再び舞い降りる花びら
「津九夜?」
母に名前を呼ばれ、10歳の少女、津九夜は蝶を見ていたのを止め、母のほうへと歩き出した。
「またボンヤリしちゃって。今度は何を見つけたの?」
「うん。...あのね、ちょうちょさんを見ていたんだよ。黒かったから、ちょっと怖かったけど...そしたらね、誰かが呼ぶ声が聞こえたの。私の名前を読んでたから、耳を澄ましてどこから聞こえてくるのかなーって、探してたんだけど...」
「見つからなかったのね?」
少女は母と手を繋ぎながら少しションボリしていた。
「うん...」
「そっか、また聴こえても、それが何なのか解らないとお母さんも困っちゃうわ。」
津九夜は少し変わった子だった。子供なのに大人びた感じがし、考える事も、喋る事も、全て他の子と違っていた。あまり甘えたがらないし、面倒も一切かけない子だった。時折、不思議にいつの間にか聞こえてくる声も、時々、無性に静かに泣いてしまうほどの悲しみも、本人にも解らない。そして、一番に変わっている所は...
世界の見方がまったく違うのだ。
「お花達がね、楽しそうに笑う所って、決まって彼女達が人に見られ、笑いかけてくれる人がいた時なんだよ」
つまり、彼女の言いたい事は、「人と人の関係がうまく平和に過ごせるのは小さな些細な微笑や、小さな幸せのおかげ。それを見つけられる人は必ずその日その日を一生懸命愛し、精一杯生き、そして誰かを思いやる素晴らしい人。」である。
とても10歳の考える事じゃない。
「永遠の花と言う古い書物がなかったら、母である私でさえも何言っているのか解らず、貴女を拒絶してたかもしれないわ。これを書いてくれた300年の作者さんに感謝しなきゃね。」
「お母さん、その本、書いた人ってだれ?」
「うん、えーとね、洸流来 夕夜っていう人よ。なんでも、昔に死んでしまった永遠の恋焦がれし人へ当てた書物ですって。結構、有名なのよ?300年経た今でも人々に語り告がれているのって凄いわ。」
!!...知ってる。私はその名前を知ってる。
津九夜は、頭ではなく、心に疼くものがあった。でも、やっぱり解らない。
夕夜って人は、誰なんだろう?過去から何かを繋げようとしているみたい...
「お母さん、私にその人の本、読んでくれない?一部だけでもいいの...」
「ええ、もちろんよ。この人の書いてくれたこの本のおかげで今があるようなものですもの。」
その日から津九夜は毎晩、寝る前に『永遠の花』を聞かされることになり、そして、奇妙な夢を見続ける事となる。
―――...深い霧の奥に、二人の子供がいる。楽しくお喋りしたり、軽いお散歩へいったり、遊んだりしている。霧が深くて顔ははっきりとは見えない。
「●●●姫、お願いしますから私からあまり離れないでください。姫はまだ体の調子が良うございません。」
そんな、可愛らしい、けれどもしっかりとした芯のある男の子の声が聞こえた。
「ええ、解っているわ...●●...使い人として、友として...心より信頼してます...」
もう一人の声は幼いけれど、凛とした空気をあわせ持つ優しそうな女の子の声。でも、やはり、二人が呼び合っている名前だけが掠れてよく聴こえない。聞き取れない。
そうこうしてる間に津九夜は眠りから覚めてしまい、また次見る夢はまったくことなった内容だったり、続きだったり、あやふやだったり。
しかし、決まって二人の子供が霧のかかった庭で遊んだり、お喋りしたりする場面が出てくる。
そして、起きるの繰り返し。
その度に胸の奥が疼く。
どうしたのだろう、どうしてこんなにも苦しいのだろう?
忘れてはいけなかった。とても大切な事だったはずなのに。
探さなければ。
でも、何を?
...解らない...
疑問が飛び交う中、彼女は成長していく。例の夢は未だに見続けている。
「津九夜!お誕生日、おめでとう!とうとう15歳になったのねぇ...」
と言う母親からお祝いの言葉をもらい、今日の夜にパーティを開く事を聞かされながら彼女は学校へ行く。
しかし、事は帰り道でおきる。
いつも通り、津九夜は夕方に幼い頃から通り過ぎる公園を横切ろうとした時だった。
風が吹いた。優しい風が。そして、赤い椿の木をその公園の隅っこで見つけた。
「これ...は...」
この花は、私の大好きな花だった...そうだ、好きだったんだ。
そのとき、彼女に酷い激痛が襲う。頭が割れるように痛み出し、しまいには気絶してしまった。
そして彼女は今夢を見ている。
いつもの夢じゃなく、霧は晴れてる。二人の子供の顔もはっきりとわかる。
「姫。○○○姫、こんな所にいらしたのですか。」
前よりは若干にききとれそうだった。
「○○...」
漆黒の瞳に漆黒の長い髪。姫と呼ばれるには相応しい人柄だ。
「椿の花が...とても寂しそうに泣いていたから...一緒にお話してたの...」
「...花は...喋りません。姫、そろそろ夢から覚めてはいかがですか。」
使い人の男の子、こちらは少し赤みがかかった黒色の髪を、少し後ろで縛っている。彼の服装は昔の戦国時代のよう。姫のように何枚も着てはいなかった。彼の服装は昔の武将で、緑と白とで綺麗に合わさっていた。彼の顔つきは少し綺麗で目がくりくりしている。
「貴方達は何も解ってないわ...」
静かに、彼を見据えて言う姫
「見ようとしないから何も見えない。聴こうとしないから何も聴こえないのよ...哀れね...」
「姫、やはり、貴女の言っている事は今でも解りません。ですが...私は...」
「貴方だけよ洸流来夕夜...私を私として見て、親切に接してくれるのは...有り難う...もう少ししたら...貴方もきっと解るはず...」
そして、男の子の方は照れくさそうに顔を真っ赤にしながら姫と手を繋ぐ
「私こそ、有り難うございます。津紅遊ひめ。」
つくゆ姫は―――もしかして...
そこまで考えた時、誰かが彼女を起こした。
「大丈夫ですか?お怪我は?」
「いえ、大丈夫です。」
男の子、同じ年なんでしょう、彼は彼女を見た瞬間、突然、華やかな笑みを零した。
「僕の名前は爾香夕遊。あなたは?」
「私は、津九夜。瀬世裸木津九夜。」
「貴女は...椿の花が好きですか?」
「え、ええ。見ていると、落ち着くんです。」
青年は笑いながらポッケの中から何かを取り出した。
「お近ずきのしるしに、これ。」
彼が渡してきたのは椿の髪飾り。夢に出てくるあの姫がつけていた髪飾りとほぼ似ている。
これは偶然か?否
「...好きな本があるんですよ。僕。」
静かに語り始めた
「それを読んでると、励まされるんです。不思議と。300年もの昔の本ですが、けっこう、馬鹿にできませんよ?」
「当てて見せましょうか?その本。」
津九夜はスッとカバンからとり出し、彼の前へと本を見せる
『永遠の花』
そうして、二人は300年の時を超え今再びめぐり合った。
「ずっと待ってました。ずっと思ってました。津紅遊ひめ。貴女の事を一日たりとて忘れた事はありません。」
「有り難う...アナタのその思い、しかと受け止めます。夕夜...」
この日のために、夕遊は椿の花を公園に育てた事は、彼の土汚れた服を見た後で津九夜が気ずくことだったりする。
(終わり。)
少し無理やり感があるかもだけど一応これで終わり!