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第七話

「まず、世界ってひとつってイメージあるでしょ」

「そうだね」

「これが実は一個じゃあなくって、人間と同じ数だけ、一人にひとつなんです」

「おお、そうなのか?」

「そうなんです。僕には僕が認識して、僕が生きる僕の世界。ケンジさんにはケンジさんが生きるケンジさんの世界」

「おお、言われてみればそんな気もするな」

「今こうやって二人で話しているのは同一の世界で起きている『二人の会話』っていう一つの事象と見せかけといて、僕の世界で起きている『僕とケンジさんの会話』であり、ケンジさんの世界で起きている『ケンジさんと僕の会話』なんです。わかります?」

「おお、わかるよ」

「それで、わかったのは、世界は嘘なのか、嘘じゃないのかってことなんですけど」

「はいはい。さっきの話ね」

「確かにいろいろなことは疑わしいんです。疑うときりがないんです。目に見えているものは幻覚かも知れないし、聞こえているものは幻聴かもしれない。大学の学食にいると思っているけど、本当は、今ベッドに寝ながら夢を見ているだけなのかもしれない」

「そうだよね」

「でも、どんなに疑っても一つだけ疑いようがないものがあるんです。それは世界を疑っている僕です。そもそも、僕がいなければ疑うという行為自体がなくなってしまうわけですから、疑うという行為をしている限り、僕はこの世界に存在していることになります」

「おおっ!!」

「そして、世界が嘘かどうかですけど、世界を認識する僕がいる限りは、その僕を存在させている世界はやっぱりあるんです。その世界がどんな形をしているかは別にして」

「おおっ!!」

「だから僕がいる限り、そこに世界はあるんです!!」

「おおっ!!」

 途中からケンジさんは相槌を打つだけになっていたが、最後の「おおっ!!」はでかかった。柄にもなく感動しているのだろうか?


「すげえな。ヨシキ。まるで、ちょっとデカルトみたいだぜ」

「何ですか? デカルトって?」

「知らない? ルネ・デカルト。『近代哲学の父』と称される17世紀の哲学者。お前と同じような思考過程で『我思う、ゆえに我有り』って結論に至ってるんだけど」

「知らないです。有名人ですか?」

「なんせ『近代哲学の父』だからな」

「そうですか? 僕の父も『田口芳樹の父』と称されてますけど有名でもないし偉くないですよ」

「そう言えば俺の父親も『二階堂健二の父』と称されているな。ただの公務員だけど」

「そうですよ。そんなもんです。『なになにの父』とか『なになにの母』って言われるような人間は、所詮『父』『母』レベルです。PTAの集まりと対して変わりません」

「そ、そうか?随分違う気もするけどな…」

「ちなみに、そのデカルトって人は何歳くらいで悟ったんですか?」

「『方法序説』を発表したのが41歳の頃だから、まあせいぜい数年前くらいじゃあないか?」

「じゃあ、30代ですね。10代で悟った僕のほうが『近代哲学の父』に相応しいし偉いですよ」

「いやあ、今はもう近代じゃないし、こういうのは早いもの勝ちだからな…というか、すげえな。『近代哲学の父』に対して一歩も引かないその自信…」そう言いながらケンジさんは笑った。


 ふと窓の外を見ると、陽はすっかり落ちてしまい暗くなっている。学食はもう閉まる時間だ。かれこれ、4時間近くケンジさんと二人きりで話し込んでいたことになる。いつもと何も代わりない日だったのに、世界も僕も急激に変わってしまった。


 ケンジさんには、何だかうまく言葉にできない気がして言えなかったのだが、実は、僕は、生まれて初めて、この世に自分が生きているということを強く実感していた。


 我思う、ゆえに我有り。


 そうだ。僕はその答えをずっと探していたのだ。

 そして、僕がいるから世界があり、僕はその世界を思うこともできるし、行動することもできるのだ。何でそんな簡単なことに気がつくまでこんなに時間がかかったのだろう。

 まあ、いいさ。デカルトとかいう哲学者に至っては30過ぎるまでわからなかったらしいから、それに比べれば随分ましだ。


 これから僕は、何をしよう?


 まずは消滅した教授のご家族に事実を伝えなければ。こんなに突飛で珍妙な話をするのは気が重たいが、それでも僕はその場に居合わせたものとして、報告する義務があると思う。

 それから、誰か信用できる物理学者か科学者を見つけて「物質が消滅する」という現象を調べてもらおう。何か答えを見つけてくれるかも知れない。


 そして、やらなくちゃいけないことがひと段落ついたら、僕はサークルを作ろう。「サークル同好会」みたいな捻くれたやつじゃなくて、もっと前向きで心の底から楽しいと思えるサークルをケンジさんと一緒にやってみよう。ウメや他の仲間も誘ってみよう。

 何のサークルにするか考えなくては。僕たちが心から打ち込むことができることって一体何なのだろう?

 

 そんなことを考えながら、僕はピザ配達のバイトに精を出していた。お客さんへは今熱々ピザを届けたばかりなので、また店に戻って新しいピザを受け取らなくてはならない。今日はまだまだ長い。後、10件くらいは配達しなければいけないだろう。配達用の原付バイクを店の駐輪スペースに泊めて店に入り、大きな声で「只今戻りましたー」と報告する。すると中にいるスタッフから「お帰りー」と返事が返ってくる。店長が「ケンジー。次、南池袋なー!!」と配達地域の支持を出してくる。


 あれ???


「ケンジー!!聞いてるのか?」


 店長は俺をでかい声で「ケンジ」と呼ぶ。でも俺は、ケンジだっけ?確か俺はヨシキじゃあ…。不思議に思いながら鏡を見てみると確かに、俺はケンジだった。そうか。俺はケンジなのか…。


 しかし、俺がケンジだとすると、さっきまで自分をヨシキと思っていたヨシキはどこに行ってしまったんだろうか?そして、ヨシキが生きていたヨシキの世界は一体どこに行ってしまったんだろうか?それとも世界の認識者として世界を成り立たせていたヨシキも、ヨシキが生きるヨシキの世界も存在しなかったんだろうか?


 そんなことを思いながら、次に配達するピザを受け取って原付バイクへ向かうと、店の外では水色の夕焼けが世界をコバルトブルーに染めていた。


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