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はみ☆ミミ

作者:東雲 飛鶴
挿絵(By みてみん)
絵:東雲飛鶴

女子大生の唯に恋をしたのは……一匹の猫でした。

 神様、どうか猫又になる方法を教えてください。
 猫又になれば、人間に化けられるから。
 そうすれば、唯の側で守ってやれる――

一途な猫と、騙されやすい性格の女の子が織りなす、
不思議な恋物語です。 

2012年作
「レオきゅん、聞いてよぉ~~~~」

 ……チッ、またかよ。だからあの男は絶対やめておけと言ったんだ。
 俺はコイツの頬を伝うしずくを舌ですくい取ると、傍らに身を寄せて黙って耳を傾けた。



 目の前で愚痴をたれているコイツ、大学一年の高野唯たかのゆいは、俺がガキの頃から面倒を見てやっている、幼なじみのような奴だ。

 唯は昔っから男運が死ぬほど悪い。遊ばれては捨てられるの繰り返しで、今回で通算十五人にフラれた勘定だ。唯を玩具おもちゃにする奴等も腹に据えかねるが、過去の教訓から何も学ばないコイツもたいがいだ。

 そのたびに俺は、延々と愚痴を聞かされる。だが俺にとって、長時間拘束されるのは問題じゃぁない。自分を捨てた男のことを、未練たらたらに語られることが苦痛なんだ。

 かんべんしてくれよ、唯。そんな話を俺に聞かせるな。何でお前は俺の言う事を、ちっとも聞いてくれないんだ? 何でこんなに想っているのに、お前は気づいてくれないんだ?

 ――その理由はわかってる。俺が全力で愛を叫んでも、お前にはこんな風にしか聞こえないんだろう?



『にゃぁ~~~~~~~~ッ!』



 幼かった唯に拾われて以来、俺達は兄妹のように育った。
 何で俺が兄なのかって?そりゃあ……なぁ。

 一人っ子で親が留守がちな唯の話し相手は、常に俺の役目だ。学校での事、友達の事、今日見たテレビの事……まぁ、とにかく色々だ。そんな調子だから、俺が人語を解するようになるには、さして時間はかからなかった。

 気をつけろよ。人に飼われた猫ってのは、案外飼い主の言っている事が分かってるもんなんだ。分からないフリをしているだけでな。

 長年唯と一緒にいた俺は、気がつくと彼女に妹以上の感情を抱いていた。でも猫の俺に出来る事といえば、唯が寂しくないように、そばに寄り添ってやる事ぐらいだった。


 そんなある日、俺は近所の猫集会で驚愕の事実を知った。「年月を経た猫は『猫又ねこまた』というものになれる」――と。
 猫又になれば人語を話し、人間に化けることも可能だという。まるで夢のような話だ。
 俺は、猫又になりたい。そう強く願った。
 ――唯を護るために。

 祈り続けて、一年も経った頃だろうか。朝目覚めると、俺の自慢の尻尾が二本に増えていた。
 俺は一介の猫から、ついに念願の『猫又』に進化クラスチェンジしたんだ! これで、脳味噌お花畑の唯を、思いっきり説教出来る!
 俺は踊りだしたい気分だった。


 ……ここまでは良かったんだ。


 俺は早速、大学から帰ってきた唯に『おかえり!』と声をかけた。
 ところが唯のヤツは何を血迷ったか、『レオきゅんに悪霊が取り憑いた』とか言い出し、除霊と称して俺の首を絞めやがった。
 あくる朝目を覚ました唯は、悪い夢を見たと笑っていたが、俺が猫又じゃなかったら、確実に死んでいたぞ!


 ――結局、この作戦カミングアウトが失敗した俺は、別の方法を考えるハメになった。


     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「高野……唯、さん?」

 大学のカフェテリアでレポートを書いていると、知らない学生が私に声を掛けてきた。テーブルに片手を突いて、私の顔を覗き込んでいる彼は、長身の細マッチョ、肩にかかるほどの黒髪、不思議な色合いの優しげな瞳――と、びっくりする程、私の好みにどストライクだった。

「はい。あの……、どちらさま……ですか?」
「失礼、僕は二年の吉岡と申します。貴女が以前お付き合いされていた、久我の友人です」

 久我くん……か。彼と別れてから一ヶ月、未だにその名前を聞くと心が痛む。聞けば二人は、高校からの友人だという。
「それで、先輩は私に何のご用ですか?」
 少し不審に思いつつ、私は言葉を返した。

 彼は、隣いいですか? と尋ねると、私の返事を待たずに腰掛けた。
「ああ、心配しないで。奴からのことづてを持って来たわけじゃありませんから」柔らかな物腰で話しかける彼に、私は少しだけほっとした。

「僕、今まで何度か唯さんに声をかけようと思ったんですが、ずっと迷っていて……」
「……ずっと?」
 先輩は苦笑いで頷いた。でもすぐにその笑顔は消えた。

「友人として、二人の成り行きを見守っていました。でも、久我の貴女に対する仕打ちは、あんまりだ」先輩は眉根を寄せ、唇を噛んだ。
「でも……久我くんにだって、きっと事情があるのかも、だし……」
「事情? そんなの決まってる!」
 彼の口調は荒くなった。きっと先輩も、久我くんに別の彼女がいた事を知っているのだろう。

「それでも……私、今でも彼が忘れられないんです。せめて友達でもいいから……」
 ――バンッ! 彼は立ち上がり、テーブルを両手で強く叩いた。
「まだそんなことを考えてるんですかっ!」
 周囲の学生が、何事かと一斉に振り返った。好奇の視線が、ひどくこちらに突き刺さる。

「えっ? あの…… ごめんなさい……」
 私はつい、反射的に謝ってしまった。
「あんな真似をされても、貴女はまだ未練があるんですか? 僕には理解出来ない!」

 すっごいマジに怒られた。
 こんなに真剣に怒られたのは、生ま初めてかもしれない……。

「なんで私のことで、そんなに怒るんです?」
「僕は、――ずっと貴女を見ていました」
 彼は悲しそうな顔で呟いた。
「突然こんな事言われても困るでしょうけれど、僕は前から唯さんのことが……好きだったんです。でもなかなか言い出せなくて、気が付いたら久我の奴に……。はは……、情けないですよね」
 彼は自嘲気味に笑うと、伺うように切なげな視線で私を見つめた。

 先輩からの急な告白に、私は戸惑った。
 ……これって、「口説いて……ます?」
 彼は頭を掻きながら、苦笑いで応えた。


 この『真剣に怒ってくれる人』に、どう接したらいいのかわからなかった。だって私は、『自分勝手にキレる人』しか知らないもの。

 少し間を置いて、「先輩は私のこと、捨てたりしませんか?」と訊いてみた。その質問に意味がない事は知っている。でも聞かずにはいられなかった。

「私、気がつくと、いっつも彼氏に捨てられてるんです。だから、私ってそういう体質っていうか、運命なのかな……って」
 「自分の生き様は、自分で決めるものです。運命なんてこの世には存在しないんですよ、唯さん」先輩は私の手をぎゅっと握ると、諭すように言った。

 ……自分で、決める? いつも誰かに流されて、気付けば捨てられている、この私が?

「返事は今じゃなくていいですよ。でも答えが決まるまで、唯さんのそばに居させてくれませんか? 仮の彼氏という事で。……ね?」

 先輩と一緒にいたら、きっと『今よりマシな自分』になれそうな気がする――。
 少しの期待と少しの不安。その時私の心の天秤を傾けさせたのは、先輩の手の温もりだったのかもしれない。


     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 一日も早く俺の物にしないと、まーた唯は、下らない男に引っかかっちまう。
 強迫観念に駆られた俺は、連日スパルタな師匠の元で特訓を積んでいた。
 ああ、師匠ってのは、人間に変化へんげする方法を教えてくれた奴だ。ホントに偶然出会ったんだがな――。


 猫又になったばかりの俺は、ちっとも人間に変化出来なくて焦っていた。
 唯が寝静まってから近所の神社で自主トレを始めたが、頭に葉っぱを乗せろだとか、巻物を咥えろだとか、猫集会で得た情報は、どれもコレもあてにはならなかった。そんなある日の晩、

「――ねぇ、なにやってんの?」

 俺は、ふいに子供に声をかけられた。
 思わず「うわッ」と叫んでしまったが、正体がバレてはマズいと思い、すかさず「にゃ、にゃあ~~」と猫のフリをした。

「遅い。バレバレ。つーか、二本足で踊ってんの見ちゃったし。ねぇ、こんな夜中にうちの庭でナニやってたのさ、猫又くん?」
 そのコンビニ袋を下げた銀髪の子供は、アイスを食いながら俺を睨んだ。
「す、すんません。すぐに帰りますんで……」
「だからナニしてたの? アタリが出なくて機嫌悪いから、さっさと言わないとアイスの棒、お前のケツにブチ込んじゃうよ?」
 ひぃぃぃッ! ガキはナチュラルに残酷だから恐ろしい。
「じ、じつは――――」

 俺は一部始終を話した。聞き終えるとガキは、「大変だったんだねぇぇぇっ」と、泣きながら俺を撫で繰り回した。
「惚れた腫れたは得意分野さ! そういう事情なら、みんなボクに任せてよ!」
 聞けば、どう見ても中坊なコイツは、この辺りの土地神だという。気合だけは十分だが……アテになんのか、コイツ?

 俺は一抹の不安を覚えつつも、この『土地神・李斗(りと)』に入門し、一ヶ月間の変化短期集中コースを受講することと相なった。


     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 吉岡先輩は、ちょっと不思議な人だった。

 携帯は「電磁波が体に悪いから持たない」っていうし、デートはいつも近所の公園とかショッピングセンターの屋上だった。中学生みたいな健全デートだけど、私はそれが無性に楽しかった。

「唯ちゃん、もう遅いから家まで送るね」
 まだ夕方なのに、先輩はそう言って今日も家まで送ってくれる。
 お開きの時間まで中学生のようだ。紳士なのはいいんだけど、お付き合いを始めて一ヶ月も経つのに、先輩は未だキスもしてくれない。
 ……私、そんなに魅力ないのかな。

「あの……、お茶でも飲んでいきませんか?」
 家に着いた私は、思い切って彼に言ってみた。
 先輩は「簡単に男を部屋に通すもんじゃない」なんて親みたいなことを言うけれど、やっぱり不安なんだもん。


     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ようやく変化の術を習得した俺は、喜び勇んで唯と交際を始めた。しかし術の上達とは裏腹に、俺の恋愛に関する情報は全然足りていなかった。
 師匠曰く、現在の俺の男女交際スキルは、概ね中学生レベルだそうだ。唯に呆れられる前に、せめて高校生レベルにならなければ……。

 唯には申し訳ないが、なわばりの外はよく分からないので、デートも極力近所ばかりだ。一緒に暮らしているため唯との話題だけは豊富だが、それだけではこの先つらそうだ。

 しかし、改めて人間として付き合ってみると、唯の警戒心の無さには驚嘆する。
 道を歩けば、両手にティッシュとチラシの束が出来るし、変なスカウトにも、二つ返事でついていってしまう。
 ……唯よ、今更だけど、猫に心配される人間って、どうかと思うぞ……。


「あの……、お茶でも飲んでいきませんか?」

 ある日唯は、妙に真剣な顔で、帰ろうとする俺を引き止めた。みだりに男を部屋に入れるなと、普段から言っているのに……。

 俺が部屋に上がるのをためらっていると、唯はいつにない素早さで、先輩どうぞ――と、熱い番茶を勧めてきた。
 飲まずに帰るのは失礼だ。だが、猫舌の身としては、とてつもなくツライ。

 ……結局、必死すぎた俺は、湯のみが大半カラになるまで、彼女の視線に気付いてやれなかった。
「何か心配事? 僕で良ければ相談に乗るよ」
「……先輩。私ってやっぱり魅力ないですか」
 俺は、思いっきりお茶を吹いた。

 ――ええぇッ? お前の心配ってソレぇッ?

「ど、どうしたの急に? そんなことないよ」
「じゃあ、何で今までキスもしてくれないんですか? 本当は、期待ハズレだったんじゃないんですか?」唯は俺を責めるように、一気にまくし立てた。

 ――こ、困った。どうすりゃいいんだ……。

 彼女に本当のことも言えず、かといって上手い言い訳も出来ない俺は、目を逸らして黙りこんでしまった。
 すると唯は、急に隣にすべり込み、無言で俺のズボンのファスナーを下ろし始めた。

「ゆ、唯ちゃん? 何、してる……の?」
「私がんばるから、先輩!」

 え? ナニ? がんばる?
 言葉の意味を考える間もなく、唯が下着の上から俺の分身をまさぐり始めた。人の身で味わう初めての強烈な刺激に、俺は……。

「やめ……て、唯……」必死に絞り出した言葉は声にならず、かすれて吐息に紛れた。
「いいから、私にまかせて」

 唯は俺の嘆願を無視し、敏感な部分を艶めかしい手つきで撫で回し続ける。俺は彼女の手を何とかどかそうとするが、快感の強さに頭がもうろうとして、体が言う事を聞かない。

 ……や、やばい……。このままでは……。
「で……、出ちゃう……」
 ――思わず、情けない声が漏れた。
「いいよ、先輩」
 ――唯が俺の下着を脱がそうとする。

 い、いいや、ダメ、ダメダメダメッ、マジでこれはダメ! 出ちゃうのは断じてお前の想像しているものじゃないぞ、唯!

 変化を覚えたての俺は、動揺すると耳や尻尾が「ポロリ」してしまう。だから、極力こういうことを避けてきたのに……。
のままでは俺がレオだとバレてしまう。今のあいつでは、きっとこの事実は受け入れられまい……。

「唯ちゃん……、ダメ……ッ!」
 俺は己の太股に爪を深く突き立て、快楽に飲まれかかった意識を引き戻した。


 ようよう唯を引きはがし、正体バレの危機を脱した俺は、奇行の原因を聞いてみた。
「唯ちゃん、なんでこんなことするの?」
「だって、男の人はこういうの好きなんでしょ? 私、先輩に気に入られたくて……」
 唯は残念そうに、ポツリと言った。
「……は?」
「今まではね、きっと、愚図で、男の人の喜ぶこと、ちゃんと出来なかったから、何度も捨てられてたんだと思うの。だから……」

 なんてこった! 唯はここまで食いものにされていたのか!?
 ――俺の唯を好き勝手にしやがって!

 俺は困惑顔の唯を抱き寄せ、彼女がおれにしてくれるように、頭を優しく撫でてやった。
「俺にはそんなこと必要ない。絶対にお前を捨てたり嫌ったりしない。だからもう、媚びるような真似はしないでくれ。……お願いだ」
 唯はコクリと頷いた。だが多分、俺の真意は伝わっていないだろう。
 悔しいが、もう彼女の頭の中には、プラトニックラブというモノは存在しないのだろうか……?

「なんか思い詰めさせちまって、ごめんな」
 腕の中で、唯は小さく頭を横に振った。
「唯、ちょっと目ぇ、つぶってくれるか?」
「……目? どうして?」
「いいから、……な?」

 俺は深呼吸を一つすると、そっと唯に、やっと触れるくらいのキスをした。
 普段照れもなくコイツの頬や足を舐めたりしているが、やはり唇は……特別だ。わずかに触れただけで心が震え、出なくていいモノが顔を出してしまう……。

 俺は唯の頭をぎゅっと胸に押しつけた。激しい鼓動を彼女に聞かれるのは気恥ずかしいが、また首を絞められるよりマシだ。
「今はこれが精一杯……。ごめんな」
「ううん。……すごくうれしい」

 ……なんだよ。そんなに喜ぶんだったら、もっと早くキスしてやるんだった。
 バカだな、俺。
 でも、しゃーねぇよな。猫、だからさ。

「俺、実は女の子と付き合うの、唯が初めてなんだ。なんていうか……、ほんとゴメン」
「うそっ! こんなに格好いいのに?」
 嬉しいことを言ってくれる。まぁ、この容姿は、お前の好みを百%具現化したんだから当然かもしれないが。
「恥ずかしくて言えなかった……。でも俺、ちゃんと勉強して唯に相応しい男になるから、もう少し我慢してくれるか?」
「うん。……ありがと、先輩」

 俺は頭の耳が引っ込むまで、ずっと唯を抱きしめ続けた。そして、やっと俺の腕から解放された彼女の顔は、月明かりに照らされて、とてもキレイだった。……悪い奴だな、俺も。

「先輩……」
「ん? なんだ、唯」
「先輩って、キャラ作ってたんですね?」
「あ……」
 気が付けば怒りのあまり、すっかり地のままになっていた。これじゃぁ師匠の演技指導が台無しだ。
「私は、素の先輩の方が好きですよ」
 唯はバツの悪そうな俺を見て微笑んだ。

 ……真顔で恥ずかしいこと言うなよ。
 上目遣いで俺を見る唯と、お前を見上げることしか出来なかったおれ。すっかり立場が入れ替わっちまったな。
 いつの日か本当の事が言えたとき、お前は俺を許してくれるだろうか……。


 帰りに唯が送ると言って聞かないので、渋々大通りまで一緒に出た。
 照れながら手を繋いで歩いていると、ひどく悪目立ちする男が、「よ、ユイ、久しぶり」と声をかけてきた。
 唯は強ばった表情で、俺の手をぎゅっと握りしめた。
 似合わない金髪にニヤけた口、細く剃った眉、ムダに日サロで焼いた肌。どう見ても頭が沸いている顔だ。
 ――で、コイツ誰だ?

「なんだユイ、もう男をつかまえたのかよ」男はチッ、と舌打ちをした。「せっかく俺様がヨリ戻してやろうと思って、わざわざ来てやったのによぉ!」

 ……コレはない。ガチでない。ヒドイ! ヒドすぎるッ! こんなのと付き合っていただなんてッ! 唯、ウソだと言ってくれ!

「けッ、面白くねぇ。誰だか知らねぇが、そんな女くれてやる。俺様の使い古しだがナッ!」

 次の瞬間、俺は奴の顎を蹴り上げていた。
 骨の砕けるイヤな音がして、チャラ男の体が宙に舞った。
 そして腹に二撃目の蹴り――。

「ぐぁあッ!」
 チャラ男は、うめき声を上げ、面白い程軽々と吹き飛んだ。これは猫又の妖力のせいか? 格段に力が増している。
 奴は数メートル先のガードレールに体を打ち付けると、口から血を吐き歩道の上に無様に転がった。――その動きが、俺の嗜虐心に火を点けた。

 俺が歩み寄ると奴は、「ひッ」と短い悲鳴を上げた。
『なんだ、まだ生きているのか。唯をけがしたクソムシめが!』
 奴は手負いのゴキブリのように、這いつくばったままヨロヨロと逃げてゆく。トドメを刺そうと俺の爪が、無意識に奴の頭を狙う!

「やめて先輩、久我くんが死んじゃうよ!」
 ――悲痛な唯の叫び声で、俺はやっと我に返った。いかん、つい猫の狩猟本能が……。

 ――ん? まてよ? 「久我」だって?

 しまった! コイツと出会う可能性を失念していた。久我の友人という設定を考えたのは師匠だが、遭遇時の対処までは、考えていなかった。

「二度と唯の前に顔を見せるな!」
 俺はそう吐き捨てると、怯える唯の腕を強引に掴み、今来た道を引き返した。


 気まずい雰囲気の中、案の定唯は、
「先輩って、本当に久我くんの友達なんですか?」と、疑ってきた。
「久我くんは先輩のこと『知らない』って言ってましたよね。……本当は何者なんですか?」
 俺を睨む瞳に涙が滲んだ。
「ごめん。……知り合うきっかけが欲しかっただけなんだ。でもそれ以外は、全部――」
「先輩も私にウソをついてたんですね。今までの人たちみたいに……」
 唯の腕を掴んだ手は、強く振り払われてしまった。拒絶が俺の心をさいなむ。
「違う、俺は――」
「もう来ないで! 嘘つきも乱暴な人もキライ! 先輩の顔なんか二度と見たくない!」
「聞いてくれ、俺、本当は――」
「先輩のバカ――ッ!」

 唯は俺に罵声を浴びせ、泣きながら走り去っていった。俺は呆然ぼうぜんとして、その場にずっと立ち尽くした。

 ……最悪だ。唯に嫌われた。例え人間になっても、俺の心はお前に届かないのか?
 こんなに好きなのに、俺はもうお前を護れないのか?
 猫又としても男としても拒絶されて、俺はこれから一体どうしたらいいんだ……?


     ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 あれから一週間、愛猫レオはまだ帰ってこない。
 外に遊びに行っても、夕方にはちゃんと戻って来てたのに。おなかすいてないだろうか、どこか怪我してないだろうか……。


 ねぇレオきゅん、先輩とケンカしちゃった日に、何でキミまでいなくなっちゃったの? あれから私、一人ぼっちになっちゃったんだよ。すごく私のこと大切にしてくれてたのに、彼にひどいこと言っちゃったんだ……。

 ――もしかして、先輩を傷付けたからばちが当たって、キミまで消えちゃったのかな……。


 大学にも行かずに毎日あちこち探してるけど手がかりは0《ゼロ》。張り紙も効果なし。心配でたまらなくて、食事も睡眠もロクにとれない。

 今日もレオ探しでクタクタになった私は、体を引きずるように家に戻った。
 すると――、部屋の前に、何か生き物がうずくまっていた!

「レオ!」
 私は思わず駆け寄った。でもよく見たら、それはレオじゃなくて……白ウサギ?
 その子はくるりと私の方を向くと、
「ざんねーん、僕は李斗りと。レオの友達だよ」と、真っ赤な瞳をぱちくりしながらしゃべりだした。

 ……私、疲れて幻覚でも見てるのかな?

「レオの奴、うちで保護してるんだけどさ、食費かかって困るから、さっさと引き取ってくれないかな~?」
 そう言ってウサギは、私のスカートの裾をきゅきゅっと引っ張った。

 私は試しに自分の顔をつねってみた。いたたたた……、幻覚じゃない。
 確かにアメショで贅沢者のレオきゅんは、値段の張る高級猫缶しか食べないし……。
 信用してもいいのかな? どうやら悪霊でもなさそうだし。
 もしかして、こないだの『しゃべるレオきゅん』も、……夢じゃなかったのかな?

「レオはどこ?」
「ついてきて!」ウサギはその場でバク宙をした。
「わ! ば、化けた!」

 ウサギはいきなり、袴姿の華奢きゃしゃな男の子に変身した。目の前の理解不能な現象に、私の頭はパンクしそうだった。

「ウサギがその辺歩いてたら目立つでしょ?」
「え、そこぉ?」キミもそこそこ目立ちます。


 ウサギの後についていくと、五分程で近所のさびれた神社に着いた。うーん、ここって何の神社だっけ?
「ボクね、ここの神様やってるの」
「えっ! ホントにぃ?」
「ホントだってば~。信じてよぉ」

 石段を登り、半信半疑で鳥居の前で突っ立っていると、彼はすたすたと本殿前に行き、賽銭箱の脇に腰掛け、私を手招きして自分の隣に座るよう促した。

「あの……うちのレオ、どこにいるんですか?」
「とりあえず座ってて。すぐ来るからさ」
「はぁ……」
 私は、渋々ウサギの隣に腰掛けた。

「君可愛いね。化け猫にはもったいない」
 神サマ(?)はいつのまにか私の肩に手を回し、紅い瞳を私の顔に近づけてきた。
「ボクのお嫁さんにしちゃおっかなぁ……。いいでしょ?」
 神サマ(?)は突拍子もないことを言うと、いきなり私を床に組み伏せた。
 私は腕をガッチリと掴まれて、身動き一つ取れなかった。

「いやっ……放してっ」
「あいつが構ってくれないから、欲求不満なんでしょ? 一緒に楽しもうよ……唯ちゃん」
 ウサギは私の両手を押さえつけて、空いている手をブラウスの中に差し込んだ。
「いやぁ、先輩! レオ! 助けてぇぇっ!」
 叫んだ瞬間、境内に怒号と悲鳴が響いた。
「このクソウサギッ! ブっ殺すッッッ!」
「えっ? ……ぅぐぎゃッ!」
「せ、先輩!?」

 強烈な蹴りを喰らったウサギの体は、久我くんの様に軽々と吹き飛んだ。数メートル先の狛犬の土台に『ぐしゃっ』とぶつかると、玉砂利の上に転がり落ちた。

「大丈夫か、唯!」
 先輩は駆け寄って私を抱き上げ、乱れたブラウスを直してくれた。
「先輩、どうしてここに?」
 あんなひどい事を言っちゃったのに……。
 ほっとしたら、急に涙がこぼれてきた。

「怖い思いをさせて済まない。もう大丈夫だから……」
 先輩は私にそう語りかけると、頬の涙を舌で優しくすくい取ってくれた。

 ――まるでレオがするように。

 そのとき私は、先輩の頭の上に不思議なモノを発見した。
 蝶々結びのリボンのような――?
 まさか……これって、耳!?

「せ、先輩に……猫耳? 尻尾? ええええ? こ、ここここれって……ほほ、本物っ?」
「な、何でもないっ」
 先輩は慌てて猫耳を両手で隠した。それはまるで、以前洋画で観た『オーマイガー』のポーズにそっくりだった。
「そ、それより、何でお前クソウサギにオモチャにされてんだよ! 十五回も捨てられてんだから、いい加減学習しろよ、バカ唯!」
 十五回……? 私、そんなの先輩に言ったことないよね?

「……もしかして貴方……レオなの?」
 猫耳先輩は、苦い顔で首を縦に振ると、
「俺のこと、怖くないのか? こないだ悪霊だのなんのってパニクってたろ」と呟いた。

 ――間違いない、レオきゅんだ。その時、私の頭の中で、全てのモヤモヤが晴れた気がした。

「正直驚いてるよ。でも、先輩もレオきゅんも、どっちも大事だし。さっき神サマの変身も見たから、少しは免疫がついたのかな?」
「免疫……ね」
 彼は怖々と頭から手を下ろした。そこには見慣れたアメショ柄のレオの耳が立っていた。

「ショックだったよね。悪霊憑きだとか、顔も見たくないとか、ひどいことばっか言って」
「もういいよ……唯」先輩レオは私をぎゅっと抱き締め、長い二本の尻尾を私の体に絡ませた。

「少し……痩せたな」
「この一週間、ずっと探し回ってたんだよ」
「寂しかったか?」
「うん。すっごく寂しかったんだから……」
「勝手に出てって済まなかった」
「ほんとだよ……このバカ猫」
 腹いせに先輩レオの太股を、思いっきりつねってやった。
「いででッ、悪かった。……で、何でここに?」

 私は先輩レオに一部始終を話した。ウサギがうちに来たこと、エサ代のこと、先輩レオを引き取ってくれって言われたこと等々……。

 先輩レオがジロリと神サマを睨むと、ウサギは境内で呑気に寝転び、こっちにピースサインを送っていた。

 みんな師匠の茶番かよッ、と凄む先輩レオに、神サマはさっきの蹴りにこたえた様子もなく、

「だって君さ、唯ちゃんと仲直りしたいって言ってたじゃん。元サヤに戻れたし、カミングアウトも出来て良かったでしょ。何か問題あるぅ?」
 と、悪びれもせず言った。

「アリアリだ! 『呼ぶまで出てくるな』とか言って、何ヒトの女をいじくりまわしてやがんだ! このエロウサギ!」
「でも~、キミのコーチ代とエサ代と考えれば、格安でしょ?」
「それとこれとは別だ! クソエロウサギ!」
 私は彼等のやりとりにすっかり呆れた。

 ……で、コーチ代ってナニ?

 先輩レオはむっとしたまま、私をひょいと抱き上げた。……お姫様だっこされるのって初めてで、なんだか胸がドキドキする。
「帰るぞ、唯」
「……戻ってきてくれるの?」
 先輩レオはふぅ、とため息をついて、
「まだ猫缶たくさん残ってるだろ。俺が食わずに誰が食うんだ」とむくれた。でも彼の尻尾は、ユラユラと嬉しそうに揺れていた。
「バレバレだよっ、レオきゅん」
「……きゅ、きゅんはやめろ。恥ずかしい」
 彼は顔を真っ赤にして、ぼそっと言った。
 石灯籠の陰から、神サマが満足そうにこちらを見ている。
 ……そっか、思い出した! ここの御利益って――。

 私は先輩レオに抱かれたまま、神サマに向かって親指を立てた。
 サンクス、縁結びの神サマ!


P.S.――それから私は、先輩レオにちょっと大きめの帽子をプレゼントしました。
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