第三話
「フリスクくれよ」
「ケンジさんは本当にハイエナですね。そうやって、人の僅かな所有物でさえも搾取しようとする。人の生き血を啜る鬼に等しいです。ケンジさんは人の姿をした餓鬼です。悪鬼です。今に天罰が下りますよ」
「何でフリスクをもらうくらいでそこまで言われないといけないんだよ。ごちゃごちゃ言わずにすっとよこせ」
少し前に煙草をやめた僕は、一日一ケース、フリスクを食っていた。今日の分はさっきコンビニで買って、ほんの2~3粒食っただけだった。ほぼ新品に近い。僕はポケットからフリスクケースを取り出していつものように振った。
スカスカ。
あれ?おかしい。
もう一度振る。
スカスカ。
あれ?おかしい。シャカシャカ音がするはずなのに。
「何やってんだ?お前」
「いや、なんかおかしいんですよ」
「何が?」
「フリスクの中身がなくなってるんです」
ほらと言って僕はフリスクケースを振った。何回振ってもやっぱり音は出ない。
「本当だ。お前もう全部食ったの?」
「いや、まだ2~3粒しか食ってないですよ。ケンジさん食べました?」
「お前のポケットに入ってたのにどうやって食うんだよ」
確かにそうである。食えるわけがない。もしかしたら前に買ったフリスクの空ケースかと思い、体中のポケット、穴という穴を確認してみたが、フリスクケースはひとつだけしか出てこなかった。やっぱり今日買ったばかりのフリスクである。その中身がなくなっているのである。
念のためケースを開けてミントのタブレットを探したが、やはり中には何もなかった。
「ケンジさん。これってどういうことですか?」
「けっこうこれはヤバいことが起きている気がするぞ」
「ですよねえ」
「俺の推論を言ってみてもいいか?」
「どうぞどうぞ」
「フリスクが消滅したんだ」
「ええ???消滅ですか?フリスクが?頭大丈夫ですか?」
「お前、何でちょっと俺を馬鹿にしたニュアンスなんだ。このやろう。だって、現実、消えてるんだからそういう結論になるだろう」
「だって、物が消えるわけないじゃないですか」
「物が消えるわけないけど現実消えてるんだよ」
「ケンジさん。正気ですか?」
「じゃあ、お前はこの現象にどう説明つけるんだよ」
「ううーん。認めたくないけど、フリスクが消滅したとしか考えられないですね」
「だからさっきからそう言ってるだろうが。ムキー!!」ケンジさんはイライラが限界に達したようで右ストレートを僕の顔面に叩きこんでくる。
「見える…」
僕にはその拳の動きがはっきりと見えた。全てがスローモーションの世界。まるでコマ送り漫画だ。こ、これは僕に眠っている才能が今開花…
メキッ。
そのままケンジさんの拳は僕の鼻に食い込んだ。パンチが見えたからと言ってかわせるかどうかは全く別の問題だ。僕はそんなに運動神経が良くない。だいたい運動神経がよければスポーツ推薦か何かでもっといい大学に行っているし、もっとモテているのである。
グギギ・・・。ブシュー。
顔の中心から鼻血が噴出す。
「ああ!!ヨシキ。ゴメンゴメン。ついイラっとしちゃって。本当に顔面ブン殴る気はなかったんだけど。俺、空手でインターハイ出てるから、つい手が出ちゃうんだよ」
そういうことはバカにする前に言っておいてもらわないと困る。
「ほら。やっぱりあんたの拳は錆ついちゃいねえじゃねえか…」僕は、ケンジさんの手を握りながら最後の声を絞り出すようにつぶやき、目を閉じた。
ガクッ。
「別に無理やりコントに入らねえでいいんだよ。ほら、ティッシュを鼻に詰めて、首トントンして。悪かったな」ケンジさんのクールな介抱によって僕の鼻血は収まり、買ってもらったスポーツドリンクで落ち着いた。