『でもお兄ちゃん。さっきのを見てすごく嬉しい気持ちになったでしょ。妹の下着姿を見られた幸運に頭のなかはパラダイスなんでしょ?』

「侮るな憩。僕はそんな変態じゃない! 妹の下着姿で興奮する兄がこの世に存在すると思うな」

『で、でもこの間会った友だちは偶然階段から転げ落ちて妹に抱きついちゃったり』

「ラノベだよなあ、それ!」

 そういえば憩。部屋の本棚に収まっている蔵書の九割ほどは、妹系のライトノベルだったな……ちなみに残り一割は純愛小説。

 僕と違って偏読家の憩。将来が不安になる。

「で、本題だけど。僕に今しがたの行為をするのはいいとして――いや本当はタブーだけど――、同級生とかにもああいう体を張った……ていうか捨て身の悪戯を仕掛けたりしてないよな」

 例えばそうやって同級生男子を誘惑したりとか。

 いや。憩に限ってそれはないだろうけど。

『するわけないじゃない。ありえないありえない。恋愛なんて有り得ない。』

 断固として拒否しているんだけど――恋愛まで否定しなくても――語尾に顔文字を加えているせいで、誠意が薄れていた。

「そうか……それならいいんだけど」

『私の体はお兄ちゃんの物だよ!』

「恋愛をしろ!」

 今年度からは花の女子高生なんだから恋愛をしろ! 

 妹の将来が不安になってきた。

 憩の人物像……ライトノベルにでも影響されたのか。一度、憩から妹系ライトノベルを無理矢理渡されて、仕方なく読破したことがあった。『後で感想を訊く』と言われたので、読まざるを得なかった。

 主人公が確か、自称面倒くさがりの、無駄にモテる高校生。ヒロインの設定は、妙に、現在の憩に似ている。

 何かのアピールか?

 結局、感想を求められても、それなりの言葉しか浮かばなかった。それなりの感想で、憩は納得してくれた。意気揚々と、だ。

「妹が変態なわけないよな……」

『何か言った?』

「いや、何もないよ」

『ふ~ん』

 両者、すでに朝食は食べ終えた。

 ご近所さんへの挨拶を済ませた。

 荷物の整理を済ませた。

『ねえ、寝てもいい?』

 やっぱり憩は、環境変化に適応できていないらしい。

「ああ。了解。その間に僕は買い出しへ行くけど、何か欲しいものはあるか?」

『白猫~』

 間を置いて出した答えがそれである。

「はぁ?」

『可愛い白猫買ってきて~』

「誰が世話をするんだ?」

 ペットを購入するのは、まあ、不可能ではないけれど。僕も憩も、昼間は家にいない学生だ。

『う~……』

 ディスプレイ上で唸るなよ……不満さがあまり伝わってこないから、むしろ気持ちは楽だけれど。

「何もないか?」

『じゃあラムネ。食べるやつだよ』

 錠菓の方であって飲料ではない、なるほど。

「了解。おやすみ」

『おやすみなさ~い』

 言って、二階へ――自分の部屋へ戻る憩。

 ドアを開けて、そして閉じる音を確認してから、僕は席を立った。


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